2017/07/01

第130回 愛し野塾 エイジングと動脈硬化


エイジング(加齢)は、癌発症リスクを高め、動脈硬化を進行させます。冠動脈に動脈硬化が起きれば、命を脅かす「心筋梗塞」の発症リスクが増大します。動脈硬化のリスク因子となる疾患は、ご存知の通り、「高血圧・喫煙・高コレステロール血症・糖尿病」、です。しかし、実は「エイジング」こそ最大のリスク因子なのです。高血圧や高コレステロール、高血糖といった好ましくない血管環境下の暴露時間がエイジングとともに長くなるわけですから、おのずと動脈硬化の条件が満たされるわけです。しかし、様々なリスク因子を用いて多変量解析を行うと、「エイジング」が他のリスク因子とは異なり、独立して動脈硬化を引き起こすことがわかってきました。実際、「エイジング」による動脈硬化発症に寄与する他のリスク因子の影響は、男性でわずか12%、女性でも最大40%と試算されています。「エイジング因子」は、既知のリスク因子を介さない独立したプロセスによって動脈硬化を促進していることは間違いないようなのですが、そのメカニズムどころか、その存在の有無すら明らかにされていません。しかし、「糖尿病・高血圧・脂質異常・喫煙などのリスク因子」が全くない方でも、心筋梗塞を発症する症例は、日常臨床レベルで多数遭遇するわけで、「エイジングが動脈硬化を引き起こす未知のルートが存在する」と信じられてきたものの、術もなく、メカニズムの解明は頓挫してきました。
2014年、ブレークスルーとなる研究がハーバード大学のジェイスワル博士らによって報告されました(Jaiswal, S., Fontanillas, P., Flannick, J., Manning, A., Grauman, P.V., Mar, B.G., Lindsley, R.C., Mermel, C.H., Burtt, N., Chavez, A. and Higgins, J.M., 2014. Age-related clonal hematopoiesis associated with adverse outcomes. New England Journal of Medicine, 371(26), pp.2488-2498.)。これは「エイジング」で血液系の悪性疾患が増えることに注目した研究でした。すでに、特定の遺伝子に傷がつくことが原因で、エイジング依存性に血液系の癌が増加することがわかっています。この研究では、血液系の悪性疾患を発症していない人から採取した末梢血液を用いて調査すれば、「年齢依存性に増加する遺伝子の傷害が検出される」と仮定して調査が行われました。血液系の疾患の既往は問わず、17,182人を対象に、「すでに血液系の癌において変異が生じることが知られていた160個の遺伝子」について、末梢血の細胞を用いて、全エキソーム解析が行われました。この解析によってブレークスルーとして評価される多くの知見が得られたのです。1)遺伝子変異は、40歳以下の方にはほとんど認められませんでした。2)年齢とともに遺伝子変異は増加し、70-79歳で9.5%80-89歳で11.7%90-108歳で18.4%に認められました。3)遺伝子変異を起こすのは、わずか3つの遺伝子「DNMT3ATET2ASXL1」にほぼ限られているということがわかりました。4)これらの3つの遺伝子に変異があると、血液の悪性疾患の発症率は11.1倍に、全死亡は、1.4倍に増加します。5)これら3つの遺伝子に変異があると、冠動脈疾患が2倍、虚血性脳血管障害が2.6倍に増えることが明らかになったのです。この発見は、想定外の大きな発見でした。この結果から「エイジング」と「動脈硬化の発症増加」は、3つの遺伝子「DNMT3ATET2ASXL1」の変異に起因する可能性が見出されたのです。これら3つの遺伝子の変異を含め、74個の血液系の癌発症を促すドライバー遺伝子がありますが、将来、疾患発症させ得る遺伝子がクローナルに優位性をもって存在している「状態」については、現在、CHIPclonal hematopoiesis of indeterminate potential)と呼ばれています。
さて、この研究を行ったジェイスワル博士らは、「エイジングが遺伝子に傷を付け、動脈硬化をきたすメカニズムの詳細」を検討しました。その結果、医学誌NEJMに掲載され、多くの注目を集めています(Jaiswal, S., Natarajan, P., Silver, A.J., Gibson, C.J., Bick, A.G., Shvartz, E., McConkey, M., Gupta, N., Gabriel, S., Ardissino, D. and Baber, U., 2017. Clonal Hematopoiesis and Risk of Atherosclerotic Cardiovascular Disease. New England Journal of Medicine.)。今回はこの論文を解説してみようと思います。

方法
冠動脈疾患4,726症例、コントロールに3,529人が調査対象とされました。冠動脈疾患の定義は「DNAサンプルを採取後、心筋梗塞発症した、あるいは、血管再建術を要した症例」とし、対象者は、年齢、性別、2型糖尿病、喫煙歴をもとにネスティッドケースコントロール研究の手法を用いて選別されました。BioImage, MDCコホートが用いられました。全エキソーム解析には、レトロスペクティブケースコントロール研究「ATVB」と「PROMIS」の2つが用いられ、50歳未満の若年発症の心筋梗塞者を対象としました。
冠動脈疾患のリスクに寄与している遺伝子の検索には、「BioImage」「MDCコホート」と、3つの前向き研究「JHS」「FUSION」「FHS」が用いられました。「JHS」および「FUSION」は2014年の調査で用いられたコホートで、「FHS」はこの研究のために新たに解析に供されました。
結果
CHIPと冠動脈疾患の関係】
BioImageMDSコホートの検索から遺伝子変異は「DNMT3A」「TET2」「ASXL13つの遺伝子にほぼ限定され、94%72/77)にいずれか一つの遺伝子異常を認めました。BioImageでは、対象者の平均年齢は、70歳、平均観察期間は2.6年でした。冠動脈疾患を有する113人のうち17%である19人がCHIPキャリアーで(コントロール群のCHIPキャリアーは10%HR1.8でした(P=0.03)。MDCでは、対象者の平均年齢は60歳、平均観察期間は17.7年でした。CHIPキャリアーは冠動脈疾患症例で7%、コントロールで4%、HR2.0P=0.003)でした。BioImageMDCを合算すると、CHIPキャリアーは、HR1.9P<0.001)で、冠動脈疾患症例に顕著に認められました。

 【若年発症心筋梗塞の解析】
ATVBPROMISの検索から、若年発症の心筋梗塞はCHIPキャリアーで顕著に認められました。ATVBでは、オッズ比が5.4P<0.001)、PROMISでは3.4P<0.001)、総じた結果、オッズ比は4.0P<0.001)でした。

 【リスク遺伝子変異と冠動脈疾患発症】
BioImage, MDC3つの前向き研究から、「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」の3つの遺伝子に加え「JAK2」の影響も調査されました。「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」の変異は、冠動脈疾患の発症リスクを1.7-2.0倍上昇させ、JAK2V617F)変異は、12.1倍増加させることが分かりました。また、TET2JAK2ASXL1遺伝子変異は、非若年発症心筋梗塞群よりも、若年発症心筋梗塞群でより高頻度に認められました。

 CHIPと冠動脈石灰化】冠動脈疾患未発症症例のうち、CHIPキャリアーの「冠動脈石灰化を認めた症例数」は、非CHIPキャリアーの症例数の3.3倍に達し、冠動脈疾患発症症例では、CHIPキャリアーの「冠動脈石灰化を認めた症例数」は、非CHIPキャリアーの症例数の1.8倍の有意な増加がありました(P=0.03)。

【動物実験モデルを用いた検証】CHIP遺伝子群のなかで2番目に出現頻度が高い「TET2遺伝子」に注目し、CHIPが冠動脈疾患発症に寄与しているか検証されました。TET2遺伝子を欠損したTet2ノックアウトマウスは、人のTET2変異によって惹起される血液幹細胞のクローナル増殖と酷似するフェノタイプを示すため、実験に供されました。まず、動脈硬化になりやすいLdlrノックアウトマウスの骨髄細胞を放射線照射によって死滅させました。そこにTet2ノックアウトマウスから採取した骨髄細胞が移植されました。コントロールマウスには通常マウスの骨髄細胞が移植されました。
5週間後、大動脈基部に形成された動脈硬化のサイズを比較すると、Tet2ノックアウトマウス由来の骨髄細胞を移植されたマウスは、コントロールマウス由来の骨髄細胞を移植されたマウスの2.0倍(P=0.02)に肥厚し、9週間後には、1.7倍(P=0.03 )に有意な肥厚を認めました。Tet2ヘテロノックアウトマウス由来の骨髄細胞の移植実験でも、17週後の動脈硬化のサイズは、コントロールマウスより、下大大動脈で2.7倍の肥厚を認めました(P-0.03)。この動物実験によって、TET2遺伝子変異による機能低下が動脈硬化を促進する可能性が明らかとなりました。
次に、マクロファージの動脈硬化促進に及ぼすTET2遺伝子変異の影響を検証するためにマクロファージ特異的にTst2遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、Tst2ノックアウトマウスのマクロファージを単離し、コントロールマウスのマクロファージとさまざまな遺伝子の発現量の比較を行いました。その結果、Tet2ノックアウトマウス由来マクロファージにおける、動脈硬化促進機能を持つケモカイン、サイトカイン遺伝子の発現量の有意な増加を認めました。すなわち、TET2遺伝子の機能欠損は、ケモカイン、サイトカインの産生を増大させ動脈硬化を誘発する可能性が強く示唆されました。

【考察】
前述の一連のエレガントな研究結果から、DNMT3ATET2ASXL1に代表されるCHIP遺伝子が、冠動脈疾患発症と密接に関与することは間違いないものと考えられます。CHIPの抑制に重点を置いたアンチエイジングが議論されることになるでしょう。また高血圧など既知のリスク因子もCHIPを誘導する可能性も否定はできません。今後はあらゆるリスク因子との関係について解明が待たれます。また、Tet2遺伝子機能欠損によるマクロファージのケモカイン、及びサイトカインの発現増大に、密接に関わっていることがわかりましたが、CHIP遺伝子と動脈硬化の誘導を結びつける制御ネットワークの解明も非常に重要な課題です。
さて、現時点で臨床の立場で、できることは何でしょう。「エイジング」が、ごく限られた遺伝子に傷をつけることで癌や冠動脈疾患を惹起することがわかってきました。まずは、こうした特異的遺伝子の傷害の早期発見を糸口にして、骨髄や冠動脈の状態を検査するなど、精密検査によって血液の癌や冠動脈疾患を早期発見、予防することに役立てられるのではないでしょうか。今後は特定された遺伝子の機能欠損・低下を補償する遺伝子レベルでの治療法の開発も視野にはいってくることでしょう。
これまで雲をつかむようだった「アンチエイジング」対策。にわかに具体性を帯びてきたと感じる、ノーベル賞級の論文発表でした。