昨年(2017年)、WHOは、「うつ病に悩んでいる人は、世界で3億2千万人に上る」と公表しました。うつ病は、気持ちの落ち込み、興味の喪失、食欲低下、睡眠障害など、あらゆる症状を招くだけでなく、自殺の主要因は「うつ病」ともいわれ、重症化が危惧される疾患として認識されています。我が国の罹患率は、男性4%、女性7%、女性に多いのが特徴です。また「うつ病」や「不安障害」は、労働年齢層に多発し、その結果、社会活動から身を遠ざけ、仕事に出ることができなくなってしまいます。こうしたうつ病による社会的損失は、地球規模で毎年100兆円以上とWHOによって試算され、有効な治療法の開発は喫緊の課題です。
「気分障害」と総称される心の疾患は、治療法が開発される一方で、効果を認めるのは、3人に1人程度、たとえ有効性を認めても、その半数に再発を認める難治性の疾患であることは明らかです。気分障害の症状緩和に向け、改善可能なリスク因子を見出すために様々な研究が行われてきました。すでに、生物学的、行動学的、遺伝学的要因が提唱されています。
さて、行動学的要因の一つである「食事」に着目した研究によって、気分障害を改善する候補因子として「ω3不飽和脂肪酸、ビタミンB、亜鉛、マグネシウムが挙げられています。効果をもたらすメカニズムとして「抗炎症、抗酸化ストレス、神経可塑性改善、ミトコンドリア機能改善、腸内細菌環境改善効果」などが示唆されてきましたが、個々の食事性因子をターゲットにした治療が、必ずしも効果を奏しているとはいえないのが現状です。そこで、より実践的な食事全体のパターンを明らかにして、気分障害を改善しよう、とする試みが盛んになってきています。中でも有力視されているのは「地中海食」(文献1)ですが、その内容を一般化するためには、より精密な科学的裏付けが求められていました。今回、イギリスUCLのラセイル博士らによって、さまざまな食事パターンと気分障害について、厳格なメタアナリシスが遂行され、その成果が9月26日、「Molecular Psychiatry」に発表されました(文献2)。この結果は、気分障害を是正しうる食事パターンの実現に向け大きな前進となるものとして評価され、注目されています。
<対象>
1946年から2018年5月までに報告された論文について、Medline, Embase, PsychoINFOのデータベースを基に、「うつ病あるいはうつ症状」、「ダイエット」、「インデックス、スコア、パターン、クオリティー」を検索項目として、Ovidで検索しました。選択の条件は、(1)エクスポージャーとして、包括的な食事アセスメントを食物摂取頻度質問票、24時間思い出し法、食事記録法、食事歴法を用いて施行していること、(2)アウトカムには、研究者によるうつ症状の診断、カルテ、自己申告、CES—Dによる評価(20アイテム法によるカットオフは16)を用いていること、(3)デザインとして観察研究であること、(4)年齢制限はなく、外来患者で、施設入所をしていない患者を対象としていること、としました。除外項目には、(1)エクスポージャーとして、全体の食事についての測定をしていないこと、(2)アウトカムとして双極性障害、全体的気分状態、心理社会的ストレッサー、認知されたストレスを対象としていること、(3)デザインとして介入試験であること、(4)対象者に妊娠者、授乳者、入院患者を選んでいること、としました。
<結果>
条件を満たした41本の研究論文(縦断的研究が20本、横断的研究が21本)のうち、10本が地中海式ダイエットスコア、7本がヘルシー・イーティング・ダイエット(HEI)スコア、4本がダッシュ・ダイエット(DASH)スコア、9本が食事炎症指数(DII)計測を用いていました。15本は、国の制定するガイドラインへのアドヒアランスを示すスコアや、ダイエットの質を表す一般的スコアなど、様々なスコアを計測していました。3つの研究は複数のスコアを同時に検討していました。3種類のスコア(地中海式ダイエットスコア、HEI、ベジタリアンダイエットスコア)を計測したものが1本、2つのスコア(地中海式ダイエットスコアとオーストラリア推奨食物スコア)を計測していたものが1本、AHEI(代替HEI)とほかの3つのスコアを比較していたものが1本でした。全部で44の解析スコアが用いられていましたが、解析のレベルの質的評価では、32本が高評価、12本が低評価でした。低評価のうち9本は、横断的研究によるものでした。
地中海食:スコア化には4つの指標が用いられていました。最初に開発された地中海式ダイエットスコア(MDS)をはじめ、相対的MDS(rMDS),代替MDS(aMDS),MSDPS(地中海式ダイエットパターンスコア)の3つのスコアが包含されました。MDSとrMDSは、9つのアイテムを含んでおり、5つは、健康に良いとされるもの(フルーツ、野菜、マメ科食物、穀類、魚)、2つは健康に悪いとされるもの(赤身肉と乳製品)で、加えて、健康に良いとされる脂質(単価不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比率(MDSにおいて検討されました)、オリーブオイルの摂取量(rMDSにおいて検討されました))の摂取、中程度のアルコール摂取が含まれました。MDSスコアの分布は、0-9点で、健康に良いアイテムは、平均よりも摂取が多いと1点、逆に低いと0点で、健康に悪いアイテムは、平均よりも摂取が少ないと1点、逆の場合は0点として算出されました。rMEDは、カットオフを3分割し、0-18点に分布させました。aMDSは、ひとつひとつのアイテムを、0点から5点(5点はアドヒアランス良好、0点は不良)に分類し、11個の構成アイテムを対象としました。MDSのアイテム全てに加えて、鶏肉(健康に悪いものに分類)、ポテト(健康に良いものに分類)を追加されており、全体としては、0-55点に分布させました。MSDPSは、13個の構成アイテムがあり、MDSのアイテム全部と、スイーツと卵を含み、それぞれのスコアが0-10点で、全体としては、0-100点に分布していました。
6つのコホート研究(いずれも縦断研究)が最終候補となり、フランス、オーストラリア(2つのコホート研究)、スペイン、UK、USで、9.1年の平均観察期間がありました。UKとUSの研究は、線形モデル、もしくは一般化した推定等式から求めたもので、ほかの4つのコホート研究の手法との差異が大きいため除外しました。その結果、対象となったのはフランス、オーストラリア、スペインの4つのコホート研究で、これらのメタ解析から、「もっとも地中海食へのアドヒアランスの良い群は、もっとも悪い群に比べて、33%も有意にうつ症状発症リスクが少ない」ことがわかりました。除外したUS研究匂いても、「地中海式ダイエットスコアが高いと、うつ症状発症リスクが下がる」という結論で、得られた内容には齟齬はありませんでした。一方、UKのものは、青少年を対象にしたものを含んでおり、この年齢層では、地中海食はうつ症状発症には影響しないと結論づけられました。US、ギリシャ、イランの3つの横断研究は、結果に統一性を欠いていました。
HEI:3本の長期の縦断研究がありました。UK、スペイン、フランスで遂行され、平均観察期間は、6.5年でした。4本の横断研究は、USとイランのものでした。スコアには、HEI-2005, AHI, AHEI-2010が用いられていました。HEI-2005は、「米国食事ガイドライン2005年」を基に作成された指標で構成され、スコアの幅は0-100点、全12個のアイテムの点数は、それぞれ5点か10点でした。HEI-2005の12アイテムは、すなわち「すべてのフルーツ、ホールフルーツ、すべての野菜、緑色野菜、黄色野菜、マメ科植物、すべての穀類、ホールグレイン、乳製品、赤身肉、ビーン、オイル、飽和脂肪酸、塩分、エンプティカロリー」でした。AHIは、9アイテム、すなわち「野菜、フルーツ、ナッツ、大豆プロテイン、白身肉と赤身肉の比率、穀類のファイバー、トランスファット、多価不飽和脂肪酸、マルチビタミン使用、アルコール」からなり、AHEI2010は、11アイテム、すなわち「野菜、フルーツ、ナッツ、マメ科植物、赤身肉と白身肉の比率、ホールグレイン、トランスファット、n-3脂肪酸、砂糖加味飲料、フルーツジュース、塩分」でした。
3本の縦断研究において、高いダイエットスコアを認めた群は、低い群に比較すると、うつ症状発症リスクは、24%の有意な減少を認めましたが、同時にヘテロジェナイアティー(異質性)を認めました。一方で、横断研究では、高いダイエットスコアを認めた群は、低い群に比較すると、うつ症状発症リスクは、47%の有意な減少を認め、同時にヘテロジェナイアティーも認めませんでした。
DASH:4本の研究で、ファング博士の開発したオリジナルDASHスコアか、モディファイドバージョンが用いられました。8アイテムから成り、ネガティブと評価される「甘み付けした飲み物、赤身肉、塩分」で、ポジティブと評価される「フルーツ、野菜、マメ科植物とナッツ、ホールグレイン、低脂肪乳製品」でした。1点から5点が付与され、性別も考慮し、点数分布は、9-40点でした。
縦断研究は、スペインの1本で、ファング博士開発のDASHスコアでは、うつ症状発症との関係で、逆相関関係が認められましたが、そのほかの3つのDASHスコアでは、相関を認めませんでした。イランの横断研究では、思春期の女性でのみ、うつ症状と負の相関がありました。DASHスコアとうつ症状との関連の研究は、数が極めて少なく、いまだ未熟な段階であることが示されました。
DII:45個の食物パラメーターによって炎症評価が行われました。UK、US、フランス、オーストラリア、スペインのコホート研究、及び、US、アイルランド、イランの4本の横断研究がありました。横断研究では、うつ症状発症リスクと負の相関を認め、うつ病発症リスクは36%低下、縦断研究では、24%の低下を認めました。
<コメント>
本研究調査から、「うつ症状発症リスクを下げるためには、地中海食を遵守し、炎症を引き起こしやすい食事をさけること」が示されました。「フルーツ、野菜、ナッツ」の摂取を増やし、「加工肉、トランスファット、中程度のアルコール摂取」などの炎症促進因子を避け、こうした食生活の習慣化が、うつ症状を回避し、精神的に安定した日常生活の実現できるといった可能性が広がったのではないでしょうか。こうした食事療法は、動脈硬化予防、認知症予防、糖尿病発症予防にも効果的とされており、今後の食事療法の中心的役割をはたしていくことになるものと予測されます。
脳神経系への障害をきたすメカニズムとして「酸化ストレス、インスリン抵抗性、炎症、血管形成変化」が挙げられています。「地中海食と抗炎症食との組み合わせ」は、こうしたダメージを予防、修復してくれる可能性があり、その詳細は今後の研究によって明らかにされるでしょう。
こうなると、高精度のうつ症状の診断が求められます。ほとんどの研究では、CES-Dが用いられ、一部、MFQ、BCIも用いられました。実際に診察までして診断をしたのは、一部にとどまりました。採用された各研究毎のうつ症状の診断に違いがあった可能性は否定できません。また、「うつ症状」と「うつ病」とは異なり、うつ症状の「一過性、かつ、自然回復する可能性がある」といった性質が、バイアスとなっていないか、疑問が残ります。また、食物摂取質問票による調査は、ワンポイントでしか遂行されていないことから、調査期間中の食事内容の変化の可能性が考慮されていない懸念が残ります。今後はさらに研究の精度を高めていって欲しいと願うところです。いずれにせよ、うつ症状緩和、及び予防のためには、適度な運動を交えながら、食事は地中海式を基準にし、各人の病態や健康状態と照らし合わせた上、抗炎症食も組み合わせていくことになりそうです。
文献1
Ann Neurology 2013:74:580-591
文献2
Molecular Psychiatry published online on September 26,2018
Doi.org/10.1038/s41380-018-0237-8