2018/09/10

愛し野塾 第185回 2型糖尿病患者の死亡・心血管病発症リスク要因は?



2型糖尿病の罹患患者の死亡、及び心血管発症リスクは、健常者の約2倍から4倍に上昇することが示されてきました。一方で、死亡、及び心血管病に関与する3因子とされる「HbA1c」、「血圧」、「コレステロール」を、運動療法、食事療法、薬物療法によってコントロールすれば、先述した2型糖尿病患者の死亡率や心血管病発症リスクを、長期的に有意に低下させることができることが、示されてきました(文献1)。
しかし、糖尿病によって生じる死亡、及び心血管病発症リスクの増大分を、これまで確認されてきた個々の危険因子をコントロールすることによって、「どの程度」かつ「確実に」減少できるのか、あるいは、相殺できるのか、未だ統一見解は示されていません。
今回、スウェーデンの国全体を対象にした大規模コホート研究が遂行され、2型糖尿病患者の、死亡、及び心血管病発症リスク増大に関与する因子が抽出され、各因子のコントロールによるリスク低減効果が試算され、その結果が、NEJMの8月16日号に論文掲載されましたので、まとめたいと思います(文献2)。
<対象>
スウェーデンのほぼすべての2型糖尿病患者情報が登録されている、スウェーデン政府糖尿病レジスターが調査対象となりました。2型糖尿病は、疫学的見地によって定義され、すなわち「経口血糖降下剤使用の有無にかかわらず食事療法を受けていること、あるいは、経口血糖降下剤使用の有無にかかわらず、インスリン治療を受けていること」とされました。インスリン治療群は、40歳以上のみを対象としました。1998年から2012年までの登録者を調査対象とし、年齢、性別、出身地をマッチングさせた、非糖尿病群を比較対象としました。
糖尿病登録患者を対象に、2つのコホート調査が行われました。第1コホートでは、「脳卒中、急性心筋梗塞、下肢切断、透析、腎移植、BMIが18.5以下」の方を除外。第2コホートでは、第1の除外条件、かつ「冠動脈疾患の既往歴、心房細動、心不全」も除外条件も加え、対象者を限定しました。
<アウトカム>
「全死亡」「致死的および非致死的心筋梗塞」「致死的および非致死的脳卒中」「心不全による入院」をアウトカムにしました。
2013年までの病院の記録を精査し、病名は、ICD−10コードを用いました。リスク因子のカットオフ値は、HbA1cが7.0%以上、収縮期血圧が140mmHg以上、拡張期血圧が80mmHg以上、アルブミン尿がある、喫煙している、LDL-Cが97mg/dl以上としました。収入レベル、婚姻状態、移民かどうか、教育レベル、糖尿病罹病期間、性別、年齢、出身地、運動、BMI、腎機能、スタチン治療の有無、心不全、降圧剤治療の有無についてもリスク因子として考慮しました。
<結果>
糖尿病患者群:43万3619人、コントロール群:216万8095人をベースに、年齢、性別、出身地のマッチングから、2型糖尿病患者27万1174人、135万5870人のコントロール群を抽出しました。平均観察期間は、5.7年、17万5345人の死亡がありました。年齢は、2群とも60.58歳、女性の比率は、2群とも49.4%でした。糖尿病群の糖尿病罹病期間は4.53年、HbA1cは7.02%でした。喫煙者は17.1%で、BMIは30.36と肥満傾向を認めました。スタチンは61.5%に処方されており、降圧剤は、42.4%に処方されていました。試験期間中の死亡率は、糖尿病患者の13.9%、コントロール群は10.1%でした。
目標閾値内にコントロールされていない危険因子数の増加に伴って、死亡率、心筋梗塞発症率、脳卒中発症率、心不全による入院のリスクは、段階的に上昇し、この上昇率は、年齢が上がるにつれて低下することもわかりました。
<死亡率について>
55歳未満の死亡率は、目標閾値内にコントロールされていないリスク因子の個数がゼロの場合を参考値(reference)とすると、リスク因子が1個で死亡率は1.29倍に上昇、2個で1.56倍、3個で1.68倍、4個で2.80倍、5個で4.99倍とリスク因子数に伴う死亡リスクの増大を認めました。5個のリスク因子を有する80歳以上の死亡リスクは、リスク因子ゼロの1.39倍程度でした。しかし、65歳から80歳では、3.10倍、55歳から65歳では、3.88倍の死亡リスクの増加を認めました。
<心筋梗塞について>
55歳未満の対象者のうち、リスク因子5個では、0個のリスクを1とすると、心筋梗塞のHRは7.69倍、脳卒中発症は6.23倍、心不全による入院は、11.23倍に増加していることが明らかになりました。
5個のリスク因子保持群の特徴は、喫煙率100%、HbA1cが8.60%、LDL-C141、血圧147/84でした。喫煙率が高く、血糖コントロール不良、コレステロール高値、血圧高値とほぼすべての指標が、リスク因子のない群に比較して、悪いことが示されました。また、5個のリスク因子保持群のスタチン使用率は、73.1%と高い一方で、降圧剤の服用は38.4%と低い傾向を認めました。
<個々のリスク因子の解析>
死亡リスクをあげる最大の要因は、
(1位)喫煙
(2位)運動をしない
(3位)婚姻がない
(4位)HbA1cが7%を超える
(5位)スタチン服薬をしていない
であることが判明しました。ただし、HbA1c、血圧、LDL—Cの下がりすぎは、死亡リスクが上がることも示されました。
心筋梗塞のリスクをあげる最大の要因は、
(1位)HbA1c
(2位)収縮期血圧
(3位)LDLコレステロール
(4位)運動
(5位)喫煙
脳卒中に関与する最大の因子の場合
(1位)HbA1c
(2位)収縮期血圧
(3位)糖尿病罹病期間
(4位)運動
(5位)心房細動、でした。
入院による心不全のリスクに関与する最大の因子
(1位)心房細動、
(2位) BMI
(3位)運動
(4位)eGFR
(5位)HbA1c
血圧の下がりすぎは、心不全による入院リスクを顕著に上昇させました。
「死亡」「心筋梗塞」「脳卒中リスク」は、上記の5因子が目標数値にコントロールされていいれば、コントロール群と比較したHRはそれぞれ、1.06、0.84、0.94と標準化することが判明しました。しかし、「心不全による入院」は、5因子がコントロールされても、HR1.45とリスクは高いままでした。また年齢が若い方ほど、5因子のコントロールによるリスク低減効果が高くなることが明らかになりました。
<コメント>
2型糖尿病患者の死亡リスクを減少させるのに、重要な因子が明らかにされた意義は言うまでもありません。もっとも死亡リスクを高める因子として「喫煙」の危険性が明確に示されました。医療者は、糖尿病患者の生活指導にあたり、よりつよく禁煙を勧めて行くべきでしょう。
2番目に効果を認めた「運動」についても、これまでさまざまな論文から、「おおよそ20分で1.6kmほど歩くことが、健康に良い」という見解が再認識されたと思います。少し息がはずんでくるほどの中強度の運動を実現できるように、医療者は、安全かつ個体差に応じて適切に指導していくべきです。
3番目の効果として示された「婚姻」は、大変ユニークな因子だと感じます。いろいろな解釈があると思いますが、私は、2型糖尿病治療には、バディと支え合うことの重要性や「持続的に見守りあう最小ユニットの大切さ」が示唆されたものと受け止めます。
4番目の「HbA1c」は、想定内の重要因子である一方で、厳格化による下げすぎはむしろ死亡リスクを上げる可能性が示されています。順位としては、4番となったことは、安全な糖尿病管理をする上で冷静に受け止めなければならないでしょう。
5番目の「スタチン服用」も驚きでした。スタチンの使用を勧めていくことになりそうです。ただし、LDL—Cの下げ過ぎ(140mg/dl以下)は、HbA1cの下げ過ぎ同様、死亡リスクを上がることから、LDL-Cそのものは、順位にはいりませんでした。スタチンはLDL-C低下作用以外にも、炎症の抑止作用が知られており、こうしたプライオトロピックな効果が順位に現れたかもしれません。今回の調査では、「がん死亡リスク」との因果関係についての解析はされておらず、LD-Cの下げ過ぎについての考察については、不満が残ります。なぜならLDL-Cの下げすぎはガン発症を促す、あるいは、ガンの発症を表す、可能性が指摘されているからです。
また、血圧の下がりすぎも死亡リスクをあげることが示されたこと、 心筋梗塞、脳卒中の発症要因と、全死亡のリスク要因が大きく異なることが示された点も、明確に示されました。血管障害抑止に執着し、血糖、コレステロール、血圧を下げすぎれば、まさに木を見て森を見ず。死亡リスクを上げてしまう可能性があることを忘れてはなりません。ただし、経過中、心不全や、がんの発症があることで、コレステロールや血圧が低下している可能性があることは、慎重を期すべき点です。心不全については、塩分摂取についての評価項目がなく、不完全な考察であると言わざるをえず、今後の解析を待ちたいと思います。
今後の日常臨床では、死亡リスクと、心血管病リスクを分けて考慮すること、「血糖」、「コレステロール」、「血圧」の各項目については、いうまでもなく持続的管理を要するが、一方で「下がり(げ)すぎへの注意」という医師による処方箋、及び生活指導への警告が発せられたとみるべきではないか、と考えます。
文献1
Gæde, P., Lund-Andersen, H., Parving, H. H., & Pedersen, O. (2008). Effect of a multifactorial intervention on mortality in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 358(6), 580-591.
文献2
Risk Factors, Mortality, and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes.
Rawshani A, Rawshani A, Franzén S, Sattar N, Eliasson B, Svensson AM, Zethelius B, Miftaraj M, McGuire DK, Rosengren A, Gudbjörnsdottir S.
N Engl J Med. 2018 Aug 16;379(7):633-644. doi: 10.1056/NEJMoa1800256.