わが国の「精神疾患に罹患する若年層の患者数」は、平成11年の19.4万人から平成26年の36.8万人へとほぼ倍増しています。入院が必要であると診断される精神障害の患者数も増加しています。平成26年の政府の統計では、24歳以下の精神障害による入院患者数は、6000人に上りました。一方で、こういった若い入院患者は、退院後も「ひきこもり」、「うつ病」などのメジャーな精神疾患を再発する予備軍となっている傾向が危惧され、入院対応については、入院期間を十分とって治療をさせる方がよいのか、入院期間をできるだけ短縮し、社会生活への早期復帰を促すべきなのか、未だ、エビデンスが乏しく、手探りの状態です。
欧米では、成人の精神障害は、若年期から続く、連続性のある「慢性疾患」として捉えられています。このため、青少年期での介入が将来の精神障害の発症を回避するのではないか、と期待されていますが、青少年期における精神障害の医療の有効性には限界があるようで、青少年の精神障害の比率は、減るどころか、増加する地域すらあるのです。その理由には、青年期の精神障害を引き起こす誘因の中に、いまだ特定されず治療標的になっていない「メジャーな社会的要因の存在」があるのではないか、と考えられています。また、これまで青少年の精神障害への対応が見過ごされてきたことから、近年施行され始めた治療の成果を得るには、もうしばらく時間がかかる可能性があるともいわれています。精神医療において、発達段階における「青少年期」という高い特殊性から、成人や子供と同じような治療効果を得ることが難しいことも立ちおくれた原因だと考えられています。
さて、イギリスの青少年の精神疾患の現状ですが、2014年の1年間で、4420人の青少年が、イングランドとウエールズの精神科に入院し、10年間で2倍へと急増しています。入院にいたる重症の精神疾患を患う青少年のほとんどが、自傷行為の既往暦をもち、入院後の自殺率や自傷率が高くなること、入院によって社会とのつながりを失い、ひきこもる確率が高くなること、また別の観点から、若年層の精神障害は医療資源にも大きな影響を及ぼすことが指摘されています。
今回、ロンドン、キングスカレッジのオーグリン博士らによってランセットに発表された研究論文は、「青少年」にフォーカスし、精神障害による入院患者を対象とし、通常ケアと比較して、早期退院プログラムを施すことによって、その効果を認めました(文献1)。今回は、この調査について解説してみましょう。
<対象>
入院患者で、12歳以上、18歳未満の青少年(都市部の代表地域としてロンドン地区、地方の代表地域としてケント地区が選ばれました)が対象とされました。
除外条件は、入院患者を診察するチームドクターが、入院を要する精神疾患がないことを確認しすぐに退院となった症例、入院後72時間以内に退院となった症例、国民保健サービス(NHS)により福祉権限により強制入院となった症例、退院支援サービス(SDS)チームが完全に関与した形で症例、としました。
SDSチームが関与する治療と、通常ケアの2つに無作為に患者を割り付けました。患者も担当医もどちらの治療に対象者が割り付けられたか、を知っていました。従事する研究者は、最後の患者が6ヶ月後の検査を終えるまで、対象者の割り付け先を知らされませんでした。
ロンドン地区とケント地区に、それぞれSDS1チームずつを派遣しました。チームの構成は、1人のコンサルタントを施される子ども、青少年専門の精神科医、アドミニストレーター1人、看護師の経験を持つ児童青年精神保健サービス(CAMHS)のフルタイム職員2−4人、臨床支援員2−4人です。職務内容は、症例の集中管理、社会(家庭)での治療、病院のデイケア利用促進とし、チームは、ケアプランを立て、精神ケアを施し、心理学的アプローチを試み、復学を支援しました。勤務時間は午前8時から午後8時とし、時間外もすべて受け付けるという体制がとられました。フルタイムのメンバーひとりあたり、担当は4−5症例とし、チームアプローチを心がけ、1週間に1度チームでの検討会を開き、退院計画に責任を持ち、密に働きかけました。
一方、通常ケアは、入院スタッフにより提供され、CAMHSによる外来での通常ケアへの円滑な移行を目指しました。
<アウトカム>
1次表価項目は、6ヶ月後の入院期間、SDQ(子供の強さと困難さアンケート)、CGAS(子供全般評定スケール)のスコアとしました。
2次評価項目は、自傷スコア、ケアへの満足度の精査、地域の学校への就学率、教育、雇用、トレーニングに従事しない日数としました。
<経済評価>
2つの指標(CGAS とQALY(質調整生存率))に基づく評価をしました。
<結果>
研究開催期間中の287人の入院中、123人が条件に合致し、15人が試験参加を拒否し、結果として、108人が2つの治療群に割り付けられました。
SDS群と通常ケア群は、それぞれ、年齢は、16.23歳と16.3歳、女性が68%と62%、白人が53%と45%、5回以上の自傷歴があるのは、62%と45%、サイコーシスは、31%と30%、高収入の仕事についているかたは、11%と2%、低収入の仕事についているかたは、13%と15%、技術系の専門職は15%と17%、肉体労働系の専門職は21%と19%、非専門職は、21%と17%、学生は30%と30%で、2群間の特徴に差はありませんでした。SDSケアの要した時間の平均値は116.3日でした。SDSや通常ケアによる有害事象はありませんでした。
入院期間は、SDSケア群が34日、通常ケア群が50日(いずれも中央値)で有意差を持って前者が短いことがわかりました(P=0.04)。SDSケア群に対する通常ケア群の平均在院日数比は、1.67(P=0.04)で有意差がありましたが、無作為化する前の病院利用の差で補正すると、1.65(P=0.057)と有意差がなくなりました。
SDQとCGASスコアに、両群間に差はありませんでした。
ケア開始後6ヶ月の時点での復学率は通常ケアに比べてSDSケア群で、4.14倍有意に多い結果でした。
教育、仕事、トレーニングに携わらない日数は、SDS群で通常ケア群に比べて有意に短いことがわかりました(SDS49日、通常96日、P=0.04)。
5回以上の自傷行為があった比率は、SDS群対通常ケア群で、0.18(P=0.008)と有意に前者で少ないことがわかりました。
満足度の指標は両群間で違いはありませんでした。
費用対効果でみると、SDSケアは、通常ケアよりも、QALYあたり2万から3万ポンドを閾値として、60%有効である可能性があり、CGASを指標とすると、閾値と無関係に58%有効である可能性が推算されました。
<コメント>
入院期間を短く設定しSDSケアを行った治療は、通常ケアに比べて、入院期間が有意に短く、復学率が4倍以上も高く、複数の自傷行為も5分の1程度に抑えられた結果を得られたことは、大きな収穫です。専門家ひとりあたりの症例数を4−5症例と絞り、その職務を、症例の集中管理、社会(家庭)における治療、病院のデイケア利用促進に向けたことが、この研究が成功した鍵ではないか、と考えられています。今後、さらに大規模、かつ長期間の観察によって裏付けされることを期待するところです。
さて、エディトリアルでメルボルン大学のパットン博士は、問題点として、経過観察期間が6ヶ月と短期だったことを指摘しています(文献2)。青少年の場合、症状が自然に軽快してしまうこともしばしばあることから、6ヶ月の短期間の観察では、SDQやCGASのスコアに顕著な変化を見出すには短すぎる、なぜなら若年者から続く慢性疾患として精神疾患を捉えるならば、経過観察は、10年のオーダーが必要とされ、しかも、SDS治療も長期に行う必要がある可能性があるだろう、と述べています。
また、中には、青少年期にメンタル疾患を発症しても、成人期に達すると消失するケースも多数認めることから、慢性化する症例を判別するバイオマーカを同定し、ピックアップした症例について、SDS治療を施行すれば、より効果的になる可能性が上がるでしょう。
まずは、青少年の精神障害の治療環境の改善として、医療機関へのアプローチのしやすさ、コミュニケーション能力の高い治療スタッフの育成、青少年を加えた上での地域性を考慮した上での医療政策立案、が求められます。
特に、「精神疾患は、若年者から続く慢性疾患である」という認識を持った上での青少年期という複雑な時期に対応した治療プログラムの作成は、SDS治療チームの支援のもと、できるだけ短い入院期間とするような改善が必要でしょう。
この研究から学べることは、青少年のメンタル改善には、彼ら一人一人を尊重した上で、社会との繋がりを断ち切らないこと、引きこもらせない、他者と関わりを持つ、社会の一員としての活動を促す、ということを目標とした治療法を一般医療の中でもエッセンスとすることではないかと考えるところです。
文献1
Ougrin, D., Corrigall, R., Poole, J., Zundel, T., Sarhane, M., Slater, V., ... & Ivens, J. (2018). Comparison of effectiveness and cost-effectiveness of an intensive community supported discharge service versus treatment as usual for adolescents with psychiatric emergencies: a randomised controlled trial. The Lancet Psychiatry.文献2
Patton, G. C. (2018). Early supported discharge: getting adolescents back on track. The Lancet Psychiatry. 2018 May 3. pii: S2215-0366(18)30140-8. doi: 10.1016/S2215-0366(18)30140-8.