2019/05/07
愛し野塾 第210回 糖尿病患者の死因・その変遷を辿る
糖尿病に罹患し、合併症を併発することで、死亡リスクが高まることは、広く認知されてきました。特に、心筋梗塞・脳卒中に代表される「大血管障害」の併発は、死亡リスクを顕著に上げることが示されてきました。死亡率は、糖尿病に罹患すると、「75%上昇する」と算定され、60歳の方では、非糖尿病患者に比べて、糖尿病患者は、5年ほど命が縮まる可能性がある、と評価されています(文献1)。心血管病以外の糖尿病の合併症のうち、死亡リスクに関与する疾患は、糖尿病そのもの、腎臓病、がん、感染症、肝臓病、外的因子が挙げられています。
1990年から2010年にかけての米国の統計から、糖尿病患者において、心血管病の発症率は年次とともに減少傾向にあることが報告されました。一方で、慢性腎臓病、がん、加齢に伴う疾患群などの合併症が占める割合が増大しています。つまり、糖尿病患者の死因に変化が生じている可能性が指摘されています。また、2000年から2010年の10年間では、糖尿病に起因する死亡率は、16%も低下したことも報告されてています(文献2)。
今回、「時代の変遷ともに糖尿病罹患患者の死因に変化が生じている」とした仮説を検証するために、米国疾病予防管理センター(CDC)が大規模なコホート研究を展開しましたので解説します(文献3)。
さて、糖尿病患者では、死因の特定が難しいと考えられてきました。その理由には、糖尿病にも関わらず確定診断がついていない方が多いこと、糖尿病は、無症状もしくは、ごく軽い症状しかないことが多く、発見が遅れてしまいがちであること、そのため糖尿病による死亡だったのかどうか、判明しづらいことが挙げられています。本CDCの研究は、こういった問題を見据え、縦断的、かつ長期的な、緻密な観察を完遂した見事なものだ、と印象付けられました。
<対象>
CDC主催の、健康状態、ヘルスケアへのアクセスに関する、年次の横断研究である「国民健康面談調査」のデータを用いました。1地区あたり35000家族を選択し、1家族から1人の大人と、1人の子供について調査しました。回答率は、1980年から2014年の間で、78-97%でした。2015年末までに、18歳以上、67万7060人のサンプルが集積され、そのうち5万200人が糖尿病でした。
問診法によって糖尿病か否かを確認しました。死因の特定には、1999年までは、ICD-9、その後はICD-10 コードを使用し、4つのカテゴリーに分類しました。1:全死亡、2:全血管、3:全がん、4:全非がん非血管病です。15個の疾病については、個別に調査しました(心臓病、悪性疾患、慢性肺病、偶発事故、脳血管病、アルツハイマー病、糖尿病、インフルエンザ、肺炎、ネフローゼ、自傷行為、敗血症、慢性肝臓病、本態性高血圧、パーキンソン病、肺臓炎)。
<結果>
米国の糖尿病診断者は、1980年から2010年にかけて、620万人から2110万人に激増しました。糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べて、年齢が高く、教育レベルが低く、肥満程度が高いことが分かりました(P<0.05)。
糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べると、全死亡、血管病、がん、非がん非血管病による死亡は、すべての調査期間で高値を示しました。期間中のハザード比は、全死亡で2.1から1.6に分布し、時間経過とともに低下していました(p<0.001)。血管病も同じ傾向となりました(ハザード比は1.8から2.3、(p<0.001)。非がん非血管病も同じ傾向でした(ハザード比は1.7から2.4でした(p<0.001)。ただしがんは、期間通して一定のハザード比を示しました(1.3から1.4)。
1988年から1994年、2010年から2015年を比較すると、全死亡は、10年ごとに20%低下、血管病は、10年ごとに32%低下、がんによる死亡は、16%低下していました。
非がん非血管病による死亡率は、10年ごとに8%低下していましたが、有意差はありませんでした。糖尿病患者は、非糖尿病患者に比較して、死亡率の低下は、全死亡(P<0.001)、血管病(P=0.0214)、非がん非血管病(P<0.001)と有意な低下がありましたが、がんによる死亡には、有意差がありませんでした。
性別をみると、男性での全死亡率が、女性での全死亡率よりも改善の程度は大きいことがわかりました(10年あたりの改善率は12.4% vs 3.3%)。年齢層別の全死亡率のうち、65歳から74歳群が、最も改善率が良く、20-44歳では改善を認めませんでした(10年あたりの改善率は25.9% vs 9.2%)。死亡率改善のパターンは糖尿病患者でも非糖尿病患者でも同様でした。
こうしたトレンドに伴い、死亡の原因疾患の変化が、顕著に認められました。糖尿病患者の血管病に伴う死亡は、全死亡に占める割合が、1988年から1994年の47.8%から2010年から2015年の34.1%に低下しました。この比率の低下分は、非がん非血管病による死亡比率の増大によりオフセットされていました。非がん非血管病の比率は、33.5%から46.5%に増大していたのです。がんによる死亡率は、おおよそ同じレベルで推移していました(15.9% vs 19.9%)。非糖尿病患者の場合もほぼ同様の結果を認めましたが、がんによる死亡率が高い水準で推移していました(24.9%vs 26.8%)。
この調査であらかじめ選択してあった15個の疾患群のうち、8個の疾患(心臓病、悪性疾患、脳血管疾患、糖尿病、インフルエンザあるいは肺炎、ネフローゼ、敗血症、慢性肝臓病)については、糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べて高いリスクを、経過期間を通して維持していました。1988年から2015年までを5分割して比較した場合、糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べて、ハザード比で、腎炎あるいはネフローゼによる死亡が、2.9から5.2と高値、敗血症は、1.4から2.9と高値、慢性肝臓病は1.8から3.9、心臓病は1.9から2.4、脳血管障害は、1.6から1.9と高値を示しました。
年次経過に伴って死亡率が低下した疾患群は、「心臓病、悪性疾患、脳血管障害、糖尿病、インフルエンザ、肺炎」でした。一方、死亡率は、偶発事故が3倍に増加、また、慢性呼吸器疾患、パーキンソン病、本態性高血圧、腎臓病で増加していました。
<コメント>
「血管病による死亡」が、糖尿病患者の死因の半分を占めていた時代は終わり、いまや3分の1まで減少するところにいたりました。一方で、「非がん非血管病」が死因の半分を占めるようになりました。「血圧、喫煙、脂質異常」にならんで、「糖尿病」が冠動脈疾患のリスク因子の一角を占めるという意識が患者ならびに医療側の両方に高まり、治療に専念できる体制が整ったことが伺えます。本研究で浮き彫りとなった、非がん非血管病として「腎臓疾患・呼吸器疾患」のリスク管理は、重点課題です。特段、腎臓疾患を改善する手立ては、治療薬という観点から、現時点ではあまり期待できず、「減塩・体重コントロール・脱水の回避」を重点的に管理指導してゆかなければなりません。
また、死因として「偶発事故」が3倍も増えたことは見過ごせない項目です。インスリン強化療法などの治療法の採用頻度が上がり、低血糖発作に伴う転倒などのリスクが増えた可能性も考えられます。
若年者における死亡率の改善が認められなかったことは、大きな懸念事項です。肥満に伴って発症した2型糖尿病の若年者の増加が、その一因とされます。今後の肥満対策は、国家主導の下、管理すべき時代に入ったと言えるのではないでしょうか。
本研究の注意点として、糖尿病診断が自己申告であったこと、また、1型、2型糖尿病の区別が出来ていないこと、病名コードがICD-9からICD-10へと変わったこと、が、バイアスとなった可能性が挙げられます。加えて、面接後の糖尿病罹患の有無について精査されておらず、得られたデータはバイアス補正していなかったこともあり、これらを含め、将来的に解決を要する課題といえましょう。
今後、糖尿病診療を続けていく上で、第一に「心血管病の予防」、そして、これまで以上に「腎臓疾患・呼吸器疾患・がん・肝臓疾患」の発症予防に注意を払い、「転倒などの偶発事故のリスク」を警鐘し、適切な血糖コントロールの管理指導によって回避することの意義を教えられたように感じる、秀逸な論文でした。
ref.1
Emerging Risk Factors Collaboration. (2011). Diabetes mellitus, fasting glucose, and risk of cause-specific death. New England Journal of Medicine, 364(9), 829-841.
ref.2
Murphy SL •Kochanek KD •Xu J •Heron M
Deaths: final data for 2012.
Natl Vital Stat Rep. 2015; 63: 1-117
ref.3
Gregg, E. W., Cheng, Y. J., Srinivasan, M., Lin, J., Geiss, L. S., Albright, A. L., & Imperatore, G. (2018). Trends in cause-specific mortality among adults with and without diagnosed diabetes in the USA: an epidemiological analysis of linked national survey and vital statistics data. The Lancet, 391(10138), 2430-2440.