2018/01/29

愛し野塾 第155回 リキッドバイオプシーの新時代


わが国の統計では、「生涯でがんに罹患する確率」は、男性;62%、女性;46%、また「がんで死亡する確率」は、男性;25%、女性;16%と極めて高率で、近年では「がんは国民病」といわれるようになりました。原発巣に限局する早期のがんであれば、外科的切除によって治癒可能なケースが多く、早期発見の重要性が知られています。がんの病期の進行によって、転移を伴うと、全身化学療法などの負担の大きい治療を要し、生存率も低下するという傾向は、多種類のがんについて、ほぼ同様に認められます。寛解には、自覚症状が生じる前に発見し、外科的切除などの処置をすることが有効ですが、こうした超早期の発見の手段は未だ確立されていません。
成人の場合、多くのがんは20-30年の長期間を経て徐々に進行していきます。とくに、最後の数年で転移巣を形成すると考えられており、治癒可能な早期がんを発見できる期間は、十分あるといえますし、たとえ転移がはじまったとしても、画像診断で見つからない程度の初期であれば、約50%治癒可能であるという一方で、転移先で腫瘍形成が開始されると、寛解は難しいといわれています。
さて、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAの検査によって、症状のない段階からがんがみつかると重宝されてきましたが、同時に治療不要ながんも検出され、PSAの評価には議論のあるところです。がんのスクリーニングとして、認められている検査では、胃カメラ、バリウム、大腸カメラ、便潜血、マンモグラフィー、子宮の細胞診、胸部XPなどがあります。しかし、発見効率は良いとは言えず、2016年のわが国の健診受診率は、50%に満たないなど、がん健診受診率もあがらないのが実情です。
血液検査一回で、がんの早期診断が可能になれば、多くの人々が検診をうけられるようになることは間違いありません。「体細胞突然変異」を血液からみつけるいわゆる「リキッドバイオプシー」は、がん細胞にしか存在しない「ドライバー突然変異」を見つけるため、特異性に優れており、がんの早期発見の手段として期待されています。がん細胞が死滅するときに、がん細胞から漏れ出すDNAが血液中に存在するようになる、この微量なDNAを検出する方法です。 
しかし、これまでのところ、リキッドバイオプシーの利用は進行がんにとどまっています。
その理由として、1)特異性の検証の目的で、健康なひとをコントロールとして、検討された調査がないこと、2)早期がんの発見に有用かどうかの評価がなされていなかったこと、3)最近の研究から、早期がんでは鋳型となるDNAが存在するのは、血清1ccあたりわずか一つの突然変異とされ、検出が技術的に困難であること、3)また、同じドライバー突然変異が、さまざまな組織のがんで起きうることから、せっかく突然変異が血液検査からみつかったとしても、それがどの臓器からきているのか不明、という弱点がありました。
今回、ジョンスホプキンス大学のグループが、これらすべての弱点を補う、「CancerSEEK」と命名したリキッドバイオプシーの革新的とも言える開発に成功しました(1)。この方法を用いることで、早期がんを臓器特異的に発見できるということがわかりましたので解説します。このインパクトの大きい報告に、BBCをはじめ、多くのメジャー紙のフロントページを飾りました。開発の成功の鍵となったのは、ドライバー遺伝子の情報に、蛋白の情報を加味したことです。
<今回の報告のベースとなった前段階の研究> 
今回の報告のベースとなった膵臓がんに関する調査では(2)、221人の病期1あるいは2の早期の膵臓がん患者の血液を採取し、KRAS遺伝子の突然変異(ドライバー遺伝子)を66人(30%)から検出しましたが、これでは検診に使用するには、感度がかなり低く実用は不可能なレベルでした。しかし、4つのたんぱく質マーカー(CA19-9 、CEA、HGF、OPN)の結果を検査データに加えると、驚くべきことに、感度が30%から64%に改善し、健診に実用可能なレベルと評価されました。またコントロールとして健康な方182人の血液検査では、陽性はわずか1人で、この検査の特異度は99.5%と算定されました。また血液から検出されたKRAS遺伝子の変異は、膵臓がんそのものから取り出したドライバー遺伝子の変異と100%と一致し、即ち、血液に浮遊するDNAから同定されたドライバー変異は、すべてがん由来であることが証明されたのです。この結果から、膵臓がんだけでなく、より広範ながんにも汎用可能ではないか、と研究者らは考えたのでした。
方法はきわめてシンプルです。患者の血清7.5ccから血液浮遊DNA精製キットを使いDNAを抽出し、次に25μlの反応液中でPCRを行い、DNA精製キットを用い増幅物を精製し、再度PCRをします。そして、再度DNAを精製し、イルミナMiSeqを用いてシークエンスを行いました。CA19-9などのマーカー蛋白は標準法で測定されました。
<本研究>
本研究では、「卵巣、肝臓、胃、すい臓、肺、乳房、直腸、食道」の8種のがんについて早期発見システムの構築を目的としました。これら8種のがんについて、アンプリコン(PCR増幅プロダクト)の数を0から60程度に増やすとがんの同定率は急激に上昇しましたが、60以上に増やしても、アーチファクトなどの影響で同定率は横ばいとなることがわかりました。そこで、まず61個のアンプリコン(16個のドライバー遺伝子の平均33塩基対からなるもの)を作成し、805個のがんに対して検査を施行し、82%のがんが同定できました。がんの種類別では、肝臓がんの同定率は41%と低く、膵臓がんの同定率は95%と高いという結果が得られました。805個のがんのうち82%で1つの変異が見つかり、47%で2つの変異が見つかり、8%で2個以上の変異が見つかりました。変異の同定率の点では、PCR法が、従来のゲノムワイドシークエンス法よりも優れていることがわかりました。一度に61回分のPCRを施行するとノイズが大きくなるため、DNAサンプルを少量に分けて、PCRを部分的に施行されました。
プロテインバイオマーカーについては、過去の論文検索によって、感度10%以上、特異度99%以上を示す蛋白を抽出し、41個の蛋白を候補としました。このうち39個をひとつのパネル上で免疫アッセイ可能と判断し、検討した結果、8個が、がんの選別にきわめて有効な蛋白であることがわかりました。
61個のアンプリコン(2001個のゲノムポジションの変異に相当)と8個のプロテインバイオマーカーの組み合わせを用いたスクリーニング法をCancerSEEKと命名し、病期Ⅰ-Ⅲの8種のがん、1005人について検討しました。平均年齢は64歳、病期IIが49%、病期Ⅰが20%、病期Ⅲが31%を占めました。コントロールとして健康な方812人のサンプルが採取されました(平均年齢55歳)。
<結果>
8つのがんを同定する感度は70%と高率でした(P<10-96)。特に、卵巣がんは98%と最良で乳がんは33%と最低でした。コントロールで擬陽性を示したのは、7人で、特異度は99%以上となりました。CancerSEEKで用いられた因子で、がん同定に有用な因子を重み付けすると、「遺伝子情報」が最も重要な位置を占め、続いて、CA125、CA19-9,プロラクチン、HGF,オステオポンチン(OPN)、ミエロパーオキシデース(MPO),TIMP-1の順に有用であることがわかりました。
病期IIの同定率は73%、病期IIIは78%でしたが、病期Iでは、43%と低い値を示しました。病期Iのがんについて、その感度は、肝臓がんが100%、食道がんが20%でした。
血液で同定された遺伝子変異とがん組織から抽出した遺伝子変異の一致率は90%と高く、卵巣がんと膵臓がんでは、100%、胃がんでは82%でした。
AIを用いて同定された遺伝子変異をもつ症例の責任臓器の同定を試みたところ、83%の特定成功率でした(P<10-77)。
<コメント>
本研究で検討された8種類のがんは、1万9千人が罹患すると推定されるがんです(2013年国内統計(5))。約2万人が転移前にがんを発見される可能性をもたらす、すばらしい研究開発だと深く感動いたしました。臨床レベルでの、一刻も早い実現化を願うところです。
今回の研究の弱点として筆者らは、研究で用いたサンプルと、米国で実際に発症するがんの種類の比率が異なる点を挙げ、実際の患者でCancerSEEKを行った場合、感度は55%に低下すると予測しています。しかし、卵巣、肝臓、胃、膵臓、食道の5種類に絞った場合では、感度は69%を維持すると記しています。
また、多くの専門家が問題として指摘するのは、病期I期のがん発見の感度が43%と低いことです。早期発見によって寛解を目指すには、病期I期のがんの発見効率を上げる必要があります。そのためには、ほかのマーカーを検査に付加する必要があるかもしれません。現在、その候補に、がんの別の代謝物、mRNA、miRNA、メチル化されたDNAなどが挙げられています。今後の研究成果が期待されます。
筆者らは、この検査は「500ドル」程度で施行可能であることを最後に記しています。いかにすばらしい技術でもあまりにも高額では問題です。この値段の血液検査で、早期にがんが発見されるのであれば、治療計画や、治療方法の選択肢も広がり、かつ、経済的にも受け入れ可能ではないのではないかと考えるところです。

文献 
  1. Cohen, J. D., Li, L., Wang, Y., Thoburn, C., Afsari, B., Danilova, L., ... & Hruban, R. H. (2018). Detection and localization of surgically resectable cancers with a multi-analyte blood test. Science, eaar3247. DOI: 10.1126/science.aar3247
  2. Cohen, J. D., Javed, A. A., Thoburn, C., Wong, F., Tie, J., Gibbs, P., ... & Brand, R. E. (2017). Combined circulating tumor DNA and protein biomarker-based liquid biopsy for the earlier detection of pancreatic cancers. Proceedings of the National Academy of Sciences, 201704961. https://doi.org/10.1073/pnas.1704961114