心臓の調律不調を救う「ペースメーカー」は、国内では、年間6万件の埋め込み術が行われているといいます。世界的には、100万件という膨大な数の手術が施されているようです。この「ペースメーカー業界」、昨今熱い議論が繰り広げられております。
長い間、ペースメーカーを埋め込んだ患者さんには、絶対禁忌とされていたMRI検査も、2012年10月には、MRI検査可能(条件付き)なペースメーカーが登場し、驚かされました。今回はさらに、従来品の10分の1のサイズという極小のワイヤレスペースメーカー『マイクラ』が、業界最王手のメドトロニクス社製から発表されました。従来品は、皮膚を切開したうえで、電気信号を制御するコンピューターと電池を内蔵する「ジェネレーター」を胸部に埋め込む必要があり、血腫や感染、肺気腫などの合併症が危惧されておりましたが、ワイヤレスとなると、胸部に切開を施す必要がなくなり、合併症リスクがかなり軽減されるでしょう。また、ペースメーカーとジェネレーターを鎖骨下静脈を通してつなげられるリード線が不要となるので、リード線が外れる心配もなければリード線による感染リスクも抑えられるわけです。
さて、合併症の頻度については、8回のペースメーカー装着あたり1度はあるといわれ、頻度は比較的高いことが知られています。これまでペースメーカーのジェネレーターを植え込むと、胸壁のあたりに、硬いでっぱりが生じていましたが、リードがなくなることで、コズメティックの観点からも負担が軽減され、患者さんに受け入れられることはいうまでもありません。また鼠径部から心臓へのアプローチとなり、術式の点においても、カテーテル操作のみにてペースメーカーの埋め込み可能となり、患者さんの負担は大きく軽減されます。
A
Leadless Intracardiac Transcatheter Pacing System, February 11, 2016 Reynolds
D., Duray G.Z., Omar R., et al. N Engl J Med 2016; 374:533-541
2016年2月11日にNEJMに発表された論文では、リードレスのペースメーカー(Micra Transcatheter Pacing System)の埋め込みについて検証が行われ、興味深いデータを得ております。本研究の対象患者は心房性頻脈性不整脈、洞不全、房室結節機能不全などに伴う、徐脈患者で、かつ、心室ペーシングが必要なかたについて検証が行われました。マイクラのサイズは、長さ25.9mm、重さ2gで、幅は、わずか6.9mmです。この小さなディバイスは、電池及びジェネレーターも内蔵され、末端にニチノール製のフックを4個有し、カテーテル操作によって心室に容易に装着可能となるよう設計されています。右心室に装着後、ペーシング機能が正常に行われることを確認した後に、「マイクラ」を、カテーテルから遠隔操作で切り離します。本研究では、19カ国の56の医療機関で登録された744人のうち、登録後に同意書を撤回した11人と登録条件に見合わない8人を除いた725人に、「マイクラ」の埋め込みが行われました。ペースメーカーが埋め込まれた対象者の平均年齢は、75歳、男性59%、高血圧の診断を受けた方が78%、心房細動は、72%でした。94人の医師が参加し、719人の患者に「マイクラ」が埋め込まれました(成功率99.2%)。マイクラ埋め込み失敗6例のうち4例に、重篤な合併症を認めました(3人が心筋穿孔、1人が心のう液貯留)。
マイクラ埋め込み術後、平均4ヶ月間の経過観察が行われました。経過中28例に重篤な合併症が生じ、11例に心筋障害を認めました。研究のデザインは、従来品のペースメーカー装着によって過去に検証された2667人の成績と比較する手法を採用し、重篤な合併症の発現頻度を比較すると、マイクラ装着の合併症頻度が、有意に少ないことが明らかとなりました(マイクラ装着が4%で、従来品装着が7.4%、p=0.001)。さらに、マイクラ研究の対象者が、従来品研究の対象者に比較して、年齢層が高く、こうした年齢バイアス等の対象者の特性について補正を加え、合併症発生率を分析した結果についても、マイクラ装着によって合併症が54%も抑制されるといった好ましい結果が得られました。マイクラ装着6ヶ月後のバッテリーの容量の減り方をもとに、バッテリー寿命を推算した結果、12.5年と判明し、これは従来品と同様と認められました。
本研究は、前向きの2重盲見試験ではありませんでしたが、すでに報告されている、もう一つのワイアレスペースメーカー「ナノスティム」(セントジュードメディカル社)の成績と比較して遜色も認めず、今回得られた結果は妥当なものとして捉えてよいと考えています。ナノスティムの埋め込み術成功率は、95.8%(マイクラは、99.2%)、重篤な合併症の割合は6.5%(マイクラは4%)、穿孔あるいは心のう水貯留は1.5%(マイクラは1.6%)、装置がはずれたのは1.1%(マイクラは0%)、6ヶ月後にペーシングが適切に働いていたのは、90%(マイクラは98.3%)であった(Reddy,
V. Y., Exner, D. V., Cantillon, D. J., Doshi, R., Bunch, T. J., Tomassoni, G.
F., ... & Plunkitt, K. (2015). Percutaneous implantation of an entirely
intracardiac leadless pacemaker. New England Journal of Medicine, 373(12),
1125-1135.)。
今後は、長期的視野に立ち、ペースメーカーが心筋からはずれたり、正常にペーシング機能が働かなくなったり、また電池の消耗が激しいというようなリスクについて注意深く長期観察を要するといった点については、意見の一致するところでしょう。専門家になかには、感染症のリスクが高まる可能性についての懸念もないわけではありません(Achilles’ Lead: Will
Pacemakers Break Free? Mark S. Link, M.D.N Engl J Med 2016;
374:585-586February 11, 2016DOI: 10.1056/NEJMe1513625)。
今後もペースメーカー業界の動向及びその検証には細心の注意を払っていきたいと思うところです。