2018/09/03

愛し野塾 第184回 大規模調査に基づいた適切な糖質摂取についての考察

短期間で減量を成功に導く、として注目された「糖質制限」は、社会現象化し、あたかもオールマイティな食事療法であるかのように、近年、老若男女に蔓延った、と表現しても言い過ぎではないでしょう。一方で長期的、かつ科学的な検証によって、糖質制限による死亡リスクの上昇も指摘され、「糖質制限の光と影」は大きな論争に発展しています。具体的には、北アメリカ、およびヨーロッパで行われた複数の大きなコホート研究では、糖質制限によって、死亡率が上がる可能性が示唆されました(文献1,2,3,4,5)。また2017年の、PURE研究では、5大陸、18カ国から、13万5335人を対象に、7.4年経過観察し、5796人の死亡解析した結果、糖質の多量な摂取が死亡率上昇に寄与するという結果が得られています(文献6)。
今回、米国で行われた4つのコホート研究(通称・ARIC研究)の解析と過去の研究とのメタアナリシスを分析した結果、幅広い糖質摂取量と死亡率の関連について、新しい知見がえられました。論文はハーバード大学のグループがランセットに2018年8月16日に発表たものです(文献7)。今回は、この論文を解説して見たいと思います。

対象
ARIC研究は、1987年から1989年の間に登録された45歳から64歳(15,428人)を対象に分析が行われました。1987年から1989年の1回目と、1993年から1995年の2回目に、66アイテム・FFQを施行し、食事の詳細について問診し、そのアウトカムは、全死亡率としました。
糖質摂取量に基づき、対象者は5群に分類されました。最小の糖質摂取群(3086人)は、全カロリーに占める糖質の割合は37%、最大の糖質摂取群は、全カロリーに占める糖質の割合は61%(3086人)でした。すべての群の糖質摂取の平均は、全カロリーあたり48.9%でした。
糖質摂取の少ない群は、「年齢が若い、男性、黒人以外の人種、大学卒、BMIが大きい、運動量が少ない、収入が大きい、喫煙者、糖尿病」が多い傾向でした。
糖質摂取・最小群では、動物性脂質(全カロリーに占める割合 26.3%)、および動物性タンパク質(同16.9%)の摂取量が多く、植物性たんぱく質(同3.9%)、植物性ファイバーの摂取量が少ないことが、わかりました。また植物性脂質は全摂取カロリーの12.5%を占めていました。
カロリー摂取量、および植物性脂質摂取量は、糖質摂取量と逆Uカーブの関係で、最小の糖質摂取群は、最大の糖質摂取群とともに、最小のカロリー摂取量、かつ植物性脂質摂取量でした。
高血圧罹患者の割合は、糖質摂取の量にかかわらず同じ程度でした。
試験開始後3年目、6年目の体重測定結果から、糖質摂取量にかかわらず、経過中の有意な体重増加を認めませんでした。
25年の経過観察期間中の死亡数は6283人でした。交絡因子と考えられる、年齢、性別、人種、ARICテストセンター、総カロリー摂取量、糖尿病、喫煙、運動、収入、教育レベルを、補正し、糖質摂取量と死亡率の関係を求めました。
死亡リスクが最大となったのは、糖質摂取最小群でした(P<0.001)。糖脂質摂取量と死亡リスクの関係は、非線形(P<0.001)で、U型のカーブを描きました。
死亡リスクがもっとも低くなるのは、炭水化物摂取量が、全カロリーの50-55%の群でした。全カロリーの糖質摂取量が65%以上に増加すると、死亡率が高まることがわかりました。
50歳以降の生命予後の試算から、糖質摂取量を30%未満に制限すると、29.1年でした。糖質摂取量を50-55%にした場合は、33.1年でした。さらに糖質摂取を厳しく制限すると、制限しない場合に比べ、4歳寿命が有意に短くなることがわかりました(P=0.000000011)。糖質摂取を30-40%とした場合は、2.3年(P=0.00000000000083)、糖質摂取を40-50%とした場合、1.0年(P=0.00012)短くなり、糖質摂取を減らしていくと、統計学的に有意に、徐々に生命予後が悪くなることがわかりました。
一方、糖質摂取量を65%以上に増やした場合の生命予後は32.0年で、1.1年(P=0.028)短くなることがわかりましたが、糖質を55-65%に増やしても、生命予後は0.1年の違いしかなく有意差はありませんでした(P=0.7)。
この結果から、全カロリーの50%以上を、糖質から摂取することが、生命予後の観点から、重要であることが明らかに示されました。
次に、能登博士らによって施行された2012年のメタ解析(文献5、糖質制限をすると死亡率が22%増加する)に、以降発表された論文データを追加し、再解析が行われました。当時と同じ条件で、最新データを精査した結果、今回のARIC研究の条件に合うことが確認され、解析に加えられました。その他新規の2研究も条件に合うことから、合計8つの臨床研究がメタ解析の対象とされました。
全参加人数は、43万2179人となり、経過観察中の死亡数は、40181人(9.3%)でした。
ヨーロッパと北アメリカは、糖質摂取量が少なく(平均50%)、アジア、低所得国、多国籍コホートは、糖質摂取量が多いことから(平均61%)、前者で、低い糖質摂取と死亡率との相関の解析を行ったところ、糖質摂取量が少ないと、死亡率は20%増加(p<0.0001)することがわかりました。また、後者から、高い糖質摂取と死亡率の関係を解析すると、糖質摂取が多くても死亡率は23%増加(P=0.007)し、相関を求めました。
ARIC研究とPURE研究では、糖質からの摂取カロリーを、生データで発表していたことから、両者のデータを詳細に比較検討したところ、PURE研究では、糖質摂取量が多い方のみを対象にしていたものの、PURE研究の糖質摂取量と死亡率の関係は、ARIC研究の糖質摂取量と死亡率の解析から得られた信頼区間の中におさまっていることがわかりました。つまり、PURE研究で得られた成果と、ARIC研究で得られた成果には、齟齬がないことが示されました。
次に、植物性あるいは動物性タンパク質や脂質を、糖質と置き換えた場合に違いがでるのかどうか、について検討を加えました。
植物性主体の食事で、低糖質摂取の場合、野菜摂取は多く、果物摂取は少ない、ことがわかりました。
動物性主体の食事で、低糖質摂取の場合、野菜も果物も、少ない摂取量であることがわかりました。
両者とも脂質の摂取は増えていましたが、植物性主体の食事の場合は、不飽和脂肪酸の摂取量が増え、飽和脂肪酸の摂取が減っていました。一方、動物性主体の食事の場合は、飽和脂肪酸の摂取が増えていました。動物性の場合は、タンパク摂取も増えていました。
食事内容の詳細の分析によって、もっとも異なる5つの食事内容の同定に成功しました。
動物性主体の食事の場合、多いのは、(1)ビーフ、(2)ポーク、(3)ラム、(4)鳥(皮付きと皮なし)、(5)チーズ、でした。
植物性主体の食事の場合、(1)ナッツ、(2)ピーナッツバター、(3)ライ麦パン、(4)チョコレート、(5)白いパン、でした。
動物性主体の食事では、死亡率が18%、有意に上昇し(P<0.0001)、植物性主体の食事では、逆に、死亡率が18%、有意に低下することがわかりました(P<0.0001).

<コメント>
43万人を対象とした大規模なメタ解析とARIC研究単独で得られた知見を合わせて、検証した結果、「糖質摂取量と死亡率との関係」が、U字型を描くことが示されました。総カロリーに占める糖質の割合が40%以下の「いわゆる糖質制限」の群で認められた有意な死亡率の上昇、一方で死亡率がもっとも低かったのは、糖質摂取率が50-55%の群、ただし、総カロリーの70%以上の糖質摂取によって死亡率は上昇する、ということが明確に示されたことは、食事療法を考える上で、重要なポイントとなるのではないでしょうか。
糖質制限食では、「果物、野菜、穀類」の摂取が減少し、「動物性タンパク、動物性脂質」摂取が増えること、そのため、分枝鎖アミノ酸、脂肪酸、ファイバー、フィトケミカル、ヘムイオン、ビタミン、ミネラルが不足することが、しばしば問題点としてあげられます。これが長期化すれば、炎症を悪化させ、老化促進、酸化ストレス助長をきたす可能性が大きくなります。
糖質摂取比率が高くなりすぎたケースにおける高い白米の摂取比率が指摘されています。白米の取りすぎには注意が必要でしょう。麦ご飯などに変更する余地があるかもしれません。
問題点は、今回メタ解析の対象となった、日本のデータであるNIPPON DATA80です。ここでは、植物性タンパクの中に、魚を入れています。ARIC研究では、魚は動物性タンパクとして、解析しています。糖質制限を実施している方のうち、植物主体の食事摂取者は少ない傾向かがあることから、より厳密な条件での解析を要するのではないでしょうか。
対象となったメタ解析に用いたアジアのデータの多くは、中国のものです。このため高糖質摂取のデータは、中国からのデータが主に採用されることになりましたが、今回のデータと、中国政府が公表するデータとの間の食い違いについても指摘があることから、再検証の必要があるでしょう。
いずれにせよ、「糖質制限は危険な食事療法」であることを示した本研究結果を見過ごすわけにはいきません。糖質の極端な制限をすべきではなく、バランスのとれた栄養摂取こそ、寿命を全うする上で、いかに重要であるか、今一度認識するときがきたようです。
文献1
Nilsson, Lena Maria, et al. "Low-carbohydrate, high-protein score and mortality in a northern Swedish population-based cohort." European journal of clinical nutrition 66.6 (2012): 694.
文献2
Fung, Teresa T., et al. "Low-carbohydrate diets and all-cause and cause-specific mortality: two cohort studies." Annals of internal medicine 153.5 (2010): 289-298.
文献3
Lagiou, P., et al. "Low carbohydrate–high protein diet and mortality in a cohort of Swedish women." Journal of internal medicine 261.4 (2007): 366-374.
文献4
Trichopoulou, A., et al. "Low-carbohydrate–high-protein diet and long-term survival in a general population cohort." European journal of clinical nutrition 61.5 (2007): 575-581.
文献5
Noto, Hiroshi, et al. "Low-carbohydrate diets and all-cause mortality: a systematic review and meta-analysis of observational studies." PloS one 8.1 (2013): e55030.
文献6
Dehghan, Mahshid, et al. "Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study." The Lancet 390.10107 (2017): 2050-2062.
文献7
Seidelmann, Sara B., et al. "Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysis." The Lancet Public Health (2018).
doi: 10.1016/S2468-2667(18)30135-X. [Epub ahead of print]