様々な研究によって、「肥満」が糖尿病を引き起こす重大なリスク因子のひとつであることが浮き彫りとなり、「糖尿病=Diabetes」と「肥満=Obesity」を結合させた「Diabesity=肥満糖尿病」という造語が汎用されるようになりました(文献1)。背景には、「肥満が、糖尿病治療の鍵」であることを示した、5%以上の減量が血糖値低下や心血管病マーカーの改善を促したという研究報告や、「バリアトリック術」による糖尿病寛解の可能性を示した論文があります。バリアトリック術では、術後、約30%の持続的な体重減少や、被検者の80%以上に血糖値の正常化を認め、5年経過後には、最大45%で糖尿病薬が不要となる寛解に至るという衝撃的な結果が得られました。
バリアトリック術では、手術によって生じる体重減少前に、術後数日で血糖値の低下を認め、このことから「体重減少の結果、血糖値低下が生じる」、という作用機序とは異なる因子の関与が示唆されています。現在、腸管のホルモンである「インクレチン」と呼ばれる一群のホルモンのうち、GLP-1とオキシントモデュリンが代表的なものとして挙げられています。
さて、GLP-1は、胃排出を遅延させ、体重減少、及び血糖低下を促すことから、すでに、GLP-1製剤のひとつである「ビクトーザ」は、米国FDAで痩せ薬として認可されています。一方、オキシントモデュリンは、GLP-1、かつグルカコン受容体の効果を介して、体重減少、血糖低下に寄与し、主に、グルカゴン受容体を介してエネルギー消費を上昇させます。しかし、オキシントモデュリンの血中半減期は短く、薬物として用いるのは難しいことから、同様の効果を有するペプチドが合成され、「MEDI0382」と命名されました。すでに、動物実験によって、抗肥満効果を認め、今回、いよいよヒト臨床試験が行われ「ランセット」に発表されましたので、紹介します(文献2)。
<対象>
臨床試験(フェーズIIa研究と容量変化の観察の2研究)はドイツの11の医療機関で行われました。
フェーズIIa研究では、MEDI0382を、最大200μgを41日投与し、プラゼボ対照に、無作為2重盲見試験で施行されました。さらにMEDI0382の容量変化群として、コホートAは最大100μgを7日、コホートBは、最大150μgを11日、コホートCは最大200μgを15日、コホートDは最大300μgを22日、コホートEは、最大300μgを17日とし、薬剤の毒性及び、効果の検証が行われました。
対象者は、患者のデータベースからリクルートしました。HbA1cは、6.5-8.5%、BMIは27-40の範囲と限定しました。メトフォルミン投与中の症例は、過去3ヶ月の間に500mg以上の増減がなければ対象として受け入れました。DPP-IV、SU、SGLT2投与があっても、4週間のウオッシュアウト後に受け入れ可能としました。除外項目は、参加研究者の判断で、試験に用いられる薬物の効果判定ができないと判断された症例、及び、空腹時血糖が200mg/dl以上の症例としました。GLP−1治療経験がある、GLP−1で現在治療中である、低カロリー食をすでに試験されているかた、体重減少薬をトライされているかたも除外としました。また、授乳中の女性、妊娠の可能性がある方も除外しました。試験薬剤は、最低8時間絶食した状態で、朝食前に皮下注射されました。
<結果>
2015年12月9日から2017年2月24日の間に、422人をスクリーニングしました。条件に合致した61人のうち42人がMEDI0382群として投与量別に割り付けられ、19人はプラゼボ群に割り付けられました。また、51人が、フェーズIIa研究として、MEDI0382群に25人、プラセボ群に26人、割り付けられました。
<フェーズIIaの結果>
実薬群とプラセボ群で患者の特徴に差がないことが確認されました。(実薬群とプラセボ群の順に、男性の比率は52%と58%、年齢は56歳と56.9歳、BMIは32.0と33.4、HbA1cは7.2%と7.3%、混合食負荷試験のAUC0-4時間(0-4時間の血糖曲線下面積)42.9と40.5、脂肪MRI測定で肝臓の脂肪は16.1%と18%、皮下脂肪は4.9%と5.8%)。
MEDI0382群の25人全員、プラゼボ群の26人全員が、少なくとも1回の薬剤投与と血液検査を受けました。MEDI0382群では全体の88%、プラゼボ群では全体の96%が、投与開始前と投与後41日後の2回の混合食負荷試験AUC0−4時間の解析ができました。
混合食負荷試験AUC0-4時間の結果、MEDI0382群では、投与前と比較して投与後41日で、AUC0-4時間は32.78%低下しました。一方、プラセボ群では、投与前後で10.16%低下しているのみで、MEDI0382投与とプラセボ投与を比較すると、MEDI0382投与群で、有意な低下を認めました(P<0.0001)。
体重は、MEDI0382で3.84Kgの減少、プラセボで1.70Kgの減少を認め、前者が後者に比較して、有意な低下がありました(P=0.0008)。HbA1cは、MEDI0382で0.6%低下、プラセボで0.3%低下を認め、前者が後者に比較して、有意な低下がありました(P=0.0004)。空腹時血糖(MEDI0382で50mg/dl低下、プラセボで20mg/dl低下、P<0.0001)も食後血糖も有意にMEDI0382投与群でプラセボ投与群に比較して低下していました。またMEDI0382投与群は、混合食負荷試験で負荷中血糖が200mg/dlを超える人はいませんでしたが、プラセボ群では、超えているかたがいました。
MRIによる肝臓脂肪測定の結果、MEDI0382投与で、6.0%低下、プラセボ群で3.2%低下を認め、前者で有意差をもって低下率が大きいことがわかりました(P=0.0172)。皮下脂肪と内臓脂肪量の低下も有意差があり、MEDI0382群がプラセボ群よりも優れていました。
<容量変化群の結果>
プラセボ群に比べて、MEDI0382最低投与群のコホートAを含む全てのコホート群で、混合食負荷試験AUC0-4時間は、有意な低下を認めました。体重減少は、プラセボ群に比較して、すべてのコホート群で低下傾向を認め、コホートDでは統計的有意差が検出されました。
<有害事象>
治療によって生じた有害事象は、グレード3以上の重症は、プラセボ群とMEDI0382投与群との間に発症率の差を認めませんでした。試験期間中の死亡例はゼロ、一方、吐き気と嘔吐、食欲低下は、MEDI0382群で有意に多く認められましたが、それぞれの症状は、軽度から中等度のレベルでした。
<コメント>
2型糖尿病の肥満患者を対象に、MEDI0382を投与した結果、血糖コントロール、体重減少という二つの有効な効果が得られたことは、大躍進となりました。投与後1週間という早期から、空腹時血糖も食後血糖も低下し、41日目までこの効果が持続が確認されたことは特筆されます。
治療の優位性という観点では、すでに承認されている「GLP-1作動薬」との直接比較がなく明らかではありません。今後、MEDI0382とGLP-1作動薬で、直接比較をした結果が期待されます。同時に、より長期的な作用について検討が必要でしょう。
本研究で認められた肝脂肪の改善作用も、今後、GLP-1作動薬との直接比較が必要でしょう。グルカゴンの効果を抑止すると、脂肪肝現象は促進されることが知られていましたが、MEDI0382が、脂肪肝抑止に働くことと、よく一致しているといえます。
人間の体の中に自然と備わっているオキシントモデュリンをヒントにして作られたMEDI0382の人での薬理作用が確認された印象的な報告となりました。一方で、グルカゴン受容体を刺激するので、糖尿病を悪化させるのではないか、という危惧もありましたが、むしろ、良好な効果が確認されました。人の体自身が創薬のヒントとなりました。「MEDI0382」、開発が期待される薬剤となりそうです。
文献1Zimmet, Paul, K. G. M. M. Alberti, and Jonathan Shaw. "Global and societal implications of the diabetes epidemic." Nature 414.6865 (2001): 782-7.
文献2Ambery, Philip, et al. "MEDI0382, a GLP-1 and glucagon receptor dual agonist, in obese or overweight patients with type 2 diabetes: a randomised, controlled, double-blind, ascending dose and phase 2a study." The Lancet (2018), Jun 22. pii: S0140-6736(18)30726-8. doi: 10.1016/S0140-6736(18)30726-8. [Epub ahead of print]