2019/05/07

愛し野塾 第211回 <アルツハイマー病>新たなリスク遺伝子と治療法の創生


認知症は、人間の尊厳の源である「知性」を奪いさる恐ろしく、そして悲しい病気です。アルツハイマー病に対する根本治療の創生は、いまだ成功に至らず、遺伝子の立場から原因を探り、治療法の確立を模索する動きが続いています。

家族性アルツハイマー病は、アルツハイマー病のごく少数を占める希少疾患ではあるものの、病気の根本原因に迫るという大義のもと、原因遺伝子の探索に、これまで多くの研究者、研究費が投入され、APP、PRESENILIN-1、-2遺伝子が発見されました。これら遺伝子群は、いずれもアミロイドβ産生に直結することから、「アルツハイマー病の原因は、アミロイドβの異常蓄積である」とする「アミロイド仮説」が提唱され、アミロイドβ抑止を目的にした治療法が、相次いで開発されました。しかし、これらの治療法はいずれも、アルツハイマー病の大部分を占める「孤発性アルツハイマー病」の治療には有効ではありませんでした。

一方、65歳以上に発症するアルツハイマー病は、「遅発性アルツハイマー病」と呼称され、遺伝的要因は、限定的な関与であるものの、「病態形成への寄与」が注目れています。遅発性アルツハイマー病の病態に基づき、有効な治療法を創生するには、「病態に関与している遺伝子」を抽出し、その機能を詳らかにすることが重要である、として、2013年には、ゲノムワイド関連解析が行われました。その結果、遅発性アルツハイマー病の危険因子として既に知られていたAPOE以外の「19個の新たなコモンバリアント」が発見されました(文献1)。しかし、これら新規の遺伝子多型では、遅発性アルツハイマー病でみられる遺伝多型の31%しか説明できず、残り70%の疾患に関与する遺伝子多型は不明のままでした。

病気の根本原因と考えられてきたアミロイドβの蓄積を抑止する治療法が、すべて失敗に終わった今、新たな遺伝子をターゲットとした治療法の開発が、一刻も早く望まれています。今回、前回を上回る大規模なゲノムワイド関連解析の元、新たに5つの候補遺伝子が発見されましたので、解説しようと思います。(文献2)。

<方法>
非ヒスパニック白人のゲノムワイド関連解析メタアナリシスを、ステージ1ディスカバリーサンプル(17個の新規データセットを含む、全部で46個のデータセットで21982人分と、対照群として認知正常者41944人分)、アルツハイマー病プロジェクトの国際ゲノミクスなどを対象として行いました。コモンバリアントとレアバリアントの両者を指標として、約3600万のSNPと、約138万のインサーション、欠失、約1.3万個の構造バリアントからなる、1000ゲノムリファレンスパネルを利用しました。コモンバリアントは、945万個、レアバリアントは202万個分を解析しました。遅発性アルツハイマー病患者は、総数9万4437人に及びました。

<結果>
あらたな遅発性アルツハイマー病のリスク遺伝子候補として IQCK、ACE、ADAM10、ADMTS1,WWOX ローカスの関与が、見いだされました。これらローカスの中で、遅発性アルツハイマー病発症と最も関連性があると思われる遺伝子について、プライオリティーランキング法を用いてスコア化し、さらに検討が加えられました。

●ADAM10ローカス
このローカスで最も高いスコアを示したのは、ADAM10遺伝子でした。ADAM10は、脳内のAPPのαセクエターゼとして機能すること、TREM2の切断効果があることが既に報告されています。TREM2はアルツハイマー病のリスク因子であることが既に報告されており、ADAM10の遅発性アルツハイマー病発症への関与は十分に考えられます。またADAM10を大量発現させたマウス脳での、アミロイドβの産生及び、その凝集が抑制されることが既に示されています。遅発性アルツハイマー病では2個のまれなADAM10の変異があり、この遺伝子をマウスに発現すると、αセクレターゼ活性の低下を経て、アミロイドβを主体としたプラーク形成が促進することも報告されています。

●IQCKローカス
肥満のローカスに位置します。最大スコアを認めたIQCKの機能に関しては、十分な検証がなされてきませんでした。同じく高スコアを示した、KNPO1とGPRC5B遺伝子のうち、GPRC5Bは、神経形成の制御、肥満の炎症シグナルを司っていることが知られています。
ACEローカス
このローカスで最も高いスコアを示したPSMC5は、MHCの制御に関与する遺伝子です。また、ACEはスコアが低かったものの、これまでの研究から遅発性アルツハイマー病発症への関与が、強く示唆されています。ACEはアミロイドβの毒性を低下させることが示され、また、ACE作用によって変換されるアンギオテンシンIIは、アルツハイマー病治療のターゲットとして、既に治験に入っています。

●ADAMTS1ローカス
APPの制御エレメントである可能性も否定できないものの、ダウン症やアルツハイマー病でのADAMTS1発現量の増加を認めており、神経保護作用、ミクログリアの重要な神経免疫を司っている可能性が示唆されています。

●WWOXとMAFローカス
肥満のローカスに位置し、マクロファージの重要な制御作用を有するMAFは、ミクログリアにその発現を認めています。WWOXは、HDL-CとTGに関連する遺伝子で、アストロサイトと神経細胞に高度発現しています。WWOXは、タウに結合し、その高度リン酸化、神経原線維形成、アミロイドβ凝集に関与することが報告されています。さらにWWOXに結合するパートナー遺伝子をマウスに発現すると、記憶低下が改善されることが示されています。

<コメント>
94000人の遅発性アルツハイマー病の患者サンプルから、新たな5個の遺伝子候補が見出されたことから、治療薬開発が飛躍することが期待されます。すでに治験に入っているアンギオテンシンII阻害剤による治療効果が期待されます。そして、今後は、ADAM10の活性を上げる薬剤開発、及びIQCK遺伝子機能の解析研究に注力されていくことでしょう。脂質との関与が判明しているWWOXの機能制御も十分に検討の余地がありそうです。

今回の研究で施行されたHLAの詳細解析の結果、DR15が、重要な役割を担うことが明確にされました。DR15は、既に、糖尿病発症を阻止する遺伝子であることが報告されています。これまでアルツハイマー病発症と高い相関があることが示されてきた因子である「認知症の母親がたの家族歴、低い教育歴、低い社会経済的状況、心血管病、糖尿病」についても、今回の研究で確かめられました。あらゆる角度から、本研究の高い信憑性が伺え「アミロイドβ、タウ、免疫、脂質」が、遅発性アルツハイマー病発症のキーワードとなることが確認されたことは意義があったのではないでしょうか。

一方で、ACEローカスのなかで、ACEのスコアが低くなってしまった点については、今後のスコア化のアルゴリズムの改善が求められると思います。

いずれにせよ、遺伝子の立場からの治療法が創生されるのを待ちつつ、今出来ることはといえば、適度な運動を習慣化し、良い睡眠をとる、地中海食を摂取し、芸術を楽しみ、社交性を失わず、生涯勉強を怠らず(次世代には教育を与え!)、心臓疾患、糖尿病是正に向けて、粛々と努力することには、間違いがないようです。 


文献1
Lambert, J. C., Ibrahim-Verbaas, C. A., Harold, D., Naj, A. C., Sims, R., Bellenguez, C., ... & Grenier-Boley, B. (2013). Meta-analysis of 74,046 individuals identifies 11 new susceptibility loci for Alzheimer's disease. Nature genetics, 45(12), 1452.

文献2
Kunkle, B. W., Grenier-Boley, B., Sims, R., Bis, J. C., Damotte, V., Naj, A. C., ... & Bellenguez, C. (2019). Genetic meta-analysis of diagnosed Alzheimer’s disease identifies new risk loci and implicates Aβ, tau, immunity and lipid processing. Nature genetics, 51(3), 414.