2018/08/11

愛し野塾 第181回 ゲノム編集は安全か??




遺伝子工学の専門用語である「ゲノム編集」という言葉は、今や新聞やテレビ番組などでも耳にするようになりました。ゲノム編集とは、部位に特異的なDNA切断酵素であるヌクレアーゼを利用して、任意のゲノムDNA領域の遺伝子を切断し、改変する技術です。遺伝子の特定部位の異常を、正確に、かつ正常に修復することができるため、遺伝子疾患や先天性疾患の治療に有効な医療技術として確立しようとしています。なかでも、クリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)法は、基礎研究が重ねられ、ヒト受精胚での臨床応用研究がはじまっています。これまでのところ、編集をうける標的遺伝子部位に予測を裏切るような遺伝子変異を認めず、また安全性への懸念も薄く、ゲノム編集技術を用いた6本の臨床試験が進行中です。
しかし、その一方で、インバージョン(逆位)、内因性・外因性両方のDNAインサーションを認めるケースや、予測よりも大きな範囲の欠失を認めるケース(600bpから1500bpに及ぶ場合がある)があること、また、ほとんどの研究が、標的遺伝子部位近傍(1kb以内)の遺伝子配列決定しかしていないこと、さらに標的部位以外の検証もほんの一部の遺伝子だけであることから、ゲノム編集後に標的部位以外のゲノムの異常が生じている可能性があるのではないか、という指摘もあります。
さて、今回、マウスとヒトの細胞を用いて、ゲノム編集後、系統的にゲノムを調べることで、遺伝子異常が、任意の場所に生じていないかどうかについて精査されました。その結果、標的遺伝子部位において、大きく遺伝子欠失を認めるケースや、標的遺伝子部位から遠くはなれた場所で、遺伝子欠失、挿入(インサーション)の存在を認め、この技術の安全性に大きな疑問符がつくことになりました。結果は、2018年7月16日のネイチャーバイオテクノロジーに発表されましたので、まとめてみたいと思います(文献1)。
<研究>
これまで行われてきた研究では、ゲノム編集後のゲノム異常を検証する際、がん細胞を使用することがほとんどでした。しかし、がん細胞では、体細胞分裂、及び遺伝子修復機構が正常に機能していないことから、クリスパー・キャス法による遺伝子異常を検証するには、最適な細胞とはいえず、本研究では、カリオタイプが正常で、かつ体細胞分裂と修復機構が正常に機能している「ES細胞」が用いられました。
標的とした遺伝子は、PigA(Phosphatidylinositol glycan anchor biosynthesis, class A)部位で、X染色体に位置し、オスの細胞では、半接合体でした。まず、PigAサイトのイントロンとエクソンを標的とした、CAS9とgRNA(ガイドRNA)を、JM8マウスES細胞にPiggyBacトラスポゾン法を用いて、導入しました。その後、PigA欠失細胞を、FLAER法を用いて、選別しました。
エクソン2-4のgRNAを用いた場合、PigA欠失は、59-97%と高率でした。イントロンを標的にしたgRNAを用いた場合でも、比較的高率にPigA欠失は生じ、欠失率は、8-30%でした。PiggyBac法以外の導入法を用いても、同じ結果が得られ、遺伝子導入方法の違いが結果に影響を与えていないことが証明されました。
次に、PigA欠失が生じる分子メカニズムを調査するために、エクソン2を含む5.7KbをPCRで増幅し、シークエンス法によって塩基配列を決定しました。その結果、エクソンを含む広い範囲の遺伝子欠失の関与が、明らかになりました。
3つの異なるgRNAを用いた実験によって得られた、PigA欠失部位の塩基配列決定をもとに183の異なる高品質なアレル(対立遺伝子)が得られ、想定された単純な欠失以外にも、インサーションや複雑な再配列が含まれていることがわかりました。一つのアレルは、Hmgn1遺伝子由来の、連続する4つのエクソンを含んでいました。Hmgn1遺伝子のRNAが、新規にインサーションした可能性が高いと推測されました。
次に、単一クローンの細胞を得て、16kb離れた部位までの塩基配列決定を行った結果、141個のクローン細胞から133個のアレルを回収することができました。単純な欠失は、75%に認めました。最大の欠失は、9.5Kbに及び、残りのアレルには、欠失以外に、インサーションやより複雑、かつ多数の異常配列を認めました。
次に、PigA遺伝子だけに特異的な事象ではないことを調べるために、別な遺伝子で検討するためにCd9ローカスを用いました。その結果、エクソンgRNAで88%の欠失が生じ、イントロンgRNAで4.2%~5.4%の欠失が生じました。最大の欠失は、5.5Kbに及ぶことがわかりました。
以上のマウスのES細胞で得られた結果をもとに、ヒト女性網膜色素上皮細胞株(RPE1)を用い、X染色体を不活化をすることで、PigAローカスを半接合的に機能させ、同様の異常が人の細胞でも生じるかどうかを検討を行いました。PigAに対する、エクソンとイントロンgRNAを用いてPigAの欠失を試みたところ、マウスES細胞の実験と同程度の欠失率を認め、採取した41個の単細胞クローンをサンガー法によって遺伝子配列決定を行った結果、「大きな欠失、インサーション、インバージョン」を認めました。
<コメント>
今回、がん細胞ではなく、正常な遺伝子修復機能をもつES細胞を用いた実験系で、CRISPR-CAS9法を施行した結果「大きな欠失、インサーション、インバージョン」の出現が避けられないことが、明らかとなったことは驚きです。ヒトの細胞でも同様の結果を示しました。さて、現在進行している臨床研究は、がん治療をターゲットにしています。ヒトにCRISPR-CAS9法を用いた場合、ターゲットとなる細胞数は、数10億に達し、標的となるがん遺伝子やがん抑制遺伝子に「大きな欠失、インサーション、インバージョン」が生じれば、治療どころか、むしろ、がん発症を誘発させる可能性が否めません。現在進行中の臨床研究は一旦見直し、ES細胞などの修復機構が正常とされる細胞での、gRNAの機能を精査し、何より安全性の確立を優先させるべきでしょう(文献2)。
CRISPR-CAS9によるゲノム編集は、あまりにもセンセーショナルに取り上げられ、世界中が注目し、遺伝子を自由に編集できる技術として、難病治療への臨床応用が期待されていました。安全性への疑問を呈した今回の研究報告について、これまでの研究の栄光に水をさすものと捉えるのではなく、より安全な方向へ導いた、重大な研究報告である、と受け止めるべきでしょう。
文献2 Genome damage from CRISPR/Cas9 gene editing higher than thought
Caution required for using CRISPR/Cas9 in potential gene therapies
(2018.8.11閲覧)