2018/03/02

愛し野塾 第160回 ネットワークメタ解析を用いた抗うつ剤による治療効果の包括的検討



世界では、年間80万人が、「自殺」によって命を落とし、またこの原因として最も関係があるのが「うつ病」や「アルコール依存症」などのメンタル疾患であると言われています(WHO)。うつ病の特徴的な症状は、「気分の落ち込み」「興味の喪失」「不眠」「体重減少」「倦怠感」「焦燥」「無価値感」「希死念慮」「悲しい気持ちになる」「集中力の低下」などで、日本の統計では、患者数は、2008年に100万人を越えたと算出されている一方で、医師に受診しているのは4人に1人であり、受診をなさらない人も含めると、少なくとも300万人がうつ病で苦悩していると考えられています。重病などを理由としてうつ病を発症している方のほか、対人関係、職場環境、家庭生活におけるストレスが増えている現代社会を反映し、うつ病患者数は増加の一途をたどっています。

国際的な統計によると、地球上の全疾患の22.8%をメンタル疾患が占め、その中核をなすのが「うつ病」といわれ、3億5千万人がうつ病に罹患していると推測されています。1990年頃から罹患者数が増えて続けており、人口増加、高齢者人口増加が拍車をかけているとされます。

またアメリカ国内の統計から、うつ病にかかる医療費は20兆円を越え、そのうち45%が治療費や薬剤費などの「直接費用」、さらにメンタル疾患に特徴的に発生する「間接費用」として、自殺対策に5%、さらに病気によって生産性が低下することや、非就業費用など「労働にまつわる」コストが50%を占めています。

さらに社会経済的視点から、高齢化によって減少しつつある生産年齢層にうつ病罹患数は増加傾向を示している事実を踏まえ、一刻も早く、実効性のある対策として、有効な治療法の開発、自殺防止や社会的損失を食い止める医療・福祉、及び労働政策を企てる必要があります。現在、医療の観点から、主な治療法としては、精神療法、薬物療法があります。精神療法は有効な手段ですが、時間がかかること、人的な資源を要することから、効果は限定的です。従って、主たる治療としては、抗うつ剤によるものとなります。しかし、抗うつ剤は、個体差が大きく、短期的な効果がそれほど大きいものではないと考えられていること、長期的な効果はほとんど検討されていないことから、その服用にあたっては、敬遠されるかたも多いのが現状とされています。

今回、短期的な治療効果に絞って、21種類の抗うつ病薬について、「包括的に文献検索を行い、ネットワークメタ解析法」を行ったスタディーが「ランセット」に報告されましたので、解説します(1)。日常臨床で使われている抗うつ剤について、具体的にその効用や副作用がまとめられたことは画期的と評価され、BBCなどのメディアで大きく取り上げられました。日本からは京都大学が参加したこともあり、日本のメディアでも話題となりました。

<対象>
単剤による治療のみを施行されている18歳以上、かつ臨床試験で「2重盲検無作為割付法」が採用された患者を、調査対象としました。

「大うつ病」の診断は、DSM、ICD-10など標準法を用いたものとされました。薬の種類としては、米国、欧州、日本で認可されている、「アゴメラチン、ブプロピオン、シタロプラム、デュロキセチン(サインバルタ)、エスシタロプラム(レクサプロ), フルオキセチン フルボキサミン(デプロメール、ルボックス),ミルナシプラン(トレドミン), ミルタザピン(リフレックス)、レメロン ,パロキセチン(パキシル), レボキセチン, セルトラリン(ジェイゾロフト),ベンラファキシン(イフェクサー),ボルチオキセチンを対象としました。3環系抗うつ薬であるアミトリプチリン(トリプタノール), クロミプラミン(アナフラニール)、さらに、トラゾドン(レスリン、デジレル)、ネファゾドンも対象に加えられました。

<評価項目>
「有効性の評価」には、標準的評価項目が用いられ、「スコアが50%以上改善したもの」の割合としました。「有害項目の評価」として、理由のいかんにかかわらず「研究から離脱したもの」の割合としました。評価時点としては、研究開始後8週間あるいは、8週間後のデータがない場合、4-12週間後で8週間に一番近いポイントのデータとしました。

<結果>
データベース検索から条件に合致する臨床試験421件、論文化されていない研究結果あるいは製薬メーカーのウエブサイトからの検索86件、個人的に得た情報15件で、計522件の研究結果が対象とされました。1979年から2016年の間に、116,477人が参加、21種類の抗うつ薬とプラセボが比較されました。87,052人が抗うつ薬に割り付けられました。平均年齢44歳、62.3%が女性でした。89%の研究で用いられたHAM―D17の平均値は25.7で、中等症から重症の方が多く含まれる調査が行われました。

<プラセボとの比較試験>
「有効性」は、すべての薬剤でプラセボを上回っていました。プラセボと比較して、最も有効と評価されたのはハザード比2.13のアミトリプチリン(トリプタノール)でしたが、一方、最も低いのはハザード比1.37のレボキセチンでした。

有害性評価(試験からの離脱の比率)では、プラセボとの比較で、アゴメラチンが0.84と一番よい値を示し、フルオキセチンが0.88と続きました。クロミプラミン(アナフラニール)は、1.30とプラセボよりも悪い結果でした。

<薬剤同士の比較試験>

有効性評価では、アゴメラチン、アミトリプチリン(トリプタノール), エスシタロプラム(レクサプロ)ミルタザピン(リフレックス), パロキセチン(パキシル), ベンラファキシン(イフェクサー), ボルチオキセチンについて、有効性が高いことが判明しました。また、フルオキセチンフルボキサミン(デプロメール、ルボックス),レボキセチン、トラゾドン(レスリン、デジレル)は有効性が最も低い結果でした。安全性評価では、アゴメラチン、シタロプラム,  エスシタロプラム(レクサプロ)フルオキセチン、セルトラリン(ジェイゾロフ)、ボルチオキセチンが良好な成績を示し、アミトリプチリン(トリプタノール)クロミプラミン(アナフラニール), デュロキセチン(サインバルタ), フルボキサミン(デプロメール、ルボックス),レボキセチン, トラゾドン(レスリン、デジレル), ベンラファキシン(イフェクサー)が高いドロップアウト率でした。

<結論>
有効性と安全性の両面から考慮すると、第一選択薬として、「アゴメラチン、エスシタロプラム(レクサプロ)、ボルチオキセチン」が推奨され、「フルボキサミン(デプロメール、ルボックス)、レボキセチン, トラゾドン(レスリン、デジレル)」は推奨しにくいことが示されました。第一選択薬の効果が限定的な場合、安全性評価は低い一方で有効性は高い、「アミトリプチリン(トリプタノール), ベンラファキシン(イフェクサー)」も考慮されるでしょう。ただし、副作用には十分な注意を要するものと考えられます。

<コメント>
抗うつ薬の有効性が明確に示された今回の結果によって、患者さんと向き合う臨床医がひとまず安堵したことは間違いないところですし、多くのメディアでも専門家が口を揃えて、高く評価していることも頷けるところです。これまで使用されてきた治療薬が少なくともプラゼボに比較して抗うつ効果が明確に示されたことは患者やその家族にも安心をもたらしたと思います。

また、最初に使うべき薬剤がほぼ同定されたのもこの調査の利益でしょう。これまでは、多くの抗うつ剤がある中で、どれを最初に選択すべきか、という指標はありませんでした。同時に、最初に使用しないほうがいい、と考慮すべき薬も指摘できたことは朗報でしょう。

ただし、得られたデータはネットワーク解析による調査であることから、個々人の薬に対する効果と安全性を無視していること、効果が得られやすい患者、逆に副作用が現れやすい患者などの解析が不可能な点など、気をつけて当報告を評価しなければなりません。

さらに、これまでの報告で、デュロキセチン(サインバルタ)に対し効果を示す患者は76%、また24%は反応が得られない、とする報告がありますが、反応者と非反応者を見分けることは容易ではありません。うつ病の症状は多岐にわたり、「不安症状」「メランコリー」「非定型症状」を含め、これらの症状の違いを使って、薬の反応性を試算する試みもありましたが、成功には至りませんでした。

「どのような特徴を持つうつ病患者が、薬に反応しやすいのか、また、副作用が出やすいのか」、多くの臨床家が研究を進めてまいりました。しかし、著しい治療精度を上げる次の段階に進むには、症状から離れた「客観的指標」が必要でしょう。いわゆる「バイオマーカー」を検出すべく研究が進んでいます。昨年発表されたfMRIを使ったresting state functional connectivityがバイオマーカーとなるのではないかとする見解は有用とされています(2)。この指標を用いて、4つの病態に鬱病を分類することが可能となると示され、そのなかで、磁気刺激治療に反応する患者群が同定された結果は、大きなインパクトがありました。同じ手法を用いて、現在ある薬の効力と副作用が分類できるようになれば、うつ病治療には極めて有用になると思います。

今回の研究から、日常臨床で使われている抗うつ薬処方には意味があること、さらに、個々の薬剤に対する薬効と安全性に対する網羅的なデータが提示されたことから、臨床医ははじめてエビデンスを伴った処方が可能となった、といえるしょう。患者さんが正しい情報を知らされ、同意した上で服薬できるためにも有意義な調査報告であったと感じるところです。

文献
(1)Cipriani, A., Furukawa, T. A., Salanti, G., Chaimani, A., Atkinson, L. Z., Ogawa, Y., ... & Egger, M. (2018). Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. The Lancet.

(2)Drysdale, A. T., Grosenick, L., Downar, J., Dunlop, K., Mansouri, F., Meng, Y., ... & Schatzberg, A. F. (2017). Resting-state connectivity biomarkers define neurophysiological subtypes of depression. Nature medicine, 23(1), 28.