2018/09/16

愛し野塾 第186回 インフルエンザウイルス特効薬開発 2018


インフルエンザウイルスに罹患してしまうと、少なくとも5日間の自宅療養を要し、重症化すれば、肺炎、脳炎など命を脅かす重篤な合併症を発症する恐れもあることから、言うまでもなくインフルエンザを予防することは重要な課題です。予防法として、まずはうがい、手洗いの励行、そして、流行期を迎える前のワクチン接種が推奨されています。

しかし、ワクチンの有効性は決して高いわけではありません。60%程度と厚労省は発表しています(6歳未満の小児を対象とした2015/16シーズンの研究資料 : https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html)。
さらにシーズンによっては、ワクチンが標的とするインフルエンザウイルスの型と、実際流行しているウイルスの型が適応せず、ワクチン接種の有効率が30%程度にまで低下する場合もあることが報告されています(文献1)。頼みの抗インフルエンザ薬も、一定の効果を挙げているものの十分とはいえません。かつて汎用されていたアマンタジン(M2イオンチャンネル阻害剤)は、薬剤抵抗性を示すインフルエンザウイルスの増殖を引き起こしたとして、推奨されなくなり、現在は、タミフル、イナビル、リレンザ、ラピアクタ(ニューラミニデース阻害剤)が、日常臨床で汎用されています。一方で、進化し続ける特性を持つインフルエンザウイルスは、薬剤耐性を獲得しやすく、実際、2007年には、タミフル耐性インフルエンザA型(H1N1)が世界的に流行し、その後2009年に大流行した、インフルエンザA型(H1N1)pdm09もまたタミフル耐性を示す株を認め、コミュニティーレベルとはいえ、一部地域で大流行しました(文献2)。このため、M2イオンチャンネル、ニューラミニデース以外の、新たな分子に注目し、ウイルスの進化のいかんにかかわらず、効力を示す薬剤を開発する必要に迫られていました。

こうした背景のもと、インフルエンザウイルスの「ポリメレース複合体」が、創薬のターゲットとして注目されるようになりました。この複合体は、3つのタンパクサブユニットである「PB1、PB2、PA」から構成され、進化の初期から、良く保存された遺伝子配列を有し、ウイルスの複製効率を上げるには不可欠な部位であることが明らかにされました。そこでこの部位を標的として、臨床研究が行われてきました。

PB2は、宿主のプレメッセンジャーRNAのキャップ構造に結合し、PAにより切断を受けます。この切断物がRNA–プライマーとなり、PB1の作用であるRNA依存性RNAポリメラーゼの作用を受けて、ウイルス分子の翻訳がなされます。しかし期待されたPB1阻害剤「アビガン®」の臨床試験の治療効果はいまひとつ振るわず、一方で、今回ご紹介するPA1阻害剤である「バロキサビル(ゾフルーザ®)」は、動物実験で良好な結果を認め、その後、第2相、第3相臨床試験の結果が9月6日号NEJMに報告されましたので、解説したいと思います(文献3)。

<試験のデザイン>

第2相臨床試験は、2重盲検、プラセボ対照、かつ無作為試験として行われ、3つの異なる容量(10mg,20mg,40mg)のバロキサビルか、プラセボ投与が施行されました。対象は、日本人成人20歳から64歳で、2015年12月から2016年3月までの急性インフルエンザ罹患者としました。
第3相試験は、2重盲検で、プラセボとタミフルを対照とした無作為試験とし、2016年12月から2017年3月まで、米国と日本の12歳から64歳の外来患者のうちインフルエンザ様病態を示す患者を対象としました。体重80Kg未満は、バロキサビル 40mg、体重80Kg以上は、80mgを投与しました。タミフルは、一回75mgを1日2回、5日間投与しました。バロキサビルもプラセボも、タミフル投与に合わせて5日間投与し、バロキサビル投与群は、プラセボ投与群と組み合わせました。12−19歳については、バロキサビル、あるいはプラセボ投与が行われ、タミフルは投与されませんでした。

<患者>

3条件、すなわち「1. 腋窩測定体温が38度以上、2. 少なくとも一つの呼吸器症状がある、3. 症状発現から48時間以内」を満たした患者を対象としました。第2相試験では、迅速診断で陽性であることを条件としましたが、第3相試験では、この条件は設けませんでした。妊婦、体重40Kg以下、入院患者を対象から除外しました。アセタミノフェンの投与は許容しましたが、そのほかの薬剤投与は認めませんでした。ただし、試験登録後に細菌感染の疑いのある症例には、抗菌剤投与を許可しました。

<モニタリング>

「咳嗽、咽頭痛、頭痛、鼻汁、熱発(悪寒)、筋肉痛(関節痛)、倦怠感」の7つの症状の個数を指標に重症度を判定しました。点数が「0」は症状なし、「1」は、軽症、「2」は中等症、「3」は、重症としました。第1病日から第9病日まで1日2回判定、第10病日から第14病日までは、1日1回判定しました。インフルエンザ中和抗体の有無を第1病日と第22病日に測定しました。鼻咽頭スワブあるいは喉頭スワブを(第2相試験では第8病日、第3相試験では第9病日)施行し、ウイルスの定量、薬剤感受性を調べました。

<アウトカム>

1次評価項目「症状の改善にまで要した時間」「改善」の定義として、症状評価の点数が「0」あるいは、「1」の状態が、少なくとも21.5時間続いた場合としました。

2次評価項目「熱が平熱にもどった時間、通常の健康にもどった時間、新たに症状が生じて抗生剤を使うことになった合併症」としました。

<第2相研究の結果>

400人が登録され、389人が試験を完遂しました。インフルエンザA型(H1N1)pdm09感染は、61-71%でした。「症状改善までの時間」は、バロキサビル10mgの場合54.2時間、20mgの場合52.0時間、40mgの場合49.5時間、プラセボでは、77.7時間で、バロキサビル投与で、有意に短縮されました(バロキサビル10mgでp=0.009、20mgでp=0.02、40mgでp=0.005)。インフルエンザウイルスタイターは、第2病日、第3病日で、いずれも、バロキサビル投与群で、プラセボ投与群に比較して低下していました。182人のバロキサビル投与群のうち、4人(2.2%)が薬剤耐性変異を獲得していました(I38T/F)。すべて、インフルエンザA型(H1N1)pdm09感染者でした。副反応はバロキサビル投与群で23−27%に見られました。プラセボは29%に副反応を認め、バロキサビル投与群と、発現率に有意差はなく、重篤な副反応は、いずれの群でも、一例も認められませんでした。

<第3相試験の結果>

1436人が登録され、1366人が試験を完遂しました。1064人がインフルエンザ感染者でした。臨床的な特徴は、いずれの群にも有意差はなく、年齢は、12−64歳で、平均年齢は、32から38歳、BMIは、23.6から28.4、体重は65.4Kgから79.9Kgでした。感染者後、1日以内に治療開始されたのは、52.9%でした。インフルエンザA(H3N2)が84.8%から88.1%を占めていました。77.2%の患者が日本で登録を受けました。

感染者の症状軽快までの時間は、プラセボ投与群の80.2時間に対し、バロキサビル投与群は53.7時間と、有意に短縮されました(P<0.001)が、バロキサビル投与群とタミフル投与群の間に有意差を認めませんでした。熱発も、バロキサビル投与群はプラセボ投与群よりも早期に改善しました(24.5時間と42.0時間、P<0.001)。抗生剤の投与が必要な細菌感染の併発は、3群ともわずかでした(バロキサビル3.5%、プラセボ4.3%、タミフル2.4%)。感染から1日経過後の、ウイルス量の減少幅は、それぞれログスケールでバロキサビル投与群4.8、タミフル投与群2.8、プラセボ投与群1.3と、バロキサビル投与で最大でした。感染性ウイルスは出は、バロキサビルで24時間、タミフルで72時間、プラゼボで96時間まで検出され、中和抗体検出(タイターが4倍以上増量)は、バロキサビル、タミフル、プラセボ投与群のいずれも、インフルエンザA型(H1N1)pdm09でも、インフルエンザB型でも、インフルエンザA型(H3N2)でも差を認めませんでした。

PAI38T変異は、バロキサビル投与群(370人)9.7%に認めました。特にH3N2ウイルス感染者で変異を認め、その多くは投与後5日目に生じていました。プラセボ投与群では、一例も変異を認めませんでした。この変異によって症状軽快までの時間が遅延することがわかりました(変異あり 63.1時間、変異なし 49.6時間)。

<有害事象>

バロキサビル群 20.7%、プラセボ群 24.6%、タミフル群 24.8%に有害事象を認めました。バロキサビル投与群では、2例の重篤な有害事象(鼠径ヘルニア、無菌性髄膜炎)を認めましたが、いずれも、バロキサビル投与とは無関係と判断されました。薬剤関連有害事象は、タミフル投与群は8.4%で、バロキサビル投与群の4.4%(P=0.009)で認め、プラセボ投与群の有害事象率の3.9%より有意に高いことがわかりました。

<コメント>

バロキサビルが、タミフルと同程度の効果を認めたことは高く評価されるでしょうタミフルは、5日間の服薬を要しますが、バロキサビルでは1回の服薬で済むことから、アドヒアランスの改善が見込まれると考えられます。バロキサビルは、治療効果を伴った安全な処方として、10代の患者への適切なインフルエンザ治療となる可能性も出てきました。

症状出現後24時間以内のバロキサビル投与によって、24時間後以降に治療開始した場合よりも、治療効果が高いことも推定され、できるだけはやく対処する意義が確認されたといえましょう。
タミフルやプラセボに比較して、バロキサビル投与後1日の段階で、ウイルスタイターが大幅に減少したという事実は、他者への感染防止の観点から、意義深いものと考えられます。しかし、一方で治療抵抗性を持つウイルスが生じたこと、この研究では、妊婦、高齢者、若年者、慢性疾患罹患者は対象から外されていたこと、感染後48時間以上経過した症例についての検討がなかったこと、など、今後のさらなる検証が待たれます。

重症インフルエンザウイルス感染症例では、バロキサビルとタミフルの併用療法が有効かもしれません。鳥インフルエンザについての有効性、タミフル耐性インフルエンザへの効果も期待され、今後の検討が待たれます。

今回の結果から、バロキサビル投与で、タミフルに比較して、投与後24時間でウイルス量が有意に減少していたことから、患者から、他者への感染が減少する可能性が強く示唆されました。間も無く到来するインフルエンザの時期に、バロキサビルがファーストチョイスとなる可能性が高まったように感じました。

文献1 Dunkle, L. M., Izikson, R., Patriarca, P., Goldenthal, K. L., Muse, D., Callahan, J., & Cox, M. M. (2017). Efficacy of recombinant influenza vaccine in adults 50 years of age or older. New England Journal of Medicine, 376(25), 2427-2436.

文献2 A Step Forward in the Treatment of Influenza. Uyeki TM. N Engl J Med. 2018 Sep 6;379(10):975-977. doi: 10.1056/NEJMe1810815. No abstract available.

文献3 Hayden, F. G., Sugaya, N., Hirotsu, N., Lee, N., de Jong, M. D., Hurt, A. C., ... & Kawaguchi, K. (2018). Baloxavir Marboxil for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents. New England Journal of Medicine, 379(10), 913-923.