2018/08/14

愛し野塾 第182回 待機的PCIの適用の鍵となる「冠血流予備量比」


狭心症の中でも胸痛発作の強さや頻度などが数カ月以上安定している「安定狭心症」は、待機的PCI(経皮的冠動脈インターベンション)の効果が期待される疾患です。我が国の統計から、2016年には、192774件の待機的PCIが行われ(文献1)、うち70975件が緊急PCIで、待機的PCIが、有意に多い状況です。しかしその効果は、胸痛を和らげるといった限定的なもので、心筋梗塞発症率や死亡率を低下させるわけではありません。また我が国では、これまで待機的PCIは、血管造影上75%狭窄がある冠動脈病変に対して施行されてきましたが、心筋の機能的な虚血を検証した結果、46.4%の病変で虚血を認めないと言った報告もあり、待機的PCIの適応を巡る懸念が強まっています。医療経済の観点でも、保険診療の点数が、1回につき21680点(21万6800円)と大変高額であることから、平成30年春から、待機的PCIの保険適応は、冠動脈の狭窄程度が75%から90%へ引き上げられ、加えて機能的な虚血低下の場合も含まれることになりました(文献2)。また最近では、過去に愛し野塾144回(文献3)でも解説した「ORBITA研究」では、ステントを挿入しなくとも、冠動脈カテーテル操作のみの施行で、安定狭心症の胸痛は軽減可能という衝撃的な結果も報告されていました。こうした背景から、「待機的PCIは医学的根拠をもって施行するべきである」として、従来の「狭窄」といった物理的指標ではなく、「冠動脈血流」といった生理的指標を評価の上でステント留置を施行すれば、死亡率や心筋梗塞発症率の低下が期待されるのではないか、と推測し、研究が遂行されてきました。
さて、2018年7月19日にNEJMに、冠動脈の狭窄の程度ではなく、冠血流予備量比(FFR=Fractional Flow Reserve)とよばれる冠動脈の血流の程度を指標に、ステントを留置し、5年間の予後について調査した結果が報告されました(文献3)。重要な知見が発表されましたので、解説を試みようと思います。
<対象>
欧州と北アメリカの28の医療機関で「安定狭心症」かつ「冠動脈の狭窄が少なくとも50%以上」と診断された患者が対象となりました。FFR(冠血流予備量比)測定から、FFRが0.80以下の患者を、PCIプラス薬物療法(PCI群)あるいは薬物療法のみ(薬物療法群)の2群に無作為に割り付けました。
<結果>
2010年から2012年の間に、1220人が登録されました。FFR 0.80以下の888人(72.7%)が、無作為に2群の治療に割り付けられ(447人がPCI群、441人が薬物療法群)、FFRが0.80以上の332人は薬物療法とし、そのうちの約半数はレジスター群として経過観察が行われました。
PCI群と薬物療法群の患者特性には差を認めず、順に、平均年齢:63.5歳と63.9歳、男性の比率:79.6%と76.6%、BMI:28.3と28.4、心筋梗塞の既往:36.7%と37.4%、痛みの症状がないいわゆる無症候性心筋虚血の割合:16.3%と16.6%、でした。また、高血圧症:77.6%と77.8%、糖尿病:27.5%と26.5%という罹患率でした。
447人のPCI群のうち、予定通りPCIを施行されたのは、435人でした。残りの12人は、バルーンアンギオプラスティー、バイパス術、薬物療法治療のみの治療を受けました。
441人の薬物療法群のうち、439人が薬物療法投与を受け、2人が誤って、PCI治療を受けました。
5年の経過観察達成率は、PCI群は、93.9%、薬物療法群は93.1%、レジスター群は、90.5%と、いずれも高率でした。
<アウトカム>
一次評価項目は、「死亡」「心筋梗塞」「緊急再還流術」でした。PCI群で13.9%、薬物療法群で27.0%、PCI群はハザード比 0.46(P<0.001)で有意に低リスクを認めるといった、優れた成績が得られました。レジスター群では15.7%でPCI群との間にリスクに有意差はありませんでした(ハザード比 0.88)。「死亡」のみで比較した場合、PCI群と薬物療法群の間に有意差はありませんでした。
「緊急再還流術」の比較では、薬物療法治療群の21.1%に対し、PCI群では、6.3%、ハザード比 0.27と、大きな差を認めました。
「心筋梗塞(自然発症のものと、手技関連のものの合算)」は、薬物療法群で12.0%に比較して、PCI群で8.1%と低い傾向を示し(ハザード比0.66、P=0.049)、「手技非関連で自然発症の心筋梗塞にのみ」に注目すると、PCI群は、薬物療法群に比較して有意に低下していました(ハザード比0.62、P=0.04)。一方、「手技関連心筋梗塞」には、両群間の差を認めませんでした(ハザード比0.77)。
「狭心痛改善」は、薬物療法群に比べて、PCI群で、施行後3年目までは、有意な改善効果を認めましたが、以降5年目までは、両群間に差を認めませんでした。
<コメント>
安定狭心症の患者を対象としたステント挿入の適用評価に「FFR」を用いた結果、施術5年経過後の心筋梗塞の自然発症を、38%有意に減らせたことが示されました。このステント治療を勧めるべき患者の特徴がはっきり示された研究をもとに、今後、日常臨床に生かすべくFFRの指標のガイドラインが示されれば、さらなる治療効果が期待されるでしょう。
またFFR指標によって、従来指標で適用となっていた症例の35%もステント挿入が減らせると評価され、医療経済的視点からも大きな意義があるものと思われます。
ただし、薬物療法群に割り付けられていた症例の51%が、試験終了の5年目までにPCIを受けていたという事実は見過ごせません。今後、こうしたバイアスを考慮し、信頼性の高い解析結果が得られることが期待されます。
一方で、新たに生じた問題として、「狭窄の程度が30−50%でも、FFRが0.80以下の症例がしばしば見受けられる」という最近の知見があります(文献5)。こうした患者のステントの適用性について、ぜひとも議論を深めてもらいたいものです。

文献1
循環器疾患診療実態調査報告書(2016 年度実施・公表)
文献2
実態を踏まえた医療技術等の評価の適正化
文献3
文献4

文献5
Ciccarelli, G., Barbato, E., Toth, G. G., Gahl, B., Xaplanteris, P., Fournier, S., ... & Tonino, P. (2018). Angiography versus hemodynamics to predict the natural history of coronary stenoses: fractional flow reserve versus angiography in multivessel evaluation 2 substudy. Circulation, 137(14), 1475-1485.

2018/08/11

愛し野塾 第181回 ゲノム編集は安全か??




遺伝子工学の専門用語である「ゲノム編集」という言葉は、今や新聞やテレビ番組などでも耳にするようになりました。ゲノム編集とは、部位に特異的なDNA切断酵素であるヌクレアーゼを利用して、任意のゲノムDNA領域の遺伝子を切断し、改変する技術です。遺伝子の特定部位の異常を、正確に、かつ正常に修復することができるため、遺伝子疾患や先天性疾患の治療に有効な医療技術として確立しようとしています。なかでも、クリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)法は、基礎研究が重ねられ、ヒト受精胚での臨床応用研究がはじまっています。これまでのところ、編集をうける標的遺伝子部位に予測を裏切るような遺伝子変異を認めず、また安全性への懸念も薄く、ゲノム編集技術を用いた6本の臨床試験が進行中です。
しかし、その一方で、インバージョン(逆位)、内因性・外因性両方のDNAインサーションを認めるケースや、予測よりも大きな範囲の欠失を認めるケース(600bpから1500bpに及ぶ場合がある)があること、また、ほとんどの研究が、標的遺伝子部位近傍(1kb以内)の遺伝子配列決定しかしていないこと、さらに標的部位以外の検証もほんの一部の遺伝子だけであることから、ゲノム編集後に標的部位以外のゲノムの異常が生じている可能性があるのではないか、という指摘もあります。
さて、今回、マウスとヒトの細胞を用いて、ゲノム編集後、系統的にゲノムを調べることで、遺伝子異常が、任意の場所に生じていないかどうかについて精査されました。その結果、標的遺伝子部位において、大きく遺伝子欠失を認めるケースや、標的遺伝子部位から遠くはなれた場所で、遺伝子欠失、挿入(インサーション)の存在を認め、この技術の安全性に大きな疑問符がつくことになりました。結果は、2018年7月16日のネイチャーバイオテクノロジーに発表されましたので、まとめてみたいと思います(文献1)。
<研究>
これまで行われてきた研究では、ゲノム編集後のゲノム異常を検証する際、がん細胞を使用することがほとんどでした。しかし、がん細胞では、体細胞分裂、及び遺伝子修復機構が正常に機能していないことから、クリスパー・キャス法による遺伝子異常を検証するには、最適な細胞とはいえず、本研究では、カリオタイプが正常で、かつ体細胞分裂と修復機構が正常に機能している「ES細胞」が用いられました。
標的とした遺伝子は、PigA(Phosphatidylinositol glycan anchor biosynthesis, class A)部位で、X染色体に位置し、オスの細胞では、半接合体でした。まず、PigAサイトのイントロンとエクソンを標的とした、CAS9とgRNA(ガイドRNA)を、JM8マウスES細胞にPiggyBacトラスポゾン法を用いて、導入しました。その後、PigA欠失細胞を、FLAER法を用いて、選別しました。
エクソン2-4のgRNAを用いた場合、PigA欠失は、59-97%と高率でした。イントロンを標的にしたgRNAを用いた場合でも、比較的高率にPigA欠失は生じ、欠失率は、8-30%でした。PiggyBac法以外の導入法を用いても、同じ結果が得られ、遺伝子導入方法の違いが結果に影響を与えていないことが証明されました。
次に、PigA欠失が生じる分子メカニズムを調査するために、エクソン2を含む5.7KbをPCRで増幅し、シークエンス法によって塩基配列を決定しました。その結果、エクソンを含む広い範囲の遺伝子欠失の関与が、明らかになりました。
3つの異なるgRNAを用いた実験によって得られた、PigA欠失部位の塩基配列決定をもとに183の異なる高品質なアレル(対立遺伝子)が得られ、想定された単純な欠失以外にも、インサーションや複雑な再配列が含まれていることがわかりました。一つのアレルは、Hmgn1遺伝子由来の、連続する4つのエクソンを含んでいました。Hmgn1遺伝子のRNAが、新規にインサーションした可能性が高いと推測されました。
次に、単一クローンの細胞を得て、16kb離れた部位までの塩基配列決定を行った結果、141個のクローン細胞から133個のアレルを回収することができました。単純な欠失は、75%に認めました。最大の欠失は、9.5Kbに及び、残りのアレルには、欠失以外に、インサーションやより複雑、かつ多数の異常配列を認めました。
次に、PigA遺伝子だけに特異的な事象ではないことを調べるために、別な遺伝子で検討するためにCd9ローカスを用いました。その結果、エクソンgRNAで88%の欠失が生じ、イントロンgRNAで4.2%~5.4%の欠失が生じました。最大の欠失は、5.5Kbに及ぶことがわかりました。
以上のマウスのES細胞で得られた結果をもとに、ヒト女性網膜色素上皮細胞株(RPE1)を用い、X染色体を不活化をすることで、PigAローカスを半接合的に機能させ、同様の異常が人の細胞でも生じるかどうかを検討を行いました。PigAに対する、エクソンとイントロンgRNAを用いてPigAの欠失を試みたところ、マウスES細胞の実験と同程度の欠失率を認め、採取した41個の単細胞クローンをサンガー法によって遺伝子配列決定を行った結果、「大きな欠失、インサーション、インバージョン」を認めました。
<コメント>
今回、がん細胞ではなく、正常な遺伝子修復機能をもつES細胞を用いた実験系で、CRISPR-CAS9法を施行した結果「大きな欠失、インサーション、インバージョン」の出現が避けられないことが、明らかとなったことは驚きです。ヒトの細胞でも同様の結果を示しました。さて、現在進行している臨床研究は、がん治療をターゲットにしています。ヒトにCRISPR-CAS9法を用いた場合、ターゲットとなる細胞数は、数10億に達し、標的となるがん遺伝子やがん抑制遺伝子に「大きな欠失、インサーション、インバージョン」が生じれば、治療どころか、むしろ、がん発症を誘発させる可能性が否めません。現在進行中の臨床研究は一旦見直し、ES細胞などの修復機構が正常とされる細胞での、gRNAの機能を精査し、何より安全性の確立を優先させるべきでしょう(文献2)。
CRISPR-CAS9によるゲノム編集は、あまりにもセンセーショナルに取り上げられ、世界中が注目し、遺伝子を自由に編集できる技術として、難病治療への臨床応用が期待されていました。安全性への疑問を呈した今回の研究報告について、これまでの研究の栄光に水をさすものと捉えるのではなく、より安全な方向へ導いた、重大な研究報告である、と受け止めるべきでしょう。
文献2 Genome damage from CRISPR/Cas9 gene editing higher than thought
Caution required for using CRISPR/Cas9 in potential gene therapies
(2018.8.11閲覧)

2018/08/07

愛し野塾 第180回 体重にあわせたアスピリン処方による心血管病予防の可能性


心筋梗塞や脳卒中に代表される心血管病は、片麻痺、心不全、最悪の場合は死に至るほどの重大な病態を招きます。心血管病の予防は、現代医学にとって最も重要な課題といっても過言ではないでしょう。さて、アスピリンによる治療は、比較的「確立されている」予防策いえるかもしれません。アスピリンは、COX-1を不可逆的にアセチレーション化し、血栓形成の中心的役割を果たすトロンボキサンの血小板での産生を、ほぼ完全にシャットアウトします。期待されるアスピリンの強い血小板産生抑制作用による心血管予防効果は、個体差が大きく、「一次予防にして約10%程度」といった評価です。さて、こうしたアスピリンの効果が現れにくい状態を「アスピリン抵抗性」と呼び、その原因については、これまで多くの解析が試みられてきました。その結果、「薬の飲み忘れ」、「糖尿病患者では血小板ターンオーバーが早くなっている」、「NSAIDとの薬物相互作用」、「腸溶剤に伴う薬物生物学的利用能の低下」、「肥満」などが抵抗性を説明しうるものとして示唆されてきました(文献1)。

さて、「肥満」の観点から実臨床を省みると、アスピリンの処方量は、体重差は考慮されず一定の容量設定(低容量アスピリン治療の場合1日あたり75-100mg)で、処方されてきました。今回、「体重が異なるのに、アスピリンの投与量は同じでいいのか?」という問いに対して、オックスフォード大学のグループを中心に調査が行われ、アスピリンの効果と体重との関係について、極めて明確な解答がえられました。この研究結果は、ランセットに報告されましたので、まとめたいと思います(文献2)。

 <対象>
無作為にアスピリン、もしくはプラセボの投与が割り付けられた、すべての研究が対象になりました。1次予防に関する論文10本のうち、体重、身長、基礎データなど、個々人のデータが得られた論文は、9本でした。そのうちの7本は、75mg-100mgの低容量アスピリン群(毎日75-100mgを服薬するか、隔日に100mgを服薬するか)とプラセボ群の比較、別の2本は、より高容量のアスピリン投与(300-325mgあるいは500m投与)とプラセボ投与の比較でした。また、2次予防の論文5本のうち、4本については、参加者個人レベルのデータが得られました。そのうち1本は、低容量アスピリンとプラセボとの比較、2本は高容量アスピリンとプラセボの比較、残りの1本は、2種類のアスピリン容量とプラセボの比較でした。
体重の最小と最大の差は4倍で、体重の中央値の幅は、60Kgから81.2Kgにおよび、最大と最小の間に有意差を認めました(p<0.0001)。男性の体重の中央値は、81.0Kg、女性の場合は、68.0Kgでした。

<低容量アスピリンによる一次予防>
体重70kg未満では、心血管病の一次予防は、アスピリン投与群のハザード比は0.77で、プラセボ投与群に比較して、有意にリスクの低下を認めました(P<0.0001)。一方で、体重70Kg以上では、ハザード比=0.94と、両群間に有意差を認めませんでした(P=0.50)。
低容量アスピリン群は、体重50-69Kgの群のハザード比は0.75(P<0.0001)で、最もリスクが低下しました。特に連日服薬した結果、ハザード比は0.68まで低下し、もっとも良い結果を示しました。1本の論文で、100mgの隔日投与によって、50-59Kgの群で、ハザード比は0.72と良好な値を示し、60-69Kgの場合は、ビタミンEを投与されていない場合が、良好な値を示しました。
問題は、体重50kg以下の場合、連日のアスピリン投与75-100mgでは、プラセボ群に比較して、ハザード比1.25(P=0.40)で効果を認めず、それどころか全死亡リスクは、有意に高く、ハザード比1.52(P=0.031)を示しました。一方で、体重50kg以下のうちBMI18.5以下を除くと、ハザード比は0.80(P=0.47)となり、全死亡リスクは軽減しました。すなわちBMI18.5以下のやせている方のアスピリン投与はむしろリスクがあるかもしれない、という疑問がわいてきます。
さて、低容量アスピリンの心血管病予防効果は、糖尿病、年齢による影響は認められず、一方で、喫煙によって効果は減弱されることがわかりました。また体重と喫煙の減弱効果は、加算的であり、「体重70kg以上の喫煙者」の場合、低容量アスピリン投与は逆に害をもたらす危険性があること、また、この傾向は女性に顕著であることが示されました。心筋梗塞発症予防における低容量アスピリン投与による効果は、喫煙しない体重70kg以下の場合でのみ、プラセボ投与に比較して、ハザード比0.71と有意な(P=0.031)リスク低下を認めました。喫煙女性で体重が70kg以上では、アスピリンの予防効果は、ハザード比1.33(P=0.21)と高いリスク傾向を示しました。
体重の大小、喫煙の有無を考慮しない場合、女性は、ハザード比1.00(P=0.96)と低容量アスピリンによる心筋梗塞予防効果を認めない一方で、男性は、ハザード比0.77(P=0.0014)を示し、予防効果を認めました。
心筋梗塞予防の観点から、女性では、非喫煙者で、かつ体重が70kg以下の症例に限って低容量アスピリンの投与を検討することが必要かもしれません。
<低容量アスピリンの2次予防>
脳卒中の既往のあるかたを対象にした「2次予防研究のESPS-2試験」に基づいて、1回25mgを1日2回のアスピリン投与とプラセボ投与を比較しました。
70kg以下の場合、アスピリン投与のハザード比は0.74(p=0.0003)で、アスピリン投与による心血管イベントの有意な抑制効果を示しました。70kg以上になると、アスピリンの効果は、一次予防同様に消失しました。女性の場合、体重70Kg以下のハザード比は0.68(p=0.0001)で、アスピリンは有効、また70Kg以上のハザード比は1.02でアスピリンの有効性は消え、50kg以下ではハザード比0.50で、有効性が維持されていました(p=0.0094)。 
<高容量アスピリンの場合>
1次予防について、325mgのアスピリン投与によって、プラセボに比較して、体重70kg以上で、心血管病発症の有意な予防効果を認めました(ハザード比0.83, P=0.028)。また、500mgアスピリン投与によって、90Kg以上でも有意差はないものの予防効果を示し(ハザード比0.55, P=0.086)、心血管病発症、かつ心血管病による死亡リスクの抑制も解析に加えた結果、有意な予防効果を認めました(ハザード比0.52, P=0.017)。
これらの結果から、「50-69kgの場合、アスピリン75-100mg、70-89kgの場合、アスピリン300-325mg、90kg以上の場合、アスピリン500mg」と体重に基づいた容量増加によって、心血管病イベント、脳卒中、心血管病関連死、全死亡のいずれのリスクにおいても、一次予防として有効であると推定されました。一方で、この容量設定を行わなければ、心血管病による突然死のリスクは、ハザード比2.03(P=0.0015)と、有意に高くなることがわかりました。また、50kg以下のひとに75-100mg投与すると、ハザード比2.13、70kg以下のひとに325mg投与だと、ハザード比1.99、90kg以下のひとに500mgだとハザード比2.26と、突然死が増加することが推定されました。
<がんへの効果>
一次予防の臨床試験について調査された5本の研究報告をもとに、73,372人の参加者、20年間の経過観察から、結腸直腸がんのリスクを分析しました。その結果、低容量アスピリン(75-100mg)投与について、体重70kg以下では、ハザード比0.64(P=0.0004)と有効性を示し、70kg以上では、ハザード比0.87(P=0.32)で無効、また、325mg投与の場合、80kgまでハザード比0.69(P=0.0014)と有効、80kg以上では無効(ハザード比1.08)ということが明らかになりました。
最大の問題は、70歳以上の高齢者へのアスピリン処方です。アスピリン投与3年後、がん発症リスクの有意な上昇を認めました(ハザード比1.20、P=0.02)。この傾向は、体重70kg以下で顕著で、70歳以上の女性に限ると、ハザード比は1.44(P=0.0069)で、さらにリスクの上昇を認めました。

<コメント>
現在のアスピリンの容量設定のまま投与を続けると、体重が少ないかたの場合は、容量が多すぎて、心血管病発症リスクがあがってしまうこと、体重が多いかたの場合は、心血管病の抑止効果が消失したりすることが判明したのは公衆衛生にとって大きなインパクトがあると思われます。
 日本人の体重は、ほぼ8割が70kg以下ですが、少ないとはいえ、20%のかたは、70kgを超えるわけで、こうしたかたには、現状の100mgでは効果がないため、3倍量となる300mg投与を考慮するべきでしょう。問題は、50kg以下のひとに日本で使用されている100mg投与をすると、突然死のリスクが2倍以上増えることです。日本人女性の35%が、体重50kg以下です。早急に50mgへの減量を検討するべきではないでしょうか。今後の研究成果を待ちたいと思います。
 もう一つの懸念は、がん発症のリスクが、アスピリン投与後3年の経過のなかで、20%も上昇してしまうことです。特に、高齢の70kg以下のかたの場合、75-100mgの容量ですら多すぎると考えるのが妥当なようです。1日50mg投与(25mgを1日2回投与)に下げることで、がんの発症が上がらないのであれば、朗報となることでしょう。この容量では、2次予防効果としては良好な結果がでており、一次予防も同様な結果が期待されるからです。また、がんの発症があがるかたの特性を特定できるのであれば、対策も立てられる可能性があります。リスクが上がるがんは、特に、下部食道がん、胃がん、結腸直腸がん、乳がんの可能性が指摘されていますので、あらかじめ、胃カメラ、大腸カメラ、マンモグラフィーを施行するなども考慮されることでしょう。この点についても、これからの研究の結果を待ちたいと思います。
いずれにせよ、「体重」という因子を全く無視した「アスピリン100mg処方」の潜在的危険性を見過ごすことはできず、日本でもエビデンスを蓄積すべきときがきたように感じます。 

文献1
Weight-adjusted aspirin for cardiovascular prevention.
Theken KN, Grosser T. Lancet. 2018 Jul 12. pii: S0140-6736(18)31307-2. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31307-2. [Epub ahead of print] No abstract available.

文献2
Effects of aspirin on risks of vascular events and cancer according to bodyweight and dose: analysis of individual patient data from randomised trials.
Rothwell PM, Cook NR, Gaziano JM, Price JF, Belch JFF, Roncaglioni MC, Morimoto T, Mehta Z.Lancet. 2018 Jul 12. pii: S0140-6736(18)31133-4. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31133-4. [Epub ahead of print]

2018/07/22

愛し野塾 第179回 iPS細胞技術による高品質の血小板製剤を可能にする「乱流」




献血率は、年々減少しています。献血可能年齢(16歳から69歳、女性の上限は、55歳)の年代が、少子高齢化の影響を受け、血液供給減である若い年齢層の人口の減少が著しいことや若年者の献血意識の現状もその一因と言われています。2013年の献血率(6.0%)を維持すると仮定し、試算した場合、2027年に、献血者延べ人数が85万人不足します。これを補うには、献血率を7.2%に上げることが求められ、十分な輸血製剤を確保することは難しくなることが予想されます。なかでも血小板製剤は、4日しか保存できず、凍結保存がきかない上、一回の輸血に3000億個を要し、血小板が不足することかは由々しき事態に陥ることは明白です。献血依存の輸血治療から、輸血製剤を補完する新たな方法の開発が求められてきました。
さて、技術的な革新は、iPS細胞を用いた方法の開発から始まりました。数々のブレークスルーがあり、2014年、血小板のもとになる「巨核球」細胞株の「iPS細胞による大量合成」を成功させました。この「巨核球」は凍結保存可能で、かつ、「巨核球」から「血小板」合成にも成功したのです(文献1)。iPS技術によって合成された血小板は、献血による血小板とは異なり、すべて試験管内の無菌操作で作成されることから、「感染症のリスクがない」という大きなアドバンテージがあります。また、すでに臨床試験に用いられている「網膜細胞」とは違い、血小板には、遺伝子情報が一切持ち込まれないため、がん化の懸念が一切ありません。一方、これまでの技術では、iPS技術によって合成された血小板では、献血によって得られた血小板と同じレベルの止血作用を有する品質の良い血小板を、1000億個レベルで、大量に合成することができませんでした。今回、日本のグループが、試行錯誤の末、ついに、商品化に必要な技術開発に成功したというレポートが「セル」に掲載されましたので、解説します(文献2)。
<研究>
「iPSを用いた血小板の大量作製」不死化巨核球細胞株(imMKCLs)は、iPS細胞にc-MYC, BMI-1, BCL-XLを導入し、確立されました。この細胞株は、凍結保存可能です。ドキシサイクリン、SCF、TA-316を添加し20日間の培養でimMKCLsを増殖させ、その後ドキシサイクリンを取り除いた培養液に浸し、血小板を作製しました。血小板がimMKCLsから放出されるために必要な因子として、AhRアンタゴニスト、SR1,ROCK阻害剤、Y-27632を併用しました。最初にフラスコ回転、その後Wave Bag Syetem を用いて、振動を加えました。しかしこの方法では、1個のimMKCLsあたり14個の血小板しか得られず、マウスの生体で産生される1000個には程遠いものでした。そこで、生体内での巨核球からの血小板放出の過程を分析し、生体に近い環境で血小板産生を達成することを目指し、GFPでラベルした巨核球を用いて粒子画像流速測定法でマウスの骨髄を可視化しました。観察の結果、血小板放出時には、血流に乱流が生じていることが示され、一方で、血流が連続的な層流時には、血小板の放出を認めず、血小板産生には、乱流というダイナミックな血流が必要との結論にいたりました。
そこで、2枚の円形攪拌ブレードを上下に高速(300mm/s)で移動させることで精巧な乱流を作る「2.4L VerMES」を開発しました。このシステムによって、巨核球1個あたり、70-80個、かつ活性化によって高いPAC-1結合能を有する高い品質の血小板が高頻度に作製されることが確認されました。さらに改良を重ね、開発された8LVerMES(ストローク40mm,スピード150mm/S)では、3つのimMKCLクローンから1000億個の血小板作製を成功させました。
<作製された血小板の質の検討>
iPS由来の血小板は、ヒト由来の血小板と同様の凝集能を有し、100 mM ADP and 40 mM TRAP-6 による刺激下の適切なPAC-1結合とセレクチン発現を認めました。血小板減少の動物モデルであるNOGマウスに、iPS由来の血小板を輸血した結果、ヒト由来血小板と同じ出血時間を示しました。レーザー照射によって誘発された血栓形成の分析のために、TAMRAでラベルした血小板を可視化させて血栓を観察した結果、血管径が100um以上の血流速度の速い血管でも、iPS由来血小板は、ヒト由来血小板と同じく、血栓を作ることがわかりました。これら一連の実験結果から、作製されたiPS由来の血小板は、ヒト由来の血小板と同等の機能を有するものと判断されました。
<乱流が血小板放出をきたすメカニズムの解明>
細胞プレートとVerMESの培養液(ドキシサイクリンを中止し4日目)のサイトカインの違いをタンパクマイクロアレイ解析を用いて検討し、6つの因子が同定され、NRDC、IGFBP2、MIFの3つが、乱流に伴い巨核球から放出され、血小板産生を促している最も重要な因子であることがわかりました。
<コメント>
1000億個の単位で、機能良好な血小板が作成できたことはまことに喜ばしいと思われます。本研究報告は、血小板産生に決定的な因子である「乱流」、そしてIGFBP2、MIF、NRDCの3つのサイトカインの関与を明確に示し、血小板の産生メカニズム解明に大きな進歩をもたらしただけでなく、今後の、臨床レベルの血小板産生に多大な貢献をすることでしょう。乱流操作と3つの因子を培養液に加えれば、より効率よく、高品質の血小板が得られる可能性が広がりました。実用化に向けて目が離せません。ヒトへの応用のためには、iPS由来の血小板が移植後適切に機能するのか、免疫拒絶反応を制御できるのか、といった疑問をクリアにしてゆかねばなりません。しかし、血小板製剤の惨状を打破できる可能性を世界中に示した大変インパクトのある研究報告だと感じるところです。

文献1 Nakamura, S., Takayama, N., Hirata, S., Seo, H., Endo, H., Ochi, K., ... & Watanabe, A. (2014). Expandable megakaryocyte cell lines enable clinically applicable generation of platelets from human induced pluripotent stem cells. Cell stem cell, 14(4), 535-548.


2018/07/16

愛し野塾 第178回 血圧と腎機能の関係


「慢性腎臓病(CKD)」は、腎障害や腎機能の低下が持続する疾患と定義され、現在までに罹患数は、1330万人に上り、国民の8人に1人が罹患する、新たな国民病とも言われる疾患です(文献1)。世界の罹患率においても推定10%程度と見込まれていますが、日本人の罹患率の高さは、塩分摂取の多い食文化によるものだろうと考えられています。しかし、進行すれば透析治療を必要とし、患者や家族の負担、そして国家の医療経済への負担は大きく、予防策について国家ぐるみでの取り組み方を一刻も早く整備しなければなりません。透析患者数は、2016年には、33万人に達し、その数は年々増加しています。また、CKDの、心筋梗塞、脳卒中、心不全などの心血管系の疾病発症リスクや、死亡リスクについても次々報告され、この点についても見過ごすわけにはいきません。
さて、CKDの発症予防や治療プロセスにおいて、厳格な血圧管理が求められてきました。特に、高血圧患者では、血圧を可能な限り下げることが、腎臓機能保護をもたらすと信じられてきました。「血圧をさげれば、腎臓障害の指標とされる尿蛋白を減らすことができる」、と示されてきたからです。また、腎臓の血流調節自動制御機能による幅広い血圧に対処する潜在性から、血圧を低めにしても問題ないと、お墨付きを与えていました。加えて、尿蛋白がすでに大量に検出される症例では、血圧を厳格に低下させたほうが、腎機能低下を軽減できる、との報告も発表されていました。
ところが、「腎機能障害がある症例では、血圧の下げすぎによって腎機能の悪化を認める可能性がある」という報告が物議を醸し、加えて、腎機能が正常な糖尿病患者の血圧管理は、CKD発症予防の観点から、下げすぎでよいのか否かという疑問についても、信頼に足る検討が必要な段階にありました。最近(2018年7月)発表になった2つの大規模試験の二次解析の結果がランセットに発表されましたので、まとめてみました(文献2)。
<対象>
ACCORD研究とSPRINT研究をもとにデータ解析が行われました。
ACCORDは、2型糖尿病患者4733人を対象に、血糖コントロールについて、血糖強化療法群(HbA1c 6%を目標とする)と血糖標準治療群(HbA1c 7-7.9%を目標とする)に割り付けられ、また、血圧コントロールについて、血圧降下強化療法群(目標120mmHg 以下)と血圧降下標準治療群(目標収縮期血圧140mmHg以下)に割り付ける試験でした。
SPRINTでは、9361人の「2型糖尿病のない」かたについて、血圧強化療法群(目標収縮期血圧120mmHg 以下)と標準療法群(目標収縮期血圧140mmHg以下)に割り付け、分析が行われました。
<方法>
SPRINTでは、慢性腎臓病(CKD)発症の定義は、eGFRが60未満となるか、初期のeGFRから30%以上の低下があった場合とされ、この定義がACCORD試験に適用されました。
<結果>
ACCORDから4311人、SPRINTから6715人が分析の対象となりました。すべての参加者のeGFRは60以上で、CKDではない方が対象となりました。
平均年齢は、ACCORD試験(40歳から79歳を対象)がより若く、61.4歳(血圧降下標準療法群)及び61.5歳(血圧降下強化療法群)で、SPRINT試験(50歳以上を対象)が65歳(両群とも)でした。使用降圧剤数は、1.6個~1.7個、収縮期血圧は、139-140、拡張期血圧は76-79といずれの群もほぼ同等の値を示しました。ACCORD試験のHbA1cは、8.3%~8.4%でした。4群のBMIは、32.1から30(有意差なし)、eGFRは、ACCORD群で94~94.2と、より高い数値を示し、SPRINT試験は、81.1から81.3でした。
強化療法によって血圧は、標準療法より低くなりました。ACCORD試験では、13.9mmHgの低下、SPRINT試験では15.2mmHg低下でACCORD試験に比較し、有意な低下を認めました(P=0.0001)。
使用薬剤数は、強化療法群で、ACCORD試験、SPRINT試験ともに2.8個で、標準療法では、それぞれ1.9個と1.8個でした。
ACCORD試験では、最初の12ヶ月で、eGFRの低下を認め、強化療法群では、標準療法群より有意に低下しました(11.6対5.5、P<0.0001)。12ヶ月以後、低下率は緩やかになりました。
CKD発症率は、4.6年の経過の中で、ACCORD試験の強化療法群で15%、標準療法群で7%でした。SPRINT試験は3.1年の経過の中で、強化療法群で4%、標準療法群で1%でした。CKD発症率を、試験開始後3年の段階で比較すると、ACCORD強化療法群で10%、標準療法で4.1%、SPRINT強化療法で3.5%、標準療法で1.0%でした。
<コメント>
さまざまな検証から、慢性腎臓病は老化の初期に特徴的な重要疾病とされ(文献3)、慢性腎臓病発症予防策の確立はあらゆる立場から超高齢化社会に直面する我々国民にとって重要な議論です。本報告のACCORD試験の2次解析から、糖尿病では、目標収縮期血圧を120mmHgにおくと、むしろCKD発症リスクをあげるという懸念が示されました。すでに、この目標血圧を達成しても、糖尿病患者の心血管病発症抑止には効力を示さないことが報告されています。40歳から79歳の糖尿病患者の血圧管理について、強化療法の意義は少なく、140mmHgを目標とすることが望ましいのではないでしょうか。現在進行している臨床試験では、現在日本で採用されている「130mmHgを目標血圧」が有効かどうかの検証が進行中で(文献4)、まさに結果を待っているところです。いずれにせよ、実臨床では、特に血圧を下げだしたばかりの最初の1年のeGFRの定期精査は欠かせないと思います。腎機能低下が著しいと判断されたら、血圧をやや高めに戻すなど、個々に対策をとることが必要でしょう。
糖尿病がなくとも動脈硬化の進行が認められる症例では、120mmHgを目標にしながら、やはりeGFRの定期的な評価が必要ではないでしょうか。もちろん、糖尿病のある場合とない場合で、統一的な目標血圧が策定できることが理想的です。その方向での研究も進んでいることもあり、結果を待ちたいと思います。
いずれにせよ、CKD発症予防の観点から、血圧管理をより繊細に行う必要がありそうです。
文献1
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン 2018 https://cdn.jsn.or.jp/data/CKD2018.pdf
文献2
Beddhu, Srinivasan, et al. "Intensive systolic blood pressure control and incident chronic kidney disease in people with and without diabetes mellitus: secondary analyses of two randomised controlled trials." The Lancet Diabetes & Endocrinology 6.7 (2018): 555-563.
文献3
Covic A, Vervloet M, Massy ZA, Torres PU, Goldsmith D, Brandenburg V, Mazzaferro S, Evenepoel P, Bover J, Apetrii M, Cozzolino M. "Bone and mineral disorders in chronic kidney disease: implications for cardiovascular health and ageing in the general population." The Lancet Diabetes & Endocrinology 2018 Apr;6(4):319-331.
文献4
Mancia, Giuseppe. "Target blood pressure and kidney protection." The Lancet Diabetes & Endocrinology (2018) Jul;6(7):521-523. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30134-7. Epub 2018 Apr 21.

2018/07/06

愛し野塾 第177回 2型糖尿病の新しい治療ー「肥満」との関係に重点をおいて


様々な研究によって、「肥満」が糖尿病を引き起こす重大なリスク因子のひとつであることが浮き彫りとなり、「糖尿病=Diabetes」と「肥満=Obesity」を結合させた「Diabesity=肥満糖尿病」という造語が汎用されるようになりました(文献1)。背景には、「肥満が、糖尿病治療の鍵」であることを示した、5%以上の減量が血糖値低下や心血管病マーカーの改善を促したという研究報告や、「バリアトリック術」による糖尿病寛解の可能性を示した論文があります。バリアトリック術では、術後、約30%の持続的な体重減少や、被検者の80%以上に血糖値の正常化を認め、5年経過後には、最大45%で糖尿病薬が不要となる寛解に至るという衝撃的な結果が得られました。
バリアトリック術では、手術によって生じる体重減少前に、術後数日で血糖値の低下を認め、このことから「体重減少の結果、血糖値低下が生じる」、という作用機序とは異なる因子の関与が示唆されています。現在、腸管のホルモンである「インクレチン」と呼ばれる一群のホルモンのうち、GLP-1とオキシントモデュリンが代表的なものとして挙げられています。
さて、GLP-1は、胃排出を遅延させ、体重減少、及び血糖低下を促すことから、すでに、GLP-1製剤のひとつである「ビクトーザ」は、米国FDAで痩せ薬として認可されています。一方、オキシントモデュリンは、GLP-1、かつグルカコン受容体の効果を介して、体重減少、血糖低下に寄与し、主に、グルカゴン受容体を介してエネルギー消費を上昇させます。しかし、オキシントモデュリンの血中半減期は短く、薬物として用いるのは難しいことから、同様の効果を有するペプチドが合成され、「MEDI0382」と命名されました。すでに、動物実験によって、抗肥満効果を認め、今回、いよいよヒト臨床試験が行われ「ランセット」に発表されましたので、紹介します(文献2)。
<対象>
臨床試験(フェーズIIa研究と容量変化の観察の2研究)はドイツの11の医療機関で行われました。
フェーズIIa研究では、MEDI0382を、最大200μgを41日投与し、プラゼボ対照に、無作為2重盲見試験で施行されました。さらにMEDI0382の容量変化群として、コホートAは最大100μgを7日、コホートBは、最大150μgを11日、コホートCは最大200μgを15日、コホートDは最大300μgを22日、コホートEは、最大300μgを17日とし、薬剤の毒性及び、効果の検証が行われました。
対象者は、患者のデータベースからリクルートしました。HbA1cは、6.5-8.5%、BMIは27-40の範囲と限定しました。メトフォルミン投与中の症例は、過去3ヶ月の間に500mg以上の増減がなければ対象として受け入れました。DPP-IV、SU、SGLT2投与があっても、4週間のウオッシュアウト後に受け入れ可能としました。除外項目は、参加研究者の判断で、試験に用いられる薬物の効果判定ができないと判断された症例、及び、空腹時血糖が200mg/dl以上の症例としました。GLP−1治療経験がある、GLP−1で現在治療中である、低カロリー食をすでに試験されているかた、体重減少薬をトライされているかたも除外としました。また、授乳中の女性、妊娠の可能性がある方も除外しました。試験薬剤は、最低8時間絶食した状態で、朝食前に皮下注射されました。
<結果>
2015年12月9日から2017年2月24日の間に、422人をスクリーニングしました。条件に合致した61人のうち42人がMEDI0382群として投与量別に割り付けられ、19人はプラゼボ群に割り付けられました。また、51人が、フェーズIIa研究として、MEDI0382群に25人、プラセボ群に26人、割り付けられました。
<フェーズIIaの結果>
実薬群とプラセボ群で患者の特徴に差がないことが確認されました。(実薬群とプラセボ群の順に、男性の比率は52%と58%、年齢は56歳と56.9歳、BMIは32.0と33.4、HbA1cは7.2%と7.3%、混合食負荷試験のAUC0-4時間(0-4時間の血糖曲線下面積)42.9と40.5、脂肪MRI測定で肝臓の脂肪は16.1%と18%、皮下脂肪は4.9%と5.8%)。
MEDI0382群の25人全員、プラゼボ群の26人全員が、少なくとも1回の薬剤投与と血液検査を受けました。MEDI0382群では全体の88%、プラゼボ群では全体の96%が、投与開始前と投与後41日後の2回の混合食負荷試験AUC0−4時間の解析ができました。
混合食負荷試験AUC0-4時間の結果、MEDI0382群では、投与前と比較して投与後41日で、AUC0-4時間は32.78%低下しました。一方、プラセボ群では、投与前後で10.16%低下しているのみで、MEDI0382投与とプラセボ投与を比較すると、MEDI0382投与群で、有意な低下を認めました(P<0.0001)。
体重は、MEDI0382で3.84Kgの減少、プラセボで1.70Kgの減少を認め、前者が後者に比較して、有意な低下がありました(P=0.0008)。HbA1cは、MEDI0382で0.6%低下、プラセボで0.3%低下を認め、前者が後者に比較して、有意な低下がありました(P=0.0004)。空腹時血糖(MEDI0382で50mg/dl低下、プラセボで20mg/dl低下、P<0.0001)も食後血糖も有意にMEDI0382投与群でプラセボ投与群に比較して低下していました。またMEDI0382投与群は、混合食負荷試験で負荷中血糖が200mg/dlを超える人はいませんでしたが、プラセボ群では、超えているかたがいました。
MRIによる肝臓脂肪測定の結果、MEDI0382投与で、6.0%低下、プラセボ群で3.2%低下を認め、前者で有意差をもって低下率が大きいことがわかりました(P=0.0172)。皮下脂肪と内臓脂肪量の低下も有意差があり、MEDI0382群がプラセボ群よりも優れていました。
<容量変化群の結果>
プラセボ群に比べて、MEDI0382最低投与群のコホートAを含む全てのコホート群で、混合食負荷試験AUC0-4時間は、有意な低下を認めました。体重減少は、プラセボ群に比較して、すべてのコホート群で低下傾向を認め、コホートDでは統計的有意差が検出されました。
<有害事象>
治療によって生じた有害事象は、グレード3以上の重症は、プラセボ群とMEDI0382投与群との間に発症率の差を認めませんでした。試験期間中の死亡例はゼロ、一方、吐き気と嘔吐、食欲低下は、MEDI0382群で有意に多く認められましたが、それぞれの症状は、軽度から中等度のレベルでした。
<コメント>
2型糖尿病の肥満患者を対象に、MEDI0382を投与した結果、血糖コントロール、体重減少という二つの有効な効果が得られたことは、大躍進となりました。投与後1週間という早期から、空腹時血糖も食後血糖も低下し、41日目までこの効果が持続が確認されたことは特筆されます。
治療の優位性という観点では、すでに承認されている「GLP-1作動薬」との直接比較がなく明らかではありません。今後、MEDI0382とGLP-1作動薬で、直接比較をした結果が期待されます。同時に、より長期的な作用について検討が必要でしょう。
本研究で認められた肝脂肪の改善作用も、今後、GLP-1作動薬との直接比較が必要でしょう。グルカゴンの効果を抑止すると、脂肪肝現象は促進されることが知られていましたが、MEDI0382が、脂肪肝抑止に働くことと、よく一致しているといえます。
人間の体の中に自然と備わっているオキシントモデュリンをヒントにして作られたMEDI0382の人での薬理作用が確認された印象的な報告となりました。一方で、グルカゴン受容体を刺激するので、糖尿病を悪化させるのではないか、という危惧もありましたが、むしろ、良好な効果が確認されました。人の体自身が創薬のヒントとなりました。「MEDI0382」、開発が期待される薬剤となりそうです。
文献1Zimmet, Paul, K. G. M. M. Alberti, and Jonathan Shaw. "Global and societal implications of the diabetes epidemic." Nature 414.6865 (2001): 782-7.
文献2Ambery, Philip, et al. "MEDI0382, a GLP-1 and glucagon receptor dual agonist, in obese or overweight patients with type 2 diabetes: a randomised, controlled, double-blind, ascending dose and phase 2a study." The Lancet (2018), Jun 22. pii: S0140-6736(18)30726-8. doi: 10.1016/S0140-6736(18)30726-8. [Epub ahead of print]