2016/09/25

第88回 愛し野塾 運動するとがんリスクが減るのか


運動を習慣とすることで、心臓病リスクや全死亡リスクが低下することが知られています。さらに、 大腸がん、乳がん、子宮内膜がんなどの悪性疾患の発症についても運動が「発症を抑制する」という利益をもたらすことは、過去の研究から示されてきました。しかし、他のがんについての運動の効果は、未だ結果は明瞭に示されておらず、信頼できる研究が期待されていました。特に私たち日本人に多い「肺がん、胃がん、食道がん、肝臓がん、すい臓がん、前立腺がん、直腸がん、膀胱がん」については、「運動による抑制効果があるのかどうか」、興味のあるところです。
これまで、「運動とがん発症に関するコホート研究」は、何百という単位で行われてきました。しかし、客観性のある明確な研究を検索しても、なかなかみあたりませんでした。その理由は、第一に、登録人数が少なく、解析に適切な条件が得られなかったこと、第二には、登録人数を増やし条件をそろえたメタ解析では、さまざまな研究結果を統合する手法上の問題として、「余暇」にする運動を対象にした研究結果と、「仕事上」の労作を対象にした研究結果を分類せず解析したり、「前向き」及び「症例対照」のコホート研究の結果を混同して解析しており、統一的見解が出せる状況ではなかったと論じられています。
本研究は、調査対象を「余暇に行った運動」に条件を絞った、12本の「前向き」のコホート研究を抽出し、メタ解析を行い、26種類のがんについて発症リスクへの効果を検討した結果が発表されました。登録人数は、144万人と規模が大きく、本研究結果もその信頼性が高く評価され、注目を集めています。
Moore, S. C., Lee, I. M., Weiderpass, E., Campbell, P. T., Sampson, J. N., Kitahara, C. M., ... & Adami, H. O. (2016). Association of leisure-time physical activity with risk of 26 types of cancer in 1.44 million adults. JAMA internal medicine, 176(6), 816-825.
米国がん研究所コホート•コンソーシアムの身体活動コラボレーションが主体となって研究が行われました。12本の研究の内、8本が米国から、4本がヨーロッパのものでした。
余暇の運動とは、個人の裁量で「健康増進・維持のためにおこなった運動」と定義されました。中程度の負荷(3メッツ以上、時速4km程度の歩行に相当)、および、高度な負荷の運動(6メッツ以上、時速7km程度のジョギングに相当)を行ったかたを対象にしました。1週間あたりの運動量の中間値は、8メッツ時間(時速5km歩行であれば2.5時間)でした(全体の幅は、4−22メッツ時間)で、米国の平均的運動量に相当するものでした。
「がん診断」の確認は、99%がカルテと病理結果によって行われ、少なくとも「1種類で300症例のデータが採集できた」、26種類のがんについて、個別の解析が行われました 。
研究参加時は、がんを発症していないかた 144万人が調査対象とされました。57%が女性で、平均年齢は59歳でした(調査対象は19歳から98歳まで)、BMIは26でした。
身体活動レベルが高い群の特徴は、若年者である事、教育レベルが高め、BMIが低め、喫煙率は低めである傾向を認めました。
11年の観察期間中、18万5932症例の「がん」が見いだされました。
結果
運動量の多い群(10段階に分類された運動レベルのうち最高ランクのグループ)は、運動量の少ない群(10段階中、最低ランクのかた)に比べると、「7つのがん」で、20%以上のがんの発症リスクの低下を認められました。食道がんが42%減少(P=0.01)、肝臓がんが27%減少(P=0.04)、肺がんは、26%減少(P<0.001)、腎臓がんは23%減少(P<0.001)、胃噴門ガンが22%(P=0.02)、子宮内膜がんが21%(P=0.003)、骨髄性白血病(P=0.002)でした。
10−20%の発症リスク低下が認められたがんは、骨髄腫、大腸がん、頭頸部がん、直腸がん、膀胱がん、乳がんでした。まとめると「13種類のがん」で運動による発症リスク低下が有意に示されました(食道がん、胃噴門ガン、腎臓がん、肝臓がん、肺がん、骨髄性白血病、頭頸部がん、直腸、膀胱、骨髄腫、大腸、子宮内膜、乳がん)。
一方で、前立腺がんは5%増加(P<0.001)、悪性黒色腫は27%増加(P<0.001)でした。
すべてのがんについて分析した結果、身体活動度が高いとがんの発症リスクは、7%減少することがわかりました。
バイアスとなることが予想される「体重」を考慮し、BMI補正を行うと、肝臓、腎臓、胃噴門がんでは、発症リスクが5−11%低下し、子宮内膜がんは、運動量の大小による有意差がなくなりました。しかし、その効果量は、全体的に大きいものではなく、運動による発症リスクが低下した13個のがんのうち、BMI補正後も10個のがんは、有意差を保っていました。
肺がんについては、「BMIを25以下に限定した場合」、むしろ、発症リスク低下傾向が増強され(P<0.002)ましたが、「非喫煙者に限定した場合」、発症リスク低減効果は逆に消失していました。子宮内膜がんの場合、BMI25以下に限定すると、運動による発症リスク低下効果はなくなっていました。
今回の研究の結果から、過去の研究で示唆されてきた、「運動による大腸がん、子宮内膜がん、乳がんの発症リスク低下作用」が改めて確認されただけでなく、新たに「食道がん、胃噴門ガン、腎臓がん、肝臓がん、肺がん、骨髄性白血病、頭頸部がん、直腸がん、膀胱がん、骨髄腫」でも、運動によって発症リスクが低下することが顕著であると示された意義は大きいものと考えられます。これまでの調査結果から、運動による発症リスク低減効果が少ないのではないか、と疑問視されていた食道がん、胃噴門がんで、明らかなリスク低下が示されたこと、さらには、2013年、2014年と、運動による発症リスク低下作用は認められないというメタ解析の調査発表が続いていた腎臓がんと膀胱がんでも発症のリスク低下を示したことは特筆されることでしょう。同様に、骨髄性白血病、骨髄腫でも、2015年のメタ解析結果で運動の効果はなしと判断されていましたが、本研究によって運動のがん発症抑制効果が明らかとなりました 。100万人を超える人数を揃え、調査条件を厳しく絞り、統計的有意な結果が得られたことは、結果として学界での高い評価に結びついたのです。
運動による体重減少の結果、二次的にがん発症リスクを低下させるのだろうという従来の考えを支持する結果が、肝臓がん、胃噴門がん、腎臓がん、子宮内膜がんで認められましたが、一方で、体重減少だけでは説明できないことも浮き彫りとなりました。今後「がん発症抑制メカニズム」の解明のために、すでに体重以外のメカニズムとして示唆されてきた、炎症、免疫、酸化ストレスに対する運動の影響について微細な検証が期待されます。
肺がんと子宮内膜がんについては、BMIが25以下の場合、運動の効果を解析する上でバイアスとなっていることがわかりましたが、そのほかのがんでは、BMIは、バイアスとはなっていませんでした。つまり、肺がんと子宮内膜がん以外のがんの場合、体重の大小に関わらず、運動をしっかりすることで、発症を抑えられる可能性があると示されたのです。大変わかりやすく、多いに参考になる知見だと思うところです。「運動をすれば、多くのがんを予防できる」ということは確からしい内容と考えられるからです。
さて、一方で、「運動量が増えると前立腺がんが増える」ことについては、どのような説明が可能でしょうか。実は、本研究では、進行性のがんと非進行性のがんにわけた解析を行い、進行性がんでは、運動は発症リスクに与える影響がありませんでした。非進行性のみで、運動による発症リスク増大が認められたのです。この結果から、運動を良くする人のほうが、前立腺がんのスクリーニングを良くしているため、非進行性のがんが発見されやすかったのではないか、との推測が示されています。今後のさらに詳細な検討が必須と判断します。
悪性黒色腫については、運動時間が増えれば、日光に暴露する時間が増えることから理解しやすいのですが、過去の論文を渉猟すると、運動で悪性黒色腫の発症が抑えられると真逆の見解もあり、いかに参加数の少ない解析結果が危ういものか、を暗示しています。
今回示された結果は、観察研究から得られたものですから、食事、喫煙に伴う発症への影響を注意深く解析したとはいえ、いまだ考慮されていないバイアスが関与している可能性は否定できないところです。また、運動量は自己申告によって記録され、正確性に欠ける可能性があります。採用された研究によっては、運動負荷量を正確に記述していないものがありました。今後より運動量算定の信頼性をあげるべく、追試を行っていく予定であるいうことですから、期待をしたいと思います。
運動をすることで、特に、食道がん、胃噴門がんをはじめとする13種のがんの発症リスクが低下することが示されたことは、予防医学界には非常に強いインパクトを与えました。糖尿病、高血圧などの生活習慣病、心筋梗塞、狭心症などの心血管疾患を予防治療する方法としてだけではなく、「がん予防の有効な手段である運動」を見直すときが来たようです。運動をするにはいい季節となりました。一日20分、1.6kmを目安に、運動を楽しく続けましょう。