2016/05/09

第68回 愛し野塾 フレッシュフルーツと心血管系疾患の予防


フレッシュフルーツを摂取して、脳卒中と心筋梗塞予防

フルーツを摂取することが、心血管病の発症に予防効果があることは、これまで多くの疫学研究によって示されてきました。フルーツには、カリウム、ファイバー、抗酸化物質が豊富に含まれる一方で、塩分と脂肪分が少なく、カロリーも比較的低いことが、心血管病予防に結びつくと考えられています。

しかし、「フルーツ」と一概にいっても、フレッシュなものがいいのか、ドライフルーツ、冷凍フルーツ、缶詰、ジュースなど加工されたものでも予防効果があるのか、これまでの研究方法では、フルーツの定義はあいまいで、両者の違いについて明確に検討されてきませんでした。また、フルーツ摂取と脳出血の関係についても不明な点が多く残っています。欧米では、脳出血のかたが少なく、研究の妥当性・信頼性を十分に満たす解析が難しいのがその理由でした。

さて、今回、中国を対象国として、この「フルーツと脳卒中・心筋梗塞予防」の問題に取り組んだ研究が報告されましたので、解説をしてみようと思います。

内容は、47日号のNEJM(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)に報告されました。対象となった国、中国の食文化の特徴として、日常的に摂取するフルーツは、ほとんどが「フレッシュフルーツ」で、その大半が、「リンゴ」と「みかん」であるということでした。また、中国人のフルーツ消費量は極めて少ないことから、フルーツ摂食による予防効果が現れやすいと推測されること、一方で野菜の摂取量はおしなべて多く、得られた結果が、野菜の消費量の差の影響を受けにくいこと、脳出血罹患率が、欧米に比較して高く、研究目的が達成可能と判断されたことが、本研究の重要なポイントとして挙げられます。

Du, H., Li, L., Bennett, D., Guo, Y., Key, T. J., Bian, Z., ... & Chen, J. (2016). Fresh Fruit Consumption and Major Cardiovascular Disease in China. New England Journal of Medicine, 374(14), 1332-1343.

研究対象期間は、2004年から2008年、試験登録された対象者は、30-79歳の51万人のかたでした。中国の10カ所のエリアを選定し、心血管病の既往がない、約45万人(平均年齢50.5歳)(58.8%女性)(42.5 都市部在住)について解析されました。約7.5年の経過中、5,173人が冠動脈疾患、14,579人が虚血性脳血管障害、3,523人が脳出血を発症しました。死亡データは、死亡診断書によって確認され、病名等は、病院の電子カルテの記録をもとにデータ取得されました。

さて、解析によって、登録対象者のうち、18%が、毎日フレッシュフルーツを摂取している、ことがわかりました。フレッシュフルーツを摂取するかたは、摂取しないかたと比較して、1)都会在住の女性 2)比較的若年層 3)高い教育歴 4)収入が多い 5)少ない喫煙者数 6)少ないアルコール摂取量 7)多い乳製品及び肉の消費量、 といった傾向を認めました。フレッシュフルーツの摂取量と、野菜の消費量 及び運動量とのあいだに関連性は認めませんでした。試験登録時と登録後数ヶ月のフレッシュフルーツの消費量を再度分析し、スピアマン試験を用いて関係を検討したところ、相関係数0.55と相関を認め、期間をおいて調査しても、フレッシュフルーツの消費量に統計的変化を認めず、本試験の妥当性が証明されました。

試験参加者の平均BMIは、23.5、最高血圧は128.8mmHgでした。まったくフレッシュフルーツを摂らないグループ(6.3%がこれに該当)と比較して、毎日フレッシュフルーツを摂るグループでは、最高血圧で、4mmHg低下、血糖は9mgdl、有意に低いことがわかりました。この結果は、フレッシュフルーツの消費量に依存し、消費量の増加に伴って、血圧も血糖も低下していることがわかりました。

様々な交絡因子で補正した後、フレッシュフルーツの消費量が死亡リスクに与える影響を試算すると、心血管病による死亡リスクが、40%低下しており、冠動脈疾患の発症率は、34%低下、虚血性脳疾患の発症率は、25%低下、脳出血発症率は、36%低下していることが判明しました。

すなわち、フレッシュフルーツの消費量と、心血管病の発症率の間に、有意な負の相関関係を認め、フレッシュフルーツ消費量が増えれば、心血管病の発症リスクは、それぞれ冠動脈疾患、虚血性脳血管障害、脳出血のいずれにおいても、低下することがわかりました。また、試験登録に選定された地域である、全10カ所で、同じ傾向を認めました。登録当初に得られた基本データの違いにより、サブグループ解析でも同じ結論が得られました。得られた結果は、「血圧、教育レベル、血糖、性差、喫煙の有無」に影響されませんでした。「フレッシュフルーツ摂取が心血管障害による死亡と因果関係がある」と仮定し、「フレッシュフルーツ摂取が心血管死に寄与する割合」を算定してみると、<16>と判明しました。この計算結果からすると、フレッシュフルーツを毎日、中国人全員が摂れば、一年あたりの心血管死は56万人も予防可能であると推算されました。ここで注意しなくてはならないのは、本研究で補正に使われた因子以外の交絡因子の存在を否定しきれず、必ずしもこの推算が信頼性の高いものではないのでは?といった疑問が残る点です。

これより少し前の論文(Wang, X., Ouyang, Y., Liu, J., Zhu, M., Zhao, G., Bao, W., & Hu, F. B. (2014). Fruit and vegetable consumption and mortality from all causes, cardiovascular disease, and cancer: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective cohort studies.)で、6本の研究論文のメタ解析を施行し、68万人を対象とした場合、「80グラムのフルーツ消費ごとに、わずか5%の心血管死リスク低下しかない」とされ、フルーツ消費の心血管病予防効果は高いわけではない、という結果がでていました。今回の研究では、「100グラムのフルーツを毎日摂取すると、約3割も心血管病死を減らせる。」との結論でしたから2つの研究報告にはかなりの相違があります。

本研究の「フルーツの消費が、心血管病予防に有意に有効である」という結果について考察すると、まず「フレッシュフルーツに的を絞った点」が大きく評価されています。先行研究では、「フルーツ摂取量」には、フレッシュフルーツのみならず、ドライフルーツ等も相当量含まれていました。中国人は、フルーツと言えば、フレッシュフルーツしかまず食しません。また、中国人はとりわけフルーツ消費量が少ない国民であることも摂取の有無で大きな差がでた理由と示唆されています。消費量が少ないと、心血管病発症リスクが大きく上がり、フルーツを食した場合に得られる効果がより大きく認められる可能性が大きいと考えられます。また、今回の研究では、心血管病の既往症があるひとだけではなく、降圧剤を服用しているひとをすべて研究対象者から除いたことから、治療に伴うバイアスが低く抑えられたことも明確な結果に結びついていると示唆されています。

残念なことに本研究では、1)摂取しているフレッシュフルーツの種類を特定されていないこと、2)フレッシュフルーツ以外のフルーツ摂取について調査をしていないこと 3)野菜の摂取量と心血管死との関係を明らかにしていないことが、弱点として指摘されています。しかし、中国では、フレッシュフルーツ摂取は、ほぼ、りんごとみかんであること、フレッシュフルーツ以外のフルーツを摂取する食習慣がほとんどないこと、中国人の野菜消費量は、ほぼ偏りなく多いことが知られており、指摘された問題点は、本研究の結論を左右するとは、思えません。

ご紹介した中国の研究は、なんといっても、果物を食事の中心の一つとする地中海食の「心血管病の予防効果が30%上昇」と、あい通ずるものがあり、個人的には、得られた結果は、高い正当性を有するもの、という印象を持ちます。

季節もよくなって参りました。是非とも「毎日」採りたてのフレッシュフルーツを意識して摂ってゆきたい、と考えますが、皆様いかがお考えでしょうか。


2016/05/08

第67回 愛し野塾 脳卒中発症をどう抑制するか



脳卒中とは、動かしたいのに、片方の腕や足がうごかなくなったり(脱力)、話したいのに、言葉が出てこなかったり(言語障害)、思うように体のバランスがとれなくなったりすることが特徴的な、怖い病気です。これらの症状は、脳の特定の部位に比較的広い範囲で「梗塞」(血液が流れにくくなり組織へ酸素や栄養が十分に行かない状態)が生じて、細胞が壊死することに起因します。「脳卒中」に至る前の状態、「一過性脳虚血」と呼ばれる状態では、脳細胞の壊死には至らず、血液の流れが悪くなって、「‪一時的に」神経の働きが悪くなる状態です。短い時間、腕の動きが悪くなったり、ろれつがまわらなくなったりするのが特徴です。こうした神経症状の「一時的な悪化」は、障害として残ることはなく、元通りに回復します。
 
ごく小さな脳梗塞の場合も同じです。なんの症状もなかったのに、脳ドックの検査後に「脳梗塞のあとがありますね」と医師に診断された方もいらっしゃるでしょう。小さな脳梗塞では、症状に至らず認識せずに過ぎることも少なくありません。
 
さて、一時的に生じた神経症状が消失して、元の状態に戻ってしまうと、医師も、患者も、「とりあえずもう少し様子をみましょう」という判断に陥りやすいものです。しかし、そうして経過を観察しているうちに、ある日、回復困難な、「脳卒中を発症する」ということがしばしば生じ、この「判断」は、臨床上の命題のひとつです。
 
さて、2016年4月、一過性脳虚血や小さな脳梗塞を、脳卒中発症への「序章」と捉え、「即座にその評価をし、徹底的に治療をしたほうが良い」と報告された最新の論文をご紹介します。
 
現在までに『脳卒中予防とその治療』については、莫大な臨床研究を基に、確立してきました。脳卒中の診断は、画像診断を用いて迅速かつ的確に行い、罹患後「即」治療を施すことが肝要とされています。抗血小板薬、抗凝固剤治療、血圧、脂質、糖尿病管理等が治療の基本となります。先述した「一過性脳虚血発作」や「小さな脳梗塞」についても、脳卒中に準じた「診断と治療」が求められてきましたが、実際には、この観点を支持する臨床的な基礎データが乏しいことから、地域医療のレベルでは、十分に施行されてこなかったという背景があります。
 
2016年4月21日号のNEJMに、フランスのアマレンコ博士らが、この問題について決定的ともいえるエビデンスを報告しました。
 
Amarenco, P., Lavallée, P. C., Labreuche, J., Albers, G. W., Bornstein, N. M., Canhão, P., ... & Molina, C. (2016). One-Year Risk of Stroke after Transient Ischemic Attack or Minor Stroke. New England Journal of Medicine374(16), 1533-1542.
 
一過性脳虚血や小さな脳梗塞を発症した患者に、専門の一過性脳虚血チームが即座に対応すると、その後の脳卒中発症率を極めて低く抑えることができるという画期的な内容でした。2009年から2011年の間に、21カ国、61の医療機関で、4789人の患者さんを対象として研究は遂行されました。78.4%の患者が、発症24時間以内に専門チームによる評価を受けました。代表的な症状として、脱力が55%、言語障害が48%でした。対象患者の平均年齢は、66.4歳、男性が60.2%で、高血圧、脂質異常症の治療歴のあるかたが、それぞれ、70%でした。平均入院期間は4日でした。
 
この専門チームによる評価・治療の結果、一過性脳虚血発症後2日目の脳卒中発症は、わずか1.5%、7日目で、2.1%、90日目で、3.7%と低い成績を認めました。これまでは、30-90日での脳卒中発症率は、8-20%、また10日以内では、最悪10%とされていましたから、これまでの報告と比較して、5分の1から少なくとも半分以下にまで、脳卒中発症の有意な抑制が認められたのです。
 
もちろん、このように優れた結果を得た理由の一つに、対応した病院の高度な医療レベルが指摘され、結果の普遍性に若干疑問が残るとはいえ、この結果を詳しく解析することは極めて重要であることには異論はないでしょう。今回の研究では、発症後24時間以内に80%近い症例が、CTやMRIを含む専門的なアセスメントを受けました。
 
その結果、33%の患者に急性期の梗塞を認め、5%の患者に新規の心房細動を認め、さらに16%の患者に頚動脈狭窄を認めました。新規の心房細動と診断を受けた患者の67%は、退院時に治療を受け、頚動脈狭窄と診断を下された27%は、血管再建術をうけていました。アスピリンなどの抗血小板薬が新たに開始された患者は、63%に及び、抗凝固剤、降圧剤、スタチンが新規に処方されたかたも12%から44%と高率でした。こうした治療を診断後即座に施行した<脳卒中治療の専門集団>による、初期対応が、脳卒中発症に対する有効な予防策の実施に結びついたと考えられます。一般的に退院後は、それぞれの服薬管理状況が悪化することが多いのですが、3ヵ月後、12ヶ月後をみても、服薬アドヒアランスは、退院時とほぼ変わらなかったというのも、素晴らしいことです。つまりトップレベルの病院だからこそ、懇切丁寧な対応が可能で、「医師及び専門チームの治療計画を患者が十分に理解し患者自身が、治療意欲をもって積極的に取り組む」といった治療体勢を可能にしたといえるかもしれません。
 
これまでの研究から、ABCD2スコアを用いて、発症48時間以内の脳卒中発症リスクの推定が有効であると考えられてきました。このABCD2スコアでは、年齢、血圧、臨床症状、持続時間、糖尿病の有無について、点数化します。一般的に、スコアが3点以下の場合は、48時間以内の脳卒中発症リスクは1.0%とされますが、今回の研究では、スコアが3点以下で脳卒中発症リスクの低いはずの患者が、脳卒中発症患者の22%を占めていた!という結果を認めました。つまり、ABCD2スコアを算定するためのリスク因子以外に、脳卒中を生じさせる要因があることが推測され、さらに詳細に検討を行いました。その結果、画像診断で見いだされた大血管の動脈硬化、MRI検査によって複数の梗塞があることが脳卒中発症を予測する新たな2つの因子として発見されました。
 
この研究に参加した医療機関すべて、<一過性脳虚血センター>部門が設置され、過去3年間、毎年100例以上の一過性脳虚血患者症例経験を有する専門施設でした。しかしながら、実際の登録された患者数は、医療機関あたり1年で54人と予想よりも少なく、患者の試験登録になにかしらバイアスがあったのでは?という疑問は否定できないと述べられています。また、専門性の高い医療機関の患者の特性は、通常の脳外科病院などの医療機関でみる症例とは異なる可能性は拭い去れない点も指摘されています。
 
 しかし、こうした問題点を考慮しても、本研究の結果は評価されるべきものであり、今後は、専門チームだけでなく、一般の脳外科病院でも、「脱力」や「言語障害」が生じた患者には、即、専門的に評価をし、脳卒中のリスク要因を管理していくことが求められることになるでしょう。この報告のなかでも、大血管の動脈硬化、複数の梗塞巣がある場合には、従来の評価法に加えて、新たな注意喚起がなされたことは大きいと思われます。今後は、脱力、言語障害発症した患者が来院され、たとえ来院時にそれらの症状が消失し臨床上まったく問題がないかたでも、ただちに脳外科受診をしていただき脳卒中の発症抑制に努めたいとかんがえます。

第66回 愛し野塾「目」の病気を克服するための最新の研究成果



若い頃は近視で悩み、壮年期を経て中年期ともなると、ふと、見えにくさに気がつき、老眼や白内障、緑内障で悩みはじめるものです。生涯、視力を健康な状態に保っていられたら、どんなにか素晴らしいことでしょう。

近視や老眼は、めがねを用いることで、ある程度の視力は矯正可能ですが、角膜やレンズに濁りが生じた場合には、非侵襲的な治療では不十分なこともあり、手術を必要とする症例も少なくありません。「角膜の濁り」を治療するためには、「角膜移植術」、「レンズ(水晶体)の濁り」の場合は、小さなレンズを目の中に移植する(インプラント)法が、現在、臨床に用いられています。一方で、手術を用いた視力矯正治療は、100%安全かつ万能なものとはいいきれず、頻度は少ないにせよ、重大な合併症が報告されています。手術にともなう眼内の出血、また眼球の内容物が、切開口から流れ出てしまうと、失明にいたることがあり、特に要注意しなければなりません。その他、網膜はく離のリスク、眼内レンズ固定の困難さ等のテクニカルな問題、感染症リスクもあることは、手術を受ける側も十分な説明を受け、理解して治療に臨む必要があります。

角膜移植は、1905年に最初の報告がなされてから、いわゆる「ゴールドスタンダード」となりましたが、実は、他の臓器と違い、免疫反応は起きにくいのですが、一方で、移植後5年以内に拒絶反応が生じる症例も存在し、なんとか拒絶反応を起こさない移植方法が考案できないものか、と研究が進められてきました。昨今の研究の進歩で考え出されたのが、自分の目の幹細胞を取り出し、実験室のシャーレの上で、人工的に角膜上皮組織を作成した後、障害のある角膜に移植をするというものでした。この方法を用いた実験結果が、2010NEJMに報告されました。損傷を受けていない側の眼の角膜縁に存在する自分の幹細胞を取り出し、シャーレのなかで、角膜上皮組織に分化させ、損傷を受けた角膜(やけどで角膜損傷を受けた112人の患者を選定)の治療を施した結果、「76%の高率の視力回復」という世界中の眼科医を驚かせた結果を得ました。

Rama, P., Matuska, S., Paganoni, G., Spinelli, A., De Luca, M., & Pellegrini, G. (2010). Limbal stem-cell therapy and long-term corneal regeneration. New England Journal

このアプローチは、優れた結果をもたらしましたが、残念なことに、角膜上皮組織を形成させるのに十分な数の幹細胞を採取することが、やけど以外の一般的な病気の場合、困難な症例が多いことです。この問題を解決するべく、「iPS細胞」を用いた研究が進められました。iPS細胞の場合は、患者の皮膚から細胞を取り出し、幹細胞に分化するよう誘導させる遺伝子を添加することで、どのような細胞にも分化可能な「幹細胞」を簡便かつ大量に作成可能で、移植に必要な十分な数の、良質な細胞を得ることができると考えられたからです。


今回、iPS細胞から分化させ、作成された角膜上皮組織を動物実験モデルに移植した結果、視力回復に有効であることを強く示唆できる研究成果が大阪大学から発表されましたので、ご紹介したいと思います。

Hayashi, R., Ishikawa, Y., Sasamoto, Y., Katori, R., Nomura, N., Ichikawa, T., ... & Quantock, A. J. (2016). Co-ordinated ocular development from human iPS cells and recovery of corneal function. Nature531(7594), 376-380.


既に、目の一部、特に目の後ろの部分である網膜などに類似する細胞の作成には成功してきましたが、胎生期の目全体(網膜、角膜、水晶体)に類似する細胞を同時に作成できたのは初めてのことでした。この細胞は、<SEAM>と名付けられました。
SEAMは、4つの同心円上に並んだ、帯状の構造を持っています。この4つの帯状の構造のそれぞれに、角膜、水晶体、網膜へと分化される細胞が含まれることがわかりました。そして、角膜上皮組織を作る上で必須とされる<BMP>と呼ばれる細胞内シグナルをブロックする抗体を使うことで、内側から3番目の帯状の構造が、角膜上皮になる細胞を含むことがわかりました。次いで、SEAMの3番目の帯状構造から、角膜上皮組織に分化する細胞を取り出し、シャーレの中で、角膜上皮組織を作成することに成功したのです。その後、あらかじめ角膜幹細胞を取り除いたウサギに、シャーレの中で作成した角膜上皮組織を移植すると、健常な角膜上皮組織が形成されることが実証されたのです。

大変エレガントな研究結果でした。今回の研究成果から、「角膜上皮組織治療のヒトへの応用」が現実的になってきていることは間違いなさそうです。問題点は、操作プロセスの煩雑性と費用がかかりすぎる点でしょうか。あくまで私見ですが、未だ長期にわたる臨床研究はなく、iPS細胞につきものの癌を誘発してしまうのではないか・・・、という懸念は払拭できません。

しかし、NatureのエディトリアルにUCLのダニエルズ博士が記載しているように、この研究の本当の意義は、「シャーレの中で、目全体の組織の分化が誘導できた」ということかもしれません。この結果を応用すれば、目のパーツのそれぞれの分化過程の詳細が明らかにされ、目の疾患の治療について、損傷を受けたそれぞれのパーツに応じて治す特定の方法の開発が実現するのではないか、と期待されるのです。

実際、白内障の手術も、インプラントなしで治癒可能とする方法論の開発も進んできています。なぜなら、レンズをつくる細胞を活性化させる「仕組みの解明」という基礎研究の成果が臨床応用されているのです。


今後は、基礎研究を臨床応用した、目の病気の解決に役立つ様々な治療法が開発されていくことが予想され、治療選択の幅も拡大することを期待して、この分野の研究の進捗状況からは目が離せません。

2016/04/21

第65回 愛し野塾 癌の新たな免疫療法


これまで、治療抵抗性を有する「がん」、とりわけ悪性黒色腫に代表される「固形がん」、血液の「悪性腫瘍性疾患」は、鑑別診断に至ったときにはすでに、治療法がない症例も少なからず存在し、患者、家族そして担当医も途方にくれてしまうことがしばしばありました。

しかし、昨今の癌治療法の目覚ましい進歩によって、この状況を打破する可能性がでてきました。特に、「免疫チェックポイント阻害剤」の登場によって、治療抵抗性癌にまで及ぶ抗がん効果が有意に改善され、生存率も数年単位で伸びる、という結果が得られ、一筋の光明が差し込んでまいりました。従来の癌治療は、無秩序な細胞増殖を惹起する癌遺伝子をターゲットとして開発されてきました。この方法論では、それぞれの癌で活動性を増しているがん遺伝子を標的とした特別な治療を要します。しかし、残念ながら、活動性を増しているがん遺伝子が複数存在する場合には、治療期間中に当該治療に対する抵抗性を有する遺伝子変異が生じる等、当初期待されていた治療効果を十分に得られない、という結果は理解可能で、「治療抵抗性を有するがん細胞」が臨床上重要な課題となっていました。
そこで、新しい考え方として、本来、自身の体が持っている免疫力を利用して、がんに対する「がん免疫」を高め、治療をする手法が用いられるようになりました。がん免疫療法による抗がん作用は、がん遺伝子の「種類」とは無関係に普遍性のある治療が可能となり、活動性を増している癌遺伝子が複数だろうが、遺伝子変異をきたそうが、有効に抗がん作用をもたらす可能性が高い点が特徴とされています。特にがん免疫療法の代表格である「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれる治療では、従来法で治療抵抗性を示していたがん治療に対して有意な治療効果を認めています。
今回、新しく開発された「がん免疫療法」と「免疫チェックポイント阻害剤」を組み合わせることで、さらに高い抗がん効果が認められた研究結果が雑誌「Cell」に報告されましたので、解説しましょう。
この免疫療法は、すでに血液の悪性疾患(骨髄異形成症候群)に使用されている、「エピジェネティック•モデュレーター」(薬剤名は、アザシチジン、商品名はビダーザ(VIDAZA))によるものです。「エピジェネティック•モデュレーター」は、「免疫チェックポイント阻害剤の作用を増強することができる」と考えられています。
本研究の実験によって、エピジェネティック•モデュレーターの作用機序は、大変ユニークで奥深いことがわかってきました。ハーバード大学のチアピネリ博士らは、「ウイルス感染が引き起こす細胞の反応」と「エピジェネティック•モデュレーターの抗癌作用」を結びつけたのです(Chiappinelli KB, Strissel PL, Desrichard A, et al. Inhibiting DNA methylation causes an interferon response in cancer via dsRNA including endogenous retroviruses. Cell 2015;162:974-986)。
すなわち、細胞がウイルス感染を起こした場合、細胞は、細胞自身が死滅しないよう、ウイルスに対抗するべく、生来そなわっている防御機構の活動性を増強させます。この防御機構の本態は、「ウイルス防御遺伝子の発現」を示し、ウイルスを除去しようとする免疫反応を高める作用をもっています。この防御機構を、実は、「エピジェネティック・モデュレーター」が、活性化し、がん免疫性を高めていることが分かったのです。
「癌ゲノムアトラス研究」に登録されていた、メラノーマ、卵巣がん、乳がん、大腸がん、肺がんの「ウイルス防御遺伝子」の発現量を調査した結果、これらの遺伝子の発現量が多いほど、治療効果が良い傾向にあることがわかりました。「免疫チェックポイント阻害剤(抗CTLA4治療)」の長期間にわたる持続的効果は、「ウイルス防御遺伝子」発現量に依存し、この発現量が多いほど、有効だったことも判明しました。
さらに「エピジェネティック・モデュレータ」である「アザシチジン」を、メラノーマのマウスモデルを用いて、「免疫チェックポイント阻害剤(抗CTLA4治療)」の効果を増強できるのかどうかについて評価しました。アザジシジンの前処理によって、抗CTLA−4治療の効果は有意に増強され、「メラノーマ細胞が、マウスから完全に除去される」という驚愕の結果が得られたのです。
腫瘍にウイルス防御遺伝子が高率に発現しているほど、免疫細胞のリンパ球が、腫瘍表面にでている、癌抗原(ネオアンティゲン)を標的として、攻撃を仕掛けやすくなるという仮説が証明された意義は、極めて大きいものといえるでしょう。
一方で、カナダのRouloisのグループは、「ヒト大腸がんの細胞」を使用し、メチルトランスフェラーゼ阻害剤が、ウイルス防御遺伝子群の発現を上げることで、抗腫瘍効果を上げているとの結論に至り、チアピネリ博士とほぼ同様の結果が得られました(Roulois D, Loo Yau H, Singhania R, et al. DNA-demethylating agents target colorectal cancer cells by inducing viral mimicry by endogenous transcripts. Cell 2015;162:961-973)。
このように革新的な考え方が、基礎医学の最高権威とされる「セル」誌に同時に発表され、その信憑性は揺るぎがないものと受け取られています。
さて今回の研究を受けて、米国では、早速、2015年10月から肺がん患者の登録を開始し、臨床研究に着手し始めています。肺がん患者を対象に、免疫チェックポイント阻害剤(薬剤名:ニボルマブ、日本の商品名:オプジーボ)とエピジェネティック・モデュレーター(アザシチジン)を組み合わせた治療法が効果をもたらすかについて検討をし始めました。
基礎研究の成果が、いよいよ実臨床で生かされ、多くの患者さんが、救われることを強く願っております。

2016/04/03

第64回 愛し野塾 日本で一番使用されている糖尿病薬の副作用についての考察


糖尿病の経口剤のうち、日本で最も汎用されている薬剤は、DPP-IV阻害剤です。血糖を速やかに低下させる一方で、低血糖を起こしにくいことが、臨床の現場で重宝されている理由でしょう。2009年に上梓された後、2014年には、2000億円市場、全体の60%超に到達するほどの需要でした。

ところが、この薬剤の安全性を揺るがす臨床報告が発表されました。2013年のニューイングランド ジャーナル オブメディシン誌にDPP-IV阻害剤の一種である「サキサグリプチン」の服用に相関して、心不全発症による入院患者数が顕著に増加することが報告されました(サキサグリプチンとプラセボで3.5% vs 2.8%、サキサグリプチンで27%の有意な増加、P=0.007NEJM2013: 369:1317-1326)。ランセットでは「アログリプチン」は、「心不全の既往のない患者」では、心不全による入院のリスク増大が有意であるものの、「心不全の既往のある患者」の場合、リスクは変わらないという、相反する結果が報告されました。「シタグリプチン」使用による、心不全による入院リスク増大傾向は認めませんでした。つまり、同じDPP-IV阻害剤であるにもかかわらず、3つの薬剤で異なる結論が得られただけでなく、1つの薬剤では、心不全のリスクは、患者の条件次第で増大する場合がある、という不安定な結果を得たのです。

一方で、本研究は、当初「心血管病の発症リスクに与える影響を調査すること」を目的として、行われた研究であったにもかかわらず、前述のごとく驚くべきことに、「DPP-IV阻害剤による心不全による入院のリスクが増大する」結果を導いたこと、かつ、「経口剤」による心不全による入院のリスク増大は、最大でも推定5%未満であり、決して高いわけではないことから、統計学的に信頼に足る十分な患者数を満たしてはいないことから、結論づけるには時期尚早でしょう。統計学的な信頼度、妥当性を満たすには、「2重盲見試験」が理想的な調査方法ですが、この研究も1.5万人規模の臨床試験とはいえ、適切とは見なされませんでした(サキサグリプチンの臨床試験の場合は、対象患者は16492人、アログリプチンは、5380人、シタグリプチンは1,4671人)。患者数の問題点克服のために、研究対象者を10万人規模に増やす必要がありますが、1万人規模の研究ですら300億円もの研究コストを要するのですから、別の方法を検討しなければなりません。
この命題を解決すべく、カナダのグループが研究着手の名乗りを上げその結果が発表されましたので、ここに報告したいと思います。

Filion, K. B., Azoulay, L., Platt, R. W., Dahl, M., Dormuth, C. R., Clemens, K. K., ... & Udell, J. A. (2016). A Multicenter Observational Study of Incretin-based Drugs and Heart Failure. New England Journal of Medicine374(12), 1145-1154.

観察研究によって行われた本研究は、対象患者数を150万人(342万・年で、心不全の既往のある患者は8万人)まで増やすことができました。これまでの報告と比較して対象者数で約100倍の規模に達し、「心不全による入院リスクが、DPP-IV阻害剤で増えるかどうか」について信頼度の高い分析によって検討することを可能にしました。カナダの4つの州、米国、英国の6つのコホートについて、「心不全の既往のあり・なし」と、「DPP-IV阻害剤の使用頻度」、「心不全による入院の頻度」について精査しました。

本研究の結果、1000人・年あたり9.2回の「心不全による入院」を認めました。さらに、「心不全の既往のない」場合で1000人・年あたり7.5回、「心不全の既往のある」場合は、1000人・年あたり43.5回という高リスクを認められました。

DPP-IV阻害剤を使用」と「心血管病の合併」に関する対象者の検討から、「心不全の既往のない」対象者では、DPP-IV阻害剤使用対象者ではDPP-IV阻害剤を使用しない対象者に比較して、冠動脈疾患で55%、心筋梗塞で90%のより高い既往率が見いだされました。DPP-IV阻害剤を処方した当初の医師の気持ちのなかに、当薬剤の心血管系のリスクは低いものであろう、という臨床的な確信があったことが推測されます。

本研究の結論として、心不全の既往の有る無しにかかわらず、DPP-IV阻害剤使用によって、「心不全による入院数」は、むしろ減少傾向にあることがわかりました。心不全の既往のない場合は、13%、心不全の既往のある場合は、16%という低下傾向を認めました(有意差はなし)。したがって「DPP-IV阻害剤には、心不全による入院リスクを上げる効果はない」と結論付けられました。

本研究で採用された6カ所のコホートのいずれにおいても、「心不全による入院は増えない、あるいは減る」という結果がみられたこと、かつ、この6カ所のコホート間の対象者の特性は多種多様であり、対象者バイアスの少ない条件下の研究結果は、信頼度及び妥当性の高いものであると評価されます。加えて交絡因子の適正化も行われ、DPP-IV阻害剤投与群と非投与群で、血糖値(HbA1c値)やBMIで調整し比較検討した結果についても、同様の結論に達していることも重要です。

本研究では、心不全を惹起することが知られている「チアゾリン系薬剤」の使用者も当初の解析で含まれていましたが、この薬剤の使用者を除いた場合でも、同様の結論を得ています。SU剤も心不全による入院リスクを上げる可能性がありますが、SU剤は、すでに汎用されていることから、研究対象者にSU剤使用者が入っていることは、むしろ、実臨床として意味があることでしょう。

DPP-IV阻害剤使用者の心血管系疾患の罹患率が高率であったにも関わらず、「心不全による入院リスク」は、対照薬処方患者に比較してむしろ低いという結果は、臨床的に有意義な情報であると実感いたします。

今回ご紹介したカナダのチームの大規模研究によって「DPP-IV阻害剤は、心不全の既往のあるなしにかかわらず、血糖降下剤として安全性の担保された薬」として位置づけを確立したと感じました。

2016/03/03

第63回 愛し野塾 心臓の弁をカテーテル治療で治す

大動脈弁狭窄症は、主に加齢によって生じやすいといわれる心臓の弁の障害です。全身に血液を送り出す装置である「大動脈弁」の開きが悪くなるため、血流が体全体に送り出しにくくなります。一般的に無症状のまま経過することが多いのですが、徐々に病態が進行し、ついには、胸痛が現れ、狭心症を呈したり(狭心症と呼ばれる状態です)、突然意識を失ったり(失神)、また、息苦しさや足のむくみが出現(心不全の状態です)したりする事態に見舞われることもしばしばです。この分野の国内最先端施設である慶応大学のHPによると、狭心症が出現すると、約5年、失神の場合では約3年、心不全ではわずか2年で命を落とすことになると示されています。

同病院では、症状が出現する前に外科手術をすることを勧めていますが、手術のハイリスクの患者さん(例 高年齢者等)には侵襲の少ない、カテーテル治療を施しています。またこの治療法は、201310月から日本で保険診療として扱われています。

先んじて、ヨーロッパでは、2000年初頭からこの手法が用いられており、2015年末には、ドイツから2007年から2013年までの成績をまとめた結果が報告されました。
 Reinöhl, J., Kaier, K., Reinecke, H., Schmoor, C., Frankenstein, L., Vach, W., ... & Zehender, M. (2015). Effect of Availability of Transcatheter Aortic-Valve Replacement on Clinical Practice. New England Journal of Medicine373(25), 2438-2447.

この報告によると、2007年にカテーテルを用いた大動脈弁置換術の症例は、わずか144例だったものが、2013年には、9,147例にのぼり、外科手術よる症例数7,048例を凌駕するようになりました。外科手術療法を施された患者の平均年齢は、70歳、一方でカテーテル療法を受けた患者の平均年齢は、81歳と、顕著な年齢差を認めました。20%以上がハイリスクグループとされるユーロスコアを用いて、術前のリスクを試算すると、カテーテル療法で、22.4%、手術療法で6.3%と、カテーテル療法を行われた患者の多くがハイリスク患者であったことがわかりました。

カテーテル療法での院内死亡率は、2007年の13.2%から2013年の5.4%へと、有意な死亡率低下を認め(P<0.001)、術式の安全性の飛躍的な向上が示されました。脳卒中については、2007年の3.5%から2013年の2.6%と有意差はなく、やや低下傾向を認める程度にとどまりました(P=0.12)。高いリスクを理由に外科手術が施せず、死を待つほか選択肢のなかった高齢患者でも、安全に救命できる手段として、このカテーテルを用いた弁置換術は安定的な地位を確立しつつあるようです。

術式の安全性が確保されるという大きな利点を得た上で、現在最も議論されている問題は、未だ、脳卒中発症率が顕著な低下に至らないという点です。この原因解明に向け一筋の光が差すといってもいい論文が昨年発表されました。要約すると、研究では、患者によっては、人工弁に血栓が取り付いて、脳卒中を誘発する可能性があると示唆しています。人工弁に血栓がとりつくと、弁の動きが悪くなるため、弁の動きについてその詳細を調べることで、この問題を解き明かすことができたのです。
研究は、ニューイングランドジャーナリストオブメディシンに報告されました。
Makkar, R. R., Fontana, G., Jilaihawi, H., Chakravarty, T., Kofoed, K. F., de Backer, O., ... & Friedman, J. (2015). Possible subclinical leaflet thrombosis in bioprosthetic aortic valves. New England Journal of Medicine373(21), 2015-2024.

本研究では、次の3つの研究「ポルティコ・イデ研究、リゾルブ登録、サボリー登録」に含まれる、187人のデータが解析されました。ポルティコ・イデ研究では、FDA未認可のポルティコ弁が用いられました。登録研究では、すでにFDAで認可されたサピエンXT弁などが用いられました。挿入された人工大動脈弁の動きは、4次元CTによって解析され、人工弁の動きが評価されました。正常の動きよりも50-70%の低下を呈する症例を1)軽度な弁膜の動きの低下、70%より大きい割合で低下するものを2)重篤な弁膜の動きの低下、と定義されました。この定義で分類した結果、ポルティコ•イデ研究では、弁置換を受けた患者の40%に、人工弁膜の動きの低下が認められ、FDAで認可されたサピエンXT弁にも同様の異常が見いだされました。

さらに個々の症例を検討した結果、弁膜の動きが低下していた患者の脳卒中あるいは一過性脳虚血発作を呈する頻度は、弁膜の動きが正常な患者に比べ、有意に高くなることが明らかとなりました(18%1%P=0.007)。
さらに弁膜の動きの低下について、ワーファリン(抗凝固療法)使用による影響を検討した結果、ワーファリン(抗凝固療法)使用症例群で、2種の薬剤による抗血小板療法を施行している症例群に比較し、弁膜の動きの低下比率が低いことがわかりました(ワーファリン症例8人中0人、抗血小板療法41人中21人、P0.007)。そして、経過中、抗凝固療法を受けている症例11人全員の弁膜の動きの正常化を認めましたが、抗凝固療法を受けていない症例10人中9人の弁膜の動きの低下は持続するという結果を認めました。

この研究から、「抗凝固療法を導入」によって、弁膜の動きの正常化だけではなく、脳卒中も予防できることが明らかとなりました。「人工弁誘発を疑う脳卒中発症」という問題の解決へ、一歩前進できたことは、喜ばしいことです。

さて、本研究の報告によって、実は、今回の件で、一旦中止になっていた、ポルティコ・イデ研究も再開されました。
ただし、ポルティコ・イデ研究の問題点は、サンプルサイズ(症例数)187人と小さいため「抗凝固剤を使用すれば、カテーテルによる人工弁置換術には問題なし」という結論の妥当性・信頼性について疑問が残ります。弁膜の動きの低下・脳卒中の発症という生命に直結する重大な課題であること、また、高齢化によって膨大な数の術式が行われている現状では、データの科学的妥当性・信頼性が強く求められているのです。

今後は、より大きなサンプルサイズで、長期に観察を行い、(1)人工弁の弁膜の動きの低下について、正確な頻度を調査する。人工弁の種類による差の有無について検討する。外科手術による人工弁置換における頻度も調査する。(2)弁膜の動きの低下の原因が、血栓によるものなのかどうかその詳細を検討する。弁膜の動きの低下が生じるその時間経過を調べる。(3)弁膜の動きの低下と、脳卒中、一過性脳虚血を引き起こす頻度との関係を明らかにする。(4)弁膜の動きの低下の治療法として抗凝固療法が正しいのかどうか検討する。(5)弁膜の動きの低下の早期診断、経過観察の手段として、どの画像診断が適切かを検討する。(6)現段階で、よりリスクの低い患者にもカテーテルによる弁膜置換術の適応を拡大すべきかどうかを明らかにする、ことが必要となります。

現状では、ワーファリンを使用しながら、弁膜の動きを定期的に観察し、安全を期していくこと、なにか不測の事態が生じた際には、早急活適切な対応をすることが、賢明な状況と考えられます。新しく、便利な技術を安易に無批判に取り入れるのではなく、クリティカルな視点を持ち、問題点があれば、即座に是正していく、そういった医学的な解決能力が医療側に強く求められることでしょう。


2016/03/01

愛し野塾 第62回 男性更年期に関するおはなし

人生も半ば、中年以降、これまでに経験のない心身の不調を感じると、「いよいよ更年期かもしれない」と考えるのは、もはや女性にだけに限らず、男性も同様のようです。アメリカでは、製薬会社の宣伝にも煽られたのでしょう、男性ホルモン、つまり、「テストステロンの減少こそが、更年期の原因だ」といわんばかりに、男性ホルモン製剤は大ブレークし、一方で懸念するFDAの見解も発表され、その是非については注目されているところです。
 
2010年に、テストステロン製剤の売り上げが120万件であったのが、2013年には220万件に跳ね上がりました。3年で、約2倍にも売り上げを伸ばしたのです。テストステロン使用者の80%以上を40-74歳の男性が占めているものの、実際にテストステロンの血中濃度の低下が確認された例は、そのうちのわずか28%と報告されました。本来、テストステロン製剤の使用の条件は、<血中テストステロン濃度が低下していること>にもかかわらず、70%強のひとが、ホルモン濃度の検査なしに、この製剤を使用しているのです。さらに、本来、一旦はじめたホルモン療法は長期に継続することが原則にもかかわらず、平均使用期間が6ヶ月と非常に短く、つまり、テストステロン濃度が正常なかたが使っても、当然、有効な効果が認められるわけもなく、多くのひとが、半年程度で使用を中止したのでしょう。
 
FDAがテストステロン使用者についての後ろ向きの5つのコホート研究を検証しています。そのうち2つの研究の検証から、使用により心血管病のリスクがあがることが示唆され、一方で、別の2つの研究の検証から、全死亡のリスクが低下すると示唆されるという全く反対の検証結果を得ております。前向きの無作為試験が行われない限り、現状では、なんとも結論が出しにくい状況ですが、テストステロン製剤の適正使用が守られていない状況を勘案し、FDAとしては、「男性ホルモン補充療法には、心血管病のリスクを上げる可能性が否定できない」、という結論を出しました。
 
一方、女性健康イニシャチブの研究結果から、閉経後の女性に、女性ホルモンを補充すると、乳癌、心臓病、脳卒中、肺塞栓が増えることがわかり、補充療法は推奨しないことが2002年に米国国立衛生研究所から発表されたことも、今回の問題を複雑化しています。
 
2016年2月、ようやく、前向きの無作為試験の結果が報告されました。テストステロンの血中濃度が低下しているかたのみを対象とし、テストステロン製剤を投与した場合、どのような臨床結果が得られるか検証され報告されましたので、今回はそのお話をしてみたいと思います。
 
Snyder, P. J., Bhasin, S., Cunningham, G. R., Matsumoto, A. M., Stephens-Shields, A. J., Cauley, J. A., ... & Ensrud, K. E. (2016). Effects of testosterone treatment in older men.New England Journal of Medicine374(7), 611-624.
 
65歳以上の51,085人の男性をスクリーニングし、条件に適合した790人が試験登録されました。テストステロンレベルが低下していたひとは、全体の14.7%で、つまり7人中6人は、男性ホルモンは正常でした。平均年齢は72歳、被検者のうち90%が白人でした。62.9%が肥満、71.6%が高血圧を併発し、14.7%に心筋梗塞の既往がありました。さらに、5人に1人に睡眠時無呼吸がありました。試験登録された被検者が、かなり特殊な病態を呈し、得られた結果の汎用性について疑問の余地があるとされています。
 
調査は、主に問診票で行われ、点数化されました。性機能の検査には、PDQ―Q4(Psychosexual Daily Questionnaire)と呼ばれる質問表が使用され、満点は、12点で、高得点ほど、健全な性機能であると判断されます。勃起など性行為に関する問診票は、IIEF(国際勃起機能スコア)が用いられ、満点は30点。性欲に関する問診票は、DISF-M-II( Derogatis Interview for SexualFunctioning in Men–II)(満点は30点)です。「バイタリティー」は、FACIT(Functional Assessment of chronic illness therapy)(0-52点、高い点数ほど疲労が増える)で調査されました。気分障害検査には、PANAS(Positive and negative affect schedule scale, 5-50が前向きな気分、マイナスの気分は、より高い点数)が用いられ、うつ評価については、PHQ-9(patient health questionnaire,0-27点、高い点数ほどうつ症状が強い)が用いられました。
 
テストステロン製剤は、皮膚にゲルを塗布して使用する「テストステロンゲル」が使用され、使用後、最長12ヶ月までの分析が行われました。ポンプ付きのボトルに入ったゲルは、5グラムの塗布から開始して、その後は血中テストステロン濃度を確認しながら適切な塗布量が処方され、テストステロンゲル使用後3ヶ月から12ヶ月の間で、91%の被検者の血中テストステロンレベルが正常化されました。
 
性機能に関する問診票を用いた結果、PDQ―Q4(過去7日間の性活動調査)の点数は、0.62点統計上有意に上昇し、テストステロンレベルの上昇の程度に応じたスコアの上昇を認めました(P<0.001)。しかし、その程度は、満点のスコアの比率に換算すると、5%とわずかな上昇でした(P<0.001)。しかしこの効果は12ヶ月後には、効果が低下していました(P=0.08)。DISF-M-IIのスコアも2.54点有意に上昇していました(P<0.001)が、満点のスコアの比率に換算すると、わずか8%程度でした。勃起スコア(IIEF)の結果は、初期の平均点数が8点と中程度の勃起障害から、2.64点上昇と改善効果は認めましたが、すでに報告のあるシルデナフィル(バイアグラ)の5.7点の半分にも満たない程度のわずかな改善にとどまりました。
 
総合すると、性機能改善効果は統計的に認めるも、改善程度は小さく、しかも長続きしないことがわかりました。特に、勃起障害の改善効果は、既存のシルデナフィルの効果にまったく及ばない小さなものであることが明らかになったのです。
 
さて、運動能力について、6分間歩行時の総距離が50m以上増えるかどうかで検討した結果では、ややテストステロン製剤で良好な成績(テストステロン製剤で20.5%、プラセボで12.6%、p=0.03)を認めました。バイタリティーの項目には変化を認めず(P=0.30)、不安な気分(PANASで0.47点、P<0.001)や抑うつ傾向改善効果(PHQ−9で0.49点改善、P=0.004)は、わずかながら認められました。
 
本研究では、心血管病など有害事象は、検出されませんでしたが、1年と限られた研究であることから、結論付けるには時期尚早でしょう。女性イニシアチブ研究同様に、最低でも5年程度の研究期間での検証が必要でしょう。今後の研究成果が待たれるところです。
 
不確定な情報によって先行されたとも言える、テストステロン補充療法は、更年期症状への効果は予想して以上に低く、有害事象の検証も不十分であると言わざるを得ず、「ゴーサインはだせない」状況と受け止めました。
 
 ただし、薬物乱用状態ともいえるこの業界に、ようやく倫理的妥当性及び科学的妥当性を有する方法で、正面から向き合おうとする研究機関の登場に、まずは、少しほっとした感が否めないところです。