2018/09/19

愛し野塾 第187回 健常高齢者にアスピリンは危険か

アスピリンは健常な高齢者には危険か
いったん冠動脈疾患や脳卒中などの「心血管病」を発症すると、その再発リスクが高まることから、既往のあるかたに対する、心血管病再発予防(2次予防)効果が証明されている「アスピリン服薬の推奨」は、よく理解できるところです。一方で、心血管病既往のないかたに、将来の発症を予防する目的で、既往者と同じようにアスピリンの服薬をすべきかどうかについては、明確なエビデンスがないまま、多くのかたにこの薬剤が投与されている現実があります(文献1、2)。これまでの研究から、アスピリンの心血管病の一次予防効果の可能性(文献1)、さらに、がん死の予防効果の可能性についても示唆されていることから(文献3)、服薬を推奨する専門家が多いのは事実です。しかし、投薬が必要なレベルなのか(文献2)、また若年者と高齢者と同じ適用であっていいものか、といった疑問が残っています。心血管病発症リスクについて、高齢者は若年者よりも高い事を鑑みれば、当然、アスピリンの予防効果はより高くなると期待されるわけですが、逆に、出血傾向がより高くなることも予想されるからです。
日常臨床では、高齢者には、医学的な根拠が曖昧なままに、おしなべて低容量アスピリンが使用されている現状があります。これが正しいか否か、問題を根本的に解決するには、高齢者を対象とした大規模無作為盲検試験を行う必要がありました。しかし、既に「アスピリンには、決定的ではないものの、ある程度の一次予防効果を示すエビデンスがあること」、また「2次効果についてすでに確立している」こと、また、新たに試験を行うとすると、アスピリンの投与群及び、非投与群を対象として、予防効果について統計的有意差を求めるためには1万人を超える大規模な調査を必要とし、研究資金面でも困難を要するといった壁が立ちはだかっていたのです。
こうした困難を打破すべく、今回、オーストラリアとアメリカの合同グループによる、大掛かりな調査研究が行われました。その結果、大きな成果をあげた論文が立て続けに3本、平成30年9月16日、NEJMに発表になりましたので、まとめてみたいと思います(文献4、5、6)。
<対象>
米国の34カ所、及びオーストラリアの16カ所の医療機関で、プラセボを対照とした、無作為2重盲検試験(ASPREE研究と命名されました)が行われました。バイエル株式会社によって、アスピリン及びプラセボが提供されました。オーストラリアのモナッシュ大学がデータ収集及び解析を担いました。対象者は、オーストラリアと米国の70歳以上の社会生活を営む住民でした(米国の黒人とヒスパニックは65歳以上)。オーストラリアでは、一般開業医と試験研究者が、試験登録可能な患者を抽出し、手紙によって試験参加を呼びかけました。米国では、クリニックのメーリングリスト、電子カルテのスクリーニング、広告を通じて候補者を絞り、手紙を送って参加を呼びかけました。
登録基準は、「5年以内に死亡が見込まれる慢性疾患を有していないこと、心血管、脳血管病がないこと」、としました。黒人とヒスパニックは、心血管病、認知症のリスクが高いという報告があることから登録年齢を下げました。除外条件は(1)認知症の診断がすでにある、(2)出血リスクが高い、(3)アスピリン禁忌である、ことでした。また、(1)モディファイド・ミニメンタルステート試験で、78点以下であること(満点は100点)、(2)日常生活動作自立度のカッツインデックスが4点か5点(日常生活に支障がないものが0点で、最大の支障がある状態が5点とし、4点は、重篤な障害がある状態を指す)も、除外しました。
<試験方法>
登録者へは、プラセボ投与が4週間行われ、この期間の服薬アドヒアランスが80%以上の方のみを、無作為にプラセボ投与群と100mgアスピリン投与群に割り付けました。毎年一回の診察、3ヶ月に一度の電話によって、服薬アドヒアランスの維持を勧めました。6ヶ月に一度、データ収集が行われました。
<アウトカム>
一次評価項目は、「認知症、持続的な身体不自由のない、生存」、一次複合評価項目は、「死亡、認知症、持続的な身体不自由が最初に生じた時」としました。認知症の診断基準にはDSM-IVを用い、「持続的な身体不自由」は6ヶ月以上としました。
<結果>
2010年から2014年の間に登録された19114人は、アスピリン群に9525人、プラセボ群に9589人、無作為に割り付けられました。平均年齢は74歳、女性の比率は56.4%でした。アスピリン群は91.3%が白人で、黒人が4.7%、ヒスパニックが2.6%、BMIは28.1、喫煙者は3.7%、糖尿病患者は、10.8%、高血圧は、74.2%、脂質異常は64.7%、フレイルは2.3%でした。プラセボ群もほぼ同様で2群間の特性に差はありませんでした(91.1%が白人で、黒人が4.7%、ヒスパニックが2.6%、BMIは28.1、喫煙者は4.0%、糖尿病患者は、10.7%、高血圧は、74.5%、脂質異常は65.8%、フレイルは2.1%)。11.0%のかたが、試験登録前にアスピリンを定期的に使用していました。 
<一次評価項目>
一次評価項目に両群間の有意差を2017年3月の段階でも認めず、「試験を続けても、有意差が生じる可能性が低い」と判断され、試験は、平均観察期間4.7年で打ち切られました。試験を完遂できたかたは90%以上でした。その結果、アスピリン群では、「死亡、認知症、持続的身体不自由」は21.5/1000人年、プラセボ群では、21.2/1000人年に生じ、HRは1.01(P=0.79)で、両群間の差は認められませんでした。
<二次評価項目>
「全死亡」は、アスピリン群 12.7/1000人年、プラセボ群 11.1/10000人年で、HR1.14と有意差は検出されませんでしたが、アスピリン群で死亡リスクが高くなる傾向を認めました。認知症は、アスピリン群 6.7/1000人年、プラセボ群 6.9/1000人年でHR0.98(有意差なし)、「持続する身体不自由」は、アスピリン群 4.9/1000人年、プラセボ群 5.8/1000人年でHR0.85(有意差なし)、「重篤な出血」は、アスピリン群 8.6/1000人年、プラセボ群 6.2/1000人年、HR1.38(P<0.001)で、アスピリン群で多いことが確認されました。
アスピリン群の「全死亡」がプラセボ群より多い傾向を認めた(有意差なし)ことから詳細の調査を行った結果(文献4)、主たる死因は「がん」によるものでした。がんによる死亡は、アスピリン群で295例(3.1%)、プラセボ群で227例(2.3%)で、HRは1.31でした。試験開始後3年まで、群間差を認めませんでしたが、3年経過後より、アスピリン群でがんによる死亡が増加し、その後、プラセボ群よりも顕著にがんによる死亡が増加し続けました。がんは、全死因の49.0%を占めました。心血管病は、全死因の19.3%、出血による死亡は、5.0%を占めるのみでした。がんの中では、結腸直腸がん(アスピリン群35例、プラセボ群20例、HRは1.77)、膵臓がん(アスピリン群29例、プラセボ群21例、HRは1.40)が特に多いことがわかりました。肝臓がんは、アスピリン群4例、プラセボ群0例でした。調査されたほぼすべてのがんで、アスピリン群のほうが、プラセボ群よりも死亡率が高いことがわかりました。さらに効果が期待されていた、心血管病の発症について検討が加えられました(文献5)が、アスピリン群で10.7/1000人年、プラセボ群で、11.3/1000人年とHR0.95で両群間の発症率に有意差を認めませんでした。
<コメント>
平均年齢74歳の比較的健康な高齢者に100mgのアスピリンを投与しても「心血管病の発症」「死亡、認知症、持続的身体不自由の発症」を抑制する効果を認めないというネガティヴな結果は、大変ショッキングでした。比較的健康なかたが調査対象とはいえ、平均BMI28と肥満があり、高血圧は4分の3程度、脂質異常症は3分の2程度に認められ、動脈硬化リスクのかなり高いかたを対象としていたと思われますが、一次評価項目には差を認めませんでした。これは糖尿病が10%程度と少なかったことから、動脈硬化の進行が低かった可能性は否定できません。動脈硬化が進行していなかった対象者が多かったとしたら「高血圧罹患歴が短い、脂質異常症罹患歴が短い、投薬がしっかりなされていた」、可能性があり、今後そういった視点からの詳細調査が必要ではないでしょうか。驚くべきことは、アスピリン投与群で認めた「有意ながん死亡の増加」です。特に、直腸結腸がんの死亡が77%も増加していたことに関しては、これまで報告されてきた「アスピリン投与による直腸結腸がんの予防効果」を否定するような結果となり大変驚かされました。一方で、これまでの研究対象が、比較的若いかたであったことを踏まえて、仮にアスピリン投与が「若年者では直腸結腸がんの予防効果があり、高齢者では促進効果がある」となれば、今後、アスピリンの投与について、大いなる注意を要することになるでしょう。しかし、アスピリンによるがん全体の死亡リスクについても、高齢者と若年者で相反する結果になるとすれば重大です。今後の検証を注意したいと考えるところです。
重篤な出血は、予想通りアスピリン投与群で増えていた事実を勘案すると、低容量アスピリン投与は、高齢者に限っては「百害あって一利なし」という結論に傾くことは間違いないと思われます。日常臨床における、高齢者の一次予防におけるアスピリン投与には「慎重には慎重を期すべし」、そして、すでに投与されているかたは、「結腸直腸がんなどの消化器がん、さらにがん全体の発症に、特段の注意をするべし」、とのメッセージを受け取ったと感じております。
文献1
Peto, R., Gray, R., Collins, R., Wheatley, K., Hennekens, C., Jamrozik, K., ... & Gilliland, J. (1988). Randomised trial of prophylactic daily aspirin in British male doctors. British medical journal (Clinical research ed.), 296(6618), 313-316.

文献2
Ikeda, Y., Shimada, K., Teramoto, T., Uchiyama, S., Yamazaki, T., Oikawa, S., ... & Ishizuka, N. (2014). Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors: a randomized clinical trial. Jama, 312(23), 2510-2520.

文献3
Rothwell PM, Fowkes FGR, Belch JFF, Ogawa H, Warlow CP, Meade TW. Effect of daily aspirin on long-term risk of death due to cancer: analysis of individual patient data from randomised trials. Lancet 2011;377:31-41.

文献4
McNeil JJ, Woods RL, Nelson MR, et al. Effect of aspirin on disability-free survival in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1800722.
September 16, 2018

文献5
McNeil JJ, Nelson MR, Woods RL, et al. Effect of aspirin on all-cause mortality in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1803955.
September 16, 2018

文献6
Effect of aspirin on cardiovascular events and bleeding in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1805819.
September 16, 2018