2012年のわが国の統計では、卵巣がんは、罹患数9384人、死亡率は、10万人あたり3.2人と、婦人科系のがんの中では、最も死亡率の高いがんとして知られています。ステージ分類では、I期が43.2%、II期が9.1%、III期が27.6%、IV期が7.2%と、発見時にはすでに病期が進んでいるケースが多いがんです。(1)。外科手術による完全摘出が期待出来る早期(I期)のがんでは、5年生存率は90%と高い一方で、進行がん症例では、手術と化学療法を組み合わせても、国内外で5年生存率は20%前後~40数%と報告され、決して高いとはいえません(治療法・調査条件などによっても異なります)。そのため、卵巣がん治療の課題は、1)早期発見を目的としたスクリーニング法の開発、2)進行がんの寛解を目的とした治療法の確立、の2点に絞られます。
進行がん症例対象の治療法としては、手術後、6回の静脈注射によって行う化学療法、もしくは、3回の化学療法後に手術を行う、といった方法が一般的です。しかし、腹腔内に存在する卵巣がんは、抗がん剤を静脈から投与する化学療法だけではなく、腹膜に直接抗がん剤を投与したほうが、より効果的なのではないかと、さまざまなトライアルが続いています。
こうした中、5年生存率が20%前後と評価されているIII期の卵巣がん症例に、手術後、化学療法として静脈と腹腔の両方から抗がん剤を投与した結果、有意に生存率が伸びる(GOG-172試験)(2)という結果が発表されました。しかし高い有効性の一方で、カテーテルのハンドリングの煩雑さ、患者への重い負担、消化器・腎臓への副作用を認める、など問題点が多いうえに、治療に専門性を要し、一般病院での汎用には難しいことが指摘されています。
そこで、手術直後に腹腔内に抗がん剤を投与する方法が考案されました。これによって、治療の有効性を維持しつつ、簡便かつ汎用性が期待されることになりました。また施術時に腹腔を暖め、抗がん剤の浸透をよくし、腫瘍のアポトーシスを誘導することで、より効率よく卵巣がんを死滅させる方法が組み合わされ、腹腔内温熱化学療法(HIPEC法)と呼ばれるまでにいたりました。すでに大腸がんなどでは効果を挙げ、卵巣がん治療の有効性も同様に報告されましたが、試験施行の厳密性に疑義があり(セレクションバイアスなど)、いまだ標準治療に至っていません。
今回、無作為割付法の採用により、厳密性を有した臨床試験が行われ有効性を認め、NEJMの最新号(平成30年1月18日)に発表(3)にされましたので、報告します。
<研究>
試験対象には、III期の卵巣がん症例のうち、腹部への進展が著しく、外科術で摘出することが難しいと判明している、もしくは、術後1cm以上のがんが残存している症例を選び、すべての症例で、術前補助化学療法(カルボプラチンとパクリタキセルを3サイクル)が施行されました。またWHOの日常生活の活動度(パーフォマンスステータス)で、0-2(5段階評価で5が一番活動度が低い)と評価される比較的活動度が高いこと、血球に異常所見がなく、腎機能が維持されていることが条件とされました。
オランダがん研究所が中心となって、オランダとベルギーの8施設で、無作為、オープンラベルの第三相試験が行われました。「完全切除」は、可視範囲にがんを認めない(R-1)、「最適腫瘍縮小術」は、残存するがんのサイズが最大で2.5mm以下(R-2a)、あるいは、2.5mmから10mmの間(R-2b)である、「不完全切除」は、残存癌のサイズが10mmを超える、とそれぞれ定義されました。患者は、無作為に、HIPEC法か否かの1:1に割り付けられました。温熱療法として、1)40度の生理食塩水を腹腔に還流、2)シスプラチンをいれた生理食塩水で還流、と、2時間の総処置時間を要し、カルボプラチンとパクリタキセルを、3サイクル分、追加されました。
2007年4月から2016年4月までの間に、245人が試験対象となり、123人が外科術のみの群(外科術群)、122人がHIPEC群と、無作為に割付られました。4.7年経過後、再発あるいは死亡が確認されたのは245人中209人でした。外科術群は110人が、HIPEC群は99人が、再発あるいは死亡し、HIPEC群でより優れた治療成績を認めました(HR=0.66、P=0.003)。無再発生存期間は、外科術群の10.7ヶ月に比べ、HIPEC追加群14.2ヶ月と、3.5ヶ月長く、3年目の無再発生存率は、HIPEC群17%、外科術群8%でした。
死亡率は、外科術群62%、HIPEC群50%でした(HR=0.67、P=0.02 )。生存期間中央値は、HIPEC群45.7ヶ月、外科術群33.9ヶ月でした。3年後の生存確率は、HIPEC群62%、外科術群48%でした。
手術時間は、外科術群で192分、HIPEC群で338分でした。
グレード3及び4の副反応は、外科術群25%、HIPEC群27%に認め、両群間に差は認めませんでした。副反応の多くは、腹痛、感染、イレウスでした。腸切除術を要したのは、外科術群30人、HIPEC群29人でした。術後の人工肛門術の頻度は、外科術群よりHIPEC群に有意に多く認めました(P=0.04 )。QOL質問表によって、外科術群とHIPEC追加群の健康評価には有意差を認めませんでした。入院期間は、外科術群の8日に対し、HIPEC群では10日でしたが、プロトール上、HIPEC群は1日ICUに入室することが義務付けられている事が影響しているものと考えられます。
<コメント>
術中のたった一回の腹腔内温熱化学療法の追加が、生存率を33%も有意に上昇させ、進行卵巣がんの治療の有効性が確認されたことは、特記すべきことでしょう。ただし、この治療によって、人工肛門術を要する症例が増加したこと、入院期間の延長、長時間を要する手術の患者への負担、などから、医療コストの観点から、総じて汎用可能な治療に発展するのかどうかは、多方面の解析が必要でしょう。しかし、生存率を上昇させる「HIPECの追加」が標準治療となっていくためにも、あらゆる改善点を見出し、研究が進展することを期待するところです。
今回の試験では、卵巣がんの腹腔への転移を認める相当重症の症例が対象として採用され、無再発生存期間がHIPEC群でも14.2ヶ月と非常に短かった点は、NEJMのエディトリアル(4)から批判されています。実際、初回腫瘍縮小術のみに対象を絞ったGOG-172試験では、無再発生存期間は約24ヶ月でした(2)。今後、対象を初回腫瘍縮小術症例に絞ったうえで、同様にHIPEC追加の有効性の有無を検証すべきでしょうし、エディトリアルから投げかけられている温熱療法そのものの疑問への適切な回答も、実用化に向けて必要なようです。いずれにせよ、予後の悪い進行卵巣がんを駆逐するために、簡便、かつ汎用性のある治療が世界中で求められています。今回の試験結果で勇気付けられた患者、家族、医療関係者も多かったと思います。この分野において積極的な知見をつんで、適切な医療提供が可能になることを祈るばかりです。
(1) Yamagami W, Nagase S, Takahashi F, Ino K, Hachisuga T, Aoki D, Katabuchi H., Clinical statistics of gynecologic cancers in Japan.
J Gynecol Oncol. 2017 Mar;28(2):e32. doi: 10.3802/jgo.2017.28.e32. Epub 2017 Feb 10. Review.
(2)Armstrong, D. K., Bundy, B., Wenzel, L., Huang, H. Q., Baergen, R., Lele, S., ... & Burger, R. A. (2006). Intraperitoneal cisplatin and paclitaxel in ovarian cancer. New England Journal of Medicine, 354(1), 34-43.
(3)van Driel, W. J., Koole, S. N., Sikorska, K., Schagen van Leeuwen, J. H., Schreuder, H. W., Hermans, R. H., ... & Aalbers, A. G. (2018). Hyperthermic Intraperitoneal Chemotherapy in Ovarian Cancer. New England Journal of Medicine, 378(3), 230-240.
(4)Spriggs, David R., Zivanovic, Oliver, . . (2018) Ovarian Cancer Treatment ― Are We Getting Warmer?. New England Journal of Medicine 378:3, 293-294.
愛し野塾 第111回 バリアトリック術5年経過後の糖尿病評価
愛し野塾 第100回 メニエール病治療の進歩とその選択
愛し野塾 第99回 冠動脈疾患発症リスクという遺伝的宿命は、生活習慣の改善で乗り越えられる?!