遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子の探索から、APP(アミロイド前駆体タンパク遺伝子)とPSEN1、2(プレセニリン遺伝子1、2)に多くの遺伝子変異を認め、原因遺伝子として同定されました。いずれもアルツハイマー病の脳病理に特異的に認められる老人斑の主成分「アミロイドβ」の代謝と直接関与していることから、アルツハイマー病の根本原因として「アミロイドβの蓄積」が提唱され、「アミロイド仮説」として認知されてきました。そのためアミロイドβを除去すべく「抗アミロイド治療」が多数臨床試験に供されましたが、成功例を認めることなく今に至っているのです。今年1月には、NEJMにマーフィー博士によって、全く新しい角度からの病気の理解を求めるべきである、との声明が公表され、世界中の研究者を震撼とさせました(文献1)。
アルツハイマー病の原因として、微生物の関与の可能性は、1980年頃から議論され始め、中でもヘルペス族のウイルスがその候補として挙げられてきました。最近では、マウスを用いた実験系によって、アミロイドβによる微生物に対する中枢神経の防御作用が報告され、「脳に侵入した微生物の表面にアミロイドβが接着することによって、微生物の細胞内への侵入を防止する」という仮説が提唱されています(文献2)。
さて、今回の研究では、死亡時の認知機能は正常だが、脳病理ではアルツハイマー病と診断される「前臨床アルツハイマー病」の患者が対象とされ、認知機能、脳病理とも正常な方を対照群としました。これら2群の神経ネットワークを、機能ゲノム解析法を用いて比較し、アルツハイマー病に特異的な異常遺伝子の検出を試みた結果、「ヘルペスウイルスHHV-6A」の関与が発見されました。さらに、臨床的にアルツハイマー病と判明した脳サンプルと、認知機能が正常、かつ脳病理も正常な脳サンプルで、ウイルスDNA、RNAシークエンスを調べた結果、ヘルペスウイルスのアルツハイマー病発症への関与が決定的とも言える結果が示され、ニューロンに報告され世界中を賑わしています。今回はこの研究について解説したいと思います(文献3)。
<結果>
レーザー捕捉神経遺伝子発現データから「前臨床アルツハイマー病」と「健常コントロール群」の脳サンプルの確率的因果ネットワーク(PCN)を作成し、比較しました。神経細胞脱落が顕著な嗅内皮質、及び海馬の2領域にフォーカスし、それぞれの患者で、2つのPCNを作成しました。
「前臨床アルツハイマー病」にのみ欠落しているネットワーク『コンネットワーク』に存在するドライバー遺伝子と、「前臨床アルツハイマー病」にのみ存在するネットワークに存在するドライバー遺伝子の分析によって、C2H2-TF結合モチーフ、特に「SP、MAZ、NRF1、EGR1」に差異を認めました。C2H2-TFと関連する、共調整因子の関与をさらに分析した結果、「G4シークエンス」の差異が検出され、G4シークエンスの濃縮度は、前臨床アルツハイマー病と臨床アルツハイマー病の両群で、負の相関を認めました。この結果から、G4の制御あるいは安定性に変化が生じ、C2H2-TFに影響を与えたと判断されました。
これまでの研究によって、C2H2-TF、G4制御の乱れに及ぼすウイルス感染の影響が示されていることから、マウントサイナイ脳バンク由来(上側回頭が137例、前前頭前野が213例、下前頭回が186例、傍海馬回が107例)のサンプルのアルツハイマー病と健常者のRNAシークエンスを、トランスクリプトームの特徴づけを行うために515のウイルス種を調査をした結果、アルツハイマー病の脳サンプルにおける、上側回頭と前前頭前野でHHV-6A、HHV-7の特異的な増加を認めました。
マウントサイナイ脳バンク由来のサンプルを用いた結果は、別の3つのコホート 1) ROS研究(300例のアルツハイマー病と健常者のdorsolateral frontal cortexのサンプル)、(2) MAP研究(298例のアルツハイマー病と健常者のdorsolateral frontal cortexのサンプル)、(3)MAYO TCX研究(278例のアルツハイマー病、病的加齢、進行性核上性麻痺、健常者の側頭皮質のサンプル)でも再現されました。ただし、MAYO TCXを用いて、「病的加齢」と比較すると、アルツハイマー病では、HHV-6AとHHV-7両方の増加を認めたものの、「進行性核上性麻痺」と「アルツハイマー病」を比較すると、アルツハイマー病でHHV-7は増えていたものの、HHV-6Aは減少していたため、HHV-7がより特異的にアルツハイマー病で増加していたことがわかりました。
【ウイルス量と臨床との相関】
ウイルスのRNA量とアルツハイマー病に関わる3つの臨床、病理指標(CDR=臨床認知スケール、APD=アミロイドプラーク密度、Braak score)との関係を調査し、前前頭前野におけるHHV-7 DR1遺伝子、HHV-6A unique regionと、3つのアルツハイマー病臨床、病理指標との相関を認めました。
【HHV-6とアルツハイマー病関連遺伝子発現との関係】
HHV-6と宿主の遺伝子発現との間の相関を検討した結果、APPの代謝に関わる遺伝子「APBB2、APPBB2、BIN1、BACE1、CLU、PICALM、PSEN1」が検出され、HHV-6感染が、アルツハイマー病発症に関与している可能性が強く示唆されました。
【miR-155の発見】
アルツハイマー病に特徴的な脳病理「神経脱落」との関係を分析した結果、HHV-6Aのみ、上側回頭の神経細胞脱落との相関を認めました。さらにHHV-6Aが制御する遺伝子群の検索により、miR-155との強い負の相関を認めました。miR-155は、細胞死と密接に関わることが既に判明していることから、miR-155遺伝子の制御メカニズムを明らかにするため、miR-155のノックアウトマウスとAPP/PS1マウスの掛け合わせマウスでは、老人斑形成が一層早まることが明らかとなり、HHV-6Aは、miR155の負の制御を介して、細胞死を誘導し、アルツハイマー病の病理を進行させる可能性が示されました。
【転写因子との関係】
一般的にウイルスは、ホスト細胞に存在する転写因子の作用を利用して、ウイルス自身の生存を維持します。そこで、569個の転写因子、及び14583個の標的遺伝子とHHV-6A発現の相関について分析を行った結果、NTRK2、及びFYNチロシンキナーゼとの高い相関を認めました。これらは、いずれもアルツハイマー病における細胞死、及びシナプス機能との関係が既に明らかにされている因子でした。
【ウイルス~宿主タンパクネットワークの解析】
ウイルスと宿主のタンパクネットワークの同定するため、前前頭前野(152例)から、液体クロマトグラフィー質量分析計を用いてタンパクライブラリーを作成した結果、HHV-6Aと相関があるタンパクが28個検出されました。特に、イノシンダイフォスファテースであるNUDT16の誘導から細胞内のプリン体代謝の制御異常が惹起される可能性が証明されたことは、これまでのアルツハイマー研究における報告と一致するものでした。
【コメント】
死後の人間の脳を用いた大規模、かつ間接的手法を用いたあらゆる方向からの検討によって、HHV-6Aのアルツハイマー病発症との関連を示唆されたことは大変な驚きでした。今後、より多くのサンプルによる再現性の確認と同時に、直接的手法を用いて、アルツハイマー病発症にどう関与するのかそのメカニズムの解明が期待されます。抗アミロイド療法が成功しなかった理由も明らかなるかもしれません。
一方で、筆者たちも議論している通り、HHV-6A感染によるアルツハイマー病発症の予防効果の可能性は除外できているわけではなく、HHV-6A感染が根本原因かどうかの検証は、これからといったところでしょう。また、進行性核上性麻痺に見られたデータの齟齬の解決は必要でしょう。しかし、私は、NYTでも議論されているHHV-6Aのワクチン療法による治療が、アルツハイマー病の根本治療となる日も近いのではないかと思うところです(文献4)。
文献1
Murphy, M. Paul. "Amyloid-beta solubility in the treatment of Alzheimer’s disease." (2018): 391-392.
文献2
Kumar, Deepak Kumar Vijaya, et al. "Amyloid-β peptide protects against microbial infection in mouse and worm models of Alzheimer’s disease." Science translational medicine 8.340 (2016): 340ra72-340ra72.
文献3
Readhead, Ben, et al. "Multiscale Analysis of Independent Alzheimer’s Cohorts Finds Disruption of Molecular, Genetic, and Clinical Networks by Human Herpesvirus." Neuron (2018).
文献4