2018/07/22

愛し野塾 第179回 iPS細胞技術による高品質の血小板製剤を可能にする「乱流」




献血率は、年々減少しています。献血可能年齢(16歳から69歳、女性の上限は、55歳)の年代が、少子高齢化の影響を受け、血液供給減である若い年齢層の人口の減少が著しいことや若年者の献血意識の現状もその一因と言われています。2013年の献血率(6.0%)を維持すると仮定し、試算した場合、2027年に、献血者延べ人数が85万人不足します。これを補うには、献血率を7.2%に上げることが求められ、十分な輸血製剤を確保することは難しくなることが予想されます。なかでも血小板製剤は、4日しか保存できず、凍結保存がきかない上、一回の輸血に3000億個を要し、血小板が不足することかは由々しき事態に陥ることは明白です。献血依存の輸血治療から、輸血製剤を補完する新たな方法の開発が求められてきました。
さて、技術的な革新は、iPS細胞を用いた方法の開発から始まりました。数々のブレークスルーがあり、2014年、血小板のもとになる「巨核球」細胞株の「iPS細胞による大量合成」を成功させました。この「巨核球」は凍結保存可能で、かつ、「巨核球」から「血小板」合成にも成功したのです(文献1)。iPS技術によって合成された血小板は、献血による血小板とは異なり、すべて試験管内の無菌操作で作成されることから、「感染症のリスクがない」という大きなアドバンテージがあります。また、すでに臨床試験に用いられている「網膜細胞」とは違い、血小板には、遺伝子情報が一切持ち込まれないため、がん化の懸念が一切ありません。一方、これまでの技術では、iPS技術によって合成された血小板では、献血によって得られた血小板と同じレベルの止血作用を有する品質の良い血小板を、1000億個レベルで、大量に合成することができませんでした。今回、日本のグループが、試行錯誤の末、ついに、商品化に必要な技術開発に成功したというレポートが「セル」に掲載されましたので、解説します(文献2)。
<研究>
「iPSを用いた血小板の大量作製」不死化巨核球細胞株(imMKCLs)は、iPS細胞にc-MYC, BMI-1, BCL-XLを導入し、確立されました。この細胞株は、凍結保存可能です。ドキシサイクリン、SCF、TA-316を添加し20日間の培養でimMKCLsを増殖させ、その後ドキシサイクリンを取り除いた培養液に浸し、血小板を作製しました。血小板がimMKCLsから放出されるために必要な因子として、AhRアンタゴニスト、SR1,ROCK阻害剤、Y-27632を併用しました。最初にフラスコ回転、その後Wave Bag Syetem を用いて、振動を加えました。しかしこの方法では、1個のimMKCLsあたり14個の血小板しか得られず、マウスの生体で産生される1000個には程遠いものでした。そこで、生体内での巨核球からの血小板放出の過程を分析し、生体に近い環境で血小板産生を達成することを目指し、GFPでラベルした巨核球を用いて粒子画像流速測定法でマウスの骨髄を可視化しました。観察の結果、血小板放出時には、血流に乱流が生じていることが示され、一方で、血流が連続的な層流時には、血小板の放出を認めず、血小板産生には、乱流というダイナミックな血流が必要との結論にいたりました。
そこで、2枚の円形攪拌ブレードを上下に高速(300mm/s)で移動させることで精巧な乱流を作る「2.4L VerMES」を開発しました。このシステムによって、巨核球1個あたり、70-80個、かつ活性化によって高いPAC-1結合能を有する高い品質の血小板が高頻度に作製されることが確認されました。さらに改良を重ね、開発された8LVerMES(ストローク40mm,スピード150mm/S)では、3つのimMKCLクローンから1000億個の血小板作製を成功させました。
<作製された血小板の質の検討>
iPS由来の血小板は、ヒト由来の血小板と同様の凝集能を有し、100 mM ADP and 40 mM TRAP-6 による刺激下の適切なPAC-1結合とセレクチン発現を認めました。血小板減少の動物モデルであるNOGマウスに、iPS由来の血小板を輸血した結果、ヒト由来血小板と同じ出血時間を示しました。レーザー照射によって誘発された血栓形成の分析のために、TAMRAでラベルした血小板を可視化させて血栓を観察した結果、血管径が100um以上の血流速度の速い血管でも、iPS由来血小板は、ヒト由来血小板と同じく、血栓を作ることがわかりました。これら一連の実験結果から、作製されたiPS由来の血小板は、ヒト由来の血小板と同等の機能を有するものと判断されました。
<乱流が血小板放出をきたすメカニズムの解明>
細胞プレートとVerMESの培養液(ドキシサイクリンを中止し4日目)のサイトカインの違いをタンパクマイクロアレイ解析を用いて検討し、6つの因子が同定され、NRDC、IGFBP2、MIFの3つが、乱流に伴い巨核球から放出され、血小板産生を促している最も重要な因子であることがわかりました。
<コメント>
1000億個の単位で、機能良好な血小板が作成できたことはまことに喜ばしいと思われます。本研究報告は、血小板産生に決定的な因子である「乱流」、そしてIGFBP2、MIF、NRDCの3つのサイトカインの関与を明確に示し、血小板の産生メカニズム解明に大きな進歩をもたらしただけでなく、今後の、臨床レベルの血小板産生に多大な貢献をすることでしょう。乱流操作と3つの因子を培養液に加えれば、より効率よく、高品質の血小板が得られる可能性が広がりました。実用化に向けて目が離せません。ヒトへの応用のためには、iPS由来の血小板が移植後適切に機能するのか、免疫拒絶反応を制御できるのか、といった疑問をクリアにしてゆかねばなりません。しかし、血小板製剤の惨状を打破できる可能性を世界中に示した大変インパクトのある研究報告だと感じるところです。

文献1 Nakamura, S., Takayama, N., Hirata, S., Seo, H., Endo, H., Ochi, K., ... & Watanabe, A. (2014). Expandable megakaryocyte cell lines enable clinically applicable generation of platelets from human induced pluripotent stem cells. Cell stem cell, 14(4), 535-548.