2016/09/01

第86回 愛し野塾 運動は「座位時間・テレビ鑑賞時間延長に伴う死亡リスク上昇効果」を抑制できるのでしょうか?


1953年ランセットに、「バスの運転手は、バスの車掌よりも冠動脈疾患が多い」ことが報告され、座位時間が長いほど、動脈硬化を発症しやすいことが明らかとなり、健康を維持する上で、運動がいかに重要であるかが注目されるようになりました(Morris, J. N., Heady, J. A., Raffle, P. A. B., Roberts, C. G., & Parks, J. W. (1953). Coronary heart-disease and physical activity of work. The Lancet, 262(6796), 1111-1120.)。しかし、モダン・ライフの快適化に伴い、運動不足は悪化の一途をたどり、肥満・喫煙と並んで、慢性疾患の主たる要因となりました。2012年の予測では、「運動をしないことに伴う死亡者数」は、グローバルには、約500万人ともいわれています。
近年、様々なシステムのコンピューター化が進み、座位時間の長い職種も増えてきました。また、グローバルに貴賎老若男女問わず、娯楽性の著しいTVを楽しむ時間も長くなっているのが現状です。必然的に運動をしない時間が増え、死亡率が上昇し、慢性疾病発症リスクが増大している現実が顕著になっているのです。
それでは、「運動」は、座位時間の延長やTVの鑑賞時間が長くなることによって損ねた健康を相殺することができるのでしょうか?今回、ランセットにこの問題を検討した結果が報告され、注目を集めています。
 本研究では、16本の論文をメタアナリシスし、計100万5791人が調査対象とされました。2-18年経過観察され、観察期間中の死亡数は、8万4609人(8.4%)でした。座位時間は、4時間未満、4-6時間、6-8時間、8時間以上の4つに区分されました。運動量は、1週間あたり2.5メッツ時間(最小群:1日運動量5分)、16メッツ時間(やや少ない群:1日運動量25分から35分)、30メッツ時間(やや多め群:1日運動量は50-65分)、35.5メッツ時間(最大群:1日運動量60分から75分)と4つに区分されました。

結果
座位時間と死亡率の関係
座位時間が長くなるに伴い、時間依存性の死亡率の上昇を認めました。また、運動強度の程度が増大すると、運動量依存性に死亡率が低下することもわかりました。
運動最大群の座位時間4時間未満群をレファレンス(参照値)とすると、運動最小群の座位時間8時間以上群の死亡率は、1.59倍でした。この死亡率増加効果は、喫煙及び肥満よる効果にほぼ匹敵します。運動最大群の座位時間8時間以上群と、運動最小群の座位時間4時間未満と比較すると、27%の死亡率の有意な低下がありました(P<0.0001)。
次に、座位時間4時間未満をレファレンスとした場合、座位8時間以上の運動最小群で死亡率は27%増加、運動やや少ない群で12%増加、運動やや多め群で10%の増加を認め、いずれの3群ともに運動量による有意差がありましたが、運動最大群では4%増加で、座位時間4時間未満の群との間に有意差を認めませんでした。
TV鑑賞1時間未満をレファレンスとした場合、TV鑑賞5時間以上の運動最小群の死亡率は、44%有意に増加、運動やや少ない群で、29%増加、運動やや多い群で、41%増加、運動最大群は、15%増加で、いずれも有意差がありました。
統計学的分析から、座位時間8時間以上と長時間であっても、十分な運動によって、死亡率を増加させない可能性が証明されました。しかし一方で、長時間のTV鑑賞では、十分な運動をしても、高い死亡率を抑制できず、TV鑑賞による負の効果を打ち消せないことがわかりました。TV鑑賞をする時間には、スナックを食べながら糖質飲料を飲んだり、アルコール飲料を飲んだりしていることが多いことがその原因になっている可能性が指摘されています。また、 TV鑑賞は夕食後に行うといった生活パターンの方も多く、糖や脂質の代謝に支障をきたしやすいことも考えられます。

この研究の方法について検証してみると、問題点が4つ上げられます。第一に、対象研究が、45歳以下のかたを対象者としているものがほとんどなく、対象者年齢層にバイアスがあったことを指摘せざるをえません。第二に、研究対象国は、日本のもの1つを除いては、米国、西欧、オーストラリアで施行されたものでほぼ占められており、対象地域に偏りが認められます。第三に、男女両者を包含する研究が2つしかなく、性差のバイアスがあったと言わざるをえません。最後に、運動量、座位時間、TV鑑賞時間の測定について、自己申告、かつ一度しか行われておらず、これらの定量の妥当性に対する疑問が払拭できないことです。運動の死亡リスク低減という非常に重要なテーマであることから、今後さらに問題点の解決を図って妥当性、信頼性の高い研究調査を重ねる必要があると考えられます。
厚生労働省の運動推奨時間は、1週間あたり23メッツ・時としています。具体的な例として、毎日3メッツ程度の運動、つまり4Km/時間のウオーキングを60分行うことを推奨しています。これは、今回の論文の座位時間延長による健康障害を取り除くのに有用な運動量に匹敵しているといえます。
コンピューター技術の進歩によって、仕事の種類は、肉体労働よりも頭脳労働が多くを占めるようになり、今後もさらにデスクワークの比率が増え、座位時間が長くなっていくことは明らかでしょう。余暇にしても、映画、メディア、ゲームなどTVPC、スマートフォンを媒体として楽しむ時代です。私たちが、自ら発達させた文明によって、生命が脅かされている、という皮肉に直面していることを深刻に捉えなければならないと痛感させられました。