人生も半ば、中年以降、これまでに経験のない心身の不調を感じると、「いよいよ更年期かもしれない」と考えるのは、もはや女性にだけに限らず、男性も同様のようです。アメリカでは、製薬会社の宣伝にも煽られたのでしょう、男性ホルモン、つまり、「テストステロンの減少こそが、更年期の原因だ」といわんばかりに、男性ホルモン製剤は大ブレークし、一方で懸念するFDAの見解も発表され、その是非については注目されているところです。
2010年に、テストステロン製剤の売り上げが120万件であったのが、2013年には220万件に跳ね上がりました。3年で、約2倍にも売り上げを伸ばしたのです。テストステロン使用者の80%以上を40-74歳の男性が占めているものの、実際にテストステロンの血中濃度の低下が確認された例は、そのうちのわずか28%と報告されました。本来、テストステロン製剤の使用の条件は、<血中テストステロン濃度が低下していること>にもかかわらず、70%強のひとが、ホルモン濃度の検査なしに、この製剤を使用しているのです。さらに、本来、一旦はじめたホルモン療法は長期に継続することが原則にもかかわらず、平均使用期間が6ヶ月と非常に短く、つまり、テストステロン濃度が正常なかたが使っても、当然、有効な効果が認められるわけもなく、多くのひとが、半年程度で使用を中止したのでしょう。
FDAがテストステロン使用者についての後ろ向きの5つのコホート研究を検証しています。そのうち2つの研究の検証から、使用により心血管病のリスクがあがることが示唆され、一方で、別の2つの研究の検証から、全死亡のリスクが低下すると示唆されるという全く反対の検証結果を得ております。前向きの無作為試験が行われない限り、現状では、なんとも結論が出しにくい状況ですが、テストステロン製剤の適正使用が守られていない状況を勘案し、FDAとしては、「男性ホルモン補充療法には、心血管病のリスクを上げる可能性が否定できない」、という結論を出しました。
一方、女性健康イニシャチブの研究結果から、閉経後の女性に、女性ホルモンを補充すると、乳癌、心臓病、脳卒中、肺塞栓が増えることがわかり、補充療法は推奨しないことが2002年に米国国立衛生研究所から発表されたことも、今回の問題を複雑化しています。
2016年2月、ようやく、前向きの無作為試験の結果が報告されました。テストステロンの血中濃度が低下しているかたのみを対象とし、テストステロン製剤を投与した場合、どのような臨床結果が得られるか検証され報告されましたので、今回はそのお話をしてみたいと思います。
Snyder, P. J., Bhasin, S., Cunningham, G. R., Matsumoto, A. M., Stephens-Shields, A. J., Cauley, J. A., ... & Ensrud, K. E. (2016). Effects of testosterone treatment in older men.New England Journal of Medicine, 374(7), 611-624.
65歳以上の51,085人の男性をスクリーニングし、条件に適合した790人が試験登録されました。テストステロンレベルが低下していたひとは、全体の14.7%で、つまり7人中6人は、男性ホルモンは正常でした。平均年齢は72歳、被検者のうち90%が白人でした。62.9%が肥満、71.6%が高血圧を併発し、14.7%に心筋梗塞の既往がありました。さらに、5人に1人に睡眠時無呼吸がありました。試験登録された被検者が、かなり特殊な病態を呈し、得られた結果の汎用性について疑問の余地があるとされています。
調査は、主に問診票で行われ、点数化されました。性機能の検査には、PDQ―Q4(Psychosexual Daily Questionnaire)と呼ばれる質問表が使用され、満点は、12点で、高得点ほど、健全な性機能であると判断されます。勃起など性行為に関する問診票は、IIEF(国際勃起機能スコア)が用いられ、満点は30点。性欲に関する問診票は、DISF-M-II( Derogatis Interview for SexualFunctioning in Men–II)(満点は30点)です。「バイタリティー」は、FACIT(Functional Assessment of chronic illness therapy)(0-52点、高い点数ほど疲労が増える)で調査されました。気分障害検査には、PANAS(Positive and negative affect schedule scale, 5-50が前向きな気分、マイナスの気分は、より高い点数)が用いられ、うつ評価については、PHQ-9(patient health questionnaire,0-27点、高い点数ほどうつ症状が強い)が用いられました。
テストステロン製剤は、皮膚にゲルを塗布して使用する「テストステロンゲル」が使用され、使用後、最長12ヶ月までの分析が行われました。ポンプ付きのボトルに入ったゲルは、5グラムの塗布から開始して、その後は血中テストステロン濃度を確認しながら適切な塗布量が処方され、テストステロンゲル使用後3ヶ月から12ヶ月の間で、91%の被検者の血中テストステロンレベルが正常化されました。
性機能に関する問診票を用いた結果、PDQ―Q4(過去7日間の性活動調査)の点数は、0.62点統計上有意に上昇し、テストステロンレベルの上昇の程度に応じたスコアの上昇を認めました(P<0.001)。しかし、その程度は、満点のスコアの比率に換算すると、5%とわずかな上昇でした(P<0.001)。しかしこの効果は12ヶ月後には、効果が低下していました(P=0.08)。DISF-M-IIのスコアも2.54点有意に上昇していました(P<0.001)が、満点のスコアの比率に換算すると、わずか8%程度でした。勃起スコア(IIEF)の結果は、初期の平均点数が8点と中程度の勃起障害から、2.64点上昇と改善効果は認めましたが、すでに報告のあるシルデナフィル(バイアグラ)の5.7点の半分にも満たない程度のわずかな改善にとどまりました。
総合すると、性機能改善効果は統計的に認めるも、改善程度は小さく、しかも長続きしないことがわかりました。特に、勃起障害の改善効果は、既存のシルデナフィルの効果にまったく及ばない小さなものであることが明らかになったのです。
さて、運動能力について、6分間歩行時の総距離が50m以上増えるかどうかで検討した結果では、ややテストステロン製剤で良好な成績(テストステロン製剤で20.5%、プラセボで12.6%、p=0.03)を認めました。バイタリティーの項目には変化を認めず(P=0.30)、不安な気分(PANASで0.47点、P<0.001)や抑うつ傾向改善効果(PHQ−9で0.49点改善、P=0.004)は、わずかながら認められました。
本研究では、心血管病など有害事象は、検出されませんでしたが、1年と限られた研究であることから、結論付けるには時期尚早でしょう。女性イニシアチブ研究同様に、最低でも5年程度の研究期間での検証が必要でしょう。今後の研究成果が待たれるところです。
不確定な情報によって先行されたとも言える、テストステロン補充療法は、更年期症状への効果は予想して以上に低く、有害事象の検証も不十分であると言わざるを得ず、「ゴーサインはだせない」状況と受け止めました。
ただし、薬物乱用状態ともいえるこの業界に、ようやく倫理的妥当性及び科学的妥当性を有する方法で、正面から向き合おうとする研究機関の登場に、まずは、少しほっとした感が否めないところです。