2018/10/11

愛し野塾 第189回 うつ病と食事療法




昨年(2017年)、WHOは、「うつ病に悩んでいる人は、世界で3億2千万人に上る」と公表しました。うつ病は、気持ちの落ち込み、興味の喪失、食欲低下、睡眠障害など、あらゆる症状を招くだけでなく、自殺の主要因は「うつ病」ともいわれ、重症化が危惧される疾患として認識されています。我が国の罹患率は、男性4%、女性7%、女性に多いのが特徴です。また「うつ病」や「不安障害」は、労働年齢層に多発し、その結果、社会活動から身を遠ざけ、仕事に出ることができなくなってしまいます。こうしたうつ病による社会的損失は、地球規模で毎年100兆円以上とWHOによって試算され、有効な治療法の開発は喫緊の課題です。
「気分障害」と総称される心の疾患は、治療法が開発される一方で、効果を認めるのは、3人に1人程度、たとえ有効性を認めても、その半数に再発を認める難治性の疾患であることは明らかです。気分障害の症状緩和に向け、改善可能なリスク因子を見出すために様々な研究が行われてきました。すでに、生物学的、行動学的、遺伝学的要因が提唱されています。

さて、行動学的要因の一つである「食事」に着目した研究によって、気分障害を改善する候補因子として「ω3不飽和脂肪酸、ビタミンB、亜鉛、マグネシウムが挙げられています。効果をもたらすメカニズムとして「抗炎症、抗酸化ストレス、神経可塑性改善、ミトコンドリア機能改善、腸内細菌環境改善効果」などが示唆されてきましたが、個々の食事性因子をターゲットにした治療が、必ずしも効果を奏しているとはいえないのが現状です。そこで、より実践的な食事全体のパターンを明らかにして、気分障害を改善しよう、とする試みが盛んになってきています。中でも有力視されているのは「地中海食」(文献1)ですが、その内容を一般化するためには、より精密な科学的裏付けが求められていました。今回、イギリスUCLのラセイル博士らによって、さまざまな食事パターンと気分障害について、厳格なメタアナリシスが遂行され、その成果が9月26日、「Molecular Psychiatry」に発表されました(文献2)。この結果は、気分障害を是正しうる食事パターンの実現に向け大きな前進となるものとして評価され、注目されています。

<対象>
1946年から2018年5月までに報告された論文について、Medline, Embase, PsychoINFOのデータベースを基に、「うつ病あるいはうつ症状」、「ダイエット」、「インデックス、スコア、パターン、クオリティー」を検索項目として、Ovidで検索しました。選択の条件は、(1)エクスポージャーとして、包括的な食事アセスメントを食物摂取頻度質問票、24時間思い出し法、食事記録法、食事歴法を用いて施行していること、(2)アウトカムには、研究者によるうつ症状の診断、カルテ、自己申告、CES—Dによる評価(20アイテム法によるカットオフは16)を用いていること、(3)デザインとして観察研究であること、(4)年齢制限はなく、外来患者で、施設入所をしていない患者を対象としていること、としました。除外項目には、(1)エクスポージャーとして、全体の食事についての測定をしていないこと、(2)アウトカムとして双極性障害、全体的気分状態、心理社会的ストレッサー、認知されたストレスを対象としていること、(3)デザインとして介入試験であること、(4)対象者に妊娠者、授乳者、入院患者を選んでいること、としました。
<結果>
条件を満たした41本の研究論文(縦断的研究が20本、横断的研究が21本)のうち、10本が地中海式ダイエットスコア、7本がヘルシー・イーティング・ダイエット(HEI)スコア、4本がダッシュ・ダイエット(DASH)スコア、9本が食事炎症指数(DII)計測を用いていました。15本は、国の制定するガイドラインへのアドヒアランスを示すスコアや、ダイエットの質を表す一般的スコアなど、様々なスコアを計測していました。3つの研究は複数のスコアを同時に検討していました。3種類のスコア(地中海式ダイエットスコア、HEI、ベジタリアンダイエットスコア)を計測したものが1本、2つのスコア(地中海式ダイエットスコアとオーストラリア推奨食物スコア)を計測していたものが1本、AHEI(代替HEI)とほかの3つのスコアを比較していたものが1本でした。全部で44の解析スコアが用いられていましたが、解析のレベルの質的評価では、32本が高評価、12本が低評価でした。低評価のうち9本は、横断的研究によるものでした。
地中海食:スコア化には4つの指標が用いられていました。最初に開発された地中海式ダイエットスコア(MDS)をはじめ、相対的MDS(rMDS),代替MDS(aMDS),MSDPS(地中海式ダイエットパターンスコア)の3つのスコアが包含されました。MDSとrMDSは、9つのアイテムを含んでおり、5つは、健康に良いとされるもの(フルーツ、野菜、マメ科食物、穀類、魚)、2つは健康に悪いとされるもの(赤身肉と乳製品)で、加えて、健康に良いとされる脂質(単価不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比率(MDSにおいて検討されました)、オリーブオイルの摂取量(rMDSにおいて検討されました))の摂取、中程度のアルコール摂取が含まれました。MDSスコアの分布は、0-9点で、健康に良いアイテムは、平均よりも摂取が多いと1点、逆に低いと0点で、健康に悪いアイテムは、平均よりも摂取が少ないと1点、逆の場合は0点として算出されました。rMEDは、カットオフを3分割し、0-18点に分布させました。aMDSは、ひとつひとつのアイテムを、0点から5点(5点はアドヒアランス良好、0点は不良)に分類し、11個の構成アイテムを対象としました。MDSのアイテム全てに加えて、鶏肉(健康に悪いものに分類)、ポテト(健康に良いものに分類)を追加されており、全体としては、0-55点に分布させました。MSDPSは、13個の構成アイテムがあり、MDSのアイテム全部と、スイーツと卵を含み、それぞれのスコアが0-10点で、全体としては、0-100点に分布していました。
6つのコホート研究(いずれも縦断研究)が最終候補となり、フランス、オーストラリア(2つのコホート研究)、スペイン、UK、USで、9.1年の平均観察期間がありました。UKとUSの研究は、線形モデル、もしくは一般化した推定等式から求めたもので、ほかの4つのコホート研究の手法との差異が大きいため除外しました。その結果、対象となったのはフランス、オーストラリア、スペインの4つのコホート研究で、これらのメタ解析から、「もっとも地中海食へのアドヒアランスの良い群は、もっとも悪い群に比べて、33%も有意にうつ症状発症リスクが少ない」ことがわかりました。除外したUS研究匂いても、「地中海式ダイエットスコアが高いと、うつ症状発症リスクが下がる」という結論で、得られた内容には齟齬はありませんでした。一方、UKのものは、青少年を対象にしたものを含んでおり、この年齢層では、地中海食はうつ症状発症には影響しないと結論づけられました。US、ギリシャ、イランの3つの横断研究は、結果に統一性を欠いていました。
HEI:3本の長期の縦断研究がありました。UK、スペイン、フランスで遂行され、平均観察期間は、6.5年でした。4本の横断研究は、USとイランのものでした。スコアには、HEI-2005, AHI, AHEI-2010が用いられていました。HEI-2005は、「米国食事ガイドライン2005年」を基に作成された指標で構成され、スコアの幅は0-100点、全12個のアイテムの点数は、それぞれ5点か10点でした。HEI-2005の12アイテムは、すなわち「すべてのフルーツ、ホールフルーツ、すべての野菜、緑色野菜、黄色野菜、マメ科植物、すべての穀類、ホールグレイン、乳製品、赤身肉、ビーン、オイル、飽和脂肪酸、塩分、エンプティカロリー」でした。AHIは、9アイテム、すなわち「野菜、フルーツ、ナッツ、大豆プロテイン、白身肉と赤身肉の比率、穀類のファイバー、トランスファット、多価不飽和脂肪酸、マルチビタミン使用、アルコール」からなり、AHEI2010は、11アイテム、すなわち「野菜、フルーツ、ナッツ、マメ科植物、赤身肉と白身肉の比率、ホールグレイン、トランスファット、n-3脂肪酸、砂糖加味飲料、フルーツジュース、塩分」でした。
3本の縦断研究において、高いダイエットスコアを認めた群は、低い群に比較すると、うつ症状発症リスクは、24%の有意な減少を認めましたが、同時にヘテロジェナイアティー(異質性)を認めました。一方で、横断研究では、高いダイエットスコアを認めた群は、低い群に比較すると、うつ症状発症リスクは、47%の有意な減少を認め、同時にヘテロジェナイアティーも認めませんでした。
DASH:4本の研究で、ファング博士の開発したオリジナルDASHスコアか、モディファイドバージョンが用いられました。8アイテムから成り、ネガティブと評価される「甘み付けした飲み物、赤身肉、塩分」で、ポジティブと評価される「フルーツ、野菜、マメ科植物とナッツ、ホールグレイン、低脂肪乳製品」でした。1点から5点が付与され、性別も考慮し、点数分布は、9-40点でした。
縦断研究は、スペインの1本で、ファング博士開発のDASHスコアでは、うつ症状発症との関係で、逆相関関係が認められましたが、そのほかの3つのDASHスコアでは、相関を認めませんでした。イランの横断研究では、思春期の女性でのみ、うつ症状と負の相関がありました。DASHスコアとうつ症状との関連の研究は、数が極めて少なく、いまだ未熟な段階であることが示されました。
DII:45個の食物パラメーターによって炎症評価が行われました。UK、US、フランス、オーストラリア、スペインのコホート研究、及び、US、アイルランド、イランの4本の横断研究がありました。横断研究では、うつ症状発症リスクと負の相関を認め、うつ病発症リスクは36%低下、縦断研究では、24%の低下を認めました。
<コメント>
本研究調査から、「うつ症状発症リスクを下げるためには、地中海食を遵守し、炎症を引き起こしやすい食事をさけること」が示されました。「フルーツ、野菜、ナッツ」の摂取を増やし、「加工肉、トランスファット、中程度のアルコール摂取」などの炎症促進因子を避け、こうした食生活の習慣化が、うつ症状を回避し、精神的に安定した日常生活の実現できるといった可能性が広がったのではないでしょうか。こうした食事療法は、動脈硬化予防、認知症予防、糖尿病発症予防にも効果的とされており、今後の食事療法の中心的役割をはたしていくことになるものと予測されます。
脳神経系への障害をきたすメカニズムとして「酸化ストレス、インスリン抵抗性、炎症、血管形成変化」が挙げられています。「地中海食と抗炎症食との組み合わせ」は、こうしたダメージを予防、修復してくれる可能性があり、その詳細は今後の研究によって明らかにされるでしょう。
こうなると、高精度のうつ症状の診断が求められます。ほとんどの研究では、CES-Dが用いられ、一部、MFQ、BCIも用いられました。実際に診察までして診断をしたのは、一部にとどまりました。採用された各研究毎のうつ症状の診断に違いがあった可能性は否定できません。また、「うつ症状」と「うつ病」とは異なり、うつ症状の「一過性、かつ、自然回復する可能性がある」といった性質が、バイアスとなっていないか、疑問が残ります。また、食物摂取質問票による調査は、ワンポイントでしか遂行されていないことから、調査期間中の食事内容の変化の可能性が考慮されていない懸念が残ります。今後はさらに研究の精度を高めていって欲しいと願うところです。いずれにせよ、うつ症状緩和、及び予防のためには、適度な運動を交えながら、食事は地中海式を基準にし、各人の病態や健康状態と照らし合わせた上、抗炎症食も組み合わせていくことになりそうです。
文献1
Ann Neurology 2013:74:580-591
文献2
Molecular Psychiatry published online on September 26,2018
Doi.org/10.1038/s41380-018-0237-8

2018/10/09

愛し野塾 第188回 糖質制限食の危険を警鐘する





「肥満」は、メタボ症候群、睡眠時無呼吸症候群、がんなどの罹患リスクを上昇させ、時には、生命を危険に晒す因子となると言っても言い過ぎではないでしょう。
日本では、「肥満」はBMI25以上をさし、男性で約30%、女性で約20%のかたが該当します。米国では、BMI30以上を「肥満」と定義しているものの該当者が多くCDCの報告では、肥満の疾病対策費用は、医療費全体の9%に上り国家予算を圧迫し続けています。2003年のNEJMで2本の糖質制限食の有効性を記した論文が報告されて(文献1、2)以来、メディアでも大きくとりあげられ、一般大衆に広がりました。実際、このダイエットの実践者は、米国では19%もいることがわかっています。しかし、糖質制限の有効性や安全性については、大きな議論となっており、「糖質制限は、死亡率を上げる食事療法ではないか」、という糖質制限反対を支持するデータがランセットでも報告されています(文献3)(愛し野塾184回参照)。
「糖質制限ダイエット」に関する研究の問題点の一つとして、参加者のアドヒアランスが極めて低いことが指摘されています。参加者のドロップアウトの割合が約50%で研究の信頼性が疑問となるわけです。例えば薬剤効果に関する治験では、大多数で99%程度の良好なアドヒアランスが得られ、高い信頼性が担保されています。半数がドロップアウトしてしまうような研究を元にした知見が「一般のかた」に適用していいとは到底思えません。しかし、現実的に「参加者アドヒアランス」の問題の克服は容易ではなく、研究結果のばらつきの理由の大きな要因となっていたのです。
さて、今回、行動療法を用いて自己管理術に精通させた参加者を対象に、「糖質制限」「低脂質」「ビーガン」の3通りの食事療法に無作為に割付け、それら食事療法を厳格に管理させ、100%のアドヒアランスを達成した上で、体重、心血管病マーカーについて調査した結果が発表されました(文献4)ので、この論文について考察してみたいと思います。
<対象>
本試験の登録候補者673人から、120人のボランティアが選ばれました。いずれも実地医からの紹介者です。試験参加の条件は、「BMI 30以上、年齢 30-59歳、非妊娠者、心臓疾患がない、薬物及びサプリの服用なし、食事アレルギーがない、他の臨床試験に参加していない、糖尿病、肝臓疾患、腎臓疾患、消化器疾患、がんがない」ことでした。3つの食事療法に各40人ずつ割り付けられました。
カウンセリングは「支持的だが非指示的」な方法が用られました。試験開始時は、50-60分、その後は、6週ごとに20-30分のカウンセリングが行われました。1日あたりの摂取カロリーは1500-1600Kcal、「糖質制限、低脂肪、ビーガン」食、それぞれに蛋白、糖質、脂質の具体的な情報が与えられました。加工品、精製品を避け、自然食、複合糖質摂取を推奨しました。
<ビーガン食>
肉を避け、乳製品、卵も食さないように指示されました。蛋白は、マメ科植物、ナッツ、大豆から、脂肪は、野菜から摂取するようにしました。
<低脂肪食>
脂肪摂取が全カロリーの25%を超えない。また1日摂取飽和脂肪酸が5グラムをこえないように指示されました。スキムミルク摂取が推奨されました。
<糖質制限食>
糖質が全カロリーの25%を超えない。脂質が全カロリーの50%、たんぱく質が全カロリーの25%としました。
冠動脈血流は、心筋灌流イメージング法で測定し、イスケミックインデックスで表しました。食事療法が守られているかどうかは、尿のケトン体測定、呼吸商の値を参照にしました。運動療法は、歩行、バイク、スイムのいずれかを週に3回、1回30分するように指導されました。
<結果>
参加者は、男性63人、女性57人、平均年齢は43.7歳でした。BMIは42.4と高値で、LDL-Cは185、HDL-Cは42.2、TGは195と脂質異常を認めました。CRPは1.07、Il-6は5.89でした。3つの食事療法に割り付けられた参加者のプロファイルに違いはありませんでした。また、各食事療法で、ビタミンサプリあり・なしを半数ずつ(20人ずつ)割り付けました。参加者の試験の完遂率は100%で、離脱したひとはいませんでした。試験は1年間続けられ、その後食事療法を中止しました。
1年後の体重平均で13.3Kgの減少を達成し、3群の体重減少量の違いはありませんでした。それぞれ、<低脂質食>121.6kgから108.1Kgに減少、その後4ヶ月後は、107.9Kg 、<ビーガン食>125.6Kgから110.7Kgに減少、その後4ヵ月後は111.4kg、<糖質制限食>129.9Kgから111.1Kgに減少、その後4ヶ月後は、113.3Kgでした。
脂質、炎症のプロファイルについて、3群に差を認めました。<糖質制限食>では、脂質プロファイルの悪化、炎症パラメーター、冠動脈血流の悪化を認めました。一方<低脂肪食><ビーガン食>では、いずれも改善を認めました。具体的には、<糖質制限食>では、ビタミン補充をした場合、LDL-Cは203.8から1年後に228.3へ増加、TGは、208.4から232.9に増加、IL-6は5.28から7.23へ増加、Fibは332.6から372.4へ増加、Lp(a)は20.2から25.5へ増加、イスケミックインデックスは0.066から0.116に悪化、していました。ビタミン補充をしない場合には、CRPも1.07から1.26に上昇、Hcyは16.4から23.0に上昇していましたが、そのほかのパラメーターは同様の変化を示しました。一方、<低脂肪食>では、ビタミン補充をした場合、LDL-Cは、186.2から121.8へ大幅な減少、TGは181.4から118.1へ減少、CRPは0.54から0.13に低下、Il-6は6.02から3.33に減少、Hcyは13.4から7.5に減少、Fibは332.6から310.4に減少、Lp(a)は24.9から14.7に減少,イスケミックインデックスは、0.094から0.053に改善しました。ビタミン補充をしない場合は、Fibが326.7から333.9へ上昇していましたが、そのほかのパラメーターはほぼ同様の動きをしました。<ビーガン食>では、ビタミン補充をした場合、LDL-Cは、181.7から119.0へ大幅な減少、TGは195.1から127.0へ減少、CRPは2.34から0.28に低下、Il-6は5.83から3.55に減少、Hcyは13.9から9.1に減少、Fibは327.4から329.1に増加、Lp(a)は23.4から19.0に減少、イスケミックインデックスは、0.080から0.071に改善しました。ビタミン補充をしない場合は、Fibが331.5から321.4へ減少していましたが、そのほかのパラメーターはほぼ同様の動きをしました。
結果をまとめると、Hcyは、低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(P<0.001)、糖質制限食で有意に上昇(P<0.001)していました。Fibは糖質制限食で有意な上昇(P<0.001)を認めましたが、低脂肪食、ビーガン食では変化がありませんでした。Lp(a)は、糖質制限食で有意な上昇(P<0.001)、低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(前者はP<0.001、後者はP<0.01)していました。LDL-CとTGは低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(P<0.001)、糖質制限食で有意に上昇(P<0.001)していました。CRPはイフェクトサイズも小さく、変化の程度も有意なものでなくトレンド程度でしたが、炎症のマーカーとしてより重要とされる、IL-6については、TGは低脂肪食、ビーガン食で有意に低下(P<0.001)、糖質制限で有意に上昇(P<0.001)していました。冠動脈血流(イスケミックインデックス)は、低脂肪食、ビーガン食で有意に改善、糖質制限で有意に悪化していました
<コメント>
3つの異なる食事療法を参加者のドロップアウトなしに見事1年間施行できた行動療法の結果として、3つの食事療法すべてで、体重が10%ほど低下していたにもかかわらず、「糖質制限食」で脂質、炎症のパラメーター、冠動脈血流の悪化を認め、一方で「低脂質食、ビーガン食」では改善を認めました。糖質制限をすると、動物性蛋白の摂取が多くなることで、脂質プロファイルを悪化させ、ひいては、炎症を惹起させることで、冠動脈血流を低下させるのではないかと説明されるでしょう。最近発表されたランセットの「糖質制限は死亡率を上げる」とする内容(文献3)と大変類似する結果が得られました。糖質は全体のカロリーの少なくとも50%は摂取したほうがいい、という主張は合理性があるのではないでしょうか。
ここで用いられた行動療法は、「バンドーラ」カウンセリングに基づく、習慣獲得と習慣除去法を組み合わせたものです(文献5)。この方法を用いて、いずれの食事療法も参加者が習慣付けることに成功したため、ドロップアウトゼロを実現できたと論文では主張しています。今後この方法は、日常臨床における生活管理にも役立つのではないでしょうか。
本論文の著者は、「これまでの糖質制限の研究は、ドロップアウト群のデータをカウントせず、LDL-コレステロールが上がれば、除外し、完遂したかたのみを対象とした結果を解析していた」と主張しています。ドロップアウトが40-60%に及べば、ドロップアウト群のバイアスがあまりにも大きく、得られたデータの信憑性に疑問をいただかざるを得ない状況でした。今回、ドロップアウトゼロでの1年間糖質制限をした結果が、これまでと異なるデータが得られたことは、当然かもしれません。これまでの糖質制限の研究では、LDL—コレステロールは低下し、脂質プロファイルは良くなる、心血管病のマーカーも改善する、と報告されていました。著者の主張もあながちまちがってはいないようです。糖質制限をダイエットの基本とすることは危険である、ことを示唆する本研究成果は、見過ごしてはならないものとなりました。


Samaha FF, Iqbal N, Seshadri P, Chicano KL, Daily DA, McGrory J, Williams T, Williams M, Gracely EJ, Stern L.
N Engl J Med. 2003 May 22;348(21):2074-81.
Foster GD, Wyatt HR, Hill JO, McGuckin BG, Brill C, Mohammed BS, Szapary PO, Rader DJ, Edman JS, Klein S.
N Engl J Med. 2003 May 22;348(21):2082-90.
Seidelmann SB, Claggett B, Cheng S, Henglin M, Shah A, Steffen LM, Folsom AR, Rimm EB, Willett WC, Solomon SD.
Lancet Public Health. 2018 Sep;3(9):e419-e428. doi: 10.1016/S2468-2667(18)30135-X. Epub 2018 Aug 17.
Fleming RM, Fleming MR, Harrington GM, Ayoob KT, Grotto DW, McKusick A.
Clin Cardiol. 2018 Sep 27. doi: 10.1002/clc.23047. [Epub ahead of print]
文献5 Bandura A. Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change.
Psychological Review 1977:191-215

2018/09/19

愛し野塾 第187回 健常高齢者にアスピリンは危険か

アスピリンは健常な高齢者には危険か
いったん冠動脈疾患や脳卒中などの「心血管病」を発症すると、その再発リスクが高まることから、既往のあるかたに対する、心血管病再発予防(2次予防)効果が証明されている「アスピリン服薬の推奨」は、よく理解できるところです。一方で、心血管病既往のないかたに、将来の発症を予防する目的で、既往者と同じようにアスピリンの服薬をすべきかどうかについては、明確なエビデンスがないまま、多くのかたにこの薬剤が投与されている現実があります(文献1、2)。これまでの研究から、アスピリンの心血管病の一次予防効果の可能性(文献1)、さらに、がん死の予防効果の可能性についても示唆されていることから(文献3)、服薬を推奨する専門家が多いのは事実です。しかし、投薬が必要なレベルなのか(文献2)、また若年者と高齢者と同じ適用であっていいものか、といった疑問が残っています。心血管病発症リスクについて、高齢者は若年者よりも高い事を鑑みれば、当然、アスピリンの予防効果はより高くなると期待されるわけですが、逆に、出血傾向がより高くなることも予想されるからです。
日常臨床では、高齢者には、医学的な根拠が曖昧なままに、おしなべて低容量アスピリンが使用されている現状があります。これが正しいか否か、問題を根本的に解決するには、高齢者を対象とした大規模無作為盲検試験を行う必要がありました。しかし、既に「アスピリンには、決定的ではないものの、ある程度の一次予防効果を示すエビデンスがあること」、また「2次効果についてすでに確立している」こと、また、新たに試験を行うとすると、アスピリンの投与群及び、非投与群を対象として、予防効果について統計的有意差を求めるためには1万人を超える大規模な調査を必要とし、研究資金面でも困難を要するといった壁が立ちはだかっていたのです。
こうした困難を打破すべく、今回、オーストラリアとアメリカの合同グループによる、大掛かりな調査研究が行われました。その結果、大きな成果をあげた論文が立て続けに3本、平成30年9月16日、NEJMに発表になりましたので、まとめてみたいと思います(文献4、5、6)。
<対象>
米国の34カ所、及びオーストラリアの16カ所の医療機関で、プラセボを対照とした、無作為2重盲検試験(ASPREE研究と命名されました)が行われました。バイエル株式会社によって、アスピリン及びプラセボが提供されました。オーストラリアのモナッシュ大学がデータ収集及び解析を担いました。対象者は、オーストラリアと米国の70歳以上の社会生活を営む住民でした(米国の黒人とヒスパニックは65歳以上)。オーストラリアでは、一般開業医と試験研究者が、試験登録可能な患者を抽出し、手紙によって試験参加を呼びかけました。米国では、クリニックのメーリングリスト、電子カルテのスクリーニング、広告を通じて候補者を絞り、手紙を送って参加を呼びかけました。
登録基準は、「5年以内に死亡が見込まれる慢性疾患を有していないこと、心血管、脳血管病がないこと」、としました。黒人とヒスパニックは、心血管病、認知症のリスクが高いという報告があることから登録年齢を下げました。除外条件は(1)認知症の診断がすでにある、(2)出血リスクが高い、(3)アスピリン禁忌である、ことでした。また、(1)モディファイド・ミニメンタルステート試験で、78点以下であること(満点は100点)、(2)日常生活動作自立度のカッツインデックスが4点か5点(日常生活に支障がないものが0点で、最大の支障がある状態が5点とし、4点は、重篤な障害がある状態を指す)も、除外しました。
<試験方法>
登録者へは、プラセボ投与が4週間行われ、この期間の服薬アドヒアランスが80%以上の方のみを、無作為にプラセボ投与群と100mgアスピリン投与群に割り付けました。毎年一回の診察、3ヶ月に一度の電話によって、服薬アドヒアランスの維持を勧めました。6ヶ月に一度、データ収集が行われました。
<アウトカム>
一次評価項目は、「認知症、持続的な身体不自由のない、生存」、一次複合評価項目は、「死亡、認知症、持続的な身体不自由が最初に生じた時」としました。認知症の診断基準にはDSM-IVを用い、「持続的な身体不自由」は6ヶ月以上としました。
<結果>
2010年から2014年の間に登録された19114人は、アスピリン群に9525人、プラセボ群に9589人、無作為に割り付けられました。平均年齢は74歳、女性の比率は56.4%でした。アスピリン群は91.3%が白人で、黒人が4.7%、ヒスパニックが2.6%、BMIは28.1、喫煙者は3.7%、糖尿病患者は、10.8%、高血圧は、74.2%、脂質異常は64.7%、フレイルは2.3%でした。プラセボ群もほぼ同様で2群間の特性に差はありませんでした(91.1%が白人で、黒人が4.7%、ヒスパニックが2.6%、BMIは28.1、喫煙者は4.0%、糖尿病患者は、10.7%、高血圧は、74.5%、脂質異常は65.8%、フレイルは2.1%)。11.0%のかたが、試験登録前にアスピリンを定期的に使用していました。 
<一次評価項目>
一次評価項目に両群間の有意差を2017年3月の段階でも認めず、「試験を続けても、有意差が生じる可能性が低い」と判断され、試験は、平均観察期間4.7年で打ち切られました。試験を完遂できたかたは90%以上でした。その結果、アスピリン群では、「死亡、認知症、持続的身体不自由」は21.5/1000人年、プラセボ群では、21.2/1000人年に生じ、HRは1.01(P=0.79)で、両群間の差は認められませんでした。
<二次評価項目>
「全死亡」は、アスピリン群 12.7/1000人年、プラセボ群 11.1/10000人年で、HR1.14と有意差は検出されませんでしたが、アスピリン群で死亡リスクが高くなる傾向を認めました。認知症は、アスピリン群 6.7/1000人年、プラセボ群 6.9/1000人年でHR0.98(有意差なし)、「持続する身体不自由」は、アスピリン群 4.9/1000人年、プラセボ群 5.8/1000人年でHR0.85(有意差なし)、「重篤な出血」は、アスピリン群 8.6/1000人年、プラセボ群 6.2/1000人年、HR1.38(P<0.001)で、アスピリン群で多いことが確認されました。
アスピリン群の「全死亡」がプラセボ群より多い傾向を認めた(有意差なし)ことから詳細の調査を行った結果(文献4)、主たる死因は「がん」によるものでした。がんによる死亡は、アスピリン群で295例(3.1%)、プラセボ群で227例(2.3%)で、HRは1.31でした。試験開始後3年まで、群間差を認めませんでしたが、3年経過後より、アスピリン群でがんによる死亡が増加し、その後、プラセボ群よりも顕著にがんによる死亡が増加し続けました。がんは、全死因の49.0%を占めました。心血管病は、全死因の19.3%、出血による死亡は、5.0%を占めるのみでした。がんの中では、結腸直腸がん(アスピリン群35例、プラセボ群20例、HRは1.77)、膵臓がん(アスピリン群29例、プラセボ群21例、HRは1.40)が特に多いことがわかりました。肝臓がんは、アスピリン群4例、プラセボ群0例でした。調査されたほぼすべてのがんで、アスピリン群のほうが、プラセボ群よりも死亡率が高いことがわかりました。さらに効果が期待されていた、心血管病の発症について検討が加えられました(文献5)が、アスピリン群で10.7/1000人年、プラセボ群で、11.3/1000人年とHR0.95で両群間の発症率に有意差を認めませんでした。
<コメント>
平均年齢74歳の比較的健康な高齢者に100mgのアスピリンを投与しても「心血管病の発症」「死亡、認知症、持続的身体不自由の発症」を抑制する効果を認めないというネガティヴな結果は、大変ショッキングでした。比較的健康なかたが調査対象とはいえ、平均BMI28と肥満があり、高血圧は4分の3程度、脂質異常症は3分の2程度に認められ、動脈硬化リスクのかなり高いかたを対象としていたと思われますが、一次評価項目には差を認めませんでした。これは糖尿病が10%程度と少なかったことから、動脈硬化の進行が低かった可能性は否定できません。動脈硬化が進行していなかった対象者が多かったとしたら「高血圧罹患歴が短い、脂質異常症罹患歴が短い、投薬がしっかりなされていた」、可能性があり、今後そういった視点からの詳細調査が必要ではないでしょうか。驚くべきことは、アスピリン投与群で認めた「有意ながん死亡の増加」です。特に、直腸結腸がんの死亡が77%も増加していたことに関しては、これまで報告されてきた「アスピリン投与による直腸結腸がんの予防効果」を否定するような結果となり大変驚かされました。一方で、これまでの研究対象が、比較的若いかたであったことを踏まえて、仮にアスピリン投与が「若年者では直腸結腸がんの予防効果があり、高齢者では促進効果がある」となれば、今後、アスピリンの投与について、大いなる注意を要することになるでしょう。しかし、アスピリンによるがん全体の死亡リスクについても、高齢者と若年者で相反する結果になるとすれば重大です。今後の検証を注意したいと考えるところです。
重篤な出血は、予想通りアスピリン投与群で増えていた事実を勘案すると、低容量アスピリン投与は、高齢者に限っては「百害あって一利なし」という結論に傾くことは間違いないと思われます。日常臨床における、高齢者の一次予防におけるアスピリン投与には「慎重には慎重を期すべし」、そして、すでに投与されているかたは、「結腸直腸がんなどの消化器がん、さらにがん全体の発症に、特段の注意をするべし」、とのメッセージを受け取ったと感じております。
文献1
Peto, R., Gray, R., Collins, R., Wheatley, K., Hennekens, C., Jamrozik, K., ... & Gilliland, J. (1988). Randomised trial of prophylactic daily aspirin in British male doctors. British medical journal (Clinical research ed.), 296(6618), 313-316.

文献2
Ikeda, Y., Shimada, K., Teramoto, T., Uchiyama, S., Yamazaki, T., Oikawa, S., ... & Ishizuka, N. (2014). Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors: a randomized clinical trial. Jama, 312(23), 2510-2520.

文献3
Rothwell PM, Fowkes FGR, Belch JFF, Ogawa H, Warlow CP, Meade TW. Effect of daily aspirin on long-term risk of death due to cancer: analysis of individual patient data from randomised trials. Lancet 2011;377:31-41.

文献4
McNeil JJ, Woods RL, Nelson MR, et al. Effect of aspirin on disability-free survival in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1800722.
September 16, 2018

文献5
McNeil JJ, Nelson MR, Woods RL, et al. Effect of aspirin on all-cause mortality in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1803955.
September 16, 2018

文献6
Effect of aspirin on cardiovascular events and bleeding in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1805819.
September 16, 2018

2018/09/16

愛し野塾 第186回 インフルエンザウイルス特効薬開発 2018


インフルエンザウイルスに罹患してしまうと、少なくとも5日間の自宅療養を要し、重症化すれば、肺炎、脳炎など命を脅かす重篤な合併症を発症する恐れもあることから、言うまでもなくインフルエンザを予防することは重要な課題です。予防法として、まずはうがい、手洗いの励行、そして、流行期を迎える前のワクチン接種が推奨されています。

しかし、ワクチンの有効性は決して高いわけではありません。60%程度と厚労省は発表しています(6歳未満の小児を対象とした2015/16シーズンの研究資料 : https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html)。
さらにシーズンによっては、ワクチンが標的とするインフルエンザウイルスの型と、実際流行しているウイルスの型が適応せず、ワクチン接種の有効率が30%程度にまで低下する場合もあることが報告されています(文献1)。頼みの抗インフルエンザ薬も、一定の効果を挙げているものの十分とはいえません。かつて汎用されていたアマンタジン(M2イオンチャンネル阻害剤)は、薬剤抵抗性を示すインフルエンザウイルスの増殖を引き起こしたとして、推奨されなくなり、現在は、タミフル、イナビル、リレンザ、ラピアクタ(ニューラミニデース阻害剤)が、日常臨床で汎用されています。一方で、進化し続ける特性を持つインフルエンザウイルスは、薬剤耐性を獲得しやすく、実際、2007年には、タミフル耐性インフルエンザA型(H1N1)が世界的に流行し、その後2009年に大流行した、インフルエンザA型(H1N1)pdm09もまたタミフル耐性を示す株を認め、コミュニティーレベルとはいえ、一部地域で大流行しました(文献2)。このため、M2イオンチャンネル、ニューラミニデース以外の、新たな分子に注目し、ウイルスの進化のいかんにかかわらず、効力を示す薬剤を開発する必要に迫られていました。

こうした背景のもと、インフルエンザウイルスの「ポリメレース複合体」が、創薬のターゲットとして注目されるようになりました。この複合体は、3つのタンパクサブユニットである「PB1、PB2、PA」から構成され、進化の初期から、良く保存された遺伝子配列を有し、ウイルスの複製効率を上げるには不可欠な部位であることが明らかにされました。そこでこの部位を標的として、臨床研究が行われてきました。

PB2は、宿主のプレメッセンジャーRNAのキャップ構造に結合し、PAにより切断を受けます。この切断物がRNA–プライマーとなり、PB1の作用であるRNA依存性RNAポリメラーゼの作用を受けて、ウイルス分子の翻訳がなされます。しかし期待されたPB1阻害剤「アビガン®」の臨床試験の治療効果はいまひとつ振るわず、一方で、今回ご紹介するPA1阻害剤である「バロキサビル(ゾフルーザ®)」は、動物実験で良好な結果を認め、その後、第2相、第3相臨床試験の結果が9月6日号NEJMに報告されましたので、解説したいと思います(文献3)。

<試験のデザイン>

第2相臨床試験は、2重盲検、プラセボ対照、かつ無作為試験として行われ、3つの異なる容量(10mg,20mg,40mg)のバロキサビルか、プラセボ投与が施行されました。対象は、日本人成人20歳から64歳で、2015年12月から2016年3月までの急性インフルエンザ罹患者としました。
第3相試験は、2重盲検で、プラセボとタミフルを対照とした無作為試験とし、2016年12月から2017年3月まで、米国と日本の12歳から64歳の外来患者のうちインフルエンザ様病態を示す患者を対象としました。体重80Kg未満は、バロキサビル 40mg、体重80Kg以上は、80mgを投与しました。タミフルは、一回75mgを1日2回、5日間投与しました。バロキサビルもプラセボも、タミフル投与に合わせて5日間投与し、バロキサビル投与群は、プラセボ投与群と組み合わせました。12−19歳については、バロキサビル、あるいはプラセボ投与が行われ、タミフルは投与されませんでした。

<患者>

3条件、すなわち「1. 腋窩測定体温が38度以上、2. 少なくとも一つの呼吸器症状がある、3. 症状発現から48時間以内」を満たした患者を対象としました。第2相試験では、迅速診断で陽性であることを条件としましたが、第3相試験では、この条件は設けませんでした。妊婦、体重40Kg以下、入院患者を対象から除外しました。アセタミノフェンの投与は許容しましたが、そのほかの薬剤投与は認めませんでした。ただし、試験登録後に細菌感染の疑いのある症例には、抗菌剤投与を許可しました。

<モニタリング>

「咳嗽、咽頭痛、頭痛、鼻汁、熱発(悪寒)、筋肉痛(関節痛)、倦怠感」の7つの症状の個数を指標に重症度を判定しました。点数が「0」は症状なし、「1」は、軽症、「2」は中等症、「3」は、重症としました。第1病日から第9病日まで1日2回判定、第10病日から第14病日までは、1日1回判定しました。インフルエンザ中和抗体の有無を第1病日と第22病日に測定しました。鼻咽頭スワブあるいは喉頭スワブを(第2相試験では第8病日、第3相試験では第9病日)施行し、ウイルスの定量、薬剤感受性を調べました。

<アウトカム>

1次評価項目「症状の改善にまで要した時間」「改善」の定義として、症状評価の点数が「0」あるいは、「1」の状態が、少なくとも21.5時間続いた場合としました。

2次評価項目「熱が平熱にもどった時間、通常の健康にもどった時間、新たに症状が生じて抗生剤を使うことになった合併症」としました。

<第2相研究の結果>

400人が登録され、389人が試験を完遂しました。インフルエンザA型(H1N1)pdm09感染は、61-71%でした。「症状改善までの時間」は、バロキサビル10mgの場合54.2時間、20mgの場合52.0時間、40mgの場合49.5時間、プラセボでは、77.7時間で、バロキサビル投与で、有意に短縮されました(バロキサビル10mgでp=0.009、20mgでp=0.02、40mgでp=0.005)。インフルエンザウイルスタイターは、第2病日、第3病日で、いずれも、バロキサビル投与群で、プラセボ投与群に比較して低下していました。182人のバロキサビル投与群のうち、4人(2.2%)が薬剤耐性変異を獲得していました(I38T/F)。すべて、インフルエンザA型(H1N1)pdm09感染者でした。副反応はバロキサビル投与群で23−27%に見られました。プラセボは29%に副反応を認め、バロキサビル投与群と、発現率に有意差はなく、重篤な副反応は、いずれの群でも、一例も認められませんでした。

<第3相試験の結果>

1436人が登録され、1366人が試験を完遂しました。1064人がインフルエンザ感染者でした。臨床的な特徴は、いずれの群にも有意差はなく、年齢は、12−64歳で、平均年齢は、32から38歳、BMIは、23.6から28.4、体重は65.4Kgから79.9Kgでした。感染者後、1日以内に治療開始されたのは、52.9%でした。インフルエンザA(H3N2)が84.8%から88.1%を占めていました。77.2%の患者が日本で登録を受けました。

感染者の症状軽快までの時間は、プラセボ投与群の80.2時間に対し、バロキサビル投与群は53.7時間と、有意に短縮されました(P<0.001)が、バロキサビル投与群とタミフル投与群の間に有意差を認めませんでした。熱発も、バロキサビル投与群はプラセボ投与群よりも早期に改善しました(24.5時間と42.0時間、P<0.001)。抗生剤の投与が必要な細菌感染の併発は、3群ともわずかでした(バロキサビル3.5%、プラセボ4.3%、タミフル2.4%)。感染から1日経過後の、ウイルス量の減少幅は、それぞれログスケールでバロキサビル投与群4.8、タミフル投与群2.8、プラセボ投与群1.3と、バロキサビル投与で最大でした。感染性ウイルスは出は、バロキサビルで24時間、タミフルで72時間、プラゼボで96時間まで検出され、中和抗体検出(タイターが4倍以上増量)は、バロキサビル、タミフル、プラセボ投与群のいずれも、インフルエンザA型(H1N1)pdm09でも、インフルエンザB型でも、インフルエンザA型(H3N2)でも差を認めませんでした。

PAI38T変異は、バロキサビル投与群(370人)9.7%に認めました。特にH3N2ウイルス感染者で変異を認め、その多くは投与後5日目に生じていました。プラセボ投与群では、一例も変異を認めませんでした。この変異によって症状軽快までの時間が遅延することがわかりました(変異あり 63.1時間、変異なし 49.6時間)。

<有害事象>

バロキサビル群 20.7%、プラセボ群 24.6%、タミフル群 24.8%に有害事象を認めました。バロキサビル投与群では、2例の重篤な有害事象(鼠径ヘルニア、無菌性髄膜炎)を認めましたが、いずれも、バロキサビル投与とは無関係と判断されました。薬剤関連有害事象は、タミフル投与群は8.4%で、バロキサビル投与群の4.4%(P=0.009)で認め、プラセボ投与群の有害事象率の3.9%より有意に高いことがわかりました。

<コメント>

バロキサビルが、タミフルと同程度の効果を認めたことは高く評価されるでしょうタミフルは、5日間の服薬を要しますが、バロキサビルでは1回の服薬で済むことから、アドヒアランスの改善が見込まれると考えられます。バロキサビルは、治療効果を伴った安全な処方として、10代の患者への適切なインフルエンザ治療となる可能性も出てきました。

症状出現後24時間以内のバロキサビル投与によって、24時間後以降に治療開始した場合よりも、治療効果が高いことも推定され、できるだけはやく対処する意義が確認されたといえましょう。
タミフルやプラセボに比較して、バロキサビル投与後1日の段階で、ウイルスタイターが大幅に減少したという事実は、他者への感染防止の観点から、意義深いものと考えられます。しかし、一方で治療抵抗性を持つウイルスが生じたこと、この研究では、妊婦、高齢者、若年者、慢性疾患罹患者は対象から外されていたこと、感染後48時間以上経過した症例についての検討がなかったこと、など、今後のさらなる検証が待たれます。

重症インフルエンザウイルス感染症例では、バロキサビルとタミフルの併用療法が有効かもしれません。鳥インフルエンザについての有効性、タミフル耐性インフルエンザへの効果も期待され、今後の検討が待たれます。

今回の結果から、バロキサビル投与で、タミフルに比較して、投与後24時間でウイルス量が有意に減少していたことから、患者から、他者への感染が減少する可能性が強く示唆されました。間も無く到来するインフルエンザの時期に、バロキサビルがファーストチョイスとなる可能性が高まったように感じました。

文献1 Dunkle, L. M., Izikson, R., Patriarca, P., Goldenthal, K. L., Muse, D., Callahan, J., & Cox, M. M. (2017). Efficacy of recombinant influenza vaccine in adults 50 years of age or older. New England Journal of Medicine, 376(25), 2427-2436.

文献2 A Step Forward in the Treatment of Influenza. Uyeki TM. N Engl J Med. 2018 Sep 6;379(10):975-977. doi: 10.1056/NEJMe1810815. No abstract available.

文献3 Hayden, F. G., Sugaya, N., Hirotsu, N., Lee, N., de Jong, M. D., Hurt, A. C., ... & Kawaguchi, K. (2018). Baloxavir Marboxil for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents. New England Journal of Medicine, 379(10), 913-923.

2018/09/10

愛し野塾 第185回 2型糖尿病患者の死亡・心血管病発症リスク要因は?



2型糖尿病の罹患患者の死亡、及び心血管発症リスクは、健常者の約2倍から4倍に上昇することが示されてきました。一方で、死亡、及び心血管病に関与する3因子とされる「HbA1c」、「血圧」、「コレステロール」を、運動療法、食事療法、薬物療法によってコントロールすれば、先述した2型糖尿病患者の死亡率や心血管病発症リスクを、長期的に有意に低下させることができることが、示されてきました(文献1)。
しかし、糖尿病によって生じる死亡、及び心血管病発症リスクの増大分を、これまで確認されてきた個々の危険因子をコントロールすることによって、「どの程度」かつ「確実に」減少できるのか、あるいは、相殺できるのか、未だ統一見解は示されていません。
今回、スウェーデンの国全体を対象にした大規模コホート研究が遂行され、2型糖尿病患者の、死亡、及び心血管病発症リスク増大に関与する因子が抽出され、各因子のコントロールによるリスク低減効果が試算され、その結果が、NEJMの8月16日号に論文掲載されましたので、まとめたいと思います(文献2)。
<対象>
スウェーデンのほぼすべての2型糖尿病患者情報が登録されている、スウェーデン政府糖尿病レジスターが調査対象となりました。2型糖尿病は、疫学的見地によって定義され、すなわち「経口血糖降下剤使用の有無にかかわらず食事療法を受けていること、あるいは、経口血糖降下剤使用の有無にかかわらず、インスリン治療を受けていること」とされました。インスリン治療群は、40歳以上のみを対象としました。1998年から2012年までの登録者を調査対象とし、年齢、性別、出身地をマッチングさせた、非糖尿病群を比較対象としました。
糖尿病登録患者を対象に、2つのコホート調査が行われました。第1コホートでは、「脳卒中、急性心筋梗塞、下肢切断、透析、腎移植、BMIが18.5以下」の方を除外。第2コホートでは、第1の除外条件、かつ「冠動脈疾患の既往歴、心房細動、心不全」も除外条件も加え、対象者を限定しました。
<アウトカム>
「全死亡」「致死的および非致死的心筋梗塞」「致死的および非致死的脳卒中」「心不全による入院」をアウトカムにしました。
2013年までの病院の記録を精査し、病名は、ICD−10コードを用いました。リスク因子のカットオフ値は、HbA1cが7.0%以上、収縮期血圧が140mmHg以上、拡張期血圧が80mmHg以上、アルブミン尿がある、喫煙している、LDL-Cが97mg/dl以上としました。収入レベル、婚姻状態、移民かどうか、教育レベル、糖尿病罹病期間、性別、年齢、出身地、運動、BMI、腎機能、スタチン治療の有無、心不全、降圧剤治療の有無についてもリスク因子として考慮しました。
<結果>
糖尿病患者群:43万3619人、コントロール群:216万8095人をベースに、年齢、性別、出身地のマッチングから、2型糖尿病患者27万1174人、135万5870人のコントロール群を抽出しました。平均観察期間は、5.7年、17万5345人の死亡がありました。年齢は、2群とも60.58歳、女性の比率は、2群とも49.4%でした。糖尿病群の糖尿病罹病期間は4.53年、HbA1cは7.02%でした。喫煙者は17.1%で、BMIは30.36と肥満傾向を認めました。スタチンは61.5%に処方されており、降圧剤は、42.4%に処方されていました。試験期間中の死亡率は、糖尿病患者の13.9%、コントロール群は10.1%でした。
目標閾値内にコントロールされていない危険因子数の増加に伴って、死亡率、心筋梗塞発症率、脳卒中発症率、心不全による入院のリスクは、段階的に上昇し、この上昇率は、年齢が上がるにつれて低下することもわかりました。
<死亡率について>
55歳未満の死亡率は、目標閾値内にコントロールされていないリスク因子の個数がゼロの場合を参考値(reference)とすると、リスク因子が1個で死亡率は1.29倍に上昇、2個で1.56倍、3個で1.68倍、4個で2.80倍、5個で4.99倍とリスク因子数に伴う死亡リスクの増大を認めました。5個のリスク因子を有する80歳以上の死亡リスクは、リスク因子ゼロの1.39倍程度でした。しかし、65歳から80歳では、3.10倍、55歳から65歳では、3.88倍の死亡リスクの増加を認めました。
<心筋梗塞について>
55歳未満の対象者のうち、リスク因子5個では、0個のリスクを1とすると、心筋梗塞のHRは7.69倍、脳卒中発症は6.23倍、心不全による入院は、11.23倍に増加していることが明らかになりました。
5個のリスク因子保持群の特徴は、喫煙率100%、HbA1cが8.60%、LDL-C141、血圧147/84でした。喫煙率が高く、血糖コントロール不良、コレステロール高値、血圧高値とほぼすべての指標が、リスク因子のない群に比較して、悪いことが示されました。また、5個のリスク因子保持群のスタチン使用率は、73.1%と高い一方で、降圧剤の服用は38.4%と低い傾向を認めました。
<個々のリスク因子の解析>
死亡リスクをあげる最大の要因は、
(1位)喫煙
(2位)運動をしない
(3位)婚姻がない
(4位)HbA1cが7%を超える
(5位)スタチン服薬をしていない
であることが判明しました。ただし、HbA1c、血圧、LDL—Cの下がりすぎは、死亡リスクが上がることも示されました。
心筋梗塞のリスクをあげる最大の要因は、
(1位)HbA1c
(2位)収縮期血圧
(3位)LDLコレステロール
(4位)運動
(5位)喫煙
脳卒中に関与する最大の因子の場合
(1位)HbA1c
(2位)収縮期血圧
(3位)糖尿病罹病期間
(4位)運動
(5位)心房細動、でした。
入院による心不全のリスクに関与する最大の因子
(1位)心房細動、
(2位) BMI
(3位)運動
(4位)eGFR
(5位)HbA1c
血圧の下がりすぎは、心不全による入院リスクを顕著に上昇させました。
「死亡」「心筋梗塞」「脳卒中リスク」は、上記の5因子が目標数値にコントロールされていいれば、コントロール群と比較したHRはそれぞれ、1.06、0.84、0.94と標準化することが判明しました。しかし、「心不全による入院」は、5因子がコントロールされても、HR1.45とリスクは高いままでした。また年齢が若い方ほど、5因子のコントロールによるリスク低減効果が高くなることが明らかになりました。
<コメント>
2型糖尿病患者の死亡リスクを減少させるのに、重要な因子が明らかにされた意義は言うまでもありません。もっとも死亡リスクを高める因子として「喫煙」の危険性が明確に示されました。医療者は、糖尿病患者の生活指導にあたり、よりつよく禁煙を勧めて行くべきでしょう。
2番目に効果を認めた「運動」についても、これまでさまざまな論文から、「おおよそ20分で1.6kmほど歩くことが、健康に良い」という見解が再認識されたと思います。少し息がはずんでくるほどの中強度の運動を実現できるように、医療者は、安全かつ個体差に応じて適切に指導していくべきです。
3番目の効果として示された「婚姻」は、大変ユニークな因子だと感じます。いろいろな解釈があると思いますが、私は、2型糖尿病治療には、バディと支え合うことの重要性や「持続的に見守りあう最小ユニットの大切さ」が示唆されたものと受け止めます。
4番目の「HbA1c」は、想定内の重要因子である一方で、厳格化による下げすぎはむしろ死亡リスクを上げる可能性が示されています。順位としては、4番となったことは、安全な糖尿病管理をする上で冷静に受け止めなければならないでしょう。
5番目の「スタチン服用」も驚きでした。スタチンの使用を勧めていくことになりそうです。ただし、LDL—Cの下げ過ぎ(140mg/dl以下)は、HbA1cの下げ過ぎ同様、死亡リスクを上がることから、LDL-Cそのものは、順位にはいりませんでした。スタチンはLDL-C低下作用以外にも、炎症の抑止作用が知られており、こうしたプライオトロピックな効果が順位に現れたかもしれません。今回の調査では、「がん死亡リスク」との因果関係についての解析はされておらず、LD-Cの下げ過ぎについての考察については、不満が残ります。なぜならLDL-Cの下げすぎはガン発症を促す、あるいは、ガンの発症を表す、可能性が指摘されているからです。
また、血圧の下がりすぎも死亡リスクをあげることが示されたこと、 心筋梗塞、脳卒中の発症要因と、全死亡のリスク要因が大きく異なることが示された点も、明確に示されました。血管障害抑止に執着し、血糖、コレステロール、血圧を下げすぎれば、まさに木を見て森を見ず。死亡リスクを上げてしまう可能性があることを忘れてはなりません。ただし、経過中、心不全や、がんの発症があることで、コレステロールや血圧が低下している可能性があることは、慎重を期すべき点です。心不全については、塩分摂取についての評価項目がなく、不完全な考察であると言わざるをえず、今後の解析を待ちたいと思います。
今後の日常臨床では、死亡リスクと、心血管病リスクを分けて考慮すること、「血糖」、「コレステロール」、「血圧」の各項目については、いうまでもなく持続的管理を要するが、一方で「下がり(げ)すぎへの注意」という医師による処方箋、及び生活指導への警告が発せられたとみるべきではないか、と考えます。
文献1
Gæde, P., Lund-Andersen, H., Parving, H. H., & Pedersen, O. (2008). Effect of a multifactorial intervention on mortality in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 358(6), 580-591.
文献2
Risk Factors, Mortality, and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes.
Rawshani A, Rawshani A, Franzén S, Sattar N, Eliasson B, Svensson AM, Zethelius B, Miftaraj M, McGuire DK, Rosengren A, Gudbjörnsdottir S.
N Engl J Med. 2018 Aug 16;379(7):633-644. doi: 10.1056/NEJMoa1800256.