2018/08/14

愛し野塾 第182回 待機的PCIの適用の鍵となる「冠血流予備量比」


狭心症の中でも胸痛発作の強さや頻度などが数カ月以上安定している「安定狭心症」は、待機的PCI(経皮的冠動脈インターベンション)の効果が期待される疾患です。我が国の統計から、2016年には、192774件の待機的PCIが行われ(文献1)、うち70975件が緊急PCIで、待機的PCIが、有意に多い状況です。しかしその効果は、胸痛を和らげるといった限定的なもので、心筋梗塞発症率や死亡率を低下させるわけではありません。また我が国では、これまで待機的PCIは、血管造影上75%狭窄がある冠動脈病変に対して施行されてきましたが、心筋の機能的な虚血を検証した結果、46.4%の病変で虚血を認めないと言った報告もあり、待機的PCIの適応を巡る懸念が強まっています。医療経済の観点でも、保険診療の点数が、1回につき21680点(21万6800円)と大変高額であることから、平成30年春から、待機的PCIの保険適応は、冠動脈の狭窄程度が75%から90%へ引き上げられ、加えて機能的な虚血低下の場合も含まれることになりました(文献2)。また最近では、過去に愛し野塾144回(文献3)でも解説した「ORBITA研究」では、ステントを挿入しなくとも、冠動脈カテーテル操作のみの施行で、安定狭心症の胸痛は軽減可能という衝撃的な結果も報告されていました。こうした背景から、「待機的PCIは医学的根拠をもって施行するべきである」として、従来の「狭窄」といった物理的指標ではなく、「冠動脈血流」といった生理的指標を評価の上でステント留置を施行すれば、死亡率や心筋梗塞発症率の低下が期待されるのではないか、と推測し、研究が遂行されてきました。
さて、2018年7月19日にNEJMに、冠動脈の狭窄の程度ではなく、冠血流予備量比(FFR=Fractional Flow Reserve)とよばれる冠動脈の血流の程度を指標に、ステントを留置し、5年間の予後について調査した結果が報告されました(文献3)。重要な知見が発表されましたので、解説を試みようと思います。
<対象>
欧州と北アメリカの28の医療機関で「安定狭心症」かつ「冠動脈の狭窄が少なくとも50%以上」と診断された患者が対象となりました。FFR(冠血流予備量比)測定から、FFRが0.80以下の患者を、PCIプラス薬物療法(PCI群)あるいは薬物療法のみ(薬物療法群)の2群に無作為に割り付けました。
<結果>
2010年から2012年の間に、1220人が登録されました。FFR 0.80以下の888人(72.7%)が、無作為に2群の治療に割り付けられ(447人がPCI群、441人が薬物療法群)、FFRが0.80以上の332人は薬物療法とし、そのうちの約半数はレジスター群として経過観察が行われました。
PCI群と薬物療法群の患者特性には差を認めず、順に、平均年齢:63.5歳と63.9歳、男性の比率:79.6%と76.6%、BMI:28.3と28.4、心筋梗塞の既往:36.7%と37.4%、痛みの症状がないいわゆる無症候性心筋虚血の割合:16.3%と16.6%、でした。また、高血圧症:77.6%と77.8%、糖尿病:27.5%と26.5%という罹患率でした。
447人のPCI群のうち、予定通りPCIを施行されたのは、435人でした。残りの12人は、バルーンアンギオプラスティー、バイパス術、薬物療法治療のみの治療を受けました。
441人の薬物療法群のうち、439人が薬物療法投与を受け、2人が誤って、PCI治療を受けました。
5年の経過観察達成率は、PCI群は、93.9%、薬物療法群は93.1%、レジスター群は、90.5%と、いずれも高率でした。
<アウトカム>
一次評価項目は、「死亡」「心筋梗塞」「緊急再還流術」でした。PCI群で13.9%、薬物療法群で27.0%、PCI群はハザード比 0.46(P<0.001)で有意に低リスクを認めるといった、優れた成績が得られました。レジスター群では15.7%でPCI群との間にリスクに有意差はありませんでした(ハザード比 0.88)。「死亡」のみで比較した場合、PCI群と薬物療法群の間に有意差はありませんでした。
「緊急再還流術」の比較では、薬物療法治療群の21.1%に対し、PCI群では、6.3%、ハザード比 0.27と、大きな差を認めました。
「心筋梗塞(自然発症のものと、手技関連のものの合算)」は、薬物療法群で12.0%に比較して、PCI群で8.1%と低い傾向を示し(ハザード比0.66、P=0.049)、「手技非関連で自然発症の心筋梗塞にのみ」に注目すると、PCI群は、薬物療法群に比較して有意に低下していました(ハザード比0.62、P=0.04)。一方、「手技関連心筋梗塞」には、両群間の差を認めませんでした(ハザード比0.77)。
「狭心痛改善」は、薬物療法群に比べて、PCI群で、施行後3年目までは、有意な改善効果を認めましたが、以降5年目までは、両群間に差を認めませんでした。
<コメント>
安定狭心症の患者を対象としたステント挿入の適用評価に「FFR」を用いた結果、施術5年経過後の心筋梗塞の自然発症を、38%有意に減らせたことが示されました。このステント治療を勧めるべき患者の特徴がはっきり示された研究をもとに、今後、日常臨床に生かすべくFFRの指標のガイドラインが示されれば、さらなる治療効果が期待されるでしょう。
またFFR指標によって、従来指標で適用となっていた症例の35%もステント挿入が減らせると評価され、医療経済的視点からも大きな意義があるものと思われます。
ただし、薬物療法群に割り付けられていた症例の51%が、試験終了の5年目までにPCIを受けていたという事実は見過ごせません。今後、こうしたバイアスを考慮し、信頼性の高い解析結果が得られることが期待されます。
一方で、新たに生じた問題として、「狭窄の程度が30−50%でも、FFRが0.80以下の症例がしばしば見受けられる」という最近の知見があります(文献5)。こうした患者のステントの適用性について、ぜひとも議論を深めてもらいたいものです。

文献1
循環器疾患診療実態調査報告書(2016 年度実施・公表)
文献2
実態を踏まえた医療技術等の評価の適正化
文献3
文献4

文献5
Ciccarelli, G., Barbato, E., Toth, G. G., Gahl, B., Xaplanteris, P., Fournier, S., ... & Tonino, P. (2018). Angiography versus hemodynamics to predict the natural history of coronary stenoses: fractional flow reserve versus angiography in multivessel evaluation 2 substudy. Circulation, 137(14), 1475-1485.