2018/01/19

愛し野塾 第154回 がん発症リスクと「糖尿病と肥満」



2017年のがん罹患数予測は、約101万4000例(男性57万5900例、女性43万8100例)と全国民の1%弱を占め、2016年のがん統計予測(約1010,200例)と比較すると、約3,800例の増加、また、がん死亡数予測では4,000例の増加と報告されています。がん罹患部位としては、大腸、胃、肺、乳房、前立腺の順で多いと同様に報告されています(国立がん研究センター・がん情報サービス)。これに対し「生活習慣の見直しが、がん発症リスクを抑制させる」という予防医学の観点から、肥満、及び糖尿病とがん発症リスクの関係について、注目されています。
国際がん研究機関、及び世界がん研究基金によると、BMI≧25 kg/m2以上の「高BMI群」の、結腸がん、胆嚢がん、膵がん、腎臓がん、肝がん、子宮内膜がん、閉経後乳がん、卵巣がん、胃噴門がん、甲状腺がん、食道がん、多発性骨髄腫の発症リスクの増加が、また世界統計(2012年)では、がんの3.6%は、「肥満」が原因であると記されています。厚生労働省の平成27年の国民健康・栄養調査の報告書から、 我が国の「高BMI群=すなわち肥満者」の割合は、男性29.5%、女性19.2%で、がん発症リスクを抱えている国民が多いことが伺えます。一方、結腸がん、すい臓がん、肝臓がん、胆嚢がん、乳がん、子宮内膜がんなど様々なリスク因子として示されてきた糖尿病については、がん発症に、実際どの程度影響しているのか、妥当かつ信頼性の高い統計分析が未だ十分に行われていません。我が国の「糖尿病が強く疑われるもの」は、全国民の12.1%、また「糖尿病の可能性を否定できないもの」も12.1%、合計約2,000 万人と推計されます。がん発症と糖尿病との関係を明確に示すことは、国民の健康を守る健康政策の方針の焦点を絞るためにも重要なポイントであることは言うまでもありません。
さて、肥満が糖尿病発症に密接に関わっていることを踏まえ、これらふたつの因子を一つの複合因子として捉え、がん発症への影響について分析した結果が、イギリス、インペリアルカレッジのピアソン・スタタード博士らによって医学誌ランセット(2017年11月)に発表されました(1)。本日は、このお話を解説してみたいと思います。
<研究>
主に国際がん研究機関、及び世界がん研究基金の研究発表をもとに「糖尿病・高BMIと、がん発症の関係」について調査が行われました。2017年6月30日までの研究がPUBMEDを用いて収集されました。調査対象となったがんの種類は、すでに高BMIと高い相関関係があると、前述の二つの機関で明らかになっているものに限定されました。関与が明らかと認めら、調査項目として用いられたがんの種類は、以下、結腸がん、胆嚢がん、膵がん、腎臓がん、肝がん、子宮内膜がん、閉経後乳がん、卵巣がん、胃噴門がん、甲状腺がん、食道腺がん、多発性骨髄腫、でした。「糖尿病」との関係では、結腸がん、すい臓がん、肝臓がん、胆嚢がん、乳がん、子宮内膜がんの発症が分析されました。解析は、性別、年齢、国別に行われました。2012年のデータが使用されましたが、「高BMI」が、がん発症に影響したかどうかを見極めるためには、10年の経過観察が必要とされ、高BMI及び糖尿病のデータは、2002年時のものが使用されました。さらに、経時変化を比較するために、1980年から2002年までのデータについても分析調査が行われました。
年齢群は、18-19歳、20-24歳、25歳からは、5年おきに84歳まで、最高年齢は85歳以上の群としました。BMIは、18.5未満、18.5-20、20以上は5ずつ加算した群とし、40以上はひとまとめの群としました。糖尿病の定義は、空腹時血糖が7.0mmol/L以上とし、1型と2型の糖尿病は区別せず、糖尿病既往患者も、インスリンあるいは経口糖尿病薬を服薬しているかたも、調査対象に含まれました。
<結果>
2012年世界で発症した新規のがんのうち79万2,600例は、糖尿病と高BMIが原因であると判定されました。これは、GLOBOCANで報告されたすべてのがん発症数の5.6%にあたり、そのうちの2%が糖尿病、3.6%が高BMIを原因として発症したがんであると判定されました。また2つのリスク因子が関与する症例は、62万6,900の新規がん症例と判定され、特に女性は男性の2倍も多いことがわかりました。
<糖尿病・高BMI複合因子が、がん発症に及ぼす影響>
・男性
糖尿病・高BMI複合因子が原因とされる新規がんのうち、症例数の最も多いがんは、「肝臓がん」で12万6,700例で、これは全症例の42.8%を占めました。第2位が「結腸がん」の6万3,200例で、全症例の21.4%を占めました。
・女性
糖尿病・高BMI複合因子が原因とされる新規がんのうち、症例数の最も多いがんは、「乳がん」の14万7,400例で、これは全症例の29.7%でした。第2位が、「子宮内膜がん」の121700例で、全症例の24.5%を占めました。
<糖尿病と高BMIがそれぞれ独立因子とした場合のがん発症に及ぼす影響>
高BMIは、糖尿病に比べて、女性の乳がん、及び子宮内膜がんの発症に対し、約3倍のリスクを認めました。男性の肝臓がん、及び膵臓がんは、高BMIよりも糖尿病で、それぞれ1.5倍、及び2倍程度の高いリスクを示しました。
 <国別の検討>
糖尿病・高BMI複合因子が原因とされる「がん」のうち、38.2%は、高所得の欧米国が、また24.1%は、東アジア、東南アジアの国々が占めていました。糖尿病・高BMI複合因子が原因とされる肝臓がんは、アジア太平洋地域の高所得国で発症する肝臓がんの30.7%に寄与し、東、東南アジアの53.8%に対し、中央アジアではわずか7%と低いなど、地域差が明らかになりました。乳がんと子宮内膜がんの糖尿病・高BMI複合因子の寄与する割合は、東、東南アジアでは、18.5%、高所得のアジア太平洋地域では、15.6%とともに低い値を示しましたが、高所得の欧米で、40.9%と高い値を示しました。
<年次検討>
2012年の「糖尿病が原因とされる全てのがん症例のうち26.1%」は、1980年から2002年の間に「糖尿病患者が増加したことに起因する」と判定されました。同じく、「高BMIが原因とされる全てのがん症例のうち31.9%」は同期間に「高BMIのかたが増加したことに起因する」と判定されました。糖尿病と高BMIのかたが引き続き増加すると仮定した場合、2025年には、2002年と比較して、糖尿病・高BMI複合因子が原因とされるがんは、男性では、肝臓がんが47%増加し、胆のうがんが53%増加し、また女性では、卵巣がんが38%増加すると推定されました。
<コメント>
すべてのがん症例のうち約6%が、糖尿病と高BMIが原因となることが審らかにされ、今後、がん発症を抑制するために、実臨床が果たす役割がいかに大きいか、ということが明確に示されたと思います。これまで行われてきた基礎及び臨床医学などの研究から、1日20分1.6km程度の中強度の運動に該当する歩行運動、野菜、青魚、オリーブオイル中心の地中海食の摂取が、糖尿病発症予防に有効である、と示されてきました。今回の研究結果を踏まえても、適切な食事、運動の習慣化の重要性は明確です。一方で肥満体重のコントロールは、いまだ実効性のある安全な減量方法を模索段階であり、現状では非常に難しいところです。運動習慣や食事習慣への高い意識を幼少時から育むためにも、地域ぐるみで、地域の環境特性に合わせた運動をしやすい環境を、整備してゆくことが政策レベルで求められのではないでしょうか。
最近の研究から、思春期、若年成人期の肥満が、がんの発症リスクとなることがわかってきました(2)。たとえば、思春期の肥満が、中年(47歳)での胃がん発症リスクを78%も増加させることがわかっています(3)。この研究と比較すると、今回ランセット(1)の研究で行われた肥満判定10年後のがん発症リスクの算定は、過小評価ではないか?という疑問が残ります。実際、年少者のデータも採用して、より精度の高いレベルの「がん発症のリスク算定」が求められるのではないか、と指摘されています。
また糖尿病と、膀胱がん、食道がん、腎臓がん、多発性骨髄腫との関与が、次々明らかになってきました。今回、これらのがんが対象疾患からはずされたこともまた、がん発症リスクを過小評価している可能性があると指摘されています。
いずれにせよ、糖尿病、肥満の予防・改善を意識した、個々に合った運動、食事療法をプランすることが、早々に必要でしょう。また、実臨床の観点から、糖尿病及び、肥満症例については、がん発症リスク改善にフォーカスした生活指導を行い、発症しても早期発見・早期治療を実現することが要になると、留意すべきだと思います。

(1)Pearson-Stuttard, J., Zhou, B., Kontis, V., Bentham, J., Gunter, M. J., & Ezzati, M. (2017). Worldwide burden of cancer attributable to diabetes and high body-mass index: a comparative risk assessment. The Lancet Diabetes & Endocrinology.
(2)Park, Y., & Colditz, G. A. (2017). Diabetes and adiposity: a heavy load for cancer. The Lancet Diabetes & Endocrinology.
(3)Levi, Z., Kark, J. D., Twig, G., Katz, L., Leiba, A., Derazne, E., ... & Afek, A. (2017). Body mass index at adolescence and risk of noncardia gastric cancer in a cohort of 1.79 million men and women. Cancer.