2018/10/09

愛し野塾 第188回 糖質制限食の危険を警鐘する





「肥満」は、メタボ症候群、睡眠時無呼吸症候群、がんなどの罹患リスクを上昇させ、時には、生命を危険に晒す因子となると言っても言い過ぎではないでしょう。
日本では、「肥満」はBMI25以上をさし、男性で約30%、女性で約20%のかたが該当します。米国では、BMI30以上を「肥満」と定義しているものの該当者が多くCDCの報告では、肥満の疾病対策費用は、医療費全体の9%に上り国家予算を圧迫し続けています。2003年のNEJMで2本の糖質制限食の有効性を記した論文が報告されて(文献1、2)以来、メディアでも大きくとりあげられ、一般大衆に広がりました。実際、このダイエットの実践者は、米国では19%もいることがわかっています。しかし、糖質制限の有効性や安全性については、大きな議論となっており、「糖質制限は、死亡率を上げる食事療法ではないか」、という糖質制限反対を支持するデータがランセットでも報告されています(文献3)(愛し野塾184回参照)。
「糖質制限ダイエット」に関する研究の問題点の一つとして、参加者のアドヒアランスが極めて低いことが指摘されています。参加者のドロップアウトの割合が約50%で研究の信頼性が疑問となるわけです。例えば薬剤効果に関する治験では、大多数で99%程度の良好なアドヒアランスが得られ、高い信頼性が担保されています。半数がドロップアウトしてしまうような研究を元にした知見が「一般のかた」に適用していいとは到底思えません。しかし、現実的に「参加者アドヒアランス」の問題の克服は容易ではなく、研究結果のばらつきの理由の大きな要因となっていたのです。
さて、今回、行動療法を用いて自己管理術に精通させた参加者を対象に、「糖質制限」「低脂質」「ビーガン」の3通りの食事療法に無作為に割付け、それら食事療法を厳格に管理させ、100%のアドヒアランスを達成した上で、体重、心血管病マーカーについて調査した結果が発表されました(文献4)ので、この論文について考察してみたいと思います。
<対象>
本試験の登録候補者673人から、120人のボランティアが選ばれました。いずれも実地医からの紹介者です。試験参加の条件は、「BMI 30以上、年齢 30-59歳、非妊娠者、心臓疾患がない、薬物及びサプリの服用なし、食事アレルギーがない、他の臨床試験に参加していない、糖尿病、肝臓疾患、腎臓疾患、消化器疾患、がんがない」ことでした。3つの食事療法に各40人ずつ割り付けられました。
カウンセリングは「支持的だが非指示的」な方法が用られました。試験開始時は、50-60分、その後は、6週ごとに20-30分のカウンセリングが行われました。1日あたりの摂取カロリーは1500-1600Kcal、「糖質制限、低脂肪、ビーガン」食、それぞれに蛋白、糖質、脂質の具体的な情報が与えられました。加工品、精製品を避け、自然食、複合糖質摂取を推奨しました。
<ビーガン食>
肉を避け、乳製品、卵も食さないように指示されました。蛋白は、マメ科植物、ナッツ、大豆から、脂肪は、野菜から摂取するようにしました。
<低脂肪食>
脂肪摂取が全カロリーの25%を超えない。また1日摂取飽和脂肪酸が5グラムをこえないように指示されました。スキムミルク摂取が推奨されました。
<糖質制限食>
糖質が全カロリーの25%を超えない。脂質が全カロリーの50%、たんぱく質が全カロリーの25%としました。
冠動脈血流は、心筋灌流イメージング法で測定し、イスケミックインデックスで表しました。食事療法が守られているかどうかは、尿のケトン体測定、呼吸商の値を参照にしました。運動療法は、歩行、バイク、スイムのいずれかを週に3回、1回30分するように指導されました。
<結果>
参加者は、男性63人、女性57人、平均年齢は43.7歳でした。BMIは42.4と高値で、LDL-Cは185、HDL-Cは42.2、TGは195と脂質異常を認めました。CRPは1.07、Il-6は5.89でした。3つの食事療法に割り付けられた参加者のプロファイルに違いはありませんでした。また、各食事療法で、ビタミンサプリあり・なしを半数ずつ(20人ずつ)割り付けました。参加者の試験の完遂率は100%で、離脱したひとはいませんでした。試験は1年間続けられ、その後食事療法を中止しました。
1年後の体重平均で13.3Kgの減少を達成し、3群の体重減少量の違いはありませんでした。それぞれ、<低脂質食>121.6kgから108.1Kgに減少、その後4ヶ月後は、107.9Kg 、<ビーガン食>125.6Kgから110.7Kgに減少、その後4ヵ月後は111.4kg、<糖質制限食>129.9Kgから111.1Kgに減少、その後4ヶ月後は、113.3Kgでした。
脂質、炎症のプロファイルについて、3群に差を認めました。<糖質制限食>では、脂質プロファイルの悪化、炎症パラメーター、冠動脈血流の悪化を認めました。一方<低脂肪食><ビーガン食>では、いずれも改善を認めました。具体的には、<糖質制限食>では、ビタミン補充をした場合、LDL-Cは203.8から1年後に228.3へ増加、TGは、208.4から232.9に増加、IL-6は5.28から7.23へ増加、Fibは332.6から372.4へ増加、Lp(a)は20.2から25.5へ増加、イスケミックインデックスは0.066から0.116に悪化、していました。ビタミン補充をしない場合には、CRPも1.07から1.26に上昇、Hcyは16.4から23.0に上昇していましたが、そのほかのパラメーターは同様の変化を示しました。一方、<低脂肪食>では、ビタミン補充をした場合、LDL-Cは、186.2から121.8へ大幅な減少、TGは181.4から118.1へ減少、CRPは0.54から0.13に低下、Il-6は6.02から3.33に減少、Hcyは13.4から7.5に減少、Fibは332.6から310.4に減少、Lp(a)は24.9から14.7に減少,イスケミックインデックスは、0.094から0.053に改善しました。ビタミン補充をしない場合は、Fibが326.7から333.9へ上昇していましたが、そのほかのパラメーターはほぼ同様の動きをしました。<ビーガン食>では、ビタミン補充をした場合、LDL-Cは、181.7から119.0へ大幅な減少、TGは195.1から127.0へ減少、CRPは2.34から0.28に低下、Il-6は5.83から3.55に減少、Hcyは13.9から9.1に減少、Fibは327.4から329.1に増加、Lp(a)は23.4から19.0に減少、イスケミックインデックスは、0.080から0.071に改善しました。ビタミン補充をしない場合は、Fibが331.5から321.4へ減少していましたが、そのほかのパラメーターはほぼ同様の動きをしました。
結果をまとめると、Hcyは、低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(P<0.001)、糖質制限食で有意に上昇(P<0.001)していました。Fibは糖質制限食で有意な上昇(P<0.001)を認めましたが、低脂肪食、ビーガン食では変化がありませんでした。Lp(a)は、糖質制限食で有意な上昇(P<0.001)、低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(前者はP<0.001、後者はP<0.01)していました。LDL-CとTGは低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(P<0.001)、糖質制限食で有意に上昇(P<0.001)していました。CRPはイフェクトサイズも小さく、変化の程度も有意なものでなくトレンド程度でしたが、炎症のマーカーとしてより重要とされる、IL-6については、TGは低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(P<0.001)、糖質制限で有意に上昇(P<0.001)していました。冠動脈血流(イスケミックインデックス)は、低脂肪食、ビーガン食で有意に改善、糖質制限で有意に悪化していました
<コメント>
3つの異なる食事療法を参加者のドロップアウトなしに見事1年間施行できた行動療法の結果として、3つの食事療法すべてで、体重が10%ほど低下していたにもかかわらず、「糖質制限食」で脂質、炎症のパラメーター、冠動脈血流の悪化を認め、一方で「低脂質食、ビーガン食」では改善を認めました。糖質制限をすると、動物性蛋白の摂取が多くなることで、脂質プロファイルを悪化させ、ひいては、炎症を惹起させることで、冠動脈血流を低下させるのではないかと説明されるでしょう。最近発表されたランセットの「糖質制限は死亡率を上げる」とする内容(文献3)と大変類似する結果が得られました。糖質は全体のカロリーの少なくとも50%は摂取したほうがいい、という主張は合理性があるのではないでしょうか。
ここで用いられた行動療法は、「バンドーラ」カウンセリングに基づく、習慣獲得と習慣除去法を組み合わせたものです(文献5)。この方法を用いて、いずれの食事療法も参加者が習慣付けることに成功したため、ドロップアウトゼロを実現できたと論文では主張しています。今後この方法は、日常臨床における生活管理にも役立つのではないでしょうか。
本論文の著者は、「これまでの糖質制限の研究は、ドロップアウト群のデータをカウントせず、LDL-コレステロールが上がれば、除外し、完遂したかたのみを対象とした結果を解析していた」と主張しています。ドロップアウトが40-60%に及べば、ドロップアウト群のバイアスがあまりにも大きく、得られたデータの信憑性に疑問をいただかざるを得ない状況でした。今回、ドロップアウトゼロでの1年間糖質制限をした結果が、これまでと異なるデータが得られたことは、当然かもしれません。これまでの糖質制限の研究では、LDL—コレステロールは低下し、脂質プロファイルは良くなる、心血管病のマーカーも改善する、と報告されていました。著者の主張もあながちまちがってはいないようです。糖質制限をダイエットの基本とすることは危険である、ことを示唆する本研究成果は、見過ごしてはならないものとなりました。


Samaha FF, Iqbal N, Seshadri P, Chicano KL, Daily DA, McGrory J, Williams T, Williams M, Gracely EJ, Stern L.
N Engl J Med. 2003 May 22;348(21):2074-81.
Foster GD, Wyatt HR, Hill JO, McGuckin BG, Brill C, Mohammed BS, Szapary PO, Rader DJ, Edman JS, Klein S.
N Engl J Med. 2003 May 22;348(21):2082-90.
Seidelmann SB, Claggett B, Cheng S, Henglin M, Shah A, Steffen LM, Folsom AR, Rimm EB, Willett WC, Solomon SD.
Lancet Public Health. 2018 Sep;3(9):e419-e428. doi: 10.1016/S2468-2667(18)30135-X. Epub 2018 Aug 17.
Fleming RM, Fleming MR, Harrington GM, Ayoob KT, Grotto DW, McKusick A.
Clin Cardiol. 2018 Sep 27. doi: 10.1002/clc.23047. [Epub ahead of print]
文献5 Bandura A. Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change.
Psychological Review 1977:191-215