2018/08/07

愛し野塾 第180回 体重にあわせたアスピリン処方による心血管病予防の可能性


心筋梗塞や脳卒中に代表される心血管病は、片麻痺、心不全、最悪の場合は死に至るほどの重大な病態を招きます。心血管病の予防は、現代医学にとって最も重要な課題といっても過言ではないでしょう。さて、アスピリンによる治療は、比較的「確立されている」予防策いえるかもしれません。アスピリンは、COX-1を不可逆的にアセチレーション化し、血栓形成の中心的役割を果たすトロンボキサンの血小板での産生を、ほぼ完全にシャットアウトします。期待されるアスピリンの強い血小板産生抑制作用による心血管予防効果は、個体差が大きく、「一次予防にして約10%程度」といった評価です。さて、こうしたアスピリンの効果が現れにくい状態を「アスピリン抵抗性」と呼び、その原因については、これまで多くの解析が試みられてきました。その結果、「薬の飲み忘れ」、「糖尿病患者では血小板ターンオーバーが早くなっている」、「NSAIDとの薬物相互作用」、「腸溶剤に伴う薬物生物学的利用能の低下」、「肥満」などが抵抗性を説明しうるものとして示唆されてきました(文献1)。

さて、「肥満」の観点から実臨床を省みると、アスピリンの処方量は、体重差は考慮されず一定の容量設定(低容量アスピリン治療の場合1日あたり75-100mg)で、処方されてきました。今回、「体重が異なるのに、アスピリンの投与量は同じでいいのか?」という問いに対して、オックスフォード大学のグループを中心に調査が行われ、アスピリンの効果と体重との関係について、極めて明確な解答がえられました。この研究結果は、ランセットに報告されましたので、まとめたいと思います(文献2)。

 <対象>
無作為にアスピリン、もしくはプラセボの投与が割り付けられた、すべての研究が対象になりました。1次予防に関する論文10本のうち、体重、身長、基礎データなど、個々人のデータが得られた論文は、9本でした。そのうちの7本は、75mg-100mgの低容量アスピリン群(毎日75-100mgを服薬するか、隔日に100mgを服薬するか)とプラセボ群の比較、別の2本は、より高容量のアスピリン投与(300-325mgあるいは500m投与)とプラセボ投与の比較でした。また、2次予防の論文5本のうち、4本については、参加者個人レベルのデータが得られました。そのうち1本は、低容量アスピリンとプラセボとの比較、2本は高容量アスピリンとプラセボの比較、残りの1本は、2種類のアスピリン容量とプラセボの比較でした。
体重の最小と最大の差は4倍で、体重の中央値の幅は、60Kgから81.2Kgにおよび、最大と最小の間に有意差を認めました(p<0.0001)。男性の体重の中央値は、81.0Kg、女性の場合は、68.0Kgでした。

<低容量アスピリンによる一次予防>
体重70kg未満では、心血管病の一次予防は、アスピリン投与群のハザード比は0.77で、プラセボ投与群に比較して、有意にリスクの低下を認めました(P<0.0001)。一方で、体重70Kg以上では、ハザード比=0.94と、両群間に有意差を認めませんでした(P=0.50)。
低容量アスピリン群は、体重50-69Kgの群のハザード比は0.75(P<0.0001)で、最もリスクが低下しました。特に連日服薬した結果、ハザード比は0.68まで低下し、もっとも良い結果を示しました。1本の論文で、100mgの隔日投与によって、50-59Kgの群で、ハザード比は0.72と良好な値を示し、60-69Kgの場合は、ビタミンEを投与されていない場合が、良好な値を示しました。
問題は、体重50kg以下の場合、連日のアスピリン投与75-100mgでは、プラセボ群に比較して、ハザード比1.25(P=0.40)で効果を認めず、それどころか全死亡リスクは、有意に高く、ハザード比1.52(P=0.031)を示しました。一方で、体重50kg以下のうちBMI18.5以下を除くと、ハザード比は0.80(P=0.47)となり、全死亡リスクは軽減しました。すなわちBMI18.5以下のやせている方のアスピリン投与はむしろリスクがあるかもしれない、という疑問がわいてきます。
さて、低容量アスピリンの心血管病予防効果は、糖尿病、年齢による影響は認められず、一方で、喫煙によって効果は減弱されることがわかりました。また体重と喫煙の減弱効果は、加算的であり、「体重70kg以上の喫煙者」の場合、低容量アスピリン投与は逆に害をもたらす危険性があること、また、この傾向は女性に顕著であることが示されました。心筋梗塞発症予防における低容量アスピリン投与による効果は、喫煙しない体重70kg以下の場合でのみ、プラセボ投与に比較して、ハザード比0.71と有意な(P=0.031)リスク低下を認めました。喫煙女性で体重が70kg以上では、アスピリンの予防効果は、ハザード比1.33(P=0.21)と高いリスク傾向を示しました。
体重の大小、喫煙の有無を考慮しない場合、女性は、ハザード比1.00(P=0.96)と低容量アスピリンによる心筋梗塞予防効果を認めない一方で、男性は、ハザード比0.77(P=0.0014)を示し、予防効果を認めました。
心筋梗塞予防の観点から、女性では、非喫煙者で、かつ体重が70kg以下の症例に限って低容量アスピリンの投与を検討することが必要かもしれません。
<低容量アスピリンの2次予防>
脳卒中の既往のあるかたを対象にした「2次予防研究のESPS-2試験」に基づいて、1回25mgを1日2回のアスピリン投与とプラセボ投与を比較しました。
70kg以下の場合、アスピリン投与のハザード比は0.74(p=0.0003)で、アスピリン投与による心血管イベントの有意な抑制効果を示しました。70kg以上になると、アスピリンの効果は、一次予防同様に消失しました。女性の場合、体重70Kg以下のハザード比は0.68(p=0.0001)で、アスピリンは有効、また70Kg以上のハザード比は1.02でアスピリンの有効性は消え、50kg以下ではハザード比0.50で、有効性が維持されていました(p=0.0094)。 
<高容量アスピリンの場合>
1次予防について、325mgのアスピリン投与によって、プラセボに比較して、体重70kg以上で、心血管病発症の有意な予防効果を認めました(ハザード比0.83, P=0.028)。また、500mgアスピリン投与によって、90Kg以上でも有意差はないものの予防効果を示し(ハザード比0.55, P=0.086)、心血管病発症、かつ心血管病による死亡リスクの抑制も解析に加えた結果、有意な予防効果を認めました(ハザード比0.52, P=0.017)。
これらの結果から、「50-69kgの場合、アスピリン75-100mg、70-89kgの場合、アスピリン300-325mg、90kg以上の場合、アスピリン500mg」と体重に基づいた容量増加によって、心血管病イベント、脳卒中、心血管病関連死、全死亡のいずれのリスクにおいても、一次予防として有効であると推定されました。一方で、この容量設定を行わなければ、心血管病による突然死のリスクは、ハザード比2.03(P=0.0015)と、有意に高くなることがわかりました。また、50kg以下のひとに75-100mg投与すると、ハザード比2.13、70kg以下のひとに325mg投与だと、ハザード比1.99、90kg以下のひとに500mgだとハザード比2.26と、突然死が増加することが推定されました。
<がんへの効果>
一次予防の臨床試験について調査された5本の研究報告をもとに、73,372人の参加者、20年間の経過観察から、結腸直腸がんのリスクを分析しました。その結果、低容量アスピリン(75-100mg)投与について、体重70kg以下では、ハザード比0.64(P=0.0004)と有効性を示し、70kg以上では、ハザード比0.87(P=0.32)で無効、また、325mg投与の場合、80kgまでハザード比0.69(P=0.0014)と有効、80kg以上では無効(ハザード比1.08)ということが明らかになりました。
最大の問題は、70歳以上の高齢者へのアスピリン処方です。アスピリン投与3年後、がん発症リスクの有意な上昇を認めました(ハザード比1.20、P=0.02)。この傾向は、体重70kg以下で顕著で、70歳以上の女性に限ると、ハザード比は1.44(P=0.0069)で、さらにリスクの上昇を認めました。

<コメント>
現在のアスピリンの容量設定のまま投与を続けると、体重が少ないかたの場合は、容量が多すぎて、心血管病発症リスクがあがってしまうこと、体重が多いかたの場合は、心血管病の抑止効果が消失したりすることが判明したのは公衆衛生にとって大きなインパクトがあると思われます。
 日本人の体重は、ほぼ8割が70kg以下ですが、少ないとはいえ、20%のかたは、70kgを超えるわけで、こうしたかたには、現状の100mgでは効果がないため、3倍量となる300mg投与を考慮するべきでしょう。問題は、50kg以下のひとに日本で使用されている100mg投与をすると、突然死のリスクが2倍以上増えることです。日本人女性の35%が、体重50kg以下です。早急に50mgへの減量を検討するべきではないでしょうか。今後の研究成果を待ちたいと思います。
 もう一つの懸念は、がん発症のリスクが、アスピリン投与後3年の経過のなかで、20%も上昇してしまうことです。特に、高齢の70kg以下のかたの場合、75-100mgの容量ですら多すぎると考えるのが妥当なようです。1日50mg投与(25mgを1日2回投与)に下げることで、がんの発症が上がらないのであれば、朗報となることでしょう。この容量では、2次予防効果としては良好な結果がでており、一次予防も同様な結果が期待されるからです。また、がんの発症があがるかたの特性を特定できるのであれば、対策も立てられる可能性があります。リスクが上がるがんは、特に、下部食道がん、胃がん、結腸直腸がん、乳がんの可能性が指摘されていますので、あらかじめ、胃カメラ、大腸カメラ、マンモグラフィーを施行するなども考慮されることでしょう。この点についても、これからの研究の結果を待ちたいと思います。
いずれにせよ、「体重」という因子を全く無視した「アスピリン100mg処方」の潜在的危険性を見過ごすことはできず、日本でもエビデンスを蓄積すべきときがきたように感じます。 

文献1
Weight-adjusted aspirin for cardiovascular prevention.
Theken KN, Grosser T. Lancet. 2018 Jul 12. pii: S0140-6736(18)31307-2. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31307-2. [Epub ahead of print] No abstract available.

文献2
Effects of aspirin on risks of vascular events and cancer according to bodyweight and dose: analysis of individual patient data from randomised trials.
Rothwell PM, Cook NR, Gaziano JM, Price JF, Belch JFF, Roncaglioni MC, Morimoto T, Mehta Z.Lancet. 2018 Jul 12. pii: S0140-6736(18)31133-4. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31133-4. [Epub ahead of print]