2017/06/05

第124回 愛し野塾 死後解剖技術の進歩


突然死であっても、自然死であっても、その死因を知り、できることならば納得した上でご遺体を見送りたい、という思いは、愛するものを失った残された家族らの強い希望です。しかし一方で、ご遺体を傷つけたくない、という心理も働き、死後、解剖をすることは容易ではありません。一方、「医学の進歩」という観点から、死因の詳細を検証し、それを糧に予防法や治療法の開発に繋げて行くことは理想ではあるものの、現実的には10%程度の解剖しかできていないのが現状です。
Dirnhofer博士らによって提唱された「virtopsy」という概念は(文献1)、解剖をすることなく、遺体のCT撮影によって、より精度な死因の特定ができるかもしれない、という光明を投じました。その後、呼吸・循環器が停止した状況では、通常の造影手法が使えない、という難点を克服する技術が開発され、virtopsyの実用化が、はかられてきました。「死後血管造影CT」と呼ばれる技術を用いて、国内でも救急外来での死亡症例に限り、毎年2万人もの「血管造影死後CT」によって、死因特定を試みるようになりました(文献2)。死亡直後に、抹消から造影剤を投入し、心臓圧迫によって造影剤を血管に行き渡らせるという手法で、円滑な死因特定に役立てているのです。しかし、その手法が、正確な死因特定に役立っているのか否かについて明確に答えられる科学的検証は十分とは言えず議論のあるところです。
従来の剖検に比較して、「死後CT検査」は、簡便、かつ時間を要さないという利点のほか、「骨折、出血、気胸の特定は、剖検よりも診断率が高い」という報告も相次いでいます。しかし、「軟部組織と血管病変に関して可視化が難しい、という不利な点から、CT検査は剖検には劣る」と考えられています。とはいうものの「血管造影死後CT」という考え方が広まってきている現在、「剖検よりも死因特定が優ってきている可能性」も否定できません。患者側の文化的・宗教的な立場から、剖検が難しいケースが少なくないこと、また経済的な観点からも、剖検よりも死後CT検査は推奨すべきではないか、と考えられるようになってきました。
2011年と2012年間に行われた予備研究では(文献3)、120例の死後CT検査のうち60例に、冠動脈にターゲットした血管造影が追加されました。剖検が必要とされたのは、血管造影をした60例中のわずか30%で、血管造影しなかった60例中の62%でした。また剖検によって発見できなかった骨折が、死後CT検査施行によって2例検出されました。この予備研究によって「死後血管造影CT検査は、剖検を減らしうる」と示唆されたのです。
今回、世界で類を見ないレベルの剖検頻度の高いイングランドとウエールズという地域で、死後血管造影CTが行われ、死因診断の正確性を剖検と比較するために行われた前向き研究結果が報告されました(文献4)。ランカスターでは、女王任命検視官が、全例法に従い検視が行われている背景から、剖検に代わる簡便、正確で、格安な手段として死後血管造影CTが認められれば、医療側の負担も大幅に減る可能性があるといった本分野の研究推進の背景があります。
方法
「自然死」と、「他殺などの疑問の余地のない非自然死」、の症例を対象とし、全例を対象に連続的に検査に供されました。18歳未満、伝染性感染症罹患 (結核、HIV,C型肝炎を含む)、体重125Kg以上(CTスキャンの体重リミットのため)の症例は対象より除外されました。
死後、14Fr.のシリコンコーティングされた、男性用尿道カテーテルが、上行大動脈に挿入され、ウログラフィンを用いて冠動脈造影が行われました。上行大動脈からの造影剤注入によって、大動脈弁の存在によって造影剤が心臓内に流れ込まず、冠動脈に注入され、冠動脈の鮮明な可視化像が得られます。
死後血管造影CT施行後、剖検が行われました。病理学検査担当の研究者に、死後血管造影CTの結果は与えられませんでした。
死後血管造影CTの結果は、放射線科医、心臓専門の放射線科医、剖検に携わらなかった病理医の3人で、レポートが作成されました。また、生前のデータについても、リクエストに応じて自由に閲覧可能としました。
結果
2010年から2012年の間に研究は行われ、241の死亡症例を対象としました。平均年齢72歳(1896歳)、66%が男性でした。手技の成功率は、死後CT100%、死後血管造影CT85%でした。24例(交通事故15例、自殺9例)は、外傷による死亡が明白で、死因特定の比較対象外とされました。また、別の7例は、剖検レポートの期日内提出が行われなかった、あるいは、剖検担当者が死後血管造影CTも担当してしまったことから対象除外とされました。最終的な研究対象は、210症例となりました。死亡時刻からCT試行までの時間は、平均45時間(8時間から144時間)でした。死後CTあるいは、死後血管造影CT検査による死因特定は、193例(92%)で可能でした。診断の信頼性が低いと疑われた19例は、剖検の必要があると認められたものの、その後、剖検でも診断名は変わらないという結果を得ました。
「死後血管造影CTと剖検」の両検証によって得られた結果を、「ゴールドスタンダード」による死因特定と定義しました。その結果、「死後血管造影」による死因特定には、12例(6%)の誤りを認め、「剖検」による死因特定には、9例(5%)の誤りが検出されました。死後血管造影CTによる死因特定の誤りは、「肺血栓塞栓症」が一番多く7例で、他の肺疾患が2例、消化管出血、脳梗塞、心筋梗塞がそれぞれ一例でした。剖検による死因特定の誤りは、「外傷」6例、「脳出血」が2例でした。
考察
「死後血管造影CT検査」は、剖検を80%以上減らせる可能性が示唆されたことは本研究の最も評価されるところです。遺体に大きな傷を付けずに、死因を特定できるとなれば、日本でも十分に受けいれられることでしょう。その上、剖検にかかる費用のほぼ半分で、死後血管造影CTの可能性もあることもまた、支持される理由ではないでしょうか。問題点は、死亡後の一刻も早い解析が必要になることでしょう。今回、死後血管造影CTのデータなどの解析のために、3人のスタッフが、時間制限なしに貢献しています。現状では、1人のスタッフが時間に追われて検査、解析することになり、死因診断に支障をきたすといったリスクも念頭に入れなければなりません。また、肺病変を疑う死亡症例は、剖検による死因特定をすべきであることもこの研究から示唆されました。しかし、なんといっても、死後血管造影CT手技そのものの成功率が85%確認されたことは朗報でしょう。それほど難しくない技術との印象です。今後、文化的、宗教的観点から、剖検が極めて少ない日本でも、死因特定の切り札として、死後血管造影CTが広く使われるようになることを期待しています。

文献1Thali, M.J., Yen, K., Schweitzer, W., Vock, P., Boesch, C., Ozdoba, C., Schroth, G., Ith, M., Sonnenschein, M., Doernhoefer, T. and Scheurer, E., 2003. Virtopsy, a new imaging horizon in forensic pathology: virtual autopsy by postmortem multislice computed tomography (MSCT) and magnetic resonance imaging (MRI)-a feasibility study. Journal of forensic sciences48(2), pp.386-403.
文献2Okuda, T., Shiotani, S., Sakamoto, N. and Kobayashi, T., 2013. Background and current status of postmortem imaging in Japan: short history of “Autopsy imaging (Ai)”. Forensic science international225(1), pp.3-8.
文献3 Roberts, I.S. and Traill, Z.C., 2014. Minimally invasive autopsy employing post‐mortem CT and targeted coronary angiography: evaluation of its application to a routine Coronial service. Histopathology64(2), pp.211-217.


文献4 Rutty, G. N., Morgan, B., Robinson, C., Raj, V., Pakkal, M., Amoroso, J., ... & McGregor, A. (2017). Diagnostic accuracy of post-mortem CT with targeted coronary angiography versus autopsy for coroner-requested post-mortem investigations: a prospective, masked, comparison study. The Lancet. http://dx.doi.org/10.1016/ S0140-6736(17)30333-1