2018/02/06

愛し野塾 第157回 高血圧・米国の新しいガイドラインへの疑問



2017年11月13日、米国では、高血圧の定義が、140/90mmHg以上から130/80mmHg以上へと、収縮期及び拡張期血圧はそれぞれ10mmHgずつ下げられました。この血圧管理の厳格化にメディアも即座に反応し、各紙、新基準の話題を採り上げたことから、外来では、「厳しい基準通りの血圧管理をしなければ、命にかかわるのではないか」、といった不安の声が高まりました。
日本国内でも「果たして、米国の新基準に従ったほうがいいのか、それとも、日本独自のこれまで通りの血圧管理を続けたほうがいいのか?」、議論されているところです。
今回、NEJMに、旧基準を作成した、この分野の第一人者であるバクリス博士らによって、「厳しい新基準は妥当か?」を検討した論説が掲載されました(文献1)。今回はこれを解説してみようと思います。
新しいガイドラインでは、家庭血圧を重視していて、「正確に自己血圧測定をすること」、「一旦高血圧の診断を得た場合、降圧薬は1種類ではなく、2種類を組合わせて服用すること」、と記されています。血圧測定にあたっては、「腕の位置が適正であること」、「カフのサイズは正しいものを選ぶこと」、「測定前に十分休むこと」、そして、「3回血圧を測定すること」が必須条件となりました。また、「血圧計は毎年キャリブレーションすること」、「血圧が適正血圧よりも収縮期で20mmHg以上、拡張期で10mmHg以上であれば、2種類の薬(レニンアンギオテンシン阻害剤と利尿剤かカルシウム拮抗剤の組み合わせ)を開始すること」、と追記されています。
加えて、旧基準ではステージ2高血圧と定義されていた、140/90mmHg以上では、10年心血管リスクが、10%以上の場合には、厳格な治療を要する、こと、ステージ1高血圧、旧来の高血圧前症と定義されていた、130-139/80-89mmHgでは、「塩分制限、野菜摂取に努める、運動をする」など、ライフスタイルの適正化を主眼を置くが、10年心血管リスクが10%以上の場合には薬物治療を開始すること、ただし、この場合は、一種類の降圧薬で良いとする、となっています。
*10年心血管リスク(フラミンガム研究(文献2)から得られた10年間に心筋梗塞で死亡するリスクを表し、年齢、性別、血圧、喫煙、脂質、降圧薬服薬有無から計算されます)
これまで130-139/80-89mmHgは、正常な血圧に分類されていましたが、突然、高血圧と定義されるようになってしまったことが、混乱を招くことになりました。以前の定義では、米国では、高血圧患者は成人の32%を占める、とされていました。今回の高血圧の定義では、成人の46%が高血圧、と診断されるというのです。日本では、高血圧患者は4000万人と推計されていますが、新基準を採用した場合、米国同様、14%も増えるということになれば、6000万人近くが高血圧患者ということになり、健康不安を煽るだけでなく、医療経済の視点からも莫大な負担になることはいうまでもありません。
バクリス博士が強く指摘するのは、ステージ1と定義される高血圧は、リスクが低い場合、ライフスタイルの変容で対処するべきとされているところが、今後は一律に薬物療法の対象になってしまうのではないか、という危惧です。
また疑問の余地が残る記述として、新ガイドラインの、「ライフスタイルの適正化にあたり、塩分制限強化として食塩を1日摂取3.81グラム以下にしなさい」という箇所です。この塩分に関する新基準作成のもとになった研究では、その観察期間は短期間で、かつアウトカムもしっかりしたものが得られていないことも問題視されているのです。バクリス博士は、従来の食塩5.7グラム摂取がふさわしいのではないか、と述べており、私も同意するところです。日本人の平均食塩摂取量が10グラム前後であるということからすれば、6グラム以下に摂取を抑えることすら容易ではないでしょう。それを4グラム以下にすることは食文化そのものの革命が必要で、現実的とは思えず、また個々のモチベーションの向上が期待できるとは思えません。また、今回「10年心血管リスクスコア」が大きくクローズアップされましたが、無作為試験によってその有用性が証明されているものではないことも問題とされています。総合的な生活習慣病の管理という視点から、新ガイドライン採用では、血圧を下げることにばかりに注力が注がれ、糖尿病や虚血性心疾患の患者さんが拡張期血圧が60mmHg以下になれば、むしろ虚血性心疾患のリスクや、腎臓病のリスクが大きくなることを忘れているのではないか、という指摘もあります。
総じて、バクリス博士は、非常に心血管病のリスクが高い症例では、130/80mmHg以下のコントロールするのは有意義と思われるが、それ以外の場合には、140/90mmHg以下で従来通りの対応で良いのではないか、と提言しています。
今回の改訂になった大きな理由に2015年に発表された「SPRINT研究」(文献3)があります(愛し野塾でも取り上げています。(4))。対象者は9000人以上と大規模で、120/80mmHgに血圧をコントロールすると、従来の140/90mmHgのコントロールに比較して死亡率が27%も有意に低下した、とするインパクトがあった研究です。しかし注意しなくてはならないのは、参加者の10年心血管リスクスコアが24.8%と極めて高かったという事実です。
私は、従来通り、140/90mmHg以下をめざしながら、糖尿病、腎臓病の罹患者、動脈硬化が進んでいるかたは、130/80mmHg以下をターゲットとする、といういままでどおりの指針の充実化を図る方向でよいのではないか、と感じております。

(1)Redefining Hypertension - Assessing the New Blood-Pressure Guidelines.
Bakris G, Sorrentino M.
N Engl J Med. 2018 Jan 17. doi: 10.1056/NEJMp1716193. [Epub ahead of print] No abstract available
(3)A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control.
SPRINT Research Group, Wright JT Jr, Williamson JD, Whelton PK, Snyder JK, Sink KM, Rocco MV, Reboussin DM, Rahman M, Oparil S, Lewis CE, Kimmel PL, Johnson KC, Goff DC Jr, Fine LJ, Cutler JA, Cushman WC, Cheung AK, Ambrosius WT.
N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2103-16. doi: 10.1056/NEJMoa1511939. Epub 2015 Nov 9. Erratum in: N Engl J Med. 2017 Dec 21;377(25):2506.