肺がんの新規罹患患者数は、我が国では1年間に10万人あたり88.7人で、40歳代後半以降、加齢に伴って発症率が上昇すること、また、男性の罹患率は、女性の2倍以上を示しています。肺がんは喫煙及び、受動喫煙が顕著なリスク因子とされ、肺がんの予防には、喫煙者の禁煙のみならず、家族の禁煙が有効な手段として推奨されています。同時に、節度のある飲酒、バランスの良い食事、身体活動、適正な体型・体重の維持、さらには感染予防も有効な予防法と推奨されています。
肺がんは組織分類によって、1)非小細胞癌と、2)小細胞癌、の大きく2つに分けられます。患者数の多い、非小細胞がんの生存率は、病期分類別にみると、手術をした場合の5年生存率は、「ステージI期」が70%、「ステージⅡ期」が50%、「ステージⅢA期」が25%、さらに、手術の適応がない「ステージⅢ期」で放射線療法と化学療法を併用した場合の5年生存率は、15~20%と予後不良ですが、一番進行した「ステージⅣ期」では、化学療法をおこなっても、1年生存率がわずか50~60%となっています。すなわち「ステージIV期」の進行肺がんでは、一年で半数のかたが命を落とすという統計結果から、このカテゴリーの患者に対する治療法について、化学療法の効果を凌駕する革新的治療法が求められてきています。
近年脚光を浴びている「免疫チェックポイント阻害剤」については、PD-1 経路阻害薬である、PD-1とPD-L1に対する抗体療法(抗PD-1抗体として「ニボルマブ」、抗PD-L1抗体として「ペムブロリズマブ」)が施行されています。2016年の報告では、標的となりうるドライバー遺伝子(EGFRとALK)に変異がなく、PD-L1の発現率が50%以上ある「未治療の進行肺がん(ステージIV期)症例」を対象に検討した結果、投与6ヶ月の時点での死亡率は、ペムブロリズマブ投与で、化学療法群に比較して、40%のHRの有意な低下(P=0.005)を示したことから「ファーストライン治療」として認められ、話題となりました(文献1)。
しかし、PD-L1の発現率が50%以上ある肺がんの比率は、全症例の3分の1程度と少ないことや、IV期の進行肺がんは、急速に悪化する症例が多く、免疫チェックポイント阻害剤の恩恵を受けないまま、残念な結果になってしまうことが多いのが現状です。
今回、ステージIV期の進行肺がんを患うより多くの方に、免疫チェックポイント阻害剤の恩恵がもたらされることを期待して、PD-L1の発現量が少ないかたも含めた未治療の肺がん症例を対象に、「ペムブロリズマブ」を用いた治療を行った結果、1)ペムブロリズマブと化学療法と組み合わせた治療法と2)ペムブロリズマブ単独で行った治療法を比較し検討され報告されました(文献2)。
<対象>
18歳以上の非小細胞がんのステージIV期、かつEGFRとALKの変異がない症例を対象としました。さらにECOGのパーフォーマンスステータスは、0ないし1(5段階スケールで、少ない数ほど日常生活動作に支障がない)、腫瘍サンプルでPD-L1の発現量の測定が可能な症例に条件を絞りました。一方で、中枢神経への転移を認める症例、非感染性の肺臓炎でグルココルチコイドを使用した既往がある症例、全身性の免疫抑制剤投与されている症例、過去6ヶ月に肺に30グレー以上の放射線照射を施された症例が除外されました。
<試験デザイン>
2重盲検法により2対1に患者を割り付けました。3週間おきに、最大35回まで、ペムブロリズマブ200mgを投与するか、プラセボを投与するか、に割り付けられました。実験デザインは、(1)PD-L1発現量1%以上か未満か、(2)化学療法はプラチナベースの治療薬の選択、すなわちシスプラチンかカルボプラチンか、(3)喫煙者か否かにより層別化、され、シスプラチンかカルボプラチンのいずれかに、ペメトレシッドを追加し化学療法が行われ、さらにペムブロリズマブもしくは、プラセボの追加が行われました。
治療の中止条件は、(1)画像評価でがんの進行を認める、(2)受け入れられない副作用がでた、(3)研究者による判断、(4)患者の同意の撤回がある場合、とし、プラセボ群における肺がんの悪化症例については、ペムブロリズマブ治療へ移行することが許可されました。
<結果>
16カ国、126医療機関で965人の患者がスクリーニングされ、条件に合致した616人が、ペムブロリズマブ群が410人、プラセボ群が206人に割り付けられました。年齢は順に、65歳と63.5歳、男性が62%と52.9%、喫煙者は88.3%と87.9%、腺癌が96.1%と96.3%、PD-L1発現量1%未満が31%と30.6%、PD-L1発現量50%以上が32.2%と34%、PD-L1発現量1-49%が31.2%と28.2%でした。2群間に男女比の差を認めましたが(P=0.04)、そのほかは同質性が確認されました。
観察期間中235人のかたが亡くなりました。12ヶ月時点での生存率は、ペムブロリズマブ群は69.2%で、プラセボ群の49.4%、HRは0.49に対し、有意な効果を認めました(P<0.001)。この効果は、プラセボ群の41.3%のかたが、治療中、がんの悪化があり、ペムブロリズマブ治療へ移行したにもかかわらず、達成されたことは特筆されます。また、PD-L1の発現量にかかわらず、ペムブロリズマブ群はプラセボ群に対し良好な成績を認めました(12ヶ月全生存率は、PD-L1発現量が1%以下の場合、前者が61.7%、後者が52.2%、PD-L1発言量が1-49%の場合、前者が71.5%と50.9%、PD-L1発現量が50%以上の場合、前者が73%、後者が48.1%)。
無増悪生存率は、ペムブロリズマブ群で8.8ヶ月、プラセボ群で4.9ヶ月で、前者で有意に良好な成績を認めました(P<0.001)。また、奏功率も、ペムブロリズマブ群で47.6%、プラセボ群で18.9%で、前者で有意に良好でした(P<0.001)。
副反応は、ペムブロリズマブ群で99.8%、プラセボ群で99.0%に認め、副反応による中止症例は、前者で13.8%、後者で7.9%でした。
<コメント>
PD-L1の阻害に従来の化学療法と組み合わせた結果、死亡HRが0.49まで低下するという著しい治療効果を認めたことに加え、PD-L1の発現量にかかわらず、ペムブロリズマブの効果が認めたことによって、今後、多くの患者さんに免疫療法の適用範囲を広げられる可能性を示すことができた、画期的な研究報告として評価される論文報告となりました。
今後、費用面のことと、PD-L1の発現に代わるバイオマーカーが必要になったことが議論される段階です。わが国では、ペムブロリズマブの一回投与(200mg)には、82万円ほどかかり、35回の投与では、2870万円必要となります。これだけの高額の治療が多くの非小細胞がん患者に適応可能となれば、国の医療費への負担は大きく、注射費用を下げる抜本的対策が必要になるでしょう。NEJMで発表された論文によれば、PD-1阻害剤では、メガベースあたり10個以上の遺伝子変異がある、いわゆる、「高頻度遺伝子変異がん」は、薬の効果の出やすい可能性が示されました(文献3)。PD-1阻害、PD-L1阻害のどちらにも有効な症例を絞り込める、新しいバイオマーカーの確立を期待したいと考えます。
肺がん治療は停滞の時期が続きましたが、本研究は、まさにブレークスルーとなった報告として高く評価されることでしょう。今後もPD-1,PD-L1阻害による免疫治療の発展を期待したいと考えます。
1)Reck, M., Rodríguez-Abreu, D., Robinson, A. G., Hui, R., Csőszi, T., Fülöp, A., ... & O’Brien, M. (2016). Pembrolizumab versus chemotherapy for PD-L1–positive non–small-cell lung cancer. New England Journal of Medicine, 375(19), 1823-1833.
2) Gandhi, L., Rodríguez-Abreu, D., Gadgeel, S., Esteban, E., Felip, E., De Angelis, F., ... & Cheng, S. Y. S. (2018). Pembrolizumab plus Chemotherapy in Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med 2018;378:2078-2092.
3)Hellmann, M. D., Ciuleanu, T. E., Pluzanski, A., Lee, J. S., Otterson, G. A., Audigier-Valette, C., ... & Borghaei, H. (2018). Nivolumab plus ipilimumab in lung cancer with a high tumor mutational burden. N Engl J Med 2018;378:2093-2104.