近年、若い世代を中心に、あたかも流行のように拡大している「自傷行為」とは、受け入れられない大きなストレス、例えばいじめなどの社会的ストレス、トラウマ、不安やうつなどの心理的な理由を引き金に、リストカットをしたり、毒物を飲んだり、叩く、焼く、ひっかくなどあらゆる方法で自らを傷をつける行為です。その定義は、「自殺の意図を持たず直接的に自分の身体を傷つける行為」とされ、精神的苦痛を乗り越えようと非致死的な自傷行為に及ぶことを指し、直接自殺を企図とした行為ではないのですが、実際には、自傷行為と自殺には密接な関連があり、注意深い対応をしなければなりません。
2010年に行われた自治医大による国内調査(対象:1529人、平均年齢:34.2歳、女性:56.4%、男性:43.6%)では、7.1%(男性3.9%、女性9.5%)もの方が自傷経験を有し、そのうちの半数は自傷行為を繰り返していることが示されました(文献1)。最も頻度の高い年齢層は16歳から29歳で、自傷率9.9%を示し、さらに、喫煙者、虐待経験者、人工妊娠中絶者の3つは、顕著なリスク因子である可能性が見出されています。調査からも若い年齢層、そしてリスク因子を有するかたを重点的にサポートすべきだ、ということは明確ですが、現実的には、どのようなケアが最適かについては暗中模索といった状況です。
さて世界的にも、自傷行為は青少年の10%程度に認め、自殺との因果関係についても同様に報告されています。10歳から24歳までの死因の1位は交通事故死ですが、ついで多いのが自殺です。自傷経験者の自殺率は、経験のない人の10倍という高リスクであることもまた軽く受け止めてはなりません。
これまで、介入研究から、弁証法的行動療法、瞑想に基づく治療法、認知行動療法が自傷行為を繰り返す症例にやや有効という結果が、メタ解析によって得られていますが、効果は限定的であることから、治療法の開発が求められています。当事者の家族を巻き込んだ治療である「家族療法」は、自傷率を有意に低下させるという報告があり期待がもたれています。家族因子となる代表的な因子は、親子関係、養育の質、感情表出レベル、虐待経験、親同士の葛藤、親の精神衛生、で、子どもや青年の自傷行為解決への指標となります。「家族療法」は、家族生活のなかで、子と保護者との関係性を強め、絆を育むことを見据えた治療によって自傷行為をやめさせようとする方法で、理論的には、高い可能性を内包した治療法といえます。
さて、今回、イギリスで最大規模の自傷行為への「家族療法」による介入試験の結果が発表されましたので、解説したいと思います(文献2)。
<対象>
11歳から17歳で、過去少なくとも2回自傷行為があり、英国・青少年精神衛生局(CAMHS)に紹介された青少年が対象となりました。この研究では、自傷行為は、自殺の意図があったかどうかに関わらず、リストカット以外にも、薬の過剰服用、首吊り、高所からの飛び降り、自分の首を絞める、往来の激しい道路に飛び出るなど、自分を傷つける行動すべてを含みました。対象から除外条件は、自殺企図の高い、子ども保護を目的とした調査を受けている、短期の里子にでている、妊娠中、CAMHS内で通常治療中、中程度から重い学習障害がある、6ヶ月以内に別の研究に参加している、質問表に答えるに足りない英語言語力の低いこと、とされました。
家族療法は、1回1.25時間で、1ヶ月に1度、6-8回施行されました。治療風景は録画され、無作為に選ばれた画像について、治療者の適正・能力・治療内容は専門家によって評価されました。家族としての機能を維持させ、子どもと保護者の間の絆を強固にすることを目的に、保護者に対し、専門家が教育、指導を施しました。保護者には、子どもに対し、安全な環境を提供させる、ネガティブな言動はしない(自傷行為は良くない、薬物依存は危険であるなどの説教、諭しに代表される言動)、ポジティブな言動にのみフォーカスする、など、保護者自身の行動を変容させるように指導をしました。具体的には、「ロールプレイ、グループディスカッション、ホームワークアサインメント」を取り入れ、情緒に訴えかけるコミュニケーション、子どもからの対応を求められたときは、いつも必ず応えることを心がけるように指導しました(文献3)。
<一次評価項目>
グループ治療終了後18ヶ月以内の自傷行為の繰り返しによって病院受診に至ったか否か
<二次評価項目>
グループ治療終了後12ヶ月以内に自傷行為の繰り返しにより病院受診に至ったかどうか。
家族療法によって、自傷行為にかかる費用がどの程度軽減したのか、自傷行為の数、方法の変化、生活の質、うつ病、自殺企図について
<結果>
2009年から2013年の間に、3,554人のかたをスクリーニングし、最終的に条件に合致する832人を選別し、無作為に家族療法群(415人)、通常治療群(417人)に割り付けました。平均年齢は、14.3歳で、11歳から14歳が53%、15-17歳が47%、性別は女性が89%でした。自傷行為の回数は、3回以上が89%でした。自傷行為の方法は、自分を刃物などで傷つける行為が71%、オーバードースなどの薬物乱用による自傷が22%、自殺企図のあるものが32%でした。99%以上が両親かガーディアンと暮らしており、94%がフルタイムの教育を受けていました。両群とも同様の特徴を持っていました。
<一次評価項目>
全対象者の96%の方について評価可能でした。繰り返す自傷行為を理由に病院受診した回数は、家族療法群は118回(28%)、通常療法群では103回(25%)で、2群間に有意差はありませんでした(P=0.33)。
<二次評価項目>
子供のうつ病スケール、子供の生活の質スケール、子供の絶望スケール、子供の家族機能、保護者のメンタルヘルススケール、感情表出は、2群間で有意差はありませんでした。
家族療法によって改善を認めた項目は(1)SDQ(=子どもの強さと困難さアンケート)(子供と保護者の両方)、(2)自殺企図ベックスケール(子供),(3)家族機能(保護者)、(4)子供と保護者の両者を考慮した場合の費用対効果、でした。
<コメント>
今回の結果からは、「子供と保護者の関係性の強み、絆を形成すること」にフォーカスした家族療法は、自傷行為そのものの対策としては、特別勧めるべきメリットを見出せない結果となったことは残念です。エディトリアルのオウグリン博士は、このネガティブな結果をもたらした理由として、(1)この研究で用いられた家族療法の時間も頻度も少なく、治療強度の低いものとみなされ、そもそもこの効果は期待されるものではなかった、(2)一次評価項目として自傷行為を病院受診の回数で客観的に評価しようとしたことは前向きに捉えられるが、現実的にはほとんどの自傷行為は、両親の知らないところで行われ、病院受診に至らないことから、不適切な指標である、といった手厳しい批判を浴びせています(文献4)。
一方で、2次評価項目では、SDQについて、子供と保護者の両者に良好な結果をもたらしたことは、前向きな評価がされています。
さて、費用対効果は現実的に大きな焦点であり、介入療法の良し悪しの決定因子でもあります。治療効果を上げるために、治療強度をあげれば、費用対効果は悪化することも踏まえ、今回の研究では、できるだけ治療強度を上げないように計画されていました。この点、費用対効果の視点では良好な結果となっていることは目論見どおりといえます。子どもの自殺企図のスケールは改善し、保護者の家族機能も改善している点は、前向きに捉えられるものです。オウグリン博士の指摘どおり、「治療強度の低さ」「アウトカムのとりかた」に議論の余地があるのは間違いないところでしょうし、今後、アウトカムをより現実に即したものに変え、治療頻度、治療時間を増やし、「家族療法」の有効性について、慎重な議論が続けられるべきでしょう。もちろん費用対効果も含め十分なアセスメントを要することでしょう。
保護者の子供への接し方にフォーカスし、家族機能を取り戻すことが、自傷行為の抑止につながるという一見当たり前とも思える治療法、この研究の発展に伴って、そもそも自傷行為がなぜ生じるのか、についての手がかりも得られるのではないか、と個人的には考えるところです。
(1)日本公衛誌 2012年9月15日、第59巻、第9号、665-773
(2)Cottrell, D. J., Wright-Hughes, A., Collinson, M., Boston, P., Eisler, I., Fortune, S., ... & Owens, D. W. (2018). Effectiveness of systemic family therapy versus treatment as usual for young people after self-harm: a pragmatic, phase 3, multicentre, randomised controlled trial. The Lancet Psychiatry, 5(3), 203-216.
(3)Kumpfer, K. L. (2014). Family-based interventions for the prevention of substance abuse and other impulse control disorders in girls. ISRN Addiction, 2014. Mar 3;2014:308789.
(4)Ougrin, D., & Asarnow, J. R. (2018). The end of family therapy for self-harm, or a new beginning?. The Lancet Psychiatry. 2018 Mar;5(3):188-189. doi: 10.1016/S2215-0366(18)30043-9.