2018/04/12

愛し野塾 第165回 腎臓がん治療の革新





腎臓がんは、発症率10万人あたり6人といわれ、特徴的な症状のない、見つかりにくいがんとして知られています。腫瘍が静脈から全身へ広がれば、肺、骨、肝臓などを主とした他臓器への転移が懸念されます。1990年代には、インターフェロン、インターロイキン-2などの免疫療法が主流となりましたが、効果はきわめて限定的でした。その後、腎臓がんで変異を認めるヒッペルリンドウ遺伝子の研究から、血管新生が、がんの進行に重要な役割を果たしていることが示され、血管新生の抑止に焦点を絞った薬剤開発によって、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)、哺乳類ラパマイシン標的たんぱく質(mTOR)全盛の時代となりました。現在、腎臓がん治療のファーストラインには、これらの薬剤が推奨されていますが、優れた薬剤であるTKIでも、完全寛解に至るのはわずか1%しかありません。また「完全寛解」という評価では、インターロイキン2による治療成績の方が、むしろ優れていること、進行性腎臓がんの5-7%に完全寛解が認められることが示され、再び、免疫治療が見直されました。
それから20年経過し「免疫チェックポイント阻害剤」という抗がん剤が登場し、2011年のFDA初認可以来、6種類の治療薬が開発されました。なかでも「ニボルマブ」は、「mTOR」に対して、客観的腫瘍縮小効果は、25% 対 5%と大差で有効性が示され、TKI治療後の進行した腎臓がんの生存率は、25ヶ月 対 19.6ヶ月を示し、2016年に「ニボルマブ」は、腎臓がん治療の適応を取得しました。問題点は、24%に及ぶ部分奏功に対し、完全奏功はわずか1%であることでした。
さて、進行性腎がんの予後は、低、中、高リスクの3つに分類されています。進行性腎がん患者の75%は、比較的予後の悪い症例が含まれる、中/高リスクに分類され、ファーストラインの抗がん剤である「スニチニブ」(TKIのひとつ)を用いた第3相試験の結果では、無増悪生存期間中央値は、9.5ヶ月、全生存率中央値は、29.3ヶ月、奏功率25%で、決して満足できるものではありませんでした。一方、抗細胞傷害性Tリンパ球抗原-4(CTLA-4)である「イピリムマブ」は、メラノーマに対する効果を認め、認可されたものの、腎がんに対する効果は乏しく、認可されませんでした。しかし「イピリムマブとニボルマブを併用治療」でそれぞれの単剤より高い効果を認め、未治療の進行性腎がん症例を対象に臨床試験が行われました。奏功率は40%、2年全生存率は67-70%という良好な結果から第三相臨床試験が行われ報告されました。「チェックメイト214」と命名されたこの臨床試験では、未治療腎癌の患者を対象に、1)ニボルマブとイピリムマブ併用、2)スニチニブ単剤を用い比較試験を行い、その結果がNEJMに掲載されましたので解説を試みます(1)。
<対象>
対象は、18歳以上の未治療進行性腎がん(明細胞がん)患者で、カルノフスキー・パーフォマンスステータス(PS)は、70以上(0-100スケールで、0が最低のPS)で、脳転移、自己免疫疾患、グルココルチコイド、免疫抑制剤使用症例は除外しました。国際腎癌データベースコンソーシアムの分類により、低リスクはスコア0、中リスクは1-2、高リスクは3-6としました。この分類では、カルノフスキーPS70、診断から治療開始が1年以内、補正血清カルシウム濃度が10以上、好中球数が正常上限以上、血小板数が正常上限以上かどうかによってスコア化したデータを元に層別化しました。
第三相のオープンラベルの無作為割付試験で、ニボルマブとイピリムマブ併用(併用群)、及びスニチニブ単剤を用いた2群の比較試験としました。ニボルマブは、60分かけて体重Kgあたり3mg、イピリムマブは、30分かけて体重Kgあたり1mg投を3週間おきに4回の投与を繰り返し(インダクションフェーズ)、その後維持療法としてニボルマブを2週間おきに同容量で続けました。スニチニブは、4週間の50mgの経口投与を1サイクルとして、6週間おきに継続しました。
<一次評価項目>
中、高リスク患者の奏功率、無増悪生存期間、全生存期間。
<二次評価項目>
全患者の奏功率、無増悪生存期間、全生存期間。副反応。
<結果>
2014年から2016年の間に、28カ国175医療機関で抽出された1096人の患者が、無作為に2つの治療群に割り付けられ、治療を受けた1082人のうち「ニボルマブとイピリムマブ併用群(併用群)」が547人、「スニチニブ群」が535人となりました。それぞれ、423人と416人が中/高リスク群でした。治療中断は、併用群で42%、スニチニブ群で55%で、その主因は、腎がんの増悪によるものでした。
年齢中央値は、併用群、スニチニブ群、そのぞれ、62歳と61歳、性別は、男性が74%と71%、予後リスクは、低リスクがいずれも23%、最も多い転移臓器は、「肺」でそれぞれ69%と70%、両群間の患者は、ほぼ同質の特徴を持つことが確認されました。
<一次評価項目>
中/高リスク患者の中央観察期間は25.2ヶ月で、「18ヶ月時点での全生存率」は併用群75%、スニチニブ群60%で、死亡のHRは、0.63でした(P<0.001)。「完全奏功率」は、併用群9%、スニチニブ群1%、「無増悪期間」の中央値は、それぞれ11.6ヶ月と、8.4ヶ月(HR0.82、P=0.03)、「奏功率」は、それぞれ42%と27%(P<0.001)でした。「グレード3、4の副反応」は、それぞれ46%と63%で、さらに副反応に伴う治療中断は、併用群22%、併用群12%でした。
<二次評価項目>
全患者の「18ヶ月時点での全生存」は併用群78%、スニチニブ群68%で、「死亡のHR」は、0.68でした(P<0.001)。「完全奏功率」は、併用群9%に対しスニチニブ群では、1%でした。「無増悪期間の中央値」は、12.4ヶ月と、12.3ヶ月(HR0. 98、P=0.85)、奏功率は、39 %と32 %でした(P=0.02)。
低リスク患者で2群を比較した結果、スニチニブ群は、併用群に比べて、奏功率(52%と29%)、及び無増悪生存期間(25.1ヶ月と15.3ヶ月)ともに有意に良好な結果を示しました。
<コメント>
特筆すべきは、これまでの報告から、治療効果が低いと考えられてきた中/高リスクの進行性腎がん患者において、併用治療により、スニチニブ単独治療に比べて「死亡率の32%もの有意な低下」を示したことです。同様に完全奏功率も9倍も上昇したことも朗報です。
一方で、低リスクの患者では、むしろスニチニブに軍配が上がったことは、「免疫チェックポイント阻害剤の適用は、より進行した癌、かつ遺伝子変異が多いことが必要条件だろう」というこれまでのコンセンサスと一致するものでした(2)。今後、あらかじめ遺伝子変異数などを検査し、適用患者を絞り込んで、スニチニブが奏功する集団と、免疫チェックポイント阻害剤が奏功する集団を見極めることが必要でしょう。一方、スニチニブと免疫チェックポイント阻害剤の併用が奏功する集団の存在も可能性は否定できません。今後「進行性腎がんの特性を遺伝子変異の数や種類から分類する」といった観点からの研究が望まれます。
既存の治療法では、「進行性腎がんの治癒」ということは考えられない状況でしたが、光明が差しはじめた、と言えそうです。「治癒」を目標に掲げ、薬の組み合わせ、患者の絞り込みの丁寧な分析調査は今後も必要でしょう。ただし今回の研究で認められた、グレード3、4といった多数の重篤な副反応、それに伴って治療を中断しなければならなかった多数の患者さんがいらしたことは、忘れてはならず、今後は副反応低減ために、薬剤のドースを減らす、治療サイクル期間を長引かせるなどといった、方法論の議論も不可欠であると感じました。

文献
  1. Motzer, R. J., Tannir, N. M., McDermott, D. F., Arén Frontera, O., Melichar, B., Choueiri, T. K., ... & Powles, T. (2018). Nivolumab plus ipilimumab versus sunitinib in advanced renal-cell carcinoma. New England Journal of Medicine. 2018 Apr 5;378(14):1277-1290. doi: 10.1056/NEJMoa1712126. Epub 2018 Mar 21.
  2. Le, D. T., Uram, J. N., Wang, H., Bartlett, B. R., Kemberling, H., Eyring, A. D., ... & Biedrzycki, B. (2015). PD-1 blockade in tumors with mismatch-repair deficiency. New England Journal of Medicine, 372(26), 2509-2520.


2018/04/03

愛し野塾 第164回 ピロリ菌除去による続発生胃がんの予防


胃がんは、東アジアに多く、欧米には比較的少ない疾患といわれています。国内では、東北地方日本海側で多く、沖縄県は少ない、と報告されています。リスク要因として、「喫煙、塩分過剰摂取、ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)感染、野菜と果物の摂取不足」が指摘されており、ピロリ菌の感染率は、中高年で高く若年者で低いこともわかっています。国立がんセンター(2018.4.4 現在)によると、胃がんリスクの低減についてピロリ菌除菌の有効性が最近の研究から明らかになったことから、「ピロリ菌感染を認めたらその除菌をすること」が推奨されるようになった、と記載されています。確かに、1994年にWHOは、ピロリ菌をグループ1のカルチノゲンに指定している点から、がんセンターの記述は正しいと考えられます。しかしながら、Evidence Based Medicineの視点から「ピロリ菌除菌が胃がん予防につながる」と断言できるほど、明確に証明されていないのが実情です。「無症状のかたでピロリ菌陽性者でも、スクニーニング・治療をすることは、いまだ推奨されるレベルにいたっていない」にもかかわらず、採血検査によるピロリ菌感染の有無を調べる検査(ABC検査と呼ばれます)は、すでに日常臨床で、保険外診療として取り扱われています。
韓国では、日本同様、健診が発達していることから、早期胃がんの発見率が高く、内視鏡による治療がメインに行われます。ところが、1年に3%もの癌の再発を認め、この「続発性胃がん予防」を目的とした研究が盛んに行われています。これら研究成果を元に「ピロリ除菌が胃がん予防に役立つのかどうか」という議論に決着をつける可能性も出てきました。1997年には、日本の研究で、早期胃がんを内視鏡で治療した際に、ピロリ菌を除菌すると、胃がんの再発を予防しうる、とい報告されていましたが、方法の厳格性が指摘され、決定的な結果が得られたとはいえない状況でした(1)。その後の2つのオープンラベルの研究結果は(2、3)、続発性胃がんは予防できる、と予防できない、といった全く正反対の結果だったのです。
現在、ピロリ菌感染は前がん状態いわれる萎縮性胃炎を発症させ、萎縮性胃炎が一定以上進むと、不可逆的な状態を呈し、もはやピロリ菌除菌をしても胃がん予防には効果を示さない、との考えかたが支配的となってきていました。しかし、前がん状態がない健康な若者を対象とした研究でも、すでに病理学的に進行した萎縮性胃炎の状態をもつ高齢者を対象とした研究でも、それぞれに相反する結果を認め、ピロリ除菌の施行の可否は、担当した医師の判断次第という微妙なものになっていたことは間違いありません。
今回、無作為2重盲検試験というきわめて厳密な方法論でこの重要な問題に取り組んだ結果がNEJMに報告されましたので、まとめたいと思います(4)。
<方法>
韓国国立癌センターで、18歳から75歳を対象とした無作為2重盲検試験が行われました。内視鏡検査・生検で、病理的に「早期胃がん、あるいは、ハイグレード腺腫」と診断され、内視鏡治療予定のかたのうち、「ピロリ菌感染していること、粘膜腫瘍で潰瘍を伴わないもの、リンパ節、CT上遠隔転移のないもの」を登録条件としました。また除外条件は、「再発胃がん、ピロリ除菌の既往、未分化管状腺癌、印環細胞癌、抗生剤治療の重篤な副作用の既往、内視鏡術後に外科術を必要とするもの、過去5年以内に別の臓器に癌があるもの」としました。
対象者は、内視鏡治療前に無作為に「ピロリ菌除菌」群か「プラセボ」投与群に割り付けられ、除菌は「アモキチシリン1000mg、クラリスロマイシン500mg、ラベプラゾール10mg」を一日2回、7日間投与で行われました。治療後、PPI(ラベプラゾール)のみさらに4週間追加投与されました。
その後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後、以降、6ヶ月ないしは12ヶ月おきに3年後まで内視鏡検査が施行されました。2015年9月からは、倫理的配慮から、経過観察でピロリ菌陽性の場合には「PPI,ビスマス、メトロニダゾール、テトラサイクリン」による除菌が試みられました。
内視鏡施行時、粘膜生検によって萎縮性胃炎の状態も評価されました(シドニーシステムに従い、0-3までの4スコアに分類、0が萎縮性胃炎なし、1が軽度、2が中程度、3が重度)。
<一次評価項目>
術後1年以上経過した後に認められた続発性癌の割合
萎縮性胃炎のスコアが少なくとも1改善した割合。
<2次評価項目>
続発性腺腫発症率
全生存率
<結果>
2003年から2013年の間に1350人をスクリーニングし、条件に合致した470人を無作為に2群に割り付けました。最終的に、除菌群は194人、プラセボ群は202人となりました。経過観察の中央値は5.9年でした。
「除菌群」と「プラセボ群」はそれぞれ、平均年齢は、59.7歳と59.9歳、男性の割合は72.7%と77.7%、喫煙者は41.2%と37.6%、アルコールは55.2%と63.4%、腫瘍の大きさは、1.7cmと1.6cm、腫瘍の場所は、下部が大半を占め、82.5%と82.2%、病理所見は、分化型腺癌が66%と68.8%、深達度は、粘膜が89.7%と93.6%、萎縮の程度が重度だったものの割合は、69.5%と70.1%、メタプラジアは、重度が41.1%と38.8%でした。両群間に差を認めませんでした。
<1次評価項目>
5.9年の経過観察期間で、治療群は、194人中14人(7.2%)に続発性胃がんが発症、プラセボ群は、202人中27人(13.4%)に発症し、治療群では、プラゼ群に比較して、続発性癌発症は有意に少ない(HR=0.50、P=0.03)ことがわかりました。続発性がんの発症をきたした患者の特徴について2群を比較すると治療群に比較してプラセボ群では、診断時の年齢が若く外科術がより多く行われていることがわかりました。
試験開始後3年時の生検をした症例327人について調査をしたところ、胃小弯の萎縮のグレードは、治療群で、プラセボ群に比較して、有意な改善を認めました(48.4%対15%、P<0.0001)、同部位の腸上皮仮生のグレードの改善についても同様に認め(36.6%対18.3%、P<0.001)、前庭については、萎縮の程度も腸上皮仮生の程度も2群間に差異を認めませんでした。
<2次評価項目>
続発性の腺腫の発症に差を認めず(治療群16例、プラセボ群17例)、死亡に関しては、治療群11例、プラセボ群6例で、有意差を認めませんでした(HR1.95、P=0.19)。死亡の内訳について、治療群:1例が胃がん、6例は別の臓器のがん、4例は癌以外の疾患に伴う死亡でした。プラセボ群:胃がん1例、結腸癌1例、4例が癌以外の疾患に伴うものでした。
<ピロリ菌の除菌>
3ヶ月後の解析から、ピロリ菌除菌の成功を認めたのは167例(治療群で、194人中156人(80.4%)で、プラセボ群では、202例中11例(5.4%))でした。また、228人がピロリ感染持続状態でした。続発性癌発症症例は、持続感染があった228人のうち32例、除菌ができた167例のうち9例でした。除菌後の続発性癌の発症率は、HR0.32(P=0.002)と極めて低率でした。
<副反応>
味覚障害、下痢、めまいが、治療群でプラセボ群よりも有意に多くみられましたが(42%対10.2%、P<0.001)、重篤な有害事象はありませんでした。経過観察中、胃腸障害の治療に伴う投薬状況は、治療群とプラセボ群で差はありませんでした。
<議論>
ピロリ菌除菌によって予防可能ながんとして知られている「胃がん」について、症状のない方のピロリ菌感染のスクリーニング、かつ陽性者の治療については、その有効性、条件、費用対効果の点から十分なエビデンスを持って対処する必要があります。「スクリーニングと治療」の視点から、どのタイミングの施行(及び陽性者の治療)が適切なのか、議論されてきました。胃がんの前段階とされる「重症の萎縮性胃炎」が見つかった場合、ピロリ菌除菌が、胃がんへの進行を抑制できるのか、それともできないのか、という点から、この方針をとる上で、適切な時期かどうか、大きな争点となってきました。
今回の研究では、すでに早期胃がんが見つかり、萎縮性胃炎はかなり進んだ状態の方が対象でしたが、こうした不可逆的な前癌状態であっても、未だ、ピロリ菌の除菌が癌抑制に、50%も効力を示したことは驚きです。これまでは、すでに進んだ萎縮性胃炎を認めた場合には、もはやピロリ菌の除菌には、胃がん抑制の意味はないと信じられてきたからです。今後は、ピロリ感染が生じていることが判明した場合は、いかなる場合でも、積極的に除菌することになるでしょう。
ただし、死亡症例を鑑みると、有意差がなかったとはいえ除菌群で1.95倍も多かったことは看過できません。他臓器の癌による死亡が明らかに多かった印象です。早期胃がん発見時に、PETをするなどして、全身の細かな評価をする努力も必要かもしれません。今後の緻密な精査を待ちたいと思います。
これまで、進行した萎縮性胃炎を認めた症例には、ピロリ菌除菌はしないという方針の医師も少なくなかったのではないでしょうか。コペルニクス的転換の時期を迎えた思いがあります。

文献
1.Uemura N, Mukai T, Okamoto S, et al. Effect of Helicobacter pylori eradication on subsequent development of cancer after endoscopic resection of early gastric cancer. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 1997;6:639-642.

2.Fukase K, Kato M, Kikuchi S, et al. Effect of eradication of Helicobacter pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma after endoscopic resection of early gastric cancer: an open-label, randomised controlled trial. Lancet 2008;372:392-397.

3. Choi J, Kim SG, Yoon H, et al. Eradication of Helicobacter pylori after endoscopic resection of gastric tumors does not reduce incidence of metachronous gastric carcinoma. Clin Gastroenterol Hepatol 2014;12(5):793-800.e1.


4. Choi IJ, Kook M-C, Kim Y-I, et al. Helicobacter pylori therapy for the prevention of metachronous gastric cancer. N Engl J Med 2018;378:1085-1095.

2018/03/24

愛し野塾 第163回 自傷行為・・・家族療法の可能性


近年、若い世代を中心に、あたかも流行のように拡大している「自傷行為」とは、受け入れられない大きなストレス、例えばいじめなどの社会的ストレス、トラウマ、不安やうつなどの心理的な理由を引き金に、リストカットをしたり、毒物を飲んだり、叩く、焼く、ひっかくなどあらゆる方法で自らを傷をつける行為です。その定義は、「自殺の意図を持たず直接的に自分の身体を傷つける行為」とされ、精神的苦痛を乗り越えようと非致死的な自傷行為に及ぶことを指し、直接自殺を企図とした行為ではないのですが、実際には、自傷行為と自殺には密接な関連があり、注意深い対応をしなければなりません。
2010年に行われた自治医大による国内調査(対象:1529人、平均年齢:34.2歳、女性:56.4%、男性:43.6%)では、7.1%(男性3.9%、女性9.5%)もの方が自傷経験を有し、そのうちの半数は自傷行為を繰り返していることが示されました(文献1)。最も頻度の高い年齢層は16歳から29歳で、自傷率9.9%を示し、さらに、喫煙者、虐待経験者、人工妊娠中絶者の3つは、顕著なリスク因子である可能性が見出されています。調査からも若い年齢層、そしてリスク因子を有するかたを重点的にサポートすべきだ、ということは明確ですが、現実的には、どのようなケアが最適かについては暗中模索といった状況です。
さて世界的にも、自傷行為は青少年の10%程度に認め、自殺との因果関係についても同様に報告されています。10歳から24歳までの死因の1位は交通事故死ですが、ついで多いのが自殺です。自傷経験者の自殺率は、経験のない人の10倍という高リスクであることもまた軽く受け止めてはなりません。
これまで、介入研究から、弁証法的行動療法、瞑想に基づく治療法、認知行動療法が自傷行為を繰り返す症例にやや有効という結果が、メタ解析によって得られていますが、効果は限定的であることから、治療法の開発が求められています。当事者の家族を巻き込んだ治療である「家族療法」は、自傷率を有意に低下させるという報告があり期待がもたれています。家族因子となる代表的な因子は、親子関係、養育の質、感情表出レベル、虐待経験、親同士の葛藤、親の精神衛生、で、子どもや青年の自傷行為解決への指標となります。「家族療法」は、家族生活のなかで、子と保護者との関係性を強め、絆を育むことを見据えた治療によって自傷行為をやめさせようとする方法で、理論的には、高い可能性を内包した治療法といえます。
さて、今回、イギリスで最大規模の自傷行為への「家族療法」による介入試験の結果が発表されましたので、解説したいと思います(文献2)。
<対象>
11歳から17歳で、過去少なくとも2回自傷行為があり、英国・青少年精神衛生局(CAMHS)に紹介された青少年が対象となりました。この研究では、自傷行為は、自殺の意図があったかどうかに関わらず、リストカット以外にも、薬の過剰服用、首吊り、高所からの飛び降り、自分の首を絞める、往来の激しい道路に飛び出るなど、自分を傷つける行動すべてを含みました。対象から除外条件は、自殺企図の高い、子ども保護を目的とした調査を受けている、短期の里子にでている、妊娠中、CAMHS内で通常治療中、中程度から重い学習障害がある、6ヶ月以内に別の研究に参加している、質問表に答えるに足りない英語言語力の低いこと、とされました。
家族療法は、1回1.25時間で、1ヶ月に1度、6-8回施行されました。治療風景は録画され、無作為に選ばれた画像について、治療者の適正・能力・治療内容は専門家によって評価されました。家族としての機能を維持させ、子どもと保護者の間の絆を強固にすることを目的に、保護者に対し、専門家が教育、指導を施しました。保護者には、子どもに対し、安全な環境を提供させる、ネガティブな言動はしない(自傷行為は良くない、薬物依存は危険であるなどの説教、諭しに代表される言動)、ポジティブな言動にのみフォーカスする、など、保護者自身の行動を変容させるように指導をしました。具体的には、「ロールプレイ、グループディスカッション、ホームワークアサインメント」を取り入れ、情緒に訴えかけるコミュニケーション、子どもからの対応を求められたときは、いつも必ず応えることを心がけるように指導しました(文献3)。
<一次評価項目>
グループ治療終了後18ヶ月以内の自傷行為の繰り返しによって病院受診に至ったか否か
<二次評価項目>
グループ治療終了後12ヶ月以内に自傷行為の繰り返しにより病院受診に至ったかどうか。
家族療法によって、自傷行為にかかる費用がどの程度軽減したのか、自傷行為の数、方法の変化、生活の質、うつ病、自殺企図について
 <結果>
2009年から2013年の間に、3,554人のかたをスクリーニングし、最終的に条件に合致する832人を選別し、無作為に家族療法群(415人)、通常治療群(417人)に割り付けました。平均年齢は、14.3歳で、11歳から14歳が53%、15-17歳が47%、性別は女性が89%でした。自傷行為の回数は、3回以上が89%でした。自傷行為の方法は、自分を刃物などで傷つける行為が71%、オーバードースなどの薬物乱用による自傷が22%、自殺企図のあるものが32%でした。99%以上が両親かガーディアンと暮らしており、94%がフルタイムの教育を受けていました。両群とも同様の特徴を持っていました。
<一次評価項目>
全対象者の96%の方について評価可能でした。繰り返す自傷行為を理由に病院受診した回数は、家族療法群は118回(28%)、通常療法群では103回(25%)で、2群間に有意差はありませんでした(P=0.33)。
<二次評価項目>
子供のうつ病スケール、子供の生活の質スケール、子供の絶望スケール、子供の家族機能、保護者のメンタルヘルススケール、感情表出は、2群間で有意差はありませんでした。
家族療法によって改善を認めた項目は(1)SDQ(=子どもの強さと困難さアンケート)(子供と保護者の両方)、(2)自殺企図ベックスケール(子供),(3)家族機能(保護者)、(4)子供と保護者の両者を考慮した場合の費用対効果、でした。
<コメント>
今回の結果からは、「子供と保護者の関係性の強み、絆を形成すること」にフォーカスした家族療法は、自傷行為そのものの対策としては、特別勧めるべきメリットを見出せない結果となったことは残念です。エディトリアルのオウグリン博士は、このネガティブな結果をもたらした理由として、(1)この研究で用いられた家族療法の時間も頻度も少なく、治療強度の低いものとみなされ、そもそもこの効果は期待されるものではなかった、(2)一次評価項目として自傷行為を病院受診の回数で客観的に評価しようとしたことは前向きに捉えられるが、現実的にはほとんどの自傷行為は、両親の知らないところで行われ、病院受診に至らないことから、不適切な指標である、といった手厳しい批判を浴びせています(文献4)。
一方で、2次評価項目では、SDQについて、子供と保護者の両者に良好な結果をもたらしたことは、前向きな評価がされています。
さて、費用対効果は現実的に大きな焦点であり、介入療法の良し悪しの決定因子でもあります。治療効果を上げるために、治療強度をあげれば、費用対効果は悪化することも踏まえ、今回の研究では、できるだけ治療強度を上げないように計画されていました。この点、費用対効果の視点では良好な結果となっていることは目論見どおりといえます。子どもの自殺企図のスケールは改善し、保護者の家族機能も改善している点は、前向きに捉えられるものです。オウグリン博士の指摘どおり、「治療強度の低さ」「アウトカムのとりかた」に議論の余地があるのは間違いないところでしょうし、今後、アウトカムをより現実に即したものに変え、治療頻度、治療時間を増やし、「家族療法」の有効性について、慎重な議論が続けられるべきでしょう。もちろん費用対効果も含め十分なアセスメントを要することでしょう。
保護者の子供への接し方にフォーカスし、家族機能を取り戻すことが、自傷行為の抑止につながるという一見当たり前とも思える治療法、この研究の発展に伴って、そもそも自傷行為がなぜ生じるのか、についての手がかりも得られるのではないか、と個人的には考えるところです。

(1)日本公衛誌 2012年9月15日、第59巻、第9号、665-773
(2)Cottrell, D. J., Wright-Hughes, A., Collinson, M., Boston, P., Eisler, I., Fortune, S., ... & Owens, D. W. (2018). Effectiveness of systemic family therapy versus treatment as usual for young people after self-harm: a pragmatic, phase 3, multicentre, randomised controlled trial. The Lancet Psychiatry, 5(3), 203-216.
(3)Kumpfer, K. L. (2014). Family-based interventions for the prevention of substance abuse and other impulse control disorders in girls. ISRN Addiction, 2014. Mar 3;2014:308789.
(4)Ougrin, D., & Asarnow, J. R. (2018). The end of family therapy for self-harm, or a new beginning?. The Lancet Psychiatry. 2018 Mar;5(3):188-189. doi: 10.1016/S2215-0366(18)30043-9.

2018/03/14

愛し野塾 第162回 非アルコール性脂肪性肝炎・新しい治療標的か


肝臓病の主たる疾患として注目されている「非アルコール性脂肪性肝疾患」とは、非アルコール性脂肪肝といった初期段階から、増悪化した非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に至る疾患群です。 人間ドック受診者の推計から「非アルコール性脂肪肝」患者数は、1000万人から2000万人に及び、また「非アルコール性脂肪性肝炎」の患者数は、その約1割の100万人から200万人と推算されています。また、米国の報告では、NASHは、2020年には、肝臓移植を要する最も頻度の高い疾患になる、と予測されています。非アルコール性脂肪肝の診断には、1)お酒を飲まない、2)C型、B型肝炎がない、3)肝臓への脂肪沈着がある、4)脂肪肝をきたす他の病気がない、といった条件を満たす必要があります。また、単純な非アルコール性脂肪肝が、さらに進んだNASHに移行する原因として、インスリン抵抗性、脂質毒性、サイトカイン、酸化ストレス、そのほか炎症機転の関与が示唆されていますが、未だそのメカニズムの詳細は不明のままです。

NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)の最大の問題は、肝硬変、肝癌に移行する可能性が高いことです。このため、早期の治療が望まれますが、現在、有効な治療法はありません。非アルコール性肝疾患の発症には、生活習慣の乱れや内臓肥満、ストレス、昼夜逆転の仕事などが関与していると考えられており、規則正しい生活、適正な体重コントロール、職場環境の改善によりストレスを減らすこと、などが推奨されています。この病気は、肥満、高血圧、脂質異常を併発していることが多く、「生活習慣の乱れ」が共通の原因として高頻度に認められます。脂肪肝を呈した肝細胞を、顕微鏡で観察すると、肝細胞のなかに油の粒がパンパンに溜まっているのが確認できます。

ご存知のように脂肪肝は、アルコール摂取によっても招来されます。ただし、アルコール摂取量、男性、1日量が30グラム(ビール大瓶一本くらい)、同じく女性、20グラム(中瓶一本)までならば、非アルコール性脂肪肝として診断されます。

最近の研究から、線維芽細胞増殖因子(FGF)と呼ばれる一群のホルモンのなかで、FGF19とFGF21は、脂質利用能の亢進や、肝臓の脂肪蓄積を抑制する作用があることが見出され、治療薬として使えるのではないかと期待されています。さて、脂肪肝発症には、胆汁酸の関与が大きく、肝臓に炎症と繊維化を惹起することが明らかにされています。FGF19は、P457A1を介して、コレステロールからの胆汁酸合成を阻害し、インスリン依存性の脂肪合成を阻害することから、治療薬として注目されていましたが、FGF19をトランスジェニックマウスの実験系で大量発現させた結果、肝臓癌形成を促進させることがわかり、残念ながら治療薬としては使えないことがわかりました。

そこで、肝臓癌誘発作用を持たず、胆汁酸合成阻害効果は維持しているリコンビナントFGF19 の合成が試みられました。試行錯誤の結果、P24-S28の5個のアミノ酸を欠失させ、N末端の3個のアミノ酸について、Ala30Ser、Gly31Ser、His33Leuに変異させたFGF19 (NGM282と命名)の合成に成功しました。

NGM282は、FGF19の受容体であるFGFR4を介したシグナルの中で、CYP7A1の活性抑制は保存され、すなわち胆汁酸合成は阻害できること、一方で、STAT3を介したシグナルは惹起されず肝癌形成促進作用を欠失する、という理想的なリコンビナントFGF-19として評価されました。また、NGM282のFGF19による肝癌形成作用に対する抑止効果を認め、より生体にとって都合の良い作用を有することも明らかにされました。非アルコール性脂肪性肝炎を呈する動物モデルにNGM282を投与した結果、肝機能(AST、ALT)の早期の改善、肝臓の病理解析から脂肪含有量の減少、および炎症、バルーン変性の抑止、繊維化の抑制作用を認めました。その後、健常人に投与し、高い安全性が確認され、肝臓のCYP7A1のバイオマーカーであるC4の血中濃度の低下も確認されました。そしていよいよ非アルコール性脂肪性肝炎患者に投与した結果が、2018年3月、「ランセット」に発表になりましたので解説します(1)。

<対象>
オーストラリアと米国の18の医療機関で、第2相のプラセボ対照の2重盲検試験が行われました。対象者は17-75歳、対象条件は、生検で確認された非アルコール性脂肪性肝炎(活動性スコア4以上)を有すること、MRI―PDEFで肝臓の脂肪含量が8%以上、ALTの上昇(男性が30以上、女性19以上)を示すこととしました。除外項目には、肝臓移植を受けたことがある人、過去6ヶ月以内の心血管イベントを有する人、肝硬変および1型糖尿病患者、非アルコール性脂肪性肝炎と無関係な急性あるいは慢性の肝疾患がある患者、としました。

対象者は3群、すなわち、1)1日に1回の3mgのNGM282 、2)1日に1回の6mgのNGM282、3)プラセボとして皮下注射群、に無作為に割り付けられました。12週間後に評価(1次評価項目は、MRI-PDFFで肝臓脂肪含有量が5%以上減少した割合。2次評価項目は、C4活性の低下、5%未満の肝臓脂肪含量の低下率、ALTの変化率)が行なわれました。

 <結果>
2015年から2016年の間に、166人の患者をスクリーニングした結果、82人が、3mg/日・NGM282投与群(27人)、6mg/日・NGM282投与群(28人)、プラセボ投与群(27人)の3群に割り付けられました。6mg投与群のうち2人は、肝脂肪量の再調査前の早期に試験中断に至り、失敗例と評価されました。3群の平均年齢は、52歳から56.8歳、女性が57%から74%でした。白人の割合が86%から93%、ALTは61-71、と、3群間に有意差はなく同様の特性を持つ集団であることが確認されました。

<1次評価項目 肝臓脂肪含有量の5%以上の低下>
肝臓脂肪含有量の5%以上の低下を認めたのは、それぞれ3mg投与群・74%、6mg投与群・79%、プラセボ群はわずか7%で、NMG282投与による有意な改善を認めました(いずれもP<0.0001)。肝臓脂肪含有量が完全に正常化したのは、3mg投与群・26%、6mg投与群・39%で、プラセボ群は0%でした。ポストホック解析を行った結果、肝臓脂肪含有量の改善に寄与する因子は、性別、人種、糖尿病罹患、BMI、ALT濃度、繊維化の程度、スタチン服用のいずれも関連がないことがわかりました。

<2次評価項目 C4活性の低下・5%未満の肝臓脂肪含量の低下率・ALTの変化率>
12週間後のALT値は、3mg投与群・-35.1U/I、6mg投与群・-36.5U/Iで、プラセボ投与群に比較していずれも有意な低下を認めました(いずれもP<0.0001)。ASTとC4も、3mg投与群、及び6mg投与群で低下を認めましたが、ALP値には変化がありませんでした。また、血清の繊維化のバイオマーカーであるproC3とELFスコアも、NMG282投与群でプラセボ群に比較して有意な改善を認めました。

<有害事象>
プラセボ群には中止症例はなく、NMG282投与3mg及び6mg両投与群、ともに11%の症例が有害事象を認め中止となりました。NMG282の両投与群で、肝臓の脂肪量が正常化した割合に比べても多くの方が、グレード2、あるいは3の有害事象(3mg投与群で48%、6mg投与群で50%)を経験しました。有害事象の多くは消化管障害で、下痢、腹痛、嘔吐でした。3mg投与群の1名は、膵炎を発症しました。

<血清脂質の変化>
中性脂肪、HDL―Cは、プラセボ群と比較して、NMG282投与で有意な変化はありませんでしたが、LDL―Cは、有意な上昇がありました(いずれの容量でもP<0.0001)

<コメント>
NMG282の肝臓脂肪を取り去る効果は、投与量の大小によらず、迅速かつ有意であり、脂肪含有量がわずか12週間で正常化した患者が、4分の1以上に達し、ALT値も投与後わずか1週間で有意に低下し、3分の1以上で正常化したことは、特筆に値する結果です。これまで非アルコール性脂肪性肝炎の治療薬が存在しなかった、ことから考えれば革命的な結果ではないか、と思うところです。しかし、薬剤服用を中止すれば4週間で投与前の状態に戻ってしまうことや、グレード2、3レベルの有害事象が半数近くに生じたこと、LDL-Cの有意な上昇を認めたことを無視することはできません。

非アルコール性脂肪性肝炎の発症は、肥満・メタボリック症候群などの慢性疾患が肝臓に反映した疾患である、という考え方が支配的です。この意味では、動脈硬化を亢進させる主たる要因の一つであるLDL-Cの増加について、長期的視野での観察・検討の必要性が議論されるでしょう。ただし、LDL-Cの増加が、small dense LDLではなく、large dense LDLによるものであること、またスタチン投与によるLDL-Cの産生抑制など、動脈硬化への影響は最小化できるもの、と考察され、うなづけるところです。

一方で、有害事象も、重篤ではないグレード2が大半で(3mg投与で41%、6mg投与で43%、プラセボ投与で15%)、重篤なグレード3は、比較的少ないものでした(3mg投与で7%、6mg投与で7%、プラセボ投与で4%)。この点は長期的視野に立った重篤な副作用の検証を注意深くする必要があると思います。有害事象のほとんどは、胆汁酸の産生減少による消化管運動機能の停滞に関連していることから、エディトリアルのコメント(2)では、「3mgあるいは6mgの投与を12週間以上続けて継続することは困難なのではないか」、という指摘は見逃せません。この研究を率いたハリソン博士もより低容量の投与によって有害事象を減らし、かつ有効性が維持されるのかどうか、検討が必要だと述べています。具体的には、NMG282をより長期に投与できるようにすること、そして、この肝臓脂肪を減少させる劇的な効果を維持できる投与量の適正化の検討が、重要な課題となることでしょう。

ところで糖尿病の発症スイッチとして注目されている「肝臓と膵臓への脂肪沈着の影響」という視点から、NMG282による劇的な肝臓への脂肪沈着の減少の他、膵臓の脂肪含有量に及ぼす影響についても気になるところです。また血糖管理プロフィールについては、12週間では大きな変化はなかったようですが、より長期の投与による血糖改善作用の有無についても興味があるところです。

さて、わずか12週間で肝脂肪が劇的に減少するNM282の登場は画期的です。だからこそ、投与量の適正化、より長期的な投与による、安全性を踏まえた効果について注意深く検証しなければなりません。長期的にも、肝硬変、肝癌が予防できたら、すばらしいことだと大きく期待させられた研究です。

文献
1)Harrison, S. A.ら(2018). NGM282 for treatment of non-alcoholic steatohepatitis: a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial. The Lancet. doi: 10.1016/S0140-6736(18)30474-4.

(2)Charlton, M. (05 March 2018). FGF-19 agonism for NASH: a short study of a long disease. The Lancet.

愛し野塾 第161回 前立腺がんの腫瘍の悪性化神経と血管新生の視点から

前立腺がんは、新規に診断される患者数は、1年あたり10万人中117.9人で、60歳以上で、急激に増加します。男性では、1位の胃がん、2位の大腸がん、3位の肺がんについで、罹患数の多いがんです。発見時にすでに骨転移している症例もあり、病期が進んでしまうと、治療にも難渋します。予防には「禁煙、節度ある飲酒、バランスの良い食事、適切な運動、体重コントロール、そして感染症予防」が効果的だといわれています。加えて、疫学調査から、降圧剤であるベータブロッカーが、前立腺がんの発症を予防し、かつ死亡率を下げることも報告されています。

さて、この「ベータブロッカーが前立腺がん予防に及ぼすメカニズムの詳細」を明らかにすれば、新しい治療ターゲットを発見できるかもしれません。この話題について昨今「科学誌サイエンス」(1)で報告された内容が医学誌「NEJM」(2)でまとめられましたので、解説します。

癌化の前段階では、細胞が増殖しその容積が増える「過形成」、いわゆる良性腫瘍が生じ、その後「血管新生」に発展すると、過形成された組織内に血管が新たに作られ、栄養及び液性因子などが効率よく運びこまれ、細胞の癌化を促します。「血管新生スイッチ」と呼ばれるこの過程には、「VEGF」など血管新生を促す液性因子の関与することがわかっています。この液性因子は、癌化を阻止する為に働いていた「血管新生阻害因子」の作用を凌駕し、細胞の癌化を促進するのです。

さて、創傷治癒時に生じる血管新生は、末しょう神経によって制御されること、また神経が血管新生を介して腫瘍形成を促すこと、交感神経の関与の可能性についても報告されています。今回の研究では、腫瘍形成に関わる神経の関与を明らかにする目的で、交感神経の神経伝達物質であるノルアドレナリンが結合し細胞内に作用するベータアドレナリン受容体の遺伝子をコンディショナルノックアウト(条件特異的遺伝子破壊)し、「血管新生スイッチ」が阻害されるのかどうか検討されました。

<研究>
免疫欠損マウス(Balb/c(nu/nu))にヒト前立腺癌細胞を移植した結果、18日後から急激な癌細胞の増殖が認められました。一方で、β2とβ3アドレナリン受容体を欠失させた変異体マウスでは、ヒト前立腺癌細胞の移植後18日目までは、野生株マウスと同程度の増殖を認めましたが、その後の急激な増殖は認めませんでした。18日目の細胞分析では、免疫欠損マウス及び、β受容体欠失マウスでも、癌の体積、組織の形態について、差異は認められませんでしたが、β受容体欠失マウスでは、腫瘍内血管の長さ、及び枝分かれの数の減少を認め、血管新生の有意な低下を認めました。この結果から、βアドレナリン受容体シグナルによる腫瘍血管新生作用、すなわち「血管新生スイッチ」機能を認め、このスイッチが、「低グレイド前立腺上皮内腫瘍(LPIN)」から、悪性度の高い「高グレイド前立腺上皮内腫瘍(HPIN)」へ誘導することも示唆されました。

次に、癌遺伝子である「MYC」を、プロバシンプロモーターの下流に挿入し、前立腺に大量に発現させたマウスモデルを用いました。発現後4週目に、腫瘍レベルはLPINに、また8週目にHPINに悪性化し、さらに24週目には、腺癌を形成し、その後、浸潤癌への進行が確認され、「ヒト前立腺癌の自然死の再現モデル動物」の作成に成功したことが確認されました。交感神経の発現をチロシンヒドロキシラーゼによる免疫組織染色を用いて、血管新生については、CD31抗体を用いて同定し、その結果、HPINで神経と血管の物理的な接合が増加していることがわかりました。HPIN組織内のノルアドレナリンの特異的な増加、血管内皮細胞でのβ2アドレナリン受容体の高頻度な発現が明らかになりました。

次に、「どの間質細胞のβ2アドレナリン受容体が、腫瘍の癌化に決定的な役割を果たしているのか」を検討するために、CREシステムによって血管内皮、ペリサイト、ミエロイド細胞のそれぞれ特異的に発現するβ2アドレナリン受容体をコンディショナルノックアウトにより欠失させた結果、LPINの段階で、ペリサイトあるいはミエロイド細胞特異的にβ2アドレナリン受容体を欠失させても、HPIN、及び腺ガンに進行した時期の腫瘍の重さには変わりはありませんでした。しかし、LPINの段階で、血管内皮細胞特異的にβ2アドレナリン受容体を欠失させたマウスでは、HPINへの移行が遅れ、12ヶ月間後までこの遅れが観察されました。その後、腫瘍を摘出し、血管組織を分析すると、血管の長さ、枝分かれの数が、野生型MYCマウスに比較して有意に減少していることが明らかとなりました(P<0.01)。この結果から、血管内皮細胞に存在するβ2アドレナリン受容体が、血管新生スイッチ遂行を司り、前立腺癌形成に決定的な役割を果たしていることが、示唆されました。

次に、血管内皮に存在するβ2アドレナリン受容体細胞内シグナルのどのコンポーネントが、血管新生スイッチを司っているのか、を検討する目的で、MYC野生型マウスと、血管内皮特異的にβ2アドレナリン受容体を欠失させたMYCマウスの、血管内皮細胞を、それぞれFACSを用いて選択的に取り出し、それらの「トランスクリプトーム」を比較しました。「遺伝子セット濃縮解析」から、β2アドレナリン受容体を欠失させた場合、「ミトコンドリアのチトクロームC」活性が有意に上昇している可能性が示唆されました。階級クラスター解析から、「BckdhaとCoa6」が突出して増えていることもわかりました。この結果から、血管新生スイッチにミトコンドリアの酸化的リン酸化の関与の可能性が示唆されました。

血管新生は主に好気的解糖によってATPを産生します。β2アドレナリン受容体のノックアウトにより血管新生が生じなくなるのは、血管内皮細胞内の酸化的リン酸化が高まるためです。そこで、チトクロームIVオキシダーゼ・アセンブリー・ファクターであるCox10をβ2アドレナリン受容体遺伝子と共に欠失させると、このCox10の追加欠失によってβ2アドレナリン受容体単独欠失した場合に生じる代謝シフトの阻害が生じ、前立腺がんの進行が再度生じるようになることがわかりました。

コメント

今回の実験結果によって、前立腺がんの進行には、神経を介した血管新生の促進が関与することが明らかになりました。この前立腺がん治療の新しいターゲット、そしてβブロッカーの有効性は、世界中の注目を集め、すでにはじまっているβブロッカーを用いた3つの前立腺がん治療の第二相臨床研究の結果が期待されるところです。また、今回の結果は、「神経の走行に沿うようにがん細胞が認められた場合、予後が悪い」という臨床データに基づく知見を裏付けるものとなりました。
前立腺がんは、男性では一生のうちに12%のかたが罹患するという、発症頻度の高いがんです。βブロッカーが前立腺がんの進行を阻止するだけなく、再発の抑止にも効果があるかどうか、今後、安全性を含め検討された上で、臨床応用されることが期待されます。

前立腺がんは、アンドロゲン作用によって増殖する症例が多いことから、抗アンドロゲン療法を主たる治療薬として用い、放射線療法や化学療法の追加について検討してゆきます。治療を続けるうちに、アンドロゲンに対して前立腺がんが耐性を示すようになることもしばしば生じ、βブロッカーが採用され、薬剤の選択肢の幅が広がることは大きな利益になるでしょう。

最近では、「神経が、がんの増殖に関与している」という概念は、胃がんや膵臓がんでも、見いだされてきました。この新しい概念である「神経制御によるがん細胞増殖の抑制」、この機序の解明によって、がん治療の飛躍が期待されます。

(1)Zahalka, A. H., Arnal-Estapé, A., Maryanovich, M., Nakahara, F., Cruz, C. D., Finley, L. W., & Frenette, P. S. (2017). Adrenergic nerves activate an angio-metabolic switch in prostate cancer. Science, 358(6361), 321-326.

(2)Chen, D., & Ayala, G. E. (2018). Innervating Prostate Cancer. New England Journal of Medicine, 378(7), 675-677.

2018/03/02

愛し野塾 第160回 ネットワークメタ解析を用いた抗うつ剤による治療効果の包括的検討



世界では、年間80万人が、「自殺」によって命を落とし、またこの原因として最も関係があるのが「うつ病」や「アルコール依存症」などのメンタル疾患であると言われています(WHO)。うつ病の特徴的な症状は、「気分の落ち込み」「興味の喪失」「不眠」「体重減少」「倦怠感」「焦燥」「無価値感」「希死念慮」「悲しい気持ちになる」「集中力の低下」などで、日本の統計では、患者数は、2008年に100万人を越えたと算出されている一方で、医師に受診しているのは4人に1人であり、受診をなさらない人も含めると、少なくとも300万人がうつ病で苦悩していると考えられています。重病などを理由としてうつ病を発症している方のほか、対人関係、職場環境、家庭生活におけるストレスが増えている現代社会を反映し、うつ病患者数は増加の一途をたどっています。

国際的な統計によると、地球上の全疾患の22.8%をメンタル疾患が占め、その中核をなすのが「うつ病」といわれ、3億5千万人がうつ病に罹患していると推測されています。1990年頃から罹患者数が増えて続けており、人口増加、高齢者人口増加が拍車をかけているとされます。

またアメリカ国内の統計から、うつ病にかかる医療費は20兆円を越え、そのうち45%が治療費や薬剤費などの「直接費用」、さらにメンタル疾患に特徴的に発生する「間接費用」として、自殺対策に5%、さらに病気によって生産性が低下することや、非就業費用など「労働にまつわる」コストが50%を占めています。

さらに社会経済的視点から、高齢化によって減少しつつある生産年齢層にうつ病罹患数は増加傾向を示している事実を踏まえ、一刻も早く、実効性のある対策として、有効な治療法の開発、自殺防止や社会的損失を食い止める医療・福祉、及び労働政策を企てる必要があります。現在、医療の観点から、主な治療法としては、精神療法、薬物療法があります。精神療法は有効な手段ですが、時間がかかること、人的な資源を要することから、効果は限定的です。従って、主たる治療としては、抗うつ剤によるものとなります。しかし、抗うつ剤は、個体差が大きく、短期的な効果がそれほど大きいものではないと考えられていること、長期的な効果はほとんど検討されていないことから、その服用にあたっては、敬遠されるかたも多いのが現状とされています。

今回、短期的な治療効果に絞って、21種類の抗うつ病薬について、「包括的に文献検索を行い、ネットワークメタ解析法」を行ったスタディーが「ランセット」に報告されましたので、解説します(1)。日常臨床で使われている抗うつ剤について、具体的にその効用や副作用がまとめられたことは画期的と評価され、BBCなどのメディアで大きく取り上げられました。日本からは京都大学が参加したこともあり、日本のメディアでも話題となりました。

<対象>
単剤による治療のみを施行されている18歳以上、かつ臨床試験で「2重盲検無作為割付法」が採用された患者を、調査対象としました。

「大うつ病」の診断は、DSM、ICD-10など標準法を用いたものとされました。薬の種類としては、米国、欧州、日本で認可されている、「アゴメラチン、ブプロピオン、シタロプラム、デュロキセチン(サインバルタ)、エスシタロプラム(レクサプロ), フルオキセチン フルボキサミン(デプロメール、ルボックス),ミルナシプラン(トレドミン), ミルタザピン(リフレックス)、レメロン ,パロキセチン(パキシル), レボキセチン, セルトラリン(ジェイゾロフト),ベンラファキシン(イフェクサー),ボルチオキセチンを対象としました。3環系抗うつ薬であるアミトリプチリン(トリプタノール), クロミプラミン(アナフラニール)、さらに、トラゾドン(レスリン、デジレル)、ネファゾドンも対象に加えられました。

<評価項目>
「有効性の評価」には、標準的評価項目が用いられ、「スコアが50%以上改善したもの」の割合としました。「有害項目の評価」として、理由のいかんにかかわらず「研究から離脱したもの」の割合としました。評価時点としては、研究開始後8週間あるいは、8週間後のデータがない場合、4-12週間後で8週間に一番近いポイントのデータとしました。

<結果>
データベース検索から条件に合致する臨床試験421件、論文化されていない研究結果あるいは製薬メーカーのウエブサイトからの検索86件、個人的に得た情報15件で、計522件の研究結果が対象とされました。1979年から2016年の間に、116,477人が参加、21種類の抗うつ薬とプラセボが比較されました。87,052人が抗うつ薬に割り付けられました。平均年齢44歳、62.3%が女性でした。89%の研究で用いられたHAM―D17の平均値は25.7で、中等症から重症の方が多く含まれる調査が行われました。

<プラセボとの比較試験>
「有効性」は、すべての薬剤でプラセボを上回っていました。プラセボと比較して、最も有効と評価されたのはハザード比2.13のアミトリプチリン(トリプタノール)でしたが、一方、最も低いのはハザード比1.37のレボキセチンでした。

有害性評価(試験からの離脱の比率)では、プラセボとの比較で、アゴメラチンが0.84と一番よい値を示し、フルオキセチンが0.88と続きました。クロミプラミン(アナフラニール)は、1.30とプラセボよりも悪い結果でした。

<薬剤同士の比較試験>

有効性評価では、アゴメラチン、アミトリプチリン(トリプタノール), エスシタロプラム(レクサプロ)ミルタザピン(リフレックス), パロキセチン(パキシル), ベンラファキシン(イフェクサー), ボルチオキセチンについて、有効性が高いことが判明しました。また、フルオキセチンフルボキサミン(デプロメール、ルボックス),レボキセチン、トラゾドン(レスリン、デジレル)は有効性が最も低い結果でした。安全性評価では、アゴメラチン、シタロプラム,  エスシタロプラム(レクサプロ)フルオキセチン、セルトラリン(ジェイゾロフ)、ボルチオキセチンが良好な成績を示し、アミトリプチリン(トリプタノール)クロミプラミン(アナフラニール), デュロキセチン(サインバルタ), フルボキサミン(デプロメール、ルボックス),レボキセチン, トラゾドン(レスリン、デジレル), ベンラファキシン(イフェクサー)が高いドロップアウト率でした。

<結論>
有効性と安全性の両面から考慮すると、第一選択薬として、「アゴメラチン、エスシタロプラム(レクサプロ)、ボルチオキセチン」が推奨され、「フルボキサミン(デプロメール、ルボックス)、レボキセチン, トラゾドン(レスリン、デジレル)」は推奨しにくいことが示されました。第一選択薬の効果が限定的な場合、安全性評価は低い一方で有効性は高い、「アミトリプチリン(トリプタノール), ベンラファキシン(イフェクサー)」も考慮されるでしょう。ただし、副作用には十分な注意を要するものと考えられます。

<コメント>
抗うつ薬の有効性が明確に示された今回の結果によって、患者さんと向き合う臨床医がひとまず安堵したことは間違いないところですし、多くのメディアでも専門家が口を揃えて、高く評価していることも頷けるところです。これまで使用されてきた治療薬が少なくともプラゼボに比較して抗うつ効果が明確に示されたことは患者やその家族にも安心をもたらしたと思います。

また、最初に使うべき薬剤がほぼ同定されたのもこの調査の利益でしょう。これまでは、多くの抗うつ剤がある中で、どれを最初に選択すべきか、という指標はありませんでした。同時に、最初に使用しないほうがいい、と考慮すべき薬も指摘できたことは朗報でしょう。

ただし、得られたデータはネットワーク解析による調査であることから、個々人の薬に対する効果と安全性を無視していること、効果が得られやすい患者、逆に副作用が現れやすい患者などの解析が不可能な点など、気をつけて当報告を評価しなければなりません。

さらに、これまでの報告で、デュロキセチン(サインバルタ)に対し効果を示す患者は76%、また24%は反応が得られない、とする報告がありますが、反応者と非反応者を見分けることは容易ではありません。うつ病の症状は多岐にわたり、「不安症状」「メランコリー」「非定型症状」を含め、これらの症状の違いを使って、薬の反応性を試算する試みもありましたが、成功には至りませんでした。

「どのような特徴を持つうつ病患者が、薬に反応しやすいのか、また、副作用が出やすいのか」、多くの臨床家が研究を進めてまいりました。しかし、著しい治療精度を上げる次の段階に進むには、症状から離れた「客観的指標」が必要でしょう。いわゆる「バイオマーカー」を検出すべく研究が進んでいます。昨年発表されたfMRIを使ったresting state functional connectivityがバイオマーカーとなるのではないかとする見解は有用とされています(2)。この指標を用いて、4つの病態に鬱病を分類することが可能となると示され、そのなかで、磁気刺激治療に反応する患者群が同定された結果は、大きなインパクトがありました。同じ手法を用いて、現在ある薬の効力と副作用が分類できるようになれば、うつ病治療には極めて有用になると思います。

今回の研究から、日常臨床で使われている抗うつ薬処方には意味があること、さらに、個々の薬剤に対する薬効と安全性に対する網羅的なデータが提示されたことから、臨床医ははじめてエビデンスを伴った処方が可能となった、といえるしょう。患者さんが正しい情報を知らされ、同意した上で服薬できるためにも有意義な調査報告であったと感じるところです。

文献
(1)Cipriani, A., Furukawa, T. A., Salanti, G., Chaimani, A., Atkinson, L. Z., Ogawa, Y., ... & Egger, M. (2018). Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. The Lancet.

(2)Drysdale, A. T., Grosenick, L., Downar, J., Dunlop, K., Mansouri, F., Meng, Y., ... & Schatzberg, A. F. (2017). Resting-state connectivity biomarkers define neurophysiological subtypes of depression. Nature medicine, 23(1), 28.





2018/02/21

愛し野塾 第159回 インフルエンザワクチンの開発


今年も大流行を来たしているインフルエンザ。その予防法として推奨されているワクチン接種は、かならずしも奏功していないのではないか、との疑念は、流行のたびにつきまといます。
インフルエンザウイルスは、口、鼻、眼の粘膜から体内に侵入し、最終的に、肺などの臓器内の細胞の内側に入りこみます。ワクチン接種もこの段階でのウイルス侵入を完全に抑える働きはないとされています。細胞内でウイルスが増殖し、数日の後、一定量のウイルス産生に達すると症状が現れます。インフルエンザワクチンには、この「発病」を抑える一定の効果が認められると、厚労省は説明しています。
インフルエンザが悪化し、肺炎や脳症等の重い合併症を発症した結果、死に至ることもあり、妊婦、糖尿病、免疫不全などの基礎疾患のある方や、高齢者は特段の注意を要します。インフルエンザワクチンの特徴は、この「重症化の予防」にあるとされています。わが国の研究では、65歳以上の高齢者福祉施設に入所していたかたの場合、発病予防効果は、わずか34~55%ですが、死亡抑止効果は、82%に上り、高い効果を示し、これは厚労省の説明を裏付けるものになっています(1)。また、2015/2016のシーズンについて、6歳未満の子どもを対象とした調査では、発病予防に関するワクチンの有効率は60%でした(2)。こうしたことから、インフルエンザワクチンの予防接種は、特にハイリスクとみなされる方にとって、「死亡率は下げるかもしれないが、肝心の発病を抑えるという有効性が低いにもかかわらず、毎年打たなくてはならないという問題を抱えたワクチン」という認識を持つ方が多いようです。
また、インフルエンザと一口にいっても、A型、B型などさまざまな型があり、遺伝的多様性を有します。ウイルスは、環境変化などに適応し、抗原性をすばやく変えることができるといった特徴があり、1シーズンで少なくとも12種類の異なる遺伝子型のインフルエンザが流行するといわれます。したがってこれまで採用してきた伝統的手法とも思しき、ある特定の遺伝子型を持つインフルエンザに対するワクチン作成法では、有効性の高いワクチンができないことは明白です。
さて、こうした現状を打破するために、より有効性の高いワクチンの開発が多くの研究者によって試行錯誤されてきました。今回、米国UCLAのヅー博士らは、インフルエンザウイルス内に存在する、「インターフェロンの機能を抑止する遺伝子群」に着目し(3)、有効性の高い安定したワクチン作成に成功しました。


ウイルスから攻撃を受けると、防御反応としてインターフェロンが、抗ウイルス作用を持つ遺伝子群の発現を促します。ウイルスは、インターフェロンが指令する防御システムに対し、その機能を抑止させて人体で生き延びようとします。機能抑止を司るのがインフルエンザウイルスに存在する「インターフェロン調節遺伝子」です。研究者らは、「インフルエンザウイルスからインターフェロン調節遺伝子を除去することで有効なワクチン作成」を試行錯誤し、すでにインターフェロン調節遺伝子の一つである「NS1遺伝子」を除いたワクチン開発研究は、第1,2相臨床研究に進んでいます。しかし、ウイルスにはNS1遺伝子以外のインターフェロン機能を抑止させる遺伝子が存在し、NS1遺伝子の除去だけでは、有効なワクチン作成は難しく、一方で、インターフェロン調節遺伝子の全除去によって、ウイルスの複製機能に問題が生じ、ワクチンの安全性が失われる危険性が高まります。こうしたジレンマを切り抜けるために「インターフェロン調節遺伝子はすべて機能しないが、複製機能は皆無であるウイルスの作成」を研究の主眼とし、研究が行われました。
全インフルエンザゲノムのインターフェロン調節機能担当遺伝子は、飽和突然変異誘発法と次世代シークエンス法を組み合わせ、網羅的に同定されました。複製能について同時に検討し、インターフェロン感受性領域に8つの変異を持つ「ハイパーインターフェロン感受性ウイルス(HIS)」の作成に成功しました。H1N1インフルエンザ(A/WSN/33、これをWSN株と呼びます)の、PB2領域に3つの変異(N9D,Q75H、T76A)、M1領域に3つの変異(N36Y、R72Q、S225T)、NS1領域に2つの変異(R38A、K41A)があるものがHISと命名されました。
<インビトロの系>
HISウイルスは、NS1領域のみに変異を持つウイルスに比較して、インビトロの系で、有意に高いインターフェロン感受性を持っていることがわかりました(P<0.001)。A549細胞にHISを感染させた結果、6時間後に2倍以上の遺伝子発現の増加を認めたものが120個見出され、そのうち24個は、インターフェロン反応遺伝子であることがわかりました。また、肺胞マクロファージにHISを感染させた結果、野生型ウイルスに比較してインターフェロンβの50倍以上の発現の増加が確認されました。一方、CXCL1、CXCL5、インターロイキン1βの発現量の変化は認められず、HISによる、インターフェロンβのシグナル経路に関する遺伝子群の特異的な発現であることが確認されました。HIS感染が生体内で生じると、インターフェロンシグナルが効率よく惹起され、インフルエンザに対する免疫応答が高まることが期待されます。
<インビボの系の安全性の検討>
マウスを用いた実験から、野生型インフルエンザウイルスの致死量の中央値は、5x105TCID50(TCID=50%培養細胞感染価)で、1x103TCID50で体重減少が出現しましたが、HISの場合は、1x107TCID50でも死亡例はなく、体重減少も一切現れませんでした。HISは、高容量の感染を来たしても、安全性が高いことが証明されました。
<インビボの系での免疫応答の検討>
野生型インフルエンザウイルス、HISのそれぞれを動物に感染させ、28日後に免疫応答を確認したところ、ELISA,ヘマグルチニン阻害、中和抗体アッセイのいずれもで、HISは抗体産生を誘導することがわかりました。ただし、野生型に比べると、HISでは、ヘマグルチニン抗体の産生は有意に低くいことが判明しました(P<0.01)。
<インビボの系でのワクチンの有効性の検討>
HISに感染させたマウスで、28日後に1x104TCID50の野生型インフルエンザウイルスを投与すると、野生型ウイルスの複製効率は、1000分の1に低下していました。HISを1x106TCID50の高容量一回投与か、HISを1x104TCID50の低容量2回投与で、肺に野生型ウイルスが同定できない程度のワクチンとしての効力が認められました。フェレットでも同様の結果が得られました。
次に、WSN株以外のインフルエンザに対してもワクチンとしての効力が有効であるかどうかが検討されました。HISは、H1N1のサブタイプである、A/PR8/34,A/Cal/04/09、H3N2のサブタイプであるA/X-31に対しても同様の高いワクチンとしての効力を示しました。


<コメント>
今回の結果から、ウイルス全ゲノムにわたり、ウイルスの機能にとって重要な部位に変異を入れることで、安全性が高く、効力の高いワクチンであるHISが作成された可能性が高まりました。H1N1から作成したワクチンが、H3N2にも効力を発揮したことは特筆するべきことでしょう。今後、H5N1やH7N9といった、致死率の高い鳥型インフルエンザに対しても、ワクチンとして有効かどうか検討されるものと思われます。また、インフルエンザB型に対するワクチンも同様の方法で作成可能かどうか検討が待たれます。しかし、なによりも、人へのHISの感染時に危惧される、遺伝子操作されたウイルスによる余病の併発といったリスクの検証などを含めた長期的な観察が必要でしょう。
すべてのインフルエンザの型に有効な「ユニバーサルインフルエンザワクチン」という概念が提唱されてからずいぶん時間がたちました。こうしてまったく新しい視点から最新の技術を駆使してワクチン作成を試み続けた研究者によって、成功へと着々と近づいていることに気づかされました。今回の研究には、4年の歳月を費やしたとされます。彼らのたゆまぬ努力と卓越した叡智に感嘆するばかりです。
(1)平成11年度 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症研究事業「インフルエンザワクチンの効果に関する研究(主任研究者:神谷齊(国立療養所三重病院))」
(2)平成28年度 厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「ワクチンの有効性・安全性評価とVPD(vaccine preventable diseases)対策への適用に関する分析疫学研究(研究代表者:廣田良夫(保健医療経営大学))」
(3)Du, Y.,ら(2018). Genome-wide identification of interferon-sensitive mutations enables influenza vaccine design. Science, 359(6373), 290-296.