胃がんは、東アジアに多く、欧米には比較的少ない疾患といわれています。国内では、東北地方日本海側で多く、沖縄県は少ない、と報告されています。リスク要因として、「喫煙、塩分過剰摂取、ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)感染、野菜と果物の摂取不足」が指摘されており、ピロリ菌の感染率は、中高年で高く若年者で低いこともわかっています。国立がんセンター(2018.4.4 現在)によると、胃がんリスクの低減についてピロリ菌除菌の有効性が最近の研究から明らかになったことから、「ピロリ菌感染を認めたらその除菌をすること」が推奨されるようになった、と記載されています。確かに、1994年にWHOは、ピロリ菌をグループ1のカルチノゲンに指定している点から、がんセンターの記述は正しいと考えられます。しかしながら、Evidence Based Medicineの視点から「ピロリ菌除菌が胃がん予防につながる」と断言できるほど、明確に証明されていないのが実情です。「無症状のかたでピロリ菌陽性者でも、スクニーニング・治療をすることは、いまだ推奨されるレベルにいたっていない」にもかかわらず、採血検査によるピロリ菌感染の有無を調べる検査(ABC検査と呼ばれます)は、すでに日常臨床で、保険外診療として取り扱われています。
韓国では、日本同様、健診が発達していることから、早期胃がんの発見率が高く、内視鏡による治療がメインに行われます。ところが、1年に3%もの癌の再発を認め、この「続発性胃がん予防」を目的とした研究が盛んに行われています。これら研究成果を元に「ピロリ除菌が胃がん予防に役立つのかどうか」という議論に決着をつける可能性も出てきました。1997年には、日本の研究で、早期胃がんを内視鏡で治療した際に、ピロリ菌を除菌すると、胃がんの再発を予防しうる、とい報告されていましたが、方法の厳格性が指摘され、決定的な結果が得られたとはいえない状況でした(1)。その後の2つのオープンラベルの研究結果は(2、3)、続発性胃がんは予防できる、と予防できない、といった全く正反対の結果だったのです。
現在、ピロリ菌感染は前がん状態いわれる萎縮性胃炎を発症させ、萎縮性胃炎が一定以上進むと、不可逆的な状態を呈し、もはやピロリ菌除菌をしても胃がん予防には効果を示さない、との考えかたが支配的となってきていました。しかし、前がん状態がない健康な若者を対象とした研究でも、すでに病理学的に進行した萎縮性胃炎の状態をもつ高齢者を対象とした研究でも、それぞれに相反する結果を認め、ピロリ除菌の施行の可否は、担当した医師の判断次第という微妙なものになっていたことは間違いありません。
今回、無作為2重盲検試験というきわめて厳密な方法論でこの重要な問題に取り組んだ結果がNEJMに報告されましたので、まとめたいと思います(4)。
<方法>
韓国国立癌センターで、18歳から75歳を対象とした無作為2重盲検試験が行われました。内視鏡検査・生検で、病理的に「早期胃がん、あるいは、ハイグレード腺腫」と診断され、内視鏡治療予定のかたのうち、「ピロリ菌感染していること、粘膜腫瘍で潰瘍を伴わないもの、リンパ節、CT上遠隔転移のないもの」を登録条件としました。また除外条件は、「再発胃がん、ピロリ除菌の既往、未分化管状腺癌、印環細胞癌、抗生剤治療の重篤な副作用の既往、内視鏡術後に外科術を必要とするもの、過去5年以内に別の臓器に癌があるもの」としました。
対象者は、内視鏡治療前に無作為に「ピロリ菌除菌」群か「プラセボ」投与群に割り付けられ、除菌は「アモキチシリン1000mg、クラリスロマイシン500mg、ラベプラゾール10mg」を一日2回、7日間投与で行われました。治療後、PPI(ラベプラゾール)のみさらに4週間追加投与されました。
その後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後、以降、6ヶ月ないしは12ヶ月おきに3年後まで内視鏡検査が施行されました。2015年9月からは、倫理的配慮から、経過観察でピロリ菌陽性の場合には「PPI,ビスマス、メトロニダゾール、テトラサイクリン」による除菌が試みられました。
内視鏡施行時、粘膜生検によって萎縮性胃炎の状態も評価されました(シドニーシステムに従い、0-3までの4スコアに分類、0が萎縮性胃炎なし、1が軽度、2が中程度、3が重度)。
<一次評価項目>
術後1年以上経過した後に認められた続発性癌の割合
萎縮性胃炎のスコアが少なくとも1改善した割合。
<2次評価項目>
続発性腺腫発症率
全生存率
<結果>
2003年から2013年の間に1350人をスクリーニングし、条件に合致した470人を無作為に2群に割り付けました。最終的に、除菌群は194人、プラセボ群は202人となりました。経過観察の中央値は5.9年でした。
「除菌群」と「プラセボ群」はそれぞれ、平均年齢は、59.7歳と59.9歳、男性の割合は72.7%と77.7%、喫煙者は41.2%と37.6%、アルコールは55.2%と63.4%、腫瘍の大きさは、1.7cmと1.6cm、腫瘍の場所は、下部が大半を占め、82.5%と82.2%、病理所見は、分化型腺癌が66%と68.8%、深達度は、粘膜が89.7%と93.6%、萎縮の程度が重度だったものの割合は、69.5%と70.1%、メタプラジアは、重度が41.1%と38.8%でした。両群間に差を認めませんでした。
<1次評価項目>
5.9年の経過観察期間で、治療群は、194人中14人(7.2%)に続発性胃がんが発症、プラセボ群は、202人中27人(13.4%)に発症し、治療群では、プラゼボ群に比較して、続発性癌発症は有意に少ない(HR=0.50、P=0.03)ことがわかりました。続発性がんの発症をきたした患者の特徴について2群を比較すると治療群に比較してプラセボ群では、診断時の年齢が若く外科術がより多く行われていることがわかりました。
試験開始後3年時の生検をした症例327人について調査をしたところ、胃小弯の萎縮のグレードは、治療群で、プラセボ群に比較して、有意な改善を認めました(48.4%対15%、P<0.0001)、同部位の腸上皮仮生のグレードの改善についても同様に認め(36.6%対18.3%、P<0.001)、前庭については、萎縮の程度も腸上皮仮生の程度も2群間に差異を認めませんでした。
<2次評価項目>
続発性の腺腫の発症に差を認めず(治療群16例、プラセボ群17例)、死亡に関しては、治療群11例、プラセボ群6例で、有意差を認めませんでした(HR1.95、P=0.19)。死亡の内訳について、治療群:1例が胃がん、6例は別の臓器のがん、4例は癌以外の疾患に伴う死亡でした。プラセボ群:胃がん1例、結腸癌1例、4例が癌以外の疾患に伴うものでした。
<ピロリ菌の除菌>
3ヶ月後の解析から、ピロリ菌除菌の成功を認めたのは167例(治療群で、194人中156人(80.4%)で、プラセボ群では、202例中11例(5.4%))でした。また、228人がピロリ感染持続状態でした。続発性癌発症症例は、持続感染があった228人のうち32例、除菌ができた167例のうち9例でした。除菌後の続発性癌の発症率は、HR0.32(P=0.002)と極めて低率でした。
<副反応>
味覚障害、下痢、めまいが、治療群でプラセボ群よりも有意に多くみられましたが(42%対10.2%、P<0.001)、重篤な有害事象はありませんでした。経過観察中、胃腸障害の治療に伴う投薬状況は、治療群とプラセボ群で差はありませんでした。
<議論>
ピロリ菌除菌によって予防可能ながんとして知られている「胃がん」について、症状のない方のピロリ菌感染のスクリーニング、かつ陽性者の治療については、その有効性、条件、費用対効果の点から十分なエビデンスを持って対処する必要があります。「スクリーニングと治療」の視点から、どのタイミングの施行(及び陽性者の治療)が適切なのか、議論されてきました。胃がんの前段階とされる「重症の萎縮性胃炎」が見つかった場合、ピロリ菌除菌が、胃がんへの進行を抑制できるのか、それともできないのか、という点から、この方針をとる上で、適切な時期かどうか、大きな争点となってきました。
今回の研究では、すでに早期胃がんが見つかり、萎縮性胃炎はかなり進んだ状態の方が対象でしたが、こうした不可逆的な前癌状態であっても、未だ、ピロリ菌の除菌が癌抑制に、50%も効力を示したことは驚きです。これまでは、すでに進んだ萎縮性胃炎を認めた場合には、もはやピロリ菌の除菌には、胃がん抑制の意味はないと信じられてきたからです。今後は、ピロリ感染が生じていることが判明した場合は、いかなる場合でも、積極的に除菌することになるでしょう。
ただし、死亡症例を鑑みると、有意差がなかったとはいえ除菌群で1.95倍も多かったことは看過できません。他臓器の癌による死亡が明らかに多かった印象です。早期胃がん発見時に、PETをするなどして、全身の細かな評価をする努力も必要かもしれません。今後の緻密な精査を待ちたいと思います。
これまで、進行した萎縮性胃炎を認めた症例には、ピロリ菌除菌はしないという方針の医師も少なくなかったのではないでしょうか。コペルニクス的転換の時期を迎えた思いがあります。
文献
1.Uemura N, Mukai T, Okamoto S, et al. Effect of Helicobacter pylori eradication on subsequent development of cancer after endoscopic resection of early gastric cancer. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 1997;6:639-642.
2.Fukase K, Kato M, Kikuchi S, et al. Effect of eradication of Helicobacter pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma after endoscopic resection of early gastric cancer: an open-label, randomised controlled trial. Lancet 2008;372:392-397.
3. Choi J, Kim SG, Yoon H, et al. Eradication of Helicobacter pylori after endoscopic resection of gastric tumors does not reduce incidence of metachronous gastric carcinoma. Clin Gastroenterol Hepatol 2014;12(5):793-800.e1.
4. Choi IJ, Kook M-C, Kim Y-I, et al. Helicobacter pylori therapy for the prevention of metachronous gastric cancer. N Engl J Med 2018;378:1085-1095.