2018/07/16

愛し野塾 第178回 血圧と腎機能の関係


「慢性腎臓病(CKD)」は、腎障害や腎機能の低下が持続する疾患と定義され、現在までに罹患数は、1330万人に上り、国民の8人に1人が罹患する、新たな国民病とも言われる疾患です(文献1)。世界の罹患率においても推定10%程度と見込まれていますが、日本人の罹患率の高さは、塩分摂取の多い食文化によるものだろうと考えられています。しかし、進行すれば透析治療を必要とし、患者や家族の負担、そして国家の医療経済への負担は大きく、予防策について国家ぐるみでの取り組み方を一刻も早く整備しなければなりません。透析患者数は、2016年には、33万人に達し、その数は年々増加しています。また、CKDの、心筋梗塞、脳卒中、心不全などの心血管系の疾病発症リスクや、死亡リスクについても次々報告され、この点についても見過ごすわけにはいきません。
さて、CKDの発症予防や治療プロセスにおいて、厳格な血圧管理が求められてきました。特に、高血圧患者では、血圧を可能な限り下げることが、腎臓機能保護をもたらすと信じられてきました。「血圧をさげれば、腎臓障害の指標とされる尿蛋白を減らすことができる」、と示されてきたからです。また、腎臓の血流調節自動制御機能による幅広い血圧に対処する潜在性から、血圧を低めにしても問題ないと、お墨付きを与えていました。加えて、尿蛋白がすでに大量に検出される症例では、血圧を厳格に低下させたほうが、腎機能低下を軽減できる、との報告も発表されていました。
ところが、「腎機能障害がある症例では、血圧の下げすぎによって腎機能の悪化を認める可能性がある」という報告が物議を醸し、加えて、腎機能が正常な糖尿病患者の血圧管理は、CKD発症予防の観点から、下げすぎでよいのか否かという疑問についても、信頼に足る検討が必要な段階にありました。最近(2018年7月)発表になった2つの大規模試験の二次解析の結果がランセットに発表されましたので、まとめてみました(文献2)。
<対象>
ACCORD研究とSPRINT研究をもとにデータ解析が行われました。
ACCORDは、2型糖尿病患者4733人を対象に、血糖コントロールについて、血糖強化療法群(HbA1c 6%を目標とする)と血糖標準治療群(HbA1c 7-7.9%を目標とする)に割り付けられ、また、血圧コントロールについて、血圧降下強化療法群(目標120mmHg 以下)と血圧降下標準治療群(目標収縮期血圧140mmHg以下)に割り付ける試験でした。
SPRINTでは、9361人の「2型糖尿病のない」かたについて、血圧強化療法群(目標収縮期血圧120mmHg 以下)と標準療法群(目標収縮期血圧140mmHg以下)に割り付け、分析が行われました。
<方法>
SPRINTでは、慢性腎臓病(CKD)発症の定義は、eGFRが60未満となるか、初期のeGFRから30%以上の低下があった場合とされ、この定義がACCORD試験に適用されました。
<結果>
ACCORDから4311人、SPRINTから6715人が分析の対象となりました。すべての参加者のeGFRは60以上で、CKDではない方が対象となりました。
平均年齢は、ACCORD試験(40歳から79歳を対象)がより若く、61.4歳(血圧降下標準療法群)及び61.5歳(血圧降下強化療法群)で、SPRINT試験(50歳以上を対象)が65歳(両群とも)でした。使用降圧剤数は、1.6個~1.7個、収縮期血圧は、139-140、拡張期血圧は76-79といずれの群もほぼ同等の値を示しました。ACCORD試験のHbA1cは、8.3%~8.4%でした。4群のBMIは、32.1から30(有意差なし)、eGFRは、ACCORD群で94~94.2と、より高い数値を示し、SPRINT試験は、81.1から81.3でした。
強化療法によって血圧は、標準療法より低くなりました。ACCORD試験では、13.9mmHgの低下、SPRINT試験では15.2mmHg低下でACCORD試験に比較し、有意な低下を認めました(P=0.0001)。
使用薬剤数は、強化療法群で、ACCORD試験、SPRINT試験ともに2.8個で、標準療法では、それぞれ1.9個と1.8個でした。
ACCORD試験では、最初の12ヶ月で、eGFRの低下を認め、強化療法群では、標準療法群より有意に低下しました(11.6対5.5、P<0.0001)。12ヶ月以後、低下率は緩やかになりました。
CKD発症率は、4.6年の経過の中で、ACCORD試験の強化療法群で15%、標準療法群で7%でした。SPRINT試験は3.1年の経過の中で、強化療法群で4%、標準療法群で1%でした。CKD発症率を、試験開始後3年の段階で比較すると、ACCORD強化療法群で10%、標準療法で4.1%、SPRINT強化療法で3.5%、標準療法で1.0%でした。
<コメント>
さまざまな検証から、慢性腎臓病は老化の初期に特徴的な重要疾病とされ(文献3)、慢性腎臓病発症予防策の確立はあらゆる立場から超高齢化社会に直面する我々国民にとって重要な議論です。本報告のACCORD試験の2次解析から、糖尿病では、目標収縮期血圧を120mmHgにおくと、むしろCKD発症リスクをあげるという懸念が示されました。すでに、この目標血圧を達成しても、糖尿病患者の心血管病発症抑止には効力を示さないことが報告されています。40歳から79歳の糖尿病患者の血圧管理について、強化療法の意義は少なく、140mmHgを目標とすることが望ましいのではないでしょうか。現在進行している臨床試験では、現在日本で採用されている「130mmHgを目標血圧」が有効かどうかの検証が進行中で(文献4)、まさに結果を待っているところです。いずれにせよ、実臨床では、特に血圧を下げだしたばかりの最初の1年のeGFRの定期精査は欠かせないと思います。腎機能低下が著しいと判断されたら、血圧をやや高めに戻すなど、個々に対策をとることが必要でしょう。
糖尿病がなくとも動脈硬化の進行が認められる症例では、120mmHgを目標にしながら、やはりeGFRの定期的な評価が必要ではないでしょうか。もちろん、糖尿病のある場合とない場合で、統一的な目標血圧が策定できることが理想的です。その方向での研究も進んでいることもあり、結果を待ちたいと思います。
いずれにせよ、CKD発症予防の観点から、血圧管理をより繊細に行う必要がありそうです。
文献1
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン 2018 https://cdn.jsn.or.jp/data/CKD2018.pdf
文献2
Beddhu, Srinivasan, et al. "Intensive systolic blood pressure control and incident chronic kidney disease in people with and without diabetes mellitus: secondary analyses of two randomised controlled trials." The Lancet Diabetes & Endocrinology 6.7 (2018): 555-563.
文献3
Covic A, Vervloet M, Massy ZA, Torres PU, Goldsmith D, Brandenburg V, Mazzaferro S, Evenepoel P, Bover J, Apetrii M, Cozzolino M. "Bone and mineral disorders in chronic kidney disease: implications for cardiovascular health and ageing in the general population." The Lancet Diabetes & Endocrinology 2018 Apr;6(4):319-331.
文献4
Mancia, Giuseppe. "Target blood pressure and kidney protection." The Lancet Diabetes & Endocrinology (2018) Jul;6(7):521-523. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30134-7. Epub 2018 Apr 21.