2018/07/22

愛し野塾 第179回 iPS細胞技術による高品質の血小板製剤を可能にする「乱流」




献血率は、年々減少しています。献血可能年齢(16歳から69歳、女性の上限は、55歳)の年代が、少子高齢化の影響を受け、血液供給減である若い年齢層の人口の減少が著しいことや若年者の献血意識の現状もその一因と言われています。2013年の献血率(6.0%)を維持すると仮定し、試算した場合、2027年に、献血者延べ人数が85万人不足します。これを補うには、献血率を7.2%に上げることが求められ、十分な輸血製剤を確保することは難しくなることが予想されます。なかでも血小板製剤は、4日しか保存できず、凍結保存がきかない上、一回の輸血に3000億個を要し、血小板が不足することかは由々しき事態に陥ることは明白です。献血依存の輸血治療から、輸血製剤を補完する新たな方法の開発が求められてきました。
さて、技術的な革新は、iPS細胞を用いた方法の開発から始まりました。数々のブレークスルーがあり、2014年、血小板のもとになる「巨核球」細胞株の「iPS細胞による大量合成」を成功させました。この「巨核球」は凍結保存可能で、かつ、「巨核球」から「血小板」合成にも成功したのです(文献1)。iPS技術によって合成された血小板は、献血による血小板とは異なり、すべて試験管内の無菌操作で作成されることから、「感染症のリスクがない」という大きなアドバンテージがあります。また、すでに臨床試験に用いられている「網膜細胞」とは違い、血小板には、遺伝子情報が一切持ち込まれないため、がん化の懸念が一切ありません。一方、これまでの技術では、iPS技術によって合成された血小板では、献血によって得られた血小板と同じレベルの止血作用を有する品質の良い血小板を、1000億個レベルで、大量に合成することができませんでした。今回、日本のグループが、試行錯誤の末、ついに、商品化に必要な技術開発に成功したというレポートが「セル」に掲載されましたので、解説します(文献2)。
<研究>
「iPSを用いた血小板の大量作製」不死化巨核球細胞株(imMKCLs)は、iPS細胞にc-MYC, BMI-1, BCL-XLを導入し、確立されました。この細胞株は、凍結保存可能です。ドキシサイクリン、SCF、TA-316を添加し20日間の培養でimMKCLsを増殖させ、その後ドキシサイクリンを取り除いた培養液に浸し、血小板を作製しました。血小板がimMKCLsから放出されるために必要な因子として、AhRアンタゴニスト、SR1,ROCK阻害剤、Y-27632を併用しました。最初にフラスコ回転、その後Wave Bag Syetem を用いて、振動を加えました。しかしこの方法では、1個のimMKCLsあたり14個の血小板しか得られず、マウスの生体で産生される1000個には程遠いものでした。そこで、生体内での巨核球からの血小板放出の過程を分析し、生体に近い環境で血小板産生を達成することを目指し、GFPでラベルした巨核球を用いて粒子画像流速測定法でマウスの骨髄を可視化しました。観察の結果、血小板放出時には、血流に乱流が生じていることが示され、一方で、血流が連続的な層流時には、血小板の放出を認めず、血小板産生には、乱流というダイナミックな血流が必要との結論にいたりました。
そこで、2枚の円形攪拌ブレードを上下に高速(300mm/s)で移動させることで精巧な乱流を作る「2.4L VerMES」を開発しました。このシステムによって、巨核球1個あたり、70-80個、かつ活性化によって高いPAC-1結合能を有する高い品質の血小板が高頻度に作製されることが確認されました。さらに改良を重ね、開発された8LVerMES(ストローク40mm,スピード150mm/S)では、3つのimMKCLクローンから1000億個の血小板作製を成功させました。
<作製された血小板の質の検討>
iPS由来の血小板は、ヒト由来の血小板と同様の凝集能を有し、100 mM ADP and 40 mM TRAP-6 による刺激下の適切なPAC-1結合とセレクチン発現を認めました。血小板減少の動物モデルであるNOGマウスに、iPS由来の血小板を輸血した結果、ヒト由来血小板と同じ出血時間を示しました。レーザー照射によって誘発された血栓形成の分析のために、TAMRAでラベルした血小板を可視化させて血栓を観察した結果、血管径が100um以上の血流速度の速い血管でも、iPS由来血小板は、ヒト由来血小板と同じく、血栓を作ることがわかりました。これら一連の実験結果から、作製されたiPS由来の血小板は、ヒト由来の血小板と同等の機能を有するものと判断されました。
<乱流が血小板放出をきたすメカニズムの解明>
細胞プレートとVerMESの培養液(ドキシサイクリンを中止し4日目)のサイトカインの違いをタンパクマイクロアレイ解析を用いて検討し、6つの因子が同定され、NRDC、IGFBP2、MIFの3つが、乱流に伴い巨核球から放出され、血小板産生を促している最も重要な因子であることがわかりました。
<コメント>
1000億個の単位で、機能良好な血小板が作成できたことはまことに喜ばしいと思われます。本研究報告は、血小板産生に決定的な因子である「乱流」、そしてIGFBP2、MIF、NRDCの3つのサイトカインの関与を明確に示し、血小板の産生メカニズム解明に大きな進歩をもたらしただけでなく、今後の、臨床レベルの血小板産生に多大な貢献をすることでしょう。乱流操作と3つの因子を培養液に加えれば、より効率よく、高品質の血小板が得られる可能性が広がりました。実用化に向けて目が離せません。ヒトへの応用のためには、iPS由来の血小板が移植後適切に機能するのか、免疫拒絶反応を制御できるのか、といった疑問をクリアにしてゆかねばなりません。しかし、血小板製剤の惨状を打破できる可能性を世界中に示した大変インパクトのある研究報告だと感じるところです。

文献1 Nakamura, S., Takayama, N., Hirata, S., Seo, H., Endo, H., Ochi, K., ... & Watanabe, A. (2014). Expandable megakaryocyte cell lines enable clinically applicable generation of platelets from human induced pluripotent stem cells. Cell stem cell, 14(4), 535-548.


2018/07/16

愛し野塾 第178回 血圧と腎機能の関係


「慢性腎臓病(CKD)」は、腎障害や腎機能の低下が持続する疾患と定義され、現在までに罹患数は、1330万人に上り、国民の8人に1人が罹患する、新たな国民病とも言われる疾患です(文献1)。世界の罹患率においても推定10%程度と見込まれていますが、日本人の罹患率の高さは、塩分摂取の多い食文化によるものだろうと考えられています。しかし、進行すれば透析治療を必要とし、患者や家族の負担、そして国家の医療経済への負担は大きく、予防策について国家ぐるみでの取り組み方を一刻も早く整備しなければなりません。透析患者数は、2016年には、33万人に達し、その数は年々増加しています。また、CKDの、心筋梗塞、脳卒中、心不全などの心血管系の疾病発症リスクや、死亡リスクについても次々報告され、この点についても見過ごすわけにはいきません。
さて、CKDの発症予防や治療プロセスにおいて、厳格な血圧管理が求められてきました。特に、高血圧患者では、血圧を可能な限り下げることが、腎臓機能保護をもたらすと信じられてきました。「血圧をさげれば、腎臓障害の指標とされる尿蛋白を減らすことができる」、と示されてきたからです。また、腎臓の血流調節自動制御機能による幅広い血圧に対処する潜在性から、血圧を低めにしても問題ないと、お墨付きを与えていました。加えて、尿蛋白がすでに大量に検出される症例では、血圧を厳格に低下させたほうが、腎機能低下を軽減できる、との報告も発表されていました。
ところが、「腎機能障害がある症例では、血圧の下げすぎによって腎機能の悪化を認める可能性がある」という報告が物議を醸し、加えて、腎機能が正常な糖尿病患者の血圧管理は、CKD発症予防の観点から、下げすぎでよいのか否かという疑問についても、信頼に足る検討が必要な段階にありました。最近(2018年7月)発表になった2つの大規模試験の二次解析の結果がランセットに発表されましたので、まとめてみました(文献2)。
<対象>
ACCORD研究とSPRINT研究をもとにデータ解析が行われました。
ACCORDは、2型糖尿病患者4733人を対象に、血糖コントロールについて、血糖強化療法群(HbA1c 6%を目標とする)と血糖標準治療群(HbA1c 7-7.9%を目標とする)に割り付けられ、また、血圧コントロールについて、血圧降下強化療法群(目標120mmHg 以下)と血圧降下標準治療群(目標収縮期血圧140mmHg以下)に割り付ける試験でした。
SPRINTでは、9361人の「2型糖尿病のない」かたについて、血圧強化療法群(目標収縮期血圧120mmHg 以下)と標準療法群(目標収縮期血圧140mmHg以下)に割り付け、分析が行われました。
<方法>
SPRINTでは、慢性腎臓病(CKD)発症の定義は、eGFRが60未満となるか、初期のeGFRから30%以上の低下があった場合とされ、この定義がACCORD試験に適用されました。
<結果>
ACCORDから4311人、SPRINTから6715人が分析の対象となりました。すべての参加者のeGFRは60以上で、CKDではない方が対象となりました。
平均年齢は、ACCORD試験(40歳から79歳を対象)がより若く、61.4歳(血圧降下標準療法群)及び61.5歳(血圧降下強化療法群)で、SPRINT試験(50歳以上を対象)が65歳(両群とも)でした。使用降圧剤数は、1.6個~1.7個、収縮期血圧は、139-140、拡張期血圧は76-79といずれの群もほぼ同等の値を示しました。ACCORD試験のHbA1cは、8.3%~8.4%でした。4群のBMIは、32.1から30(有意差なし)、eGFRは、ACCORD群で94~94.2と、より高い数値を示し、SPRINT試験は、81.1から81.3でした。
強化療法によって血圧は、標準療法より低くなりました。ACCORD試験では、13.9mmHgの低下、SPRINT試験では15.2mmHg低下でACCORD試験に比較し、有意な低下を認めました(P=0.0001)。
使用薬剤数は、強化療法群で、ACCORD試験、SPRINT試験ともに2.8個で、標準療法では、それぞれ1.9個と1.8個でした。
ACCORD試験では、最初の12ヶ月で、eGFRの低下を認め、強化療法群では、標準療法群より有意に低下しました(11.6対5.5、P<0.0001)。12ヶ月以後、低下率は緩やかになりました。
CKD発症率は、4.6年の経過の中で、ACCORD試験の強化療法群で15%、標準療法群で7%でした。SPRINT試験は3.1年の経過の中で、強化療法群で4%、標準療法群で1%でした。CKD発症率を、試験開始後3年の段階で比較すると、ACCORD強化療法群で10%、標準療法で4.1%、SPRINT強化療法で3.5%、標準療法で1.0%でした。
<コメント>
さまざまな検証から、慢性腎臓病は老化の初期に特徴的な重要疾病とされ(文献3)、慢性腎臓病発症予防策の確立はあらゆる立場から超高齢化社会に直面する我々国民にとって重要な議論です。本報告のACCORD試験の2次解析から、糖尿病では、目標収縮期血圧を120mmHgにおくと、むしろCKD発症リスクをあげるという懸念が示されました。すでに、この目標血圧を達成しても、糖尿病患者の心血管病発症抑止には効力を示さないことが報告されています。40歳から79歳の糖尿病患者の血圧管理について、強化療法の意義は少なく、140mmHgを目標とすることが望ましいのではないでしょうか。現在進行している臨床試験では、現在日本で採用されている「130mmHgを目標血圧」が有効かどうかの検証が進行中で(文献4)、まさに結果を待っているところです。いずれにせよ、実臨床では、特に血圧を下げだしたばかりの最初の1年のeGFRの定期精査は欠かせないと思います。腎機能低下が著しいと判断されたら、血圧をやや高めに戻すなど、個々に対策をとることが必要でしょう。
糖尿病がなくとも動脈硬化の進行が認められる症例では、120mmHgを目標にしながら、やはりeGFRの定期的な評価が必要ではないでしょうか。もちろん、糖尿病のある場合とない場合で、統一的な目標血圧が策定できることが理想的です。その方向での研究も進んでいることもあり、結果を待ちたいと思います。
いずれにせよ、CKD発症予防の観点から、血圧管理をより繊細に行う必要がありそうです。
文献1
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン 2018 https://cdn.jsn.or.jp/data/CKD2018.pdf
文献2
Beddhu, Srinivasan, et al. "Intensive systolic blood pressure control and incident chronic kidney disease in people with and without diabetes mellitus: secondary analyses of two randomised controlled trials." The Lancet Diabetes & Endocrinology 6.7 (2018): 555-563.
文献3
Covic A, Vervloet M, Massy ZA, Torres PU, Goldsmith D, Brandenburg V, Mazzaferro S, Evenepoel P, Bover J, Apetrii M, Cozzolino M. "Bone and mineral disorders in chronic kidney disease: implications for cardiovascular health and ageing in the general population." The Lancet Diabetes & Endocrinology 2018 Apr;6(4):319-331.
文献4
Mancia, Giuseppe. "Target blood pressure and kidney protection." The Lancet Diabetes & Endocrinology (2018) Jul;6(7):521-523. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30134-7. Epub 2018 Apr 21.

2018/07/06

愛し野塾 第177回 2型糖尿病の新しい治療ー「肥満」との関係に重点をおいて


様々な研究によって、「肥満」が糖尿病を引き起こす重大なリスク因子のひとつであることが浮き彫りとなり、「糖尿病=Diabetes」と「肥満=Obesity」を結合させた「Diabesity=肥満糖尿病」という造語が汎用されるようになりました(文献1)。背景には、「肥満が、糖尿病治療の鍵」であることを示した、5%以上の減量が血糖値低下や心血管病マーカーの改善を促したという研究報告や、「バリアトリック術」による糖尿病寛解の可能性を示した論文があります。バリアトリック術では、術後、約30%の持続的な体重減少や、被検者の80%以上に血糖値の正常化を認め、5年経過後には、最大45%で糖尿病薬が不要となる寛解に至るという衝撃的な結果が得られました。
バリアトリック術では、手術によって生じる体重減少前に、術後数日で血糖値の低下を認め、このことから「体重減少の結果、血糖値低下が生じる」、という作用機序とは異なる因子の関与が示唆されています。現在、腸管のホルモンである「インクレチン」と呼ばれる一群のホルモンのうち、GLP-1とオキシントモデュリンが代表的なものとして挙げられています。
さて、GLP-1は、胃排出を遅延させ、体重減少、及び血糖低下を促すことから、すでに、GLP-1製剤のひとつである「ビクトーザ」は、米国FDAで痩せ薬として認可されています。一方、オキシントモデュリンは、GLP-1、かつグルカコン受容体の効果を介して、体重減少、血糖低下に寄与し、主に、グルカゴン受容体を介してエネルギー消費を上昇させます。しかし、オキシントモデュリンの血中半減期は短く、薬物として用いるのは難しいことから、同様の効果を有するペプチドが合成され、「MEDI0382」と命名されました。すでに、動物実験によって、抗肥満効果を認め、今回、いよいよヒト臨床試験が行われ「ランセット」に発表されましたので、紹介します(文献2)。
<対象>
臨床試験(フェーズIIa研究と容量変化の観察の2研究)はドイツの11の医療機関で行われました。
フェーズIIa研究では、MEDI0382を、最大200μgを41日投与し、プラゼボ対照に、無作為2重盲見試験で施行されました。さらにMEDI0382の容量変化群として、コホートAは最大100μgを7日、コホートBは、最大150μgを11日、コホートCは最大200μgを15日、コホートDは最大300μgを22日、コホートEは、最大300μgを17日とし、薬剤の毒性及び、効果の検証が行われました。
対象者は、患者のデータベースからリクルートしました。HbA1cは、6.5-8.5%、BMIは27-40の範囲と限定しました。メトフォルミン投与中の症例は、過去3ヶ月の間に500mg以上の増減がなければ対象として受け入れました。DPP-IV、SU、SGLT2投与があっても、4週間のウオッシュアウト後に受け入れ可能としました。除外項目は、参加研究者の判断で、試験に用いられる薬物の効果判定ができないと判断された症例、及び、空腹時血糖が200mg/dl以上の症例としました。GLP−1治療経験がある、GLP−1で現在治療中である、低カロリー食をすでに試験されているかた、体重減少薬をトライされているかたも除外としました。また、授乳中の女性、妊娠の可能性がある方も除外しました。試験薬剤は、最低8時間絶食した状態で、朝食前に皮下注射されました。
<結果>
2015年12月9日から2017年2月24日の間に、422人をスクリーニングしました。条件に合致した61人のうち42人がMEDI0382群として投与量別に割り付けられ、19人はプラゼボ群に割り付けられました。また、51人が、フェーズIIa研究として、MEDI0382群に25人、プラセボ群に26人、割り付けられました。
<フェーズIIaの結果>
実薬群とプラセボ群で患者の特徴に差がないことが確認されました。(実薬群とプラセボ群の順に、男性の比率は52%と58%、年齢は56歳と56.9歳、BMIは32.0と33.4、HbA1cは7.2%と7.3%、混合食負荷試験のAUC0-4時間(0-4時間の血糖曲線下面積)42.9と40.5、脂肪MRI測定で肝臓の脂肪は16.1%と18%、皮下脂肪は4.9%と5.8%)。
MEDI0382群の25人全員、プラゼボ群の26人全員が、少なくとも1回の薬剤投与と血液検査を受けました。MEDI0382群では全体の88%、プラゼボ群では全体の96%が、投与開始前と投与後41日後の2回の混合食負荷試験AUC0−4時間の解析ができました。
混合食負荷試験AUC0-4時間の結果、MEDI0382群では、投与前と比較して投与後41日で、AUC0-4時間は32.78%低下しました。一方、プラセボ群では、投与前後で10.16%低下しているのみで、MEDI0382投与とプラセボ投与を比較すると、MEDI0382投与群で、有意な低下を認めました(P<0.0001)。
体重は、MEDI0382で3.84Kgの減少、プラセボで1.70Kgの減少を認め、前者が後者に比較して、有意な低下がありました(P=0.0008)。HbA1cは、MEDI0382で0.6%低下、プラセボで0.3%低下を認め、前者が後者に比較して、有意な低下がありました(P=0.0004)。空腹時血糖(MEDI0382で50mg/dl低下、プラセボで20mg/dl低下、P<0.0001)も食後血糖も有意にMEDI0382投与群でプラセボ投与群に比較して低下していました。またMEDI0382投与群は、混合食負荷試験で負荷中血糖が200mg/dlを超える人はいませんでしたが、プラセボ群では、超えているかたがいました。
MRIによる肝臓脂肪測定の結果、MEDI0382投与で、6.0%低下、プラセボ群で3.2%低下を認め、前者で有意差をもって低下率が大きいことがわかりました(P=0.0172)。皮下脂肪と内臓脂肪量の低下も有意差があり、MEDI0382群がプラセボ群よりも優れていました。
<容量変化群の結果>
プラセボ群に比べて、MEDI0382最低投与群のコホートAを含む全てのコホート群で、混合食負荷試験AUC0-4時間は、有意な低下を認めました。体重減少は、プラセボ群に比較して、すべてのコホート群で低下傾向を認め、コホートDでは統計的有意差が検出されました。
<有害事象>
治療によって生じた有害事象は、グレード3以上の重症は、プラセボ群とMEDI0382投与群との間に発症率の差を認めませんでした。試験期間中の死亡例はゼロ、一方、吐き気と嘔吐、食欲低下は、MEDI0382群で有意に多く認められましたが、それぞれの症状は、軽度から中等度のレベルでした。
<コメント>
2型糖尿病の肥満患者を対象に、MEDI0382を投与した結果、血糖コントロール、体重減少という二つの有効な効果が得られたことは、大躍進となりました。投与後1週間という早期から、空腹時血糖も食後血糖も低下し、41日目までこの効果が持続が確認されたことは特筆されます。
治療の優位性という観点では、すでに承認されている「GLP-1作動薬」との直接比較がなく明らかではありません。今後、MEDI0382とGLP-1作動薬で、直接比較をした結果が期待されます。同時に、より長期的な作用について検討が必要でしょう。
本研究で認められた肝脂肪の改善作用も、今後、GLP-1作動薬との直接比較が必要でしょう。グルカゴンの効果を抑止すると、脂肪肝現象は促進されることが知られていましたが、MEDI0382が、脂肪肝抑止に働くことと、よく一致しているといえます。
人間の体の中に自然と備わっているオキシントモデュリンをヒントにして作られたMEDI0382の人での薬理作用が確認された印象的な報告となりました。一方で、グルカゴン受容体を刺激するので、糖尿病を悪化させるのではないか、という危惧もありましたが、むしろ、良好な効果が確認されました。人の体自身が創薬のヒントとなりました。「MEDI0382」、開発が期待される薬剤となりそうです。
文献1Zimmet, Paul, K. G. M. M. Alberti, and Jonathan Shaw. "Global and societal implications of the diabetes epidemic." Nature 414.6865 (2001): 782-7.
文献2Ambery, Philip, et al. "MEDI0382, a GLP-1 and glucagon receptor dual agonist, in obese or overweight patients with type 2 diabetes: a randomised, controlled, double-blind, ascending dose and phase 2a study." The Lancet (2018), Jun 22. pii: S0140-6736(18)30726-8. doi: 10.1016/S0140-6736(18)30726-8. [Epub ahead of print]

2018/06/28

愛し野塾 第176回 アルツハイマー病に関与するウイルス



遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子の探索から、APP(アミロイド前駆体タンパク遺伝子)とPSEN1、2(プレセニリン遺伝子1、2)に多くの遺伝子変異を認め、原因遺伝子として同定されました。いずれもアルツハイマー病の脳病理に特異的に認められる老人斑の主成分「アミロイドβ」の代謝と直接関与していることから、アルツハイマー病の根本原因として「アミロイドβの蓄積」が提唱され、「アミロイド仮説」として認知されてきました。そのためアミロイドβを除去すべく「抗アミロイド治療」が多数臨床試験に供されましたが、成功例を認めることなく今に至っているのです。今年1月には、NEJMにマーフィー博士によって、全く新しい角度からの病気の理解を求めるべきである、との声明が公表され、世界中の研究者を震撼とさせました(文献1)。
アルツハイマー病の原因として、微生物の関与の可能性は、1980年頃から議論され始め、中でもヘルペス族のウイルスがその候補として挙げられてきました。最近では、マウスを用いた実験系によって、アミロイドβによる微生物に対する中枢神経の防御作用が報告され、「脳に侵入した微生物の表面にアミロイドβが接着することによって、微生物の細胞内への侵入を防止する」という仮説が提唱されています(文献2)。
さて、今回の研究では、死亡時の認知機能は正常だが、脳病理ではアルツハイマー病と診断される「前臨床アルツハイマー病」の患者が対象とされ、認知機能、脳病理とも正常な方を対照群としました。これら2群の神経ネットワークを、機能ゲノム解析法を用いて比較し、アルツハイマー病に特異的な異常遺伝子の検出を試みた結果、「ヘルペスウイルスHHV-6A」の関与が発見されました。さらに、臨床的にアルツハイマー病と判明した脳サンプルと、認知機能が正常、かつ脳病理も正常な脳サンプルで、ウイルスDNA、RNAシークエンスを調べた結果、ヘルペスウイルスのアルツハイマー病発症への関与が決定的とも言える結果が示され、ニューロンに報告され世界中を賑わしています。今回はこの研究について解説したいと思います(文献3)。
<結果>
レーザー捕捉神経遺伝子発現データから「前臨床アルツハイマー病」と「健常コントロール群」の脳サンプルの確率的因果ネットワーク(PCN)を作成し、比較しました。神経細胞脱落が顕著な嗅内皮質、及び海馬の2領域にフォーカスし、それぞれの患者で、2つのPCNを作成しました。
「前臨床アルツハイマー病」にのみ欠落しているネットワーク『コンネットワーク』に存在するドライバー遺伝子と、「前臨床アルツハイマー病」にのみ存在するネットワークに存在するドライバー遺伝子の分析によって、C2H2-TF結合モチーフ、特に「SP、MAZ、NRF1、EGR1」に差異を認めました。C2H2-TFと関連する、共調整因子の関与をさらに分析した結果、「G4シークエンス」の差異が検出され、G4シークエンスの濃縮度は、前臨床アルツハイマー病と臨床アルツハイマー病の両群で、負の相関を認めました。この結果から、G4の制御あるいは安定性に変化が生じ、C2H2-TFに影響を与えたと判断されました。
これまでの研究によって、C2H2-TF、G4制御の乱れに及ぼすウイルス感染の影響が示されていることから、マウントサイナイ脳バンク由来(上側回頭が137例、前前頭前野が213例、下前頭回が186例、傍海馬回が107例)のサンプルのアルツハイマー病と健常者のRNAシークエンスを、トランスクリプトームの特徴づけを行うために515のウイルス種を調査をした結果、アルツハイマー病の脳サンプルにおける、上側回頭と前前頭前野でHHV-6A、HHV-7の特異的な増加を認めました。
マウントサイナイ脳バンク由来のサンプルを用いた結果は、別の3つのコホート 1) ROS研究(300例のアルツハイマー病と健常者のdorsolateral frontal cortexのサンプル)、(2) MAP研究(298例のアルツハイマー病と健常者のdorsolateral frontal cortexのサンプル)、(3)MAYO TCX研究(278例のアルツハイマー病、病的加齢、進行性核上性麻痺、健常者の側頭皮質のサンプル)でも再現されました。ただし、MAYO TCXを用いて、「病的加齢」と比較すると、アルツハイマー病では、HHV-6AとHHV-7両方の増加を認めたものの、「進行性核上性麻痺」と「アルツハイマー病」を比較すると、アルツハイマー病でHHV-7は増えていたものの、HHV-6Aは減少していたため、HHV-7がより特異的にアルツハイマー病で増加していたことがわかりました。
【ウイルス量と臨床との相関】
ウイルスのRNA量とアルツハイマー病に関わる3つの臨床、病理指標(CDR=臨床認知スケール、APD=アミロイドプラーク密度、Braak score)との関係を調査し、前前頭前野におけるHHV-7 DR1遺伝子、HHV-6A unique regionと、3つのアルツハイマー病臨床、病理指標との相関を認めました。
【HHV-6とアルツハイマー病関連遺伝子発現との関係】
HHV-6と宿主の遺伝子発現との間の相関を検討した結果、APPの代謝に関わる遺伝子「APBB2、APPBB2、BIN1、BACE1、CLU、PICALM、PSEN1」が検出され、HHV-6感染が、アルツハイマー病発症に関与している可能性が強く示唆されました。
【miR-155の発見】
アルツハイマー病に特徴的な脳病理「神経脱落」との関係を分析した結果、HHV-6Aのみ、上側回頭の神経細胞脱落との相関を認めました。さらにHHV-6Aが制御する遺伝子群の検索により、miR-155との強い負の相関を認めました。miR-155は、細胞死と密接に関わることが既に判明していることから、miR-155遺伝子の制御メカニズムを明らかにするため、miR-155のノックアウトマウスとAPP/PS1マウスの掛け合わせマウスでは、老人斑形成が一層早まることが明らかとなり、HHV-6Aは、miR155の負の制御を介して、細胞死を誘導し、アルツハイマー病の病理を進行させる可能性が示されました。
【転写因子との関係】
一般的にウイルスは、ホスト細胞に存在する転写因子の作用を利用して、ウイルス自身の生存を維持します。そこで、569個の転写因子、及び14583個の標的遺伝子とHHV-6A発現の相関について分析を行った結果、NTRK2、及びFYNチロシンキナーゼとの高い相関を認めました。これらは、いずれもアルツハイマー病における細胞死、及びシナプス機能との関係が既に明らかにされている因子でした。
【ウイルス~宿主タンパクネットワークの解析】
ウイルスと宿主のタンパクネットワークの同定するため、前前頭前野(152例)から、液体クロマトグラフィー質量分析計を用いてタンパクライブラリーを作成した結果、HHV-6Aと相関があるタンパクが28個検出されました。特に、イノシンダイフォスファテースであるNUDT16の誘導から細胞内のプリン体代謝の制御異常が惹起される可能性が証明されたことは、これまでのアルツハイマー研究における報告と一致するものでした。
【コメント】
死後の人間の脳を用いた大規模、かつ間接的手法を用いたあらゆる方向からの検討によって、HHV-6Aのアルツハイマー病発症との関連を示唆されたことは大変な驚きでした。今後、より多くのサンプルによる再現性の確認と同時に、直接的手法を用いて、アルツハイマー病発症にどう関与するのかそのメカニズムの解明が期待されます。抗アミロイド療法が成功しなかった理由も明らかなるかもしれません。
一方で、筆者たちも議論している通り、HHV-6A感染によるアルツハイマー病発症の予防効果の可能性は除外できているわけではなく、HHV-6A感染が根本原因かどうかの検証は、これからといったところでしょう。また、進行性核上性麻痺に見られたデータの齟齬の解決は必要でしょう。しかし、私は、NYTでも議論されているHHV-6Aのワクチン療法による治療が、アルツハイマー病の根本治療となる日も近いのではないかと思うところです(文献4)。
文献1
Murphy, M. Paul. "Amyloid-beta solubility in the treatment of Alzheimer’s disease." (2018): 391-392.
文献2
Kumar, Deepak Kumar Vijaya, et al. "Amyloid-β peptide protects against microbial infection in mouse and worm models of Alzheimer’s disease." Science translational medicine 8.340 (2016): 340ra72-340ra72.
文献3
Readhead, Ben, et al. "Multiscale Analysis of Independent Alzheimer’s Cohorts Finds Disruption of Molecular, Genetic, and Clinical Networks by Human Herpesvirus." Neuron (2018).
文献4 

2018/06/24

愛し野塾 第175回 関節リウマチ治療の新しい選択肢



「関節リウマチ」は、代表的な自己免疫疾患であり、持続的な炎症によって関節の痛みや腫れを生じさせ、関節破壊が徐々に進行すれば、手足・肘・膝関節などの変形や障害を認め、肺など内臓への症状に及ぶケースもある難しい疾患です。全人口の約0.5%に発症し、30歳から50歳までの年齢層に多発し、女性と男性の患者数の比は、3対1と女性に多い疾患です。病態の詳細は未だ不明ですが、免疫系に生じた異常から、関節滑膜組織にリンパ球やマクロファージが浸潤し、TNFαとIL−6などのサイトカインが放出され、滑膜細胞の増殖から、痛みと腫れが誘発されると考えられています。
関節リウマチ治療の薬物療法として、メトトレキサート(MTX)や、バイオ医薬品(抗TNFα抗体など現在9種類が市場にあります)が中心的役割を担ってきました。MTXは、我が国では1999年に認可され、初期投与される薬剤として位置付けられています。バイオ医薬品は2003年以来、使用され、有効性が高く、寛解にいたる症例も認められるようになりました。しかし、開発に高度な技術を要するバイオ医薬品は大変高額であり、患者さんへの経済的負担が大きく、MTXとバイオ医薬品に忍容性がないこと、効果が期待できないかたが少なくないこと、なども問題点として挙げられ議論されているところです。そういった背景から、MTX、及びバイオ医薬品に代わる薬剤が待ち望まれているのです。
さて、MTXやバイオ医薬品が出現した同じく20年前、免疫系の「要」となる細胞内因子「JAK」の発見があり、関節リウマチ治療のターゲットになるのではないかと期待されてきました。JAK阻害剤の薬剤開発が進み、バイオ医薬品が奏功しない、あるいは、効かなくなった症例を対象に使用したところ、JAK阻害剤の有効性を認め、まさに当該薬剤への期待が高まっているのです。
JAKには、JAK1、JAK2、JAK3、TYK2の4つのサブタイプがあります。JAK3のみ血液系細胞に特異的に発現し、JAK1,JAK2,TYK2は、すべての細胞に発現しています。JAK阻害剤のひとつである「トファシチニブ」は、JAK1、JAK2、JAK3の阻害効果を有し、JAK1、及び2の阻害剤「バリシチニブ」は、JAK阻害効果を認め、臨床汎用されています。しかし、さらに高い治療効果と安全性の実現のためには、前述の薬剤の低いサブタイプ選択性では不十分で、JAKサブタイプの特異的な阻害が、開発の重要なポイントであると考えられています。今回、JAK1のみを選択的に阻害する「ウパダシチニブ」を用いた第三相臨床試験の結果が医学誌ランセットに発表になりましたので、解説したいと思います(文献1)。
<対象>
本研究は、SELECT-BEYONDと命名され、2重盲検無作為化第3相試験で、26カ国、153医療機関が参加しました。 対象者は、少なくとも18歳で、2010年の米国リウマチ学会、ヨーロッパリウマチ学会の診断ガイドラインに従って、関節リウマチと診断され、研究開始時までに診断後3ヶ月以上経過している患者で、かつ、3ヶ月間以上、生物学的製剤で治療しているが、関節リウマチの活動性があるかた、あるいは、生物学的製剤に対して忍容性がないか、耐性のあるかた、少なくとも3ヶ月以上のcsDMARD(従来型抗リウマチ薬)の投与歴があり、4週間以上、臨床状況が安定している方を対象としました。先述の「関節リウマチの活動性がある状態」の定義は、「66関節のうち、少なくとも6箇所以上の関節で腫脹があること(SJC66)、68関節のうちすくなくとも6箇所で、圧痛があること(TJC68)、高感度CRPが少なくとも3mg/dl以上であること」としました。過去にJAK阻害剤投与歴があり、関節リウマチ以外の炎症性関節疾患がある方は対象から除外されました。
対象患者は、ウパダシチニブを1日1回15mg投与群、あるいは、30mgを投与群、プラセボ投与群の3群に無作為に割り付けられました。プラセボ群は、12週間後から、ウパダシチニブ15mg投与群、あるいは、30mg投与群に無作為に割り付けられました。最初の24週間は、csDMARDを投与(MTXは1週間あたり7.5mgから25mg、クロロキンは1日250mg以下、サルファサラジンは1日3000mg以下、レフルノマイド1日20mg以下)としました。MTXとレフルノマイドの併用は、禁忌とされました。プレドニゾロンは、最初の25週は、1日10mgまで許可としました。
一次評価項目は、12週の段階での、(1)ACR20(圧痛関節数、腫脹関節数が20%以上改善)の達成した割合、(2)DAS28(CRP)(0.56×√(圧痛関節数)+ 0.28×√(腫脹関節数)+ 0.36×Ln(CRP)+0.014 × 患者による全般評価)が3.2以下の割合としました。2次評価項目は、ACR50(圧痛関節数、腫脹関節数が50%以上改善)あるいは、ACR70(圧痛関節数、腫脹関節数が70%以上改善)の達成割合、DAS28(CRP)のベースラインからの変化量、HAQ—DI、SF36、PCS、ACR20の1週目の達成した割合としました。
<結果>
調査は2016年から2017年にかけて行われました。778人がスクリーニングを受け、条件に合致した499人を無作為に3群に割り付けられました(ウパダシチニブ15mg:165人、ウパダシチニブ30mg:165人、プラセボからウパダシチニブ15mg:85人、プラゼボからウパダシチニブ30mg:84人)。最終的に451人(91%)が12週間服薬を終了し、419人(84%)が24週間服薬を終了しました。
対象者の居住地は、北アメリカからが66%、西ヨーロッパが19%、東ヨーロッパが13%でした。その大半が関節リウマチを長期間患っている方で、罹病期間は平均で13.2年でした。1種類の生物学的製剤の治療歴がある方が47%、2種類の生物学的製剤の治療歴がある方が28%、少なくとも3種類の生物学的製剤の治療歴がある方が25%でした。対象となった患者の90%が抗TNFα抗体に対する反応性が悪いあるいは、忍容性を認めませんでした。関節リウマチの病勢が高い方が多く、DAS28(CRP)の平均値は、5.8、SJC66は16.8、TJC68は27.9でした。
12週後のACR20達成率は、ウパダシチニブ15mg群で65%、ウパダシチニブ30mgで56%、プラセボで28%を示し、ウパダシチニブはいずれの容量でもプラゼボより有意に高い達成率を示しました(P<0.0001)。DAS28(CRP)が3.2以下を達成したのは、ウパダシチニブ15mg群で43%、ウパダシチニブ30mgで42%、プラセボで14%を示し、プラゼボに比較してウパダシチニブ投与による炎症反応の有意な低下を認めました(P<0.0001)
12週後のACR50達成については、ウパダシチニブ15mg群で34%、ウパダシチニブ30mgで36%、プラセボで12%を示し、いずれの容量のウパダシチニブでもプラゼボに比較して高い達成率を示しました(P<0.0001)。
ACR70は、ウパダシチニブ30mgでプラセボに比較して、有意な上昇を認めましたが(23% 対 7%、P<0.0001)、ウパダシチニブ15mgとプラセボの間には統計的有意差を認めませんでした(12% 対 7%、P=0.11)。
1週後からウパダシチニブ投与した群は、プラセボ群に比較して、ACR20の達成率が有意に高く、12週間のプラセボからウパダシチニブ投与群に変更後、24週で、ACR20、50、70のいずれも、開始直後からウパダシチニブ投与をしていた群と同様の反応性を認めました。特に、12週間のプラセボの後、ウパダシチニブ15mg投与群に変更した結果、開始直後からウパダシチニブ30mg投与した群と同じレベルにまでACR70を達成させたことは注目される結果となりました。
<有害事象>
試験開始後12週で最も多かった有害事象は、「上気道感染症」でした。プラセボ群で8%、ウパダシチニブ15mgで8%、ウパダシチニブ30mgで6%でした。次に多かった「尿路感染症」は、それぞれ6%、9%、5%でした。「関節リウマチの悪化」を認めたのは、それぞれ6%、2%、4%でした。重篤な有害事象は、プラセボ群は0%、ウパダシチニブ15mg群:5%、30mg群:7%でした。「重症感染症、帯状疱疹、投薬中止にいたる有害事象」は、ウパダシチニブ30mg群に最も多く、悪性疾患3例、肺塞栓1例、重篤な心血管病1例、死亡1例がウパダシチニブ群で認められました。
<コメント>
3種類以上のバイオ医薬品を用いた治療を施しても、疾患活動性の消失を認めない患者が、全体の25%も含まれている治療困難症例群に対して、ウパダシチニブが速やかに有効性を示したことは、高く評価できると思います。ただし、すでに臨床的に使用されている「トファシチニブ」や「バリシチニブ」よりも有意に優れているかどうかの結論を出すには、厳格な条件の下、直接比較をすることも必要でしょう。詳細を含め今後の報告に大変興味を持っています。また、JAK1の選択的阻害剤であるトファシチニブが、選択性の低い2剤に比較して、より良好な効果を示すことも期待されます。また、今回の試験のデザインでは、わずか24週までの成績を評価したに過ぎません。患者さんに有益となるよう、より長期の有効性についての検討結果が待たれます。
さて、問題点として、ウパダシチニブ投与群における悪性疾患の発生率、及び心血管病の発生率が高まったことが指摘されています(文献2)。今後、JAK阻害剤が関節リウマチ治療の第一選択薬となるためにも、安全性を実証するためにも大規模試験の実現を望むところです。
1)Genovese MC, Fleischmann R, Combe B, Hall S, Rubbert-Roth A, Zhang Y, Zhou Y, Mohamed ME, Meerwein S, Pangan AL. Safety and efficacy of upadacitinib in patients with active rheumatoid arthritis refractory to biologic disease-modifying anti-rheumatic drugs (SELECT-BEYOND): a double-blind, randomised controlled phase 3 trial. The Lancet. 2018 Jun 12.
2)Goll GL, Kvien TK. New-generation JAK inhibitors: how selective can they be?. The Lancet. 2018 Jun 13.





2018/06/12

愛し野塾 第174回 乳がん・治療対象についての考察




乳がんは、女性のがんのなかでも最も罹患率の高いがんです。一生涯に罹患する頻度は、11人の女性あたり1人、また5年生存率は91.1%と高率ですが、乳がんの罹患率は、1975年以降、増加傾向が続き、2010年の乳がん(上皮内がんを含む)の粗罹患率は,がんの中では最も高いことが示されています(人口10万対115.7人)。女性の乳がん罹患率と年齢との関係を見ると、30歳代から増加傾向を示し,40歳代後半でピークを迎え,その後、ほぼ一定に推移し、60代後半から次第に減少しています。
米国でも日本同様に、女性のがんで、最も発症頻度が高い乳がん治療は、大変注目されています。乳がんは、ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)、もしくは、遺伝子HER2の発現の有無によって分類されています。「初期がん」と評価される、ホルモン受容体が陽性で、HER2が陰性、腋窩リンパ節のがんが陰性である症例が、乳がん全体の50%を占めます。日本でも、ホルモン受容体が陽性で、HER2陰性の症例は、乳がん全体の70%と算出されています。
30年前、乳がんの原発巣の切除後の化学療法の施行は、再発リスクを低下させる(文献1)、また若年齢であればあるほどその効果を認め、この効果は、リンパ節への転移の有無・病理グレード分類・アジュバントホルモン療法、などの影響を受けない、ことなどが報告され、NIHは、ほとんどの乳がん患者に対し化学療法を推奨し、事実、化学療法が施行された結果、乳がんによる死亡率の低下が得られた、と認識されています。しかしながら、近年、本当に化学療法がほとんどの乳がん患者に必要かどうかは疑問視されるようになってきました。
さて、乳がんの患者のうち、ホルモン受容体陽性患者の予後の予測に用いられる、「21遺伝子群の発現分析」から求めた「21遺伝子再発スコア」(Oncotype IQ)(文献2)を用いて、評価を0−100点に点数化し、スコアが高い(26点以上)症例に対しては「化学療法とホルモン療法の併用治療」を施し、スコアが低い(10点以下)症例には、「ホルモン療法のみ」を施し、高い奏効率が得られました。また10年後の再発率はわずか2%と報告されました。
一方で、議論となっているのは、多くの患者が集中する、21遺伝子再発スコアが「11点から25点に該当する中スコアの症例」の治療法です。原発巣の切除術後の後療法として、ホルモン療法だけでいいのか、それとも化学療法も組み合わせたほうがいいのか、議論が分かれているのです。
今回、この「11点から25点」の中スコアの乳がん患者のうち、化学療法を追加したほうがいいのか、あるいは、ホルモン療法単独だけの治療で良いのかどうか、について、厳密な手法を用いて施行された大規模臨床試験が施行され、結果が発表されましたので、解説してみましょう(文献3)。
<対象>
18歳から75歳の女性で、ホルモン受容体陽性、HER2陰性、腋窩リンパ節陰性で、「ガイドラインでは、化学療法が推奨される症例」を対象としました。具体的には、病理検査によって「腺がん」と診断された症例中、すでに原発巣は切除済みで、以下の条件を満たす患者を対象としました。
(1)エストロゲン受容体陽性かつ、ないし、あるいはプロゲステロン受容体陽性の浸潤がん、かつ、HER2/newが陰性であること
(2)腋窩リンパ節にがんの浸潤がないこと
(3)腫瘍さイズが1.1−5.0cmあるいは、0.5cmから1.0cmで、病理像が不良(unfavorable)であること
(4)原発巣に対して適切なる切除術が施されたあと84日以内であること
(5)18−75歳であること
(6)白血球数が3500以上、血小板数が10万以上、Crが1.5以下、ASTが正常上限の3倍以下など、臓器障害がないこと
(7)過去に罹患した浸潤がん(皮膚の基底細胞がん、扁平上皮がん、子宮頸部の上皮内がんを除く)から少なくとも5年以上無病で経過していること
(8)インフォームドコンセントがあること。
試験登録の除外項目は、過去に同側あるいは反対側の乳がん、非浸潤性乳管がんがあること、両側同時がんがあること、また、乳がん治療の目的で選択的エストロゲン受容体モデュレーター(SERM)、あるいはアロマターゼ阻害剤使用後8週間以上経過したのちに、乳がん発症を認めたケースも除外されました。SERMを乳がん治療以外の目的で使用した場合も、8週間以上使用後に乳がん発症があれば、除外されました。
21遺伝子再発スコアが、10点以下の「低リスク群には、ホルモン療法のみ」を施行、「26点以上の高リスク群の場合は、化学療法とホルモン療法を組み合わた治療を施行」し、「11点から25点までの中リスク群」は、「化学療法との併用療法もしくは、ホルモン単独療法か」に、無作為に割り付けました。
<結果>
2006年から2010年の間に10273人がスクリーニングを受け、9719人が試験登録され解析対象となりました。6711人が中リスク(69%)、低リスクは1619人(17%)、高リスクは1389人(14%)でした。中リスク群では、全生存率の経過観察期間は96ヶ月に及びました。
「中リスク群」を「ホルモン療法単独群」、「化学療法併用群」の2群に割り付け、それぞれの群の平均年齢は両群共に55歳、閉経後の症例は両群共に全体の64%、腫瘍サイズの平均値は両群共に1.7cm、病理組織のグレードは低グレードが両群共に29%、中グレードが両群共に57%、エストロゲン受容体陽性率は、両群共に99%超、プロゲステロン受容体陽性率は、両群共に92%、臨床リスクは低リスクであるものは前者が74%、後者が73%、と、患者の特徴について2群間に差を認めませんでした。
術後化学療法が施行された症例は、ホルモン療法単独群 5.4%、化学療法併用群 81.6%でした。ホルモン療法期間は、両群共に、中央値が5.4年で、5年以上が35%でした。化学療法のレジメンは、ドキシタキセルとサイクロフォスファミドが全体の56%、アンツラサイクリンを含む治療法が全体の36%でした。閉経後のホルモン療法は、アロマターゼ阻害剤を使用された症例が全体の91%でした。閉経前の方のホルモン療法は、タモキシフェンあるいは、タモキシフェン+アロマターゼ阻害剤の投与が全体の78%を占め、卵巣機能抑制療法は13%のかたに施行されました。
評価項目である「浸潤がんの再発、原発ガンの新規出現、あるいは、死亡」は、総計836回生じました。うち338回は、乳がんの再発で、遠隔部位での再発は199回でした。Intention-to treat解析で、浸潤がん再発のない生存率は、ホルモン療法単独群と化学療法併用群に有意差を認めませんでした(HR1.08、P=0.26)。遠隔部位での無再発期間も、有意差を認めませんでした(単独群と併用群でのHR1.10、P=0.48)。予測値としての9年後の無浸潤ガン生存率は、単独群で83.1%,併用群では84.7%で両群間に差はありませんでした。
化学療法併用のベネフィットを検出する目的で、再発スコア(5点区切りで分類:11-15点、16-20点、21-25点)、腫瘍サイズ(2cmよりも大きいか小さいか)、病理グレード(高中低の3段階)、閉経の有無を交絡因子として解析を試みた結果、いずれも、化学療法付加のベネフィットを認めませんでした。しかし、年齢別に分析を行った結果、50歳以下群、51歳から65歳、66歳以上の3群と無浸潤ガン生存期間との関係はP=0.03と有意差をもってインターラクションを認め、若年者の症例での化学療法の付加によるベネフィットが示されました。
また、化学療法併用の効果は、閉経の有無と再発スコア(11-15点、16-20点、21-25点)の6つの区分とも有意な相関関係にあることがわかりました(P=0.02)。
一方、化学療法併用の効果は、50歳以下群、51歳から65歳、66歳以上の年齢の3分類と再発スコア3分類(11-15点、16-20点、21-25点)と掛け合わせた9区分とも相関関係にあることがわかりました(P=0.004)。すなわち、50歳以下の症例では、再発スコアが15以下では、ホルモン療法単独で化学療法併用と同じ効果が得られるが、再発スコアが16以上になると、化学療法併用の効果が、ホルモン療法単独の効果を上回ることがわかりました。
<コメント>
今回の研究から、「21遺伝子再発スコア」によって「11-25点の中リスク」の症例では、ホルモン療法単独治療で、化学療法併用治療と同レベルにまで「再発リスク・新規乳がん発症リスク・死亡リスク」を低下させられることが確認できました。実際、米国だけでも、化学療法の候補となっていたかたの70%が、化学療法が不要となり、年間6万人ものかたが、ホルモン療法単独療法で、効果が得られることが試算されました。また50才以下の場合、再発スコアが15以下で同様の状況がもたらされ、中リスクの40%のかたが対象となります。この結果は、大きな反響を呼び、NYTでも取り上げられました(文献4)。
いうまでもなく、化学療法には、個人差はあるものの、その副作用の不安が拭えません。脱毛や吐き気の他、循環器や神経系への障害、感染症にかかるリスクも上がります。また治療経過後の白血病発症リスクの上昇なども報告され、健康への懸念もあります。できれば化学療法の適用は最小限に止めたいところです。もちろん、ホルモン療法も決して副作用がないわけではありません。ホットフラッシュ、体重増加、関節や筋肉の痛みが生じる場合がありますし、タモキシフェンによる子宮ガンリスクの上昇なども指摘され、定期的な検査やケアが必要です。
さて、「21遺伝子再発スコア」の分析は、2004年に運用が開始され、一回3000ドル(約40万円、米国では保険でカバーされる)と高額ですが、化学療法の適用患者さんを絞ることができることが証明され、総じて治療費軽減につながる可能性が出てきました。国内では、この検査はいまだ日常臨床では使われていません(2018年6月10日現在)。今回の発表を踏まえ、術後の化学療法が不要にもかかわらず、化学療法を受けていたり、あるいは、術後の化学療法が必要にもかかわらず、うけていらっしゃらない患者さんがいらっしゃるのではないか、と大いに気になるところなのです。
文献1Mansour, E. G., Gray, R., Shatila, A. H., Osborne, C. K., Tormey, D. C., Gilchrist, K. W., ... & Falkson, G. (1989). Efficacy of adjuvant chemotherapy in high-risk node-negative breast cancer. New England Journal of Medicine, 320(8), 485-490.
文献2
文献3Sparano, J. A., Gray, R. J., Makower, D. F., Pritchard, K. I., Albain, K. S., Hayes, D. F., ... & Lively, T. (2018). Adjuvant chemotherapy guided by a 21-gene expression assay in breast cancer. N Engl J Med. 2018 Jun 3. doi: 10.1056/NEJMoa1804710. [Epub ahead of print]