2016/05/08

第67回 愛し野塾 脳卒中発症をどう抑制するか



脳卒中とは、動かしたいのに、片方の腕や足がうごかなくなったり(脱力)、話したいのに、言葉が出てこなかったり(言語障害)、思うように体のバランスがとれなくなったりすることが特徴的な、怖い病気です。これらの症状は、脳の特定の部位に比較的広い範囲で「梗塞」(血液が流れにくくなり組織へ酸素や栄養が十分に行かない状態)が生じて、細胞が壊死することに起因します。「脳卒中」に至る前の状態、「一過性脳虚血」と呼ばれる状態では、脳細胞の壊死には至らず、血液の流れが悪くなって、「‪一時的に」神経の働きが悪くなる状態です。短い時間、腕の動きが悪くなったり、ろれつがまわらなくなったりするのが特徴です。こうした神経症状の「一時的な悪化」は、障害として残ることはなく、元通りに回復します。
 
ごく小さな脳梗塞の場合も同じです。なんの症状もなかったのに、脳ドックの検査後に「脳梗塞のあとがありますね」と医師に診断された方もいらっしゃるでしょう。小さな脳梗塞では、症状に至らず認識せずに過ぎることも少なくありません。
 
さて、一時的に生じた神経症状が消失して、元の状態に戻ってしまうと、医師も、患者も、「とりあえずもう少し様子をみましょう」という判断に陥りやすいものです。しかし、そうして経過を観察しているうちに、ある日、回復困難な、「脳卒中を発症する」ということがしばしば生じ、この「判断」は、臨床上の命題のひとつです。
 
さて、2016年4月、一過性脳虚血や小さな脳梗塞を、脳卒中発症への「序章」と捉え、「即座にその評価をし、徹底的に治療をしたほうが良い」と報告された最新の論文をご紹介します。
 
現在までに『脳卒中予防とその治療』については、莫大な臨床研究を基に、確立してきました。脳卒中の診断は、画像診断を用いて迅速かつ的確に行い、罹患後「即」治療を施すことが肝要とされています。抗血小板薬、抗凝固剤治療、血圧、脂質、糖尿病管理等が治療の基本となります。先述した「一過性脳虚血発作」や「小さな脳梗塞」についても、脳卒中に準じた「診断と治療」が求められてきましたが、実際には、この観点を支持する臨床的な基礎データが乏しいことから、地域医療のレベルでは、十分に施行されてこなかったという背景があります。
 
2016年4月21日号のNEJMに、フランスのアマレンコ博士らが、この問題について決定的ともいえるエビデンスを報告しました。
 
Amarenco, P., Lavallée, P. C., Labreuche, J., Albers, G. W., Bornstein, N. M., Canhão, P., ... & Molina, C. (2016). One-Year Risk of Stroke after Transient Ischemic Attack or Minor Stroke. New England Journal of Medicine374(16), 1533-1542.
 
一過性脳虚血や小さな脳梗塞を発症した患者に、専門の一過性脳虚血チームが即座に対応すると、その後の脳卒中発症率を極めて低く抑えることができるという画期的な内容でした。2009年から2011年の間に、21カ国、61の医療機関で、4789人の患者さんを対象として研究は遂行されました。78.4%の患者が、発症24時間以内に専門チームによる評価を受けました。代表的な症状として、脱力が55%、言語障害が48%でした。対象患者の平均年齢は、66.4歳、男性が60.2%で、高血圧、脂質異常症の治療歴のあるかたが、それぞれ、70%でした。平均入院期間は4日でした。
 
この専門チームによる評価・治療の結果、一過性脳虚血発症後2日目の脳卒中発症は、わずか1.5%、7日目で、2.1%、90日目で、3.7%と低い成績を認めました。これまでは、30-90日での脳卒中発症率は、8-20%、また10日以内では、最悪10%とされていましたから、これまでの報告と比較して、5分の1から少なくとも半分以下にまで、脳卒中発症の有意な抑制が認められたのです。
 
もちろん、このように優れた結果を得た理由の一つに、対応した病院の高度な医療レベルが指摘され、結果の普遍性に若干疑問が残るとはいえ、この結果を詳しく解析することは極めて重要であることには異論はないでしょう。今回の研究では、発症後24時間以内に80%近い症例が、CTやMRIを含む専門的なアセスメントを受けました。
 
その結果、33%の患者に急性期の梗塞を認め、5%の患者に新規の心房細動を認め、さらに16%の患者に頚動脈狭窄を認めました。新規の心房細動と診断を受けた患者の67%は、退院時に治療を受け、頚動脈狭窄と診断を下された27%は、血管再建術をうけていました。アスピリンなどの抗血小板薬が新たに開始された患者は、63%に及び、抗凝固剤、降圧剤、スタチンが新規に処方されたかたも12%から44%と高率でした。こうした治療を診断後即座に施行した<脳卒中治療の専門集団>による、初期対応が、脳卒中発症に対する有効な予防策の実施に結びついたと考えられます。一般的に退院後は、それぞれの服薬管理状況が悪化することが多いのですが、3ヵ月後、12ヶ月後をみても、服薬アドヒアランスは、退院時とほぼ変わらなかったというのも、素晴らしいことです。つまりトップレベルの病院だからこそ、懇切丁寧な対応が可能で、「医師及び専門チームの治療計画を患者が十分に理解し患者自身が、治療意欲をもって積極的に取り組む」といった治療体勢を可能にしたといえるかもしれません。
 
これまでの研究から、ABCD2スコアを用いて、発症48時間以内の脳卒中発症リスクの推定が有効であると考えられてきました。このABCD2スコアでは、年齢、血圧、臨床症状、持続時間、糖尿病の有無について、点数化します。一般的に、スコアが3点以下の場合は、48時間以内の脳卒中発症リスクは1.0%とされますが、今回の研究では、スコアが3点以下で脳卒中発症リスクの低いはずの患者が、脳卒中発症患者の22%を占めていた!という結果を認めました。つまり、ABCD2スコアを算定するためのリスク因子以外に、脳卒中を生じさせる要因があることが推測され、さらに詳細に検討を行いました。その結果、画像診断で見いだされた大血管の動脈硬化、MRI検査によって複数の梗塞があることが脳卒中発症を予測する新たな2つの因子として発見されました。
 
この研究に参加した医療機関すべて、<一過性脳虚血センター>部門が設置され、過去3年間、毎年100例以上の一過性脳虚血患者症例経験を有する専門施設でした。しかしながら、実際の登録された患者数は、医療機関あたり1年で54人と予想よりも少なく、患者の試験登録になにかしらバイアスがあったのでは?という疑問は否定できないと述べられています。また、専門性の高い医療機関の患者の特性は、通常の脳外科病院などの医療機関でみる症例とは異なる可能性は拭い去れない点も指摘されています。
 
 しかし、こうした問題点を考慮しても、本研究の結果は評価されるべきものであり、今後は、専門チームだけでなく、一般の脳外科病院でも、「脱力」や「言語障害」が生じた患者には、即、専門的に評価をし、脳卒中のリスク要因を管理していくことが求められることになるでしょう。この報告のなかでも、大血管の動脈硬化、複数の梗塞巣がある場合には、従来の評価法に加えて、新たな注意喚起がなされたことは大きいと思われます。今後は、脱力、言語障害発症した患者が来院され、たとえ来院時にそれらの症状が消失し臨床上まったく問題がないかたでも、ただちに脳外科受診をしていただき脳卒中の発症抑制に努めたいとかんがえます。