WHOは、アルコール消費について、罹患率や死亡率の観点から重大な健康に関わる問題であることを指摘しています。アルコールは60種類以上の病気や傷害の原因であり、低死亡率の発展途上国では死因の一位であり、世界中の若者や女性に拡大し、心身の健康を侵すだけでなく、まだ生まれぬ胎児にまで健康被害をもたらすこと、その他、アルコールに関連する交通事故や精神的被害、これに関与する疾患やアルコール依存症の治療に関る医療費を含め、社会的損失の4%はアルコールに関与することを指摘し、アルコールに関与する多方面にわたる被害は計り知れません。(文献1)。また、高脂血症や乳がん発症リスクは、アルコールの容量依存性に直線的に上昇すること、虚血性心疾患発症リスクは、少量までは低下するものの、その後上昇するJカーブを描くこと、肝硬変は、ある程度の摂取量まで増えるとリスクが急増すること、拡張期血圧上昇リスクは、少量摂取で急上昇するが、その後は緩やかに上昇する、など、各疾患特有のアルコールによる身体への影響が証明されてきました。しかし、1920年に施行された米国の禁酒法の失敗から、現在ではアルコールとどう付き合うべきか、が議論の対象となっています。そのためにも、「適切なアルコール摂取量のガイドライン」についてエビデンスに基づく議論が必要との統一見解がありますが、簡単なことではありません。
アルコールには、その原料の出来や独自の醸造技術がもたらす味わいの魅力だけではなく、リラックス効果をもたらし、また円滑なコミュニケーションを促す道具として利用されています。医療用としても利用され、アルコールが人類史と共存してきた事実をかえりみれば、極端な制限はもはや現実的ではありません。重要なことは、健康被害を生じさせない、証拠に基づいた適正なアルコール摂取量について厳格なラインが示されることでしょう。
アルコール摂取のガイドラインは、それぞれの国で異なります。わが国では、1日20グラムまで、米国では、1週間で男性196グラム、女性98グラムまで、スウェーデンとカナダはこれに追従しています。イギリスでは、1週間で、98グラムまで、イタリア、ポルトガル、スペインは、アメリカの約50%増しの基準を設定しています。こうしたガイドラインのばらつきから、ガイドラインの元になった知見の曖昧さ、その不明瞭な評価が浮き彫りとなるところです。参考までに、日本人一人あたりのアルコール摂取量は、純アルコールで、年に8リットルと報告され、これは1日あたりに換算すると、21g(文献2)、すでにガイドラインを超えていることがわかります。さて、厳格にこの問題解決に挑戦すべく2018年4月、60万人の飲酒者を対象とした大規模な研究が行われ、その結果がランセットに発表されましたので、解説を試みたいと思います。
<対象>
対象は、19カ国にわたる総計83本の前向き研究に参加した599,912人の現役の飲酒者とし、心血管病の既往歴のあるかたは除外されました。補正因子には、年齢、性別、喫煙、糖尿病を用いました。対象を「飲酒の既往がある人」にしなかったのは、飲酒既往者に含まれることが予想される、健康を害したため飲酒をやめた方や健康のために飲酒をやめた方による「逆の因果関係」がもたらすバイアスを避けるためでした。
3つの大規模データを統合し、最終的にアルコール消費の明細が記されている83本の研究を解析しました。ERFCは、リスク因子、心血管病アウトカム、死亡についての情報が明記された前向き研究の合作で、全102本の研究のうち81本から、現在のアルコール消費量が得られました。EPIC-CVDは、10カ国が参加したひとつの研究で、UKバイオバンクは、ひとつの大規模な前向き研究です。最終的にERFCから247,504人、EPIC-CVDから26,036人、UKバイオバンクから326,372人が対象となりました。そのうちの71,011人については、平均5.6年の期間をおいて、2度目のアルコール消費量を精査し、消費量の期間中の変化が与える影響について、データをもとに補正、算出されました。
<結果>
1964年から2010年までに登録された方が対象となりました。平均年齢57歳、女性44%、現役の喫煙者21%、1週間に100グラム以上のアルコール摂取者は全体の50%、そのうちの8.4%が350グラム以上のアルコールを摂取していました。540万人・年中、死亡数:40,310人(血管病:11,762人、癌:15,150人)、心血管病39,018人、その内訳として、脳卒中:12090人、心筋梗塞:14539人が、心筋梗塞を除く冠動脈疾患:7990人、心不全:2711人に認めました。その他の血管病による死亡数は1121人でした。
最も低い死亡リスクを示したのは、アルコール消費が1週間あたりの100グラム以下の群でした。また、1週間の消費量が100グラム増えるごとに死亡リスク(HR)の増大を認めたのが、それぞれ、脳卒中:1.14、心筋梗塞を除く冠動脈疾患:1.06、心不全:1.09、致死的な高血圧:1.24、致死的大動脈瘤:1.15でした。
一方で、アルコール摂取は、心筋梗塞のリスクを低減させました(1週間の消費量が100グラム増えるごとにHRは0.94へ減少)。心血管病を合算すると、アルコール摂取100mgが最小のHRを示し、それ以上の摂取量でもそれ以下の摂取量でもHRが上昇していました。
アルコール摂取量と40歳時の生命予後の相関を求めた結果、1週間あたりの摂取量を100グラム以下の予後を基準にすると、100-200グラム摂取で、6ヶ月短縮、200-350グラム摂取で、1-2年短縮、350グラム以上摂取で、5-6年短縮することがわかりました。
これらを血中HDLコレステロール値で補正した結果、アルコール摂取量と心筋梗塞の負の相関は減弱されましたが、心不全、冠動脈疾患との正の相関は強化されました。血圧で補正した結果、アルコール摂取量と心筋梗塞の負の相関は増強され、そのほかの心血管病との正の相関は減弱されました。
<コメント>
今回の大規模データの解析結果を踏まえれば、「1週間あたりのアルコール消費量の上限が100グラム」と設定され、愛飲家はひとまず安堵したかもしれません。ビールでは、2リットルで、一日あたり、300cc弱となります。日本のガイドラインは1週間あたり140グラムを推奨していますので、3割ほど減らさなければなりません。ビールであれば、いわゆる350cc缶を300cc缶へとサイズダウンすることが必要かもしれません。
心筋梗塞に対しては、一定量の飲酒であれば良好な効果を示すことはこれまでも示されてきましたが、今回の解析から、HDL-Cを介する作用である可能性が示されました。また、そのほかの心血管病の悪化については、血圧が介在因子としてはたらいている可能性が示されました。介在因子については詳細の検討が今後必要となってくるでしょう。
さて、この調査を辛口に批判するとすれば、(1)アルコール摂取量は自己申告のためデータの正確性を欠くこと、(2)登録期間が長期である事によるバイアス、(3)各コホートで、データ採取法が異なること、(4)アルコール摂取が寄与するそのほかの病気(肝臓病、依存症、怪我)についてのアセスメントがないこと、(5)心血管病以外の慢性疾患の記録がないため逆の相関関係が存在する可能性、があげられます。また社会問題ともなっている若年者の飲酒と将来の精神障害への関与やアルコール依存症や、認知症の発症との関係などを踏まえ、調査対象を絞った精査など、課題は山積し、今後も引き続きあらゆる問題点を詳らかにしていかなければなりません。しかし、今回、この論文によって、各国でこれだけ異なっていたアルコール摂取量ガイドラインの上限値を「1週間あたり100グラムまで」と統一できる可能性が出てきました。
お酒のおいしい季節になります。いわゆるガイドラインだけにたよらず、自身の適度な心地よさを知り、 節度ある飲酒を楽しみましょう。何事もタルをしる、ですね!
文献3 Risk thresholds for alcohol consumption: combined analysis of individual-participant data for 599 912 current drinkers in 83 prospective studies
Angela M Wood, Stephen Kaptoge, Adam S Butterworth, Peter Willeit, Samantha Warnakula, Thomas Bolton, and others
The Lancet, Vol. 391, No. 10129, p1513–1523
Published: April 14, 2018