2019/05/07

愛し野塾 第199回 グルテンフリーの功罪



グルテンフリー食品(GFD)は、過去30年の間に、セールスが劇的に増え、2016年の米国のマーケットサイズは、2兆円にも達する勢いで、2011年の2倍と算出されています。ソーシャルメディア、新聞などの既存のメディアによる宣伝が功を奏したことが、旋風を引き起こしたと考えられています。免疫が関与する炎症性疾患としての、セリアック病や、グルテン・アタキシアは、グルテンフリー食品の恩恵を浴するのはよく知られており、こうした疾患では、グルテン・タンパクに対する免疫異常により、小腸の粘膜や、小脳のプルキンエ細胞が攻撃を受けることが知られています。小麦アレルギーにもグルテンが関与していることが知られています。しかし、セリアック病、グルテン・アタキシア、小麦アレルギーは希少疾患であり、人口の1%未満と推定される一方で、グルテンに対する免疫異常を示さない大多数のひとが、グルテンフリー食品に夢中になっている現状を鑑み、こうした健康なかたがたへのグルテンフリーの影響について、研究の進展が認められる様になりました。

過敏性腸症候群(IBS)患者は、食事性の影響が顕著である一方で、特に、FODMAPS(脂質、炭水化物、グルテン、などが少ない食事)でその症状が抑制されることが報告されています。そして、セリアック病に罹患していないにもかかわらずIBS様症状を呈する方が、小麦、ライ、大麦のような穀類を食すると、腹痛、腹満、便通異常、倦怠感が生じることがわかってきました。グルテンを食すると、IBS様の症状を呈すること、グルテンフリー食品で症状が改善すること、そして、セリアック病や小麦アレルギーがないこと、といった条件を満たすかたは、総称して非セリアック病グルテン過敏症(NCGS)と診断されるようになりました。

さて、一方で、グルテンを避けることで将来に発症しうる病気を予防できる、と信じているかたは、多くの場合、セリアック病、小麦アレルギー、グルテン・アタキシアに罹患しておらず、NCGSも認めず、PWAG(people who avoid gluten:グルテンを避ける人)と呼ばれています。ただし、PWAGには、NCGSも含まれる場合があります。2009年から2014年の間に行われた米国の疫学調査では、5年間の調査期間中にセリアック病の有病率は変化がないにもかかわらず、PWAGの人数は、3倍に上昇しました。GFDを摂取しているかたの72%がPWAGとされます。また、NCGSの有病率は、0.6%から13.0%と考えられており、PWAGのかたのほとんどは、グルテン過敏症ではないと考えられ、グルテンを避ける必要が本当にあるのかどうか、疑問視されています。

グルテンは、プロラミンと呼ばれる一群のタンパクで、主に、グルテニンとグリアジンから構成されます。グルテンは、美味な生地の基礎となるもので、パン製品を作る上で欠かせません。構成アミノ酸にプロリンとグルタミンが多いため、小腸での消化吸収は円滑に進まず、グルテン関連疾患を引き起こす原因になると推定されています。また、遺伝的な背景として、HLA―DQ2の関連が知られています。さらに、アルファ2グリアジンは、トランスグルタミネースによる切断を受け、生成された57-89アミノ酸は、T細胞を刺激することも知られるようになりました。同様のメカニズムを介して、別のグルテンペプチドも、免疫活性化を引き起こし、グルテン関連疾患を招来していることが推測されています。

さて、問題は、遺伝子改変植物の生成過程で、新しい腸内抗原が作られることで、小麦のグルテニンとグリアジン、ライのセカリン、大麦のホルデインは、セリアック病を惹起する新たな抗原のソースになることが危惧されています。また、グルテン過敏を来たすメカニズムとして、グルテンを含む小麦などの、比較的新規の穀物に対して、腸が適正な消化機能を発揮するまでには、腸自身が進化、成熟しきれていないという仮説があります。疫学的には、セリアック病とNCGSでは、グルテンに対する反応が異なる可能性も指摘されています(文献1)。

<グルテンとIBS>
2016年、下痢型IBSの患者41人に対して、栄養士の指導下で6週間のGFD投与を行った研究がアジズ博士らによって発表されました。IBS重症度スコアが50ポイント以上改善した割合は、71%に及び、さらにHLA-DQ2/8陽性者は、うつ症状や活動性の改善を認めました(HLA-DQ2/8陰性者と比較)。研究終了後18ヶ月後に至っても、73%の患者で臨床的改善を示しました。IBSの方には、GFDの摂取が有効であること、また遺伝的背景がその病態に関与している可能性が示されました(文献2)。

<NCGS>
2018年フランカビラ博士らは、消化器症状があるが、セリアック病や小麦アレルギーのない1114人に対して、グルテン添加し、グルテン感受性を調べたところ、わずか36人のみが、グルテン感受性を有することがわかりました。確かにNCGSは存在するものの、比較的、NCGSの頻度は少ない可能性が示唆されました(文献3)。

<統合失調症などの病態>
統合失調症で認めた高い抗グリアジン抗体の検出頻度から、統合失調症とグルテン摂取との関連が長らく疑われていました。しかし、2017年のメタ解析以降、統合失調症と、セリアック病、抗グリアジン抗体、グルテン制限による症状軽減効果との因果関係は薄いとして、この仮説は正しくない可能性が高くなっています(文献4)。そのほか、アトピー、線維筋痛症、子宮内膜症、骨盤痛などもグルテン感受性との関連が疑われていますが、その根拠に関しては今後の検討を待つ状況です。

<PWAG>
一般的に、PWAGは、GFDは、西洋食に比べ健康によい、体重減少が期待できる、という信念を持っている、といわれています。実際、2017年に発表された、2009年から2014年までのNHAENESの解析から、1年間GFDを実践した結果、体重、腹囲が減少し、HDL-Cが上昇することが示されました(文献5)。その一方で研究のバイアスとして、後ろ向きの研究であったことや、わずか1.3%のかたがGFDを施行していたに過ぎなかったこと、ほとんどのGFD施行者が、そもそも健康意識の高い女性であったことなどが挙げられています。

<GFDの問題点>
2005年、米国のトンプソン博士らによって行われた、セリアック病患者47人にGFDを摂取させた調査から(文献6)、カルシウム、鉄、ファイバーのそれぞれについて、推奨される摂取量に到達していたのは、男性では、63%、100%、88%であったのに対し、女性では、それぞれわずか31%、44%、46%と、摂取不足が指摘されました。また、別の研究からは、脂質、トランス脂肪酸、タンパク、塩分の摂取量が、GFDで多くなる傾向が示されています。実際、血中総コレステロールが高くなる可能性も指摘されています。

2017年BMJで発表された、ヘルスプロフェッショナル・フォローアップ・スタディーとナース・ヘルス・スタディーとを統合した、前向きの食事質問票を用いた検討(男性45303人、女性64714人)では、グルテン摂取量を、多い、中くらい、少ない、の3グループに分け、それぞれの冠動脈疾患のリスクを検討した結果(文献7)、グルテン摂取が少ないと、冠動脈疾患が増える傾向が示されました。グルテン摂取を避けると同時に、健康によいといわれてきた全粒食物の摂取が減るためではないかと推察されています。また、GFDは、グルテン含有の食品に比べて、値段が205%から267%程度高いと試算されています。加えて、GFDを追求するあまり、家庭で食事をする機会が増え、社会性を失い、強迫性障害に至る可能性も指摘されています。

<コメント>
グルテンフリー食品への注目が高まる一方で、必ずしも、全ての人に推奨されるものではないこともまた、わかってきました。特に、冠動脈疾患を指摘されているかたは、研究の動向次第では、再確認する必要があるでしょう。また、有効性が示されているIBS、NCGSのかたでも、グルテンフリー食品摂取の健康上の利益について詳らかにすべく、より大規模に、前向きに、かつ長期の研究が行われることが期待されます。また、GFDで認めたカルシウム、鉄、ファイバーの不足の可能性から、こうした物質をより多く含んだGFDが作られることが必要となるように思われます。
遺伝子組み替え食品とセリアック病の悪化、またIBSの症状を呈する新規の病態に発展させないよう、食品への監視体制も重要と感じられます。
長期的には、グルテン感受性の評価の簡便化など方法論の確立、またGFDの効果を認める個々の症例を特定する技術開発も必要ではないかと思いました。

文献1
Gastroenterol Hepatol (N Y). 2018 Feb;14(2):82-91.
Health Benefits and Adverse Effects of a Gluten-Free Diet in Non-Celiac Disease Patients.

文献2
Aziz, I., Trott, N., Briggs, R., North, J. R., Hadjivassiliou, M., & Sanders, D. S. (2016). Efficacy of a gluten-free diet in subjects with irritable bowel syndrome-diarrhea unaware of their HLA-DQ2/8 genotype. Clinical Gastroenterology and Hepatology, 14(5), 696-703.

文献3
Am J Gastroenterol. 2018 Mar;113(3):421-430. doi: 10.1038/ajg.2017.483. Epub 2018 Jan 30.
Randomized Double-Blind Placebo-Controlled Crossover Trial for the Diagnosis of Non-Celiac Gluten Sensitivity in Children.

文献4
Brietzke, E., Cerqueira, R. O., Mansur, R. B., & McIntyre, R. S. (2018). Gluten related illnesses and severe mental disorders: a comprehensive review. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 84, 368-375.

文献5
Kim, H. S., Demyen, M. F., Mathew, J., Kothari, N., Feurdean, M., & Ahlawat, S. K. (2017). Obesity, metabolic syndrome, and cardiovascular risk in gluten-free followers without celiac disease in the United States: results from the National Health and Nutrition Examination Survey 2009–2014. Digestive diseases and sciences, 62(9), 2440-2448.

文献6
Thompson, T., Dennis, M., Higgins, L. A., Lee, A. R., & Sharrett, M. K. (2005). Gluten‐free diet survey: are Americans with coeliac disease consuming recommended amounts of fibre, iron, calcium and grain foods?. Journal of Human Nutrition and Dietetics, 18(3), 163-169.

文献7
Lebwohl, B., Cao, Y., Zong, G., Hu, F. B., Green, P. H., Neugut, A. I., ... & Willett, W. C. (2017). Long term gluten consumption in adults without celiac disease and risk of coronary heart disease: prospective cohort study. bmj, 357, j1892.