2018/03/14

愛し野塾 第162回 非アルコール性脂肪性肝炎・新しい治療標的か


肝臓病の主たる疾患として注目されている「非アルコール性脂肪性肝疾患」とは、非アルコール性脂肪肝といった初期段階から、増悪化した非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に至る疾患群です。 人間ドック受診者の推計から「非アルコール性脂肪肝」患者数は、1000万人から2000万人に及び、また「非アルコール性脂肪性肝炎」の患者数は、その約1割の100万人から200万人と推算されています。また、米国の報告では、NASHは、2020年には、肝臓移植を要する最も頻度の高い疾患になる、と予測されています。非アルコール性脂肪肝の診断には、1)お酒を飲まない、2)C型、B型肝炎がない、3)肝臓への脂肪沈着がある、4)脂肪肝をきたす他の病気がない、といった条件を満たす必要があります。また、単純な非アルコール性脂肪肝が、さらに進んだNASHに移行する原因として、インスリン抵抗性、脂質毒性、サイトカイン、酸化ストレス、そのほか炎症機転の関与が示唆されていますが、未だそのメカニズムの詳細は不明のままです。

NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)の最大の問題は、肝硬変、肝癌に移行する可能性が高いことです。このため、早期の治療が望まれますが、現在、有効な治療法はありません。非アルコール性肝疾患の発症には、生活習慣の乱れや内臓肥満、ストレス、昼夜逆転の仕事などが関与していると考えられており、規則正しい生活、適正な体重コントロール、職場環境の改善によりストレスを減らすこと、などが推奨されています。この病気は、肥満、高血圧、脂質異常を併発していることが多く、「生活習慣の乱れ」が共通の原因として高頻度に認められます。脂肪肝を呈した肝細胞を、顕微鏡で観察すると、肝細胞のなかに油の粒がパンパンに溜まっているのが確認できます。

ご存知のように脂肪肝は、アルコール摂取によっても招来されます。ただし、アルコール摂取量、男性、1日量が30グラム(ビール大瓶一本くらい)、同じく女性、20グラム(中瓶一本)までならば、非アルコール性脂肪肝として診断されます。

最近の研究から、線維芽細胞増殖因子(FGF)と呼ばれる一群のホルモンのなかで、FGF19とFGF21は、脂質利用能の亢進や、肝臓の脂肪蓄積を抑制する作用があることが見出され、治療薬として使えるのではないかと期待されています。さて、脂肪肝発症には、胆汁酸の関与が大きく、肝臓に炎症と繊維化を惹起することが明らかにされています。FGF19は、P457A1を介して、コレステロールからの胆汁酸合成を阻害し、インスリン依存性の脂肪合成を阻害することから、治療薬として注目されていましたが、FGF19をトランスジェニックマウスの実験系で大量発現させた結果、肝臓癌形成を促進させることがわかり、残念ながら治療薬としては使えないことがわかりました。

そこで、肝臓癌誘発作用を持たず、胆汁酸合成阻害効果は維持しているリコンビナントFGF19 の合成が試みられました。試行錯誤の結果、P24-S28の5個のアミノ酸を欠失させ、N末端の3個のアミノ酸について、Ala30Ser、Gly31Ser、His33Leuに変異させたFGF19 (NGM282と命名)の合成に成功しました。

NGM282は、FGF19の受容体であるFGFR4を介したシグナルの中で、CYP7A1の活性抑制は保存され、すなわち胆汁酸合成は阻害できること、一方で、STAT3を介したシグナルは惹起されず肝癌形成促進作用を欠失する、という理想的なリコンビナントFGF-19として評価されました。また、NGM282のFGF19による肝癌形成作用に対する抑止効果を認め、より生体にとって都合の良い作用を有することも明らかにされました。非アルコール性脂肪性肝炎を呈する動物モデルにNGM282を投与した結果、肝機能(AST、ALT)の早期の改善、肝臓の病理解析から脂肪含有量の減少、および炎症、バルーン変性の抑止、繊維化の抑制作用を認めました。その後、健常人に投与し、高い安全性が確認され、肝臓のCYP7A1のバイオマーカーであるC4の血中濃度の低下も確認されました。そしていよいよ非アルコール性脂肪性肝炎患者に投与した結果が、2018年3月、「ランセット」に発表になりましたので解説します(1)。

<対象>
オーストラリアと米国の18の医療機関で、第2相のプラセボ対照の2重盲検試験が行われました。対象者は17-75歳、対象条件は、生検で確認された非アルコール性脂肪性肝炎(活動性スコア4以上)を有すること、MRI―PDEFで肝臓の脂肪含量が8%以上、ALTの上昇(男性が30以上、女性19以上)を示すこととしました。除外項目には、肝臓移植を受けたことがある人、過去6ヶ月以内の心血管イベントを有する人、肝硬変および1型糖尿病患者、非アルコール性脂肪性肝炎と無関係な急性あるいは慢性の肝疾患がある患者、としました。

対象者は3群、すなわち、1)1日に1回の3mgのNGM282 、2)1日に1回の6mgのNGM282、3)プラセボとして皮下注射群、に無作為に割り付けられました。12週間後に評価(1次評価項目は、MRI-PDFFで肝臓脂肪含有量が5%以上減少した割合。2次評価項目は、C4活性の低下、5%未満の肝臓脂肪含量の低下率、ALTの変化率)が行なわれました。

 <結果>
2015年から2016年の間に、166人の患者をスクリーニングした結果、82人が、3mg/日・NGM282投与群(27人)、6mg/日・NGM282投与群(28人)、プラセボ投与群(27人)の3群に割り付けられました。6mg投与群のうち2人は、肝脂肪量の再調査前の早期に試験中断に至り、失敗例と評価されました。3群の平均年齢は、52歳から56.8歳、女性が57%から74%でした。白人の割合が86%から93%、ALTは61-71、と、3群間に有意差はなく同様の特性を持つ集団であることが確認されました。

<1次評価項目 肝臓脂肪含有量の5%以上の低下>
肝臓脂肪含有量の5%以上の低下を認めたのは、それぞれ3mg投与群・74%、6mg投与群・79%、プラセボ群はわずか7%で、NMG282投与による有意な改善を認めました(いずれもP<0.0001)。肝臓脂肪含有量が完全に正常化したのは、3mg投与群・26%、6mg投与群・39%で、プラセボ群は0%でした。ポストホック解析を行った結果、肝臓脂肪含有量の改善に寄与する因子は、性別、人種、糖尿病罹患、BMI、ALT濃度、繊維化の程度、スタチン服用のいずれも関連がないことがわかりました。

<2次評価項目 C4活性の低下・5%未満の肝臓脂肪含量の低下率・ALTの変化率>
12週間後のALT値は、3mg投与群・-35.1U/I、6mg投与群・-36.5U/Iで、プラセボ投与群に比較していずれも有意な低下を認めました(いずれもP<0.0001)。ASTとC4も、3mg投与群、及び6mg投与群で低下を認めましたが、ALP値には変化がありませんでした。また、血清の繊維化のバイオマーカーであるproC3とELFスコアも、NMG282投与群でプラセボ群に比較して有意な改善を認めました。

<有害事象>
プラセボ群には中止症例はなく、NMG282投与3mg及び6mg両投与群、ともに11%の症例が有害事象を認め中止となりました。NMG282の両投与群で、肝臓の脂肪量が正常化した割合に比べても多くの方が、グレード2、あるいは3の有害事象(3mg投与群で48%、6mg投与群で50%)を経験しました。有害事象の多くは消化管障害で、下痢、腹痛、嘔吐でした。3mg投与群の1名は、膵炎を発症しました。

<血清脂質の変化>
中性脂肪、HDL―Cは、プラセボ群と比較して、NMG282投与で有意な変化はありませんでしたが、LDL―Cは、有意な上昇がありました(いずれの容量でもP<0.0001)

<コメント>
NMG282の肝臓脂肪を取り去る効果は、投与量の大小によらず、迅速かつ有意であり、脂肪含有量がわずか12週間で正常化した患者が、4分の1以上に達し、ALT値も投与後わずか1週間で有意に低下し、3分の1以上で正常化したことは、特筆に値する結果です。これまで非アルコール性脂肪性肝炎の治療薬が存在しなかった、ことから考えれば革命的な結果ではないか、と思うところです。しかし、薬剤服用を中止すれば4週間で投与前の状態に戻ってしまうことや、グレード2、3レベルの有害事象が半数近くに生じたこと、LDL-Cの有意な上昇を認めたことを無視することはできません。

非アルコール性脂肪性肝炎の発症は、肥満・メタボリック症候群などの慢性疾患が肝臓に反映した疾患である、という考え方が支配的です。この意味では、動脈硬化を亢進させる主たる要因の一つであるLDL-Cの増加について、長期的視野での観察・検討の必要性が議論されるでしょう。ただし、LDL-Cの増加が、small dense LDLではなく、large dense LDLによるものであること、またスタチン投与によるLDL-Cの産生抑制など、動脈硬化への影響は最小化できるもの、と考察され、うなづけるところです。

一方で、有害事象も、重篤ではないグレード2が大半で(3mg投与で41%、6mg投与で43%、プラセボ投与で15%)、重篤なグレード3は、比較的少ないものでした(3mg投与で7%、6mg投与で7%、プラセボ投与で4%)。この点は長期的視野に立った重篤な副作用の検証を注意深くする必要があると思います。有害事象のほとんどは、胆汁酸の産生減少による消化管運動機能の停滞に関連していることから、エディトリアルのコメント(2)では、「3mgあるいは6mgの投与を12週間以上続けて継続することは困難なのではないか」、という指摘は見逃せません。この研究を率いたハリソン博士もより低容量の投与によって有害事象を減らし、かつ有効性が維持されるのかどうか、検討が必要だと述べています。具体的には、NMG282をより長期に投与できるようにすること、そして、この肝臓脂肪を減少させる劇的な効果を維持できる投与量の適正化の検討が、重要な課題となることでしょう。

ところで糖尿病の発症スイッチとして注目されている「肝臓と膵臓への脂肪沈着の影響」という視点から、NMG282による劇的な肝臓への脂肪沈着の減少の他、膵臓の脂肪含有量に及ぼす影響についても気になるところです。また血糖管理プロフィールについては、12週間では大きな変化はなかったようですが、より長期の投与による血糖改善作用の有無についても興味があるところです。

さて、わずか12週間で肝脂肪が劇的に減少するNM282の登場は画期的です。だからこそ、投与量の適正化、より長期的な投与による、安全性を踏まえた効果について注意深く検証しなければなりません。長期的にも、肝硬変、肝癌が予防できたら、すばらしいことだと大きく期待させられた研究です。

文献
1)Harrison, S. A.ら(2018). NGM282 for treatment of non-alcoholic steatohepatitis: a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial. The Lancet. doi: 10.1016/S0140-6736(18)30474-4.

(2)Charlton, M. (05 March 2018). FGF-19 agonism for NASH: a short study of a long disease. The Lancet.