2018/02/21

愛し野塾 第159回 インフルエンザワクチンの開発


今年も大流行を来たしているインフルエンザ。その予防法として推奨されているワクチン接種は、かならずしも奏功していないのではないか、との疑念は、流行のたびにつきまといます。
インフルエンザウイルスは、口、鼻、眼の粘膜から体内に侵入し、最終的に、肺などの臓器内の細胞の内側に入りこみます。ワクチン接種もこの段階でのウイルス侵入を完全に抑える働きはないとされています。細胞内でウイルスが増殖し、数日の後、一定量のウイルス産生に達すると症状が現れます。インフルエンザワクチンには、この「発病」を抑える一定の効果が認められると、厚労省は説明しています。
インフルエンザが悪化し、肺炎や脳症等の重い合併症を発症した結果、死に至ることもあり、妊婦、糖尿病、免疫不全などの基礎疾患のある方や、高齢者は特段の注意を要します。インフルエンザワクチンの特徴は、この「重症化の予防」にあるとされています。わが国の研究では、65歳以上の高齢者福祉施設に入所していたかたの場合、発病予防効果は、わずか34~55%ですが、死亡抑止効果は、82%に上り、高い効果を示し、これは厚労省の説明を裏付けるものになっています(1)。また、2015/2016のシーズンについて、6歳未満の子どもを対象とした調査では、発病予防に関するワクチンの有効率は60%でした(2)。こうしたことから、インフルエンザワクチンの予防接種は、特にハイリスクとみなされる方にとって、「死亡率は下げるかもしれないが、肝心の発病を抑えるという有効性が低いにもかかわらず、毎年打たなくてはならないという問題を抱えたワクチン」という認識を持つ方が多いようです。
また、インフルエンザと一口にいっても、A型、B型などさまざまな型があり、遺伝的多様性を有します。ウイルスは、環境変化などに適応し、抗原性をすばやく変えることができるといった特徴があり、1シーズンで少なくとも12種類の異なる遺伝子型のインフルエンザが流行するといわれます。したがってこれまで採用してきた伝統的手法とも思しき、ある特定の遺伝子型を持つインフルエンザに対するワクチン作成法では、有効性の高いワクチンができないことは明白です。
さて、こうした現状を打破するために、より有効性の高いワクチンの開発が多くの研究者によって試行錯誤されてきました。今回、米国UCLAのヅー博士らは、インフルエンザウイルス内に存在する、「インターフェロンの機能を抑止する遺伝子群」に着目し(3)、有効性の高い安定したワクチン作成に成功しました。


ウイルスから攻撃を受けると、防御反応としてインターフェロンが、抗ウイルス作用を持つ遺伝子群の発現を促します。ウイルスは、インターフェロンが指令する防御システムに対し、その機能を抑止させて人体で生き延びようとします。機能抑止を司るのがインフルエンザウイルスに存在する「インターフェロン調節遺伝子」です。研究者らは、「インフルエンザウイルスからインターフェロン調節遺伝子を除去することで有効なワクチン作成」を試行錯誤し、すでにインターフェロン調節遺伝子の一つである「NS1遺伝子」を除いたワクチン開発研究は、第1,2相臨床研究に進んでいます。しかし、ウイルスにはNS1遺伝子以外のインターフェロン機能を抑止させる遺伝子が存在し、NS1遺伝子の除去だけでは、有効なワクチン作成は難しく、一方で、インターフェロン調節遺伝子の全除去によって、ウイルスの複製機能に問題が生じ、ワクチンの安全性が失われる危険性が高まります。こうしたジレンマを切り抜けるために「インターフェロン調節遺伝子はすべて機能しないが、複製機能は皆無であるウイルスの作成」を研究の主眼とし、研究が行われました。
全インフルエンザゲノムのインターフェロン調節機能担当遺伝子は、飽和突然変異誘発法と次世代シークエンス法を組み合わせ、網羅的に同定されました。複製能について同時に検討し、インターフェロン感受性領域に8つの変異を持つ「ハイパーインターフェロン感受性ウイルス(HIS)」の作成に成功しました。H1N1インフルエンザ(A/WSN/33、これをWSN株と呼びます)の、PB2領域に3つの変異(N9D,Q75H、T76A)、M1領域に3つの変異(N36Y、R72Q、S225T)、NS1領域に2つの変異(R38A、K41A)があるものがHISと命名されました。
<インビトロの系>
HISウイルスは、NS1領域のみに変異を持つウイルスに比較して、インビトロの系で、有意に高いインターフェロン感受性を持っていることがわかりました(P<0.001)。A549細胞にHISを感染させた結果、6時間後に2倍以上の遺伝子発現の増加を認めたものが120個見出され、そのうち24個は、インターフェロン反応遺伝子であることがわかりました。また、肺胞マクロファージにHISを感染させた結果、野生型ウイルスに比較してインターフェロンβの50倍以上の発現の増加が確認されました。一方、CXCL1、CXCL5、インターロイキン1βの発現量の変化は認められず、HISによる、インターフェロンβのシグナル経路に関する遺伝子群の特異的な発現であることが確認されました。HIS感染が生体内で生じると、インターフェロンシグナルが効率よく惹起され、インフルエンザに対する免疫応答が高まることが期待されます。
<インビボの系の安全性の検討>
マウスを用いた実験から、野生型インフルエンザウイルスの致死量の中央値は、5x105TCID50(TCID=50%培養細胞感染価)で、1x103TCID50で体重減少が出現しましたが、HISの場合は、1x107TCID50でも死亡例はなく、体重減少も一切現れませんでした。HISは、高容量の感染を来たしても、安全性が高いことが証明されました。
<インビボの系での免疫応答の検討>
野生型インフルエンザウイルス、HISのそれぞれを動物に感染させ、28日後に免疫応答を確認したところ、ELISA,ヘマグルチニン阻害、中和抗体アッセイのいずれもで、HISは抗体産生を誘導することがわかりました。ただし、野生型に比べると、HISでは、ヘマグルチニン抗体の産生は有意に低くいことが判明しました(P<0.01)。
<インビボの系でのワクチンの有効性の検討>
HISに感染させたマウスで、28日後に1x104TCID50の野生型インフルエンザウイルスを投与すると、野生型ウイルスの複製効率は、1000分の1に低下していました。HISを1x106TCID50の高容量一回投与か、HISを1x104TCID50の低容量2回投与で、肺に野生型ウイルスが同定できない程度のワクチンとしての効力が認められました。フェレットでも同様の結果が得られました。
次に、WSN株以外のインフルエンザに対してもワクチンとしての効力が有効であるかどうかが検討されました。HISは、H1N1のサブタイプである、A/PR8/34,A/Cal/04/09、H3N2のサブタイプであるA/X-31に対しても同様の高いワクチンとしての効力を示しました。


<コメント>
今回の結果から、ウイルス全ゲノムにわたり、ウイルスの機能にとって重要な部位に変異を入れることで、安全性が高く、効力の高いワクチンであるHISが作成された可能性が高まりました。H1N1から作成したワクチンが、H3N2にも効力を発揮したことは特筆するべきことでしょう。今後、H5N1やH7N9といった、致死率の高い鳥型インフルエンザに対しても、ワクチンとして有効かどうか検討されるものと思われます。また、インフルエンザB型に対するワクチンも同様の方法で作成可能かどうか検討が待たれます。しかし、なによりも、人へのHISの感染時に危惧される、遺伝子操作されたウイルスによる余病の併発といったリスクの検証などを含めた長期的な観察が必要でしょう。
すべてのインフルエンザの型に有効な「ユニバーサルインフルエンザワクチン」という概念が提唱されてからずいぶん時間がたちました。こうしてまったく新しい視点から最新の技術を駆使してワクチン作成を試み続けた研究者によって、成功へと着々と近づいていることに気づかされました。今回の研究には、4年の歳月を費やしたとされます。彼らのたゆまぬ努力と卓越した叡智に感嘆するばかりです。
(1)平成11年度 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症研究事業「インフルエンザワクチンの効果に関する研究(主任研究者:神谷齊(国立療養所三重病院))」
(2)平成28年度 厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「ワクチンの有効性・安全性評価とVPD(vaccine preventable diseases)対策への適用に関する分析疫学研究(研究代表者:廣田良夫(保健医療経営大学))」
(3)Du, Y.,ら(2018). Genome-wide identification of interferon-sensitive mutations enables influenza vaccine design. Science, 359(6373), 290-296.