日本国内において「糖尿病が強く疑われる人」は1000万人に達し、その数は増加の一途をたどっています。動作を不要とするセダンタリーな生活習慣や、食事の欧米化、また乱れた食事パターンなどが、その大きな原因でしょう。糖尿病でもっとも懸念される「合併症」の悪化によって、例えば、網膜症から失明にいたったり、腎症から透析治療を受けることになったり、神経症によって日常生活が制限されたり、また動脈硬化の亢進によって、心筋梗塞、下肢動脈閉塞などのリスクは増大し、命を脅かす状態になりかねません。糖尿病の罹患予防、そして治療に際して、食事療法や運動療法を主体とした生活習慣の是正が必要ですが、言うは易し、行うは難し、生活習慣を変えることは、本人の覚悟と周囲の協力が必要です。血糖コントロールが困難な症例では、その糖尿病治療、合併症の進行を抑制させるために、生活習慣指導と同時に、治療薬を用いた処方が必要になってきます。現在では糖尿病薬の選択肢が広がり、糖尿病治療は一見進んでいるようにも思えます。しかし、いまだ血糖コントロールが難しい方は少なくなく、新しい治療薬が待ち望まれているのも事実です。
さて、注目されているのが、グルカゴン様ペプチド1(GLP−1)作動薬です。体内に存在する天然のGLP−1は、腸管内分泌細胞であるL細胞から分泌されます。GLP−1の生理的作用である「血糖依存性に膵臓からのインスリン分泌を促す」、また「胃では内容物の排出作用を妨げ、食欲も低下させ、食事摂取量を減少させる」といった特徴から、GLP-1作動薬による「血糖低下を促進するだけでなく、体重も減少させる」効果が期待され、大規模臨床試験によって、細血管合併症、大血管合併症を抑止する効果が示されました(文献1)。GLP−1作動薬は、理想的な糖尿病薬と認知される一方で、血糖及び、体重コントロールが困難な症例に十分な効果を示しているとは言えない状況です。
そこで、GLP-1作動薬の「血糖降下作用、体重減少作用」を「増強」するために、世界中で研究が行われ、今回、グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)という別の腸管ホルモンに着目した研究が発表されました。GIPは、腸管内分泌K細胞から分泌され、GLP-1同様、血糖依存性のインスリン分泌作用を促進させます。2型糖尿病では、GIPの作用低下が示されています。そこで、GLP−1とGIPの両シグナルを同時に活性化させる物質を作成し、動物実験が施行されました。その結果、GLP-1作動薬よりも、血糖降下・体重減少作用が優れていることがわかりました。こうした基礎実験を経て、GLP−1受容体とGIP受容体の両者の作動薬である「LY3218976」の効果が、フェーズ2臨床試験に供されました。LY3218976は、GIPのアミノ酸配列に似た39アミノ酸からなるポリペプチドで、C20の脂肪重酸を持ち、長時間の薬効が期待される「1週間に1度」の皮下注射薬剤です。以下解説を行います(文献2)。
<対象>
フェーズ2b臨床試験は、試験期間26週間、ポーランド、プエルトリコ、スロバキア、USAの47医療機関が参加しました。条件は、(1)年齢: 18歳から75歳、(2)診断: 2型糖尿病、かつ、少なくとも6ヶ月以上コントロール不良(HbA1cが7−10.5%)。ただし、食事療法、運動療法をしているか、メトフォルミンを少なくとも3ヶ月以上使用している。(3)BMI: 23-50、でした。グループは無作為に(1)LY3298176を1mg、(2)LY3298176を5mg、(3)LY3298176を10mg,(4)LY3298176を15mg、(5)プラセボ、(6)1.5mgのDulaglutide、の6者に1:1:1:1:1:1に割付られました。
消化器系の副作用を和らげるために、LY3218976投与10mg投与群は、最初の2週間は5mg投与とし、15mg投与群は、最初の2週間を5mg、次の4週間を10mgとしました。
<アウトカム>
1次評価項目: 試験開始から26週目のHbA1cの変化(最低1度の、試験薬の投与・検査をされたかたをアウトカム評価の対象としました。)
2次評価項目: 試験開始から12週目までのHbA1cの変化。体重、空腹時血糖、腹囲の変化の評価。
<結果>
2017年5月から2018年3月まで、555人をスクリーニングし、条件を満たした318人が6群に割り付けられました。LY3298176投与群の1mgと10mgの群の各1名が一度も治療を受けず、316人が解析対象となりました。26週の治療完遂したのが258人(82%)でした。治療完遂率は、LY3218976を15mg投与群で、わずか66%、そのほかの群は82-86%とほぼ同一でした。
プラセボ投与群の平均年齢は、56.6歳、男性が57%、白人は80%、HbA1cは、8.0%、eGFRは、95.3、BMIは、32.4、糖尿病の罹病期間は8.6年でした。そのほかの5群の特徴もほぼ同様でした。
HbA1cの低下率は、プラセボと比較して、LY3218976で改善され、1mgで、-1.06%、5mgで-1.73%、10mgで、-1.89%、15mgで-1.94%でした。Dulaglutideは、1.21%低下。LY3218976と比較すると、1mgで、+0.15%、5mgで-0.52%(P=0.0152)、10mgで、-0.67%(P=0.0001)、15mgで-0.73%(P<0.0001)でした。
26週で、「HbA1c 7.0%以下」に達したのは、LY3218976治療群の33-90%(平均52%)でした。プラセボは、12%でした。「HbA1c 6.5%以下」に達したのは、LY3218976で39%、プラセボで2%でした。ほぼ正常値である「HbA1c 5.7%以下」に達たのは、LY3218976・10mg群の20%、15mg群の3分の1でした。
体重減少も同様に、プラセボに対し、すべての容量のLY3218976治療により、有意に良好な結果を示し、dulaglutideに対し、5mgで-2.1kg,10mgで-4.4kg,15mgで-6.2%となり、それぞれ有意な減少を認めました。また、LY3218976・10mg群の21.6%が、体重15%以上の低下、15mg群の24.5%が、体重 15%以上の低下を認めました。腹囲も、Dulaglutideに比べてLY3218976で、5mg、10mg、15mg各群で有意な低下がを認めました。内臓脂肪の減少が顕著であったことが推測され、これに伴う中性脂肪値の有意な低下、インスリン抵抗性も低下を認めました。
有害事象により治療中断になった主な理由は、消化器症状で、LY3218976では、1mgが3.8%、5mgが9.1%、10mgが5.9%、15mgが24.5%に認め、dulaglutideでは、11.1%に認めました。
<コメント>
GLP−1及びGIP受容体を同時に刺激するペプチド「LY3218976」が、dulaglutide 1.5mgに比べて、有意な血糖降下作用、体重減少を示し、ポジティブな結果が得られました。今後フェーズIII研究に駒を進め、実臨床応用に向けた効果の信頼性、妥当性、及び安全性の確認が期待されます。また、心筋梗塞をはじめとする大血管障害の抑止効果、及び、腎症、網膜症などの細小血管障害の抑止効果への期待が高まります。
さて、LY3218976治療による「血糖・体重の改善効果メカニズム」には、腹囲の低下、TGの低下、インスリン抵抗性の改善が密接に関与することがわかりました。この処方によって、内臓脂肪減少からメタボリック症候群の改善につながるかもしれません。問題点としては、15mg処方で認めた治療中止率24.5%の主たる原因となった強い消化器症状でしょう。投薬を漸増的に行うといった処方方法の改善、もしくは、15mg使用症例では、消化器症状に十分注意しながら、場合によっては、限られたかたのみの処方適用とするなど工夫が必要でしょう。
今回はフェーズII研究という性質から、対象人数も少なく、使用期間も短かったため、副作用などの詳細把握は不十分でした。今後、長期間、かつ大規模な試験の結果報告を待ちたいと思います。
さて、糖尿病治療開発は、どんどん進んでいる!という期待を抱かせる報告でした。バリアトリック術がもたらした劇的な糖尿病治療成果によって、腸管ホルモンへの関心につながり、こうした研究に展望が開けたのでしょう。今後もますます腸管ホルモンを中心とした薬剤開発への期待が高まります。
Marso SP, Daniels GH, Brown-Frandsen K, Kristensen P, Mann JF, Nauck MA, Nissen SE, Pocock S, Poulter NR, Ravn LS, Steinberg WM, Stockner M, Zinman B, Bergenstal RM, Buse JB; LEADER Steering Committee; LEADER Trial Investigators.
N Engl J Med. 2016 Jul 28;375(4):311-22. doi: 10.1056/NEJMoa1603827. Epub 2016 Jun 13.