2015/08/09

愛し野塾 第36回 スパイシーフードが健康にいい?!




食事の話題は、「グルメ嗜好」と同時に「健康の維持・増進・長寿の潜在性」という観点から目が離せません。

これまで栄養学、疫学のエキスパートの一致した意見として、「慢性疾患から体を守るには、健康的な食事をすることが重要で、適切な量のフルーツ、野菜、全穀粒、ナッツ、豆、ファイバー、魚を食する一方で、赤身肉を減らし、加工肉を極力食べないようにし、塩分を抑え、甘味飲料は飲まないようにする」ことが推奨されてきました。これは、「糖質制限」「高蛋白」食に代表される、どの栄養素を増やすべきか、もしくは減らすべきかという観点というよりもむしろ、「食事のパターン」の観点から大規模試験によって解析・検討され、健康増進や疾病リスク減少に有効な食生活様式(例・地中海食等)が明らかになってきたからでしょう。


さて、一方で、ある特別な食事性要素の、「健康増進・長寿」の可能性の有無についても継続的に研究されています。

今回、「ホットスパイス」に注目した研究が報告され、話題となっているのでご紹介します(Lv, J., Qi, L., Yu, C., Yang, L., Guo, Y., Chen, Y., ... & Li, L. (2015). Consumption of spicy foods and total and cause specific mortality: population based cohort study.)
 

コホート研究(中国カドリーバイオバンク)で、2004年から2008年にリクルートされた、30-79歳の約50万人が対象となりました。自己申告法による、「スパイシーフード」の消費量と、死亡率との関係を前向き研究で割り出しています。平均観察期間は7.2年間で、観察期間中の死亡数は20,224人でした。

週に6-7回「スパイシーフード」を消費する群は、週に1度以下の「スパイシーフード」消費群に比べて、14%の死亡率低減効果があるということがわかりました。「スパイシーフッド」消費頻度が、週に3-5回でも(14%低減効果あり)、1度でも(10%低減効果あり)、2度でも(16%低減効果あり)、同じような死亡率低減効果があったということでした。

加えて、癌、虚血性心疾患、呼吸器疾患の死亡率について、「スパイシーフード」消費量と負の相関がありました。

この研究対象のサイズの大きさは、非常に大きく(50万人)、加えて中国の都市部と田舎の双方を含む10箇所から、対象者を選別している点、かつ前向き研究である点も研究方法の妥当性評価を指示するものといえるでしょう。



しかし、残念ながら、結論の正当性を議論するには、「手法上の大きな問題点」が否めません。自己申告の食事内容項目が、「赤身肉」「新鮮なフルーツ」「新鮮な野菜」についてのみで、総エネルギー摂取量が計算できない点は、栄養研究として致命的欠陥ではないでしょうか。言い換えれば、この研究の対象となっている「チリ」と呼ばれる激辛の胡椒を使った食事が、摂取カロリーの影響を受けて、死亡率を下げているのかどうかが、わからないのです。

 同様に、「スパイシーフード」に伴う、特色ある食事内容のパターンが解析できないため、死亡率の低下効果があったとして、その原因が、「チリ」の消費と関係があるのか、「チリを食する食事のパターン」にあるのかが解析不能です。「チリ」の量や、その辛さの程度についてもデータがありません。



この研究の結果からは、「チリ」消費頻度には、容量依存性の効果が認められておらず、この点は明確に示されたいものです。「アルコール消費量」の影響はスパイシーフードの効果を上回り、アルコール消費によって、「チリ」消費と死亡率低減効果の相関関係がないと結論付けられています。「アルコール」消費をしていない場合のみ、死亡率低減効果が認められたという結果でした。その意義付けは不明です。

「アルコール」以外の飲み物についての考察がなく、「チリ」消費の場合には、「アルコール」以外の飲み物の消費が増える可能性が推測され、飲み物の種類と消費量についての調査は欠かせないと考えられます。最近のデータで、茶の消費量と死亡率低減の間に相関があるとの報告があり、本研究では不明瞭な点が否めません。
 



スパイシーな食事はいまや大流行です。そのため、この論文は反響も大きく、取り上げたCNNの記事では、ペンシルベニア州立大学のヘイズ博士が「スパイシーフードは、低カロリーのキムチもあるが、高カロリーのバーベキューソース味のスペアリブもあり、一概にスパイシーフードがいいというのは危険である」と警鐘を鳴らしています。「スパイシーフード」の消費カロリーの算出が必須であることを暗にほのめかしていると受け止められます。



今回の研究は、「スパイシーフード」の健康への効用が示されたというよりは、今後の研究に「HOTな火」をつけたと評価するのが正解かもしれませんね。

 ただし、男性の場合では、「チリ」を週に6-7回食するかたは、1回以下の方と比べると、喫煙率が23%高く、飲酒率は74%高いにもかかわらず、死亡率が14%も低下したという点は、非常に気になります。

「チリ」の健康促進効果について、前向き研究での再検討がまたれます。

 「チリ」たっぷりの激辛ラーメンに健康増進効果があるとすれば、猛暑の夏も気持ちよく汗をかきながら乗り切れる、となるのですが!



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2015/08/03

愛し野塾 第35回 大きな自然災害がもたらす精神疾患




ポンペイの風景

自然災害がメンタルヘルスに影響を与えることは既知の事実です。なかでも心的外傷後ストレス「PTSD (Post-Traumatic Stress Disorder)」は、純粋に直接的な外傷事態に因って当該者を苦しめる精神疾患です。この疾患は強烈なストレス体験で引き起こされるのですが、自然災害を経験したケースでは、数ヶ月ないしは数年という長い時間を経た後も、その経験に対して恐怖を再体験し、突然、災害時の状況が思い出され、強い不安状態や緊張状態を強いられることがあり、めまい、動悸、頭痛、不眠、あるいは心的麻痺、といった症状を伴うことがすくなくありません。

PTSDは、自然災害に直接遭遇したかたの30-40%に生じるとされ、災害に関わった救護隊員のうちの10-20%、また当該地域住民の5-10%程度の割合で症状が認められると報告されています。

PTSD症状の重症度は、多様な因子(社会人口学的因子・イベント暴露・社会的支援・性格特性等)に影響され、自然災害が生じた場合には、救護チームにカウンセラーも同行し、予測不能な災害によって生じた悲惨な状況を受けとめられず傷つけられている被災者に即座に対応する体勢づくりの重要性が注目されています。

自然災害に伴うメンタル疾患研究の重要性が増す一方、現実的にはその研究を成功させることは非常に困難でした。それには、5つの主な理由が考えられています。(1)自然災害遭遇前の精神疾患の状態把握が難しいこと、(2)疾患の性格上、観察期間が短くならざるをえないこと、(3)対象者の脱落率が高いこと、(4)対比するべき対照となる集団(コントロール群)を得るのが難しいこと、(5)対象者の主観に基づいた症状報告に頼り、専門の医療機関による診断に基づいた客観的データを得ることが困難であること、などです。本研究では、アーンバーグ博士らは、こうした問題について適切に対処し、新たな知見を得て、ランセットサイキアトリーに報告しました(Lancet Psychiatry July 23 2015)。
引用:Arnberg, Filip K., et al. "Psychiatric disorders and suicide attempts in Swedish survivors of the 2004 southeast Asia tsunami: a 5 year matched cohort study."The Lancet Psychiatry (2015).

2004年スマトラ島沖地震で生じたインド洋津波では、10mに及ぶ津波が数回、最大の津波は34mとされるものが、インド洋に押し寄せました。M9.3とされる最大級の地震は、22万余人の命を奪い、被災者の総数は500万人にまで膨れ上がりました。554人のスウェーデン人が命を奪われ、未だ1800人以上が行方不明となっています。諸外国の中では、スウェーデン人の被害は最大とされています。

本研究では、この津波の被害を生き延びたスウェーデン人成人8762人と若年者3942人を対象とし、2004年12月26日から2010年1月31日までの5年間の観察研究が行われました。
国家管理下での患者登録記録を参照し、対象者の精神疾患罹患率を算出しました。年齢、性別、社会経済的地位レベルを対象者同レベルになるように抽出した津波非暴露(津波に遭わなかった)の対象群(864,088人の成人と320,828人の若年者)の精神疾患罹患率と比較検討しました。

津波暴露群(津波に曝されたグループ)は、成人で平均年齢42.1歳、若年者で、12.7歳でした。被災者の34%が年収の上位20%を占め、社会経済地位の高いかたが多いことがわかりました。得られた結果について、成人対象者は、津波暴露以前の精神疾患の罹患率で補正され、若年の対象者は、その親の津波暴露前の精神疾患の罹患率で補正しました。
津波暴露群の成人の精神疾患の罹患率は、6.2%(547人)と、比較的少ない数値でしたが、津波非暴露の成人に比較して、21%の罹患率の上昇を認めました。ストレス関連性疾患は2.27倍も増加し、特にPTSDは高く、非暴露者の7.51倍の罹患率という結果を得ました。一方、自殺企図は、1.54倍の増加にとどまり、気分障害や不安障害といった項目は、両群間に差を認めませんでした。

成人の場合、ストレス関連疾患は、津波暴露後1年以上経過した後も認められました。直接津波に遭遇した場合のPTSD罹病率は、14.6倍という高率を示し、津波に間接的に遭遇した場合のPTSD罹患率は、3.48倍と、統計的には間接暴露か直接暴露かで顕著に差を認めました。

若年者の場合は、津波暴露の有無は精神疾患の罹病率には影響を与えませんでしたが、暴露歴があるグループでは、「自殺企図」が1.43倍に増し、「ストレス関連疾患」が1.79倍になることがわかりました。特に高い罹病率は津波暴露された若年者のPTSDで、非暴露群の2.83倍に及びました。またこれらの罹病率増加の多くは津波暴露後3ヶ月以内に認められました。

この研究の特徴でもあり、かつ注目されるべき点は、津波暴露された成人対象者の多くは高い社会経済的地位に属し、津波暴露後早期のうちに非被災地域へ移り住んでいることから、被災地に居住した場合に受けると想定される被災後に生じる独特の生活上の不安やストレスの影響を受けておらず、「純粋に津波暴露に伴う影響」を検討することができたことです。同時に、津波暴露後に被災地に居住する際のストレスを回避出来た事が、気分障害や不安障害を来さなかった理由ではないか、と考察されています。
若年者の群は、気分障害、不安障害がむしろ津波暴露群の方が少ないことが判明しており、この群では、レジリエンス(打たれ強さ・逆境からの復元力等の意味をもつ心理学用語)が高いためと示唆されています。

この研究の弱点は、津波暴露群では成人及び若年者の入院記録は100%登録されている一方で、被災者が支援センターや実地臨床家に外来治療を求めた場合、彼・彼女らのデータが登録されていないケースが存在し、実際の疾患罹患率が低く見積もられている可能性があることです。また、津波暴露群では、非暴露群に比して、医療サービスを受ける意欲が高かった可能性もあるでしょう。また医師が診断をする際、津波暴露群に対して、津波非暴露群よりも、より、ストレス関連疾患の病名をつけようとするバイアスがかかった可能性が否定出来ないこと、津波の暴露群では、暴露前の精神疾患の罹患率が若干少なかった(暴露群で、6%、非暴露群で9%)ことがバイアスとなっている可能性があります。論文では触れていませんが、最大のバイアスは、年収の上位20%のものが、津波暴露群で34%、非暴露群で20%と大きな開きがあり、暴露群は、非暴露群よりも社会経済的地位が明らかに高いことではないかと思います。対照群の社会経済的地位についてより精度よくマッチングした上で解析を要したのではないかと考えます。
高い社会経済的地位にあることで、「支援」の選択肢も増え、「支援」へアクセスもより便利なものを選べ、こういった傾向は、精神疾患罹病率にも影響すると考えられます。本研究では、教育歴にも差があり、セカンダリースクール卒業が、津波暴露群で、41%、非暴露群で30%でした。

前述のごとく、この研究では改善が期待される点も多く見いだせる一方で、従来から指摘されている問題点にはほぼ完璧に答えており、得られたデータからは、「津波暴露」によるストレス関連疾患、特に「PTSD発症率の上昇」は、明確な事実と言えるでしょう。
今後は、若年者、成人ともに、津波暴露直後から、さらに成人においては津波暴露後暫く時期が経過しても、迅速、かつ正確な診断、及び適切な対応ができるよう、国家レベルで十分に準備をしていくことが必要と考えられます。ただし、社会的弱者がサポートから置き去りにされる事のないよう、社会経済的地位と精神疾患への影響についての理解も深め、個々人の症例検討への認識を持続させ、被災直後から長期にわたる継続的なメンタルサポート・ネットワークへの懐の深い支援も強く希望するものであります。

2015/08/02

愛し野塾 第34回 エボラワクチン開発への大きな一歩


 
 今だ、アフリカ象牙海岸から帰国したひとが熱発するとエボラウイルス感染者ではないか、と疑われ、自宅待機を強いられることはもとより、緊急検査の対象となり、その一挙一動がテレビ、新聞、ネットなど報道を賑わせ、日本国民は固唾をのんで検査結果を見守るという構図は変わりません。

 エボラウイルスが猛威を振るい、2万人以上の犠牲者をだしたと報道されてきた脅威の事実は、世界中の人の心に深い傷を残しました。このまれに見る公衆衛生上の緊急事態を早急に沈静化するには、ワクチン開発が最も有効とされていましたが、通常10年を要するといわれるワクチン開発ですから、エボラウイルスについても消極的な予測をする専門家の意見も少なくありませんでした。ところが、今回、ランセットに発表された新規エボラウイルスワクチンは、パンデミックからわずか1年という短期間で開発されたにもかかわらず、100%感染予防効果がある、との内容でしたから、まさに今世界中のメディアが注目しています。極めて「有効」、かつ「安全」なワクチンが、致死率の高いウイルスに抗して開発成功に導かれた喜ばしい報告でした。この内容は、7月31日号のランセットに、エボラウイルスのワクチンの第三相試験の結果として発表になりました。なお、この研究はWHOの資金によってサポートされています。

 ワクチンは、ザイールエボラウイルスの表面糖蛋白を、複製可能な水泡性口炎ウイルスVSVに組み込んだものでした。対象としたのは、ギニアの7,561人の人々でした。ここで使われた手法は、天然痘ウイルス駆逐を可能にした、リングワクチン法でした。これは、エボラウイルスの確定診断を受けた患者Aをターゲットとし、Aの接触者と、接触者の接触者まで割り出し、ワクチン接種をおこなうため、「リングワクチン法」とよばれます。

 接触者と、接触者の接触者を一つの集団と見なし、クラスターと定義しました。全クラスターは二つに分類され、即座にワクチンを投与するグループと、21日遅延でワクチンを投与するグループに、無作為に割り付けられました。対象者は、18歳以上の成人で、かつ妊娠あるいは母乳を与えていない人でした。都会、もしくは田舎のクラスターか、クラスターのリングのサイズが20人未満、もしくは20人以上かで無作為化されました。エボラ感染症の潜伏期間が10日であることを考慮し、アウトカムは、無作為割り付けから10日以上経過した後の、エボラ感染症発症者数としました。

 20154月1日から2015年7月20日の間に、90クラスターが登録されました。90クラスターは、即時ワクチン投与群が48クラスター(4123人)は、遅延ワクチン投与群が42クラスター(3528人)と2つに分類されました。

 試験開始後10日以降のエボラ感染症発症者は、即時ワクチン投与群は、0人で、遅延群では16人、 ワクチン有効率は100%(p=0.0036)でした。即時群でも遅延群でも、ワクチン投与後6日以降は、エボラ感染者は0人でした。ワクチン投与群で、重篤とされる副反応が一例にのみ認められました。熱発反応がありましたが、命に別状はなく回復されたとのことでした。期間中の全エボラ感染者は75人で、33人が死亡しました。このワクチンの有効性について問題がないと評価され、2015年7月24日には、即時法によるワクチン接種のみ臨床試験の継続が決定しました。今後より多くの症例を積み重ね、有効性と安全性の確立を目指す段階へと大きな一歩を踏み出したのです。

 リングワクチン接種を可能にしたのは、感染地帯に住む住民の命がけの協力の賜物でした。「母国を滅ぼそうとするウイルスを撲滅したい」、その思いが、この研究を成功に導いたのです。研究チームの90%を、ギニア人が占めていたことがこのことを如実に語ります。感染者を特定し、その接触者を丁寧に割り出し、そのまた接触者を割り出す作業を、迅速に進めたられたからこそ、プロトコル通りのワクチン接種ができたことでしょう。もちろん、ギニアでこの規模の臨床研究が行われたことはこれまで一度もありませんでした。

 今後は、この研究の妥当性等、徹底的に検証を受けることは間違いのないでしょうし、特段、ワクチンの安全性の検証として長期に渡る副反応の観察は怠れません。WHOの指導のもと、グローバル・エボラワクチン・インプリメンテーションチームは、安全基準をクリアし、本プロジェクトのデータの妥当性が証明されれば、西アフリカ諸国とライセンシング契約を締結し、ワクチン普及への道をつけることになると予想されます。GAVIアライアンスは、すでに、ワクチン作成と普及にかなりの出資を表明しています。


 エボラウイルスの蔓延により、西アフリカ諸国は、一時的にカオスに陥りました。しかし、そのカオスが契機となり、他諸国が力を合わせ、過去に例のない協力体制を設け、今回のワクチン開発を現実化させたことは公衆衛生学史に残る快挙とも言えるかもしれません。当初WHOは、その対応の遅れが、エボラの蔓延を招いたと国際的な批判に晒され、WHOの存在意義まで疑われる始末でした。しかし、こうしてWHOが国際協力の旗頭となり、地球レベルで人々の生命の危機を救う大プランが、当該地域だけではなく、国際的理解を得る事で現実化してゆけば、脅威のウイルスを制圧できる日も遠くないと思うものです。

2015/08/01

愛し野塾 第33回 重症ADHDの不慮の事故と薬物療法の可能性


ADHDの薬物治療と不慮の事故との関係


 

日本では、子供の死因の第一位は、不慮の事故です。欧米においても同傾向を示し、WHOは、「こどもの不慮の事故のハイリスクグループを見つけ出し、予防策を講じることが必要ではあるものの、いまだ難しい現状である」と報告しています。

注意欠陥・多動性障害(ADHD)の子供は、注意能力が低いこと、また多動的で、突発的な行動をとることが多く、認知機能、情緒面、および行動面での困難も認められ、個別的な支援が不可欠であることも報告されてきました。また、ADHDの方は、非ADHD者に比較すると寿命が短いことや、事故に遭遇しやすいことその原因ではないかと指摘されてきました。これまでの調査結果からも「ADHDの子供たちは、不慮の事故にであうハイリスクグループではないか」という強い推論はあるものの、これまで、前向き大規模研究もなく、明確な決着がつかないままでした。また、ADHDの特効薬とされるメティルフェニデート(日本ではコンサータと呼ばれています)が、結果として不慮の事故予防に有効である可能性が様々な方面から示唆されてはいましたが、これついても真偽の決着がついていなかっことも事実です。

今回この難しいテーマについて、デンマーク、オーフス大学のダルスガード博士らが、まったく新しい手法を用い調査研究を行い、その結果をランセットに発表しました(Lancet Psychiatry 2015 July 21)。

この研究は、1990年から1999年の間に生まれたデンマークの「すべて」の学校に通学する子供たち、71120人を研究の対象とした、例を見ない大規模研究であり、子供たちは予め全例国家登録されておりました。研究は前向きに調査項目が検討実行され、仮に後ろ向き研究ではバイアスの制御が困難であるものですが、今回の研究では対象となる集団の選別のバイアスがこの研究には全くなく、得られた結果はきわめて信憑性の高いものと評価されています。5歳から10歳の間にADHDの診断が確定した子供たち4557人をADHDのグループとして登録。ADHDのこどものうちの32%にあたる1457人が、投薬治療をうけていました。

この研究で特記すべきは、国家の指揮の下、すべての子供が登録され、しかも、前向き研究の対象となったというケースだということです。おそらくこれが最初でしょう。その背景に在るだろう国家及び専門家らの努力と英断には感服です。さらに正確無比と考えられるコホート研究によって、ADHDの有病率が0.6%と認定されました。これは、これまで米国の報告によって、あらゆるメディアでも紹介されてきた値の約10分の1という低さです。鑑みるに日常診療で診断されるADHDのケースの中でも、特に重症者が抽出されたという可能性も示唆されています。実際、デンマークでは、専門医による治療開始が原則ですから、鑑別診断された子供らは、重症例が多数含まれている可能性が高い、と考えるのは適切な考察でしょう。また、専門医は、薬物療法よりは、心理社会的治療を好む傾向があり、薬物療法の頻度も低い、という意見もあります。

さて、得られた結果を挙げて見ましょう。

性差については従来報告同様に男子優位。ADHDとされた子供の84%は男子でした。、生誕時の体重は、ADHDでない子供に比較して、有意に低く、出産時の合併症が、有意に多いことがわかりました(いずれもp<0.001)。知的障害の頻度は、ADHDの子供は、ADHDでない子供の約30倍と有意に高いこともわかりました(p<0.001)。両親の教育レベルを検討するとADHDの子供の母親も父親も、ADHDの子供を持たない親に比べて、高卒未満である場合が有意に多く(p<0.001)、両親が非雇用者である率も有意に高く(P<0.0001)、精神疾患の有病率も有意に高く(P<0.0001)、特に、母親の場合、妊娠中の喫煙率は有意に高いという結果が得られました(P<0.0001)。

さて、不慮の事故にあう確率です。

年齢・ADHDの重症度・治療歴によって差があり、11%から19%までの幅がありました。5歳児では、ADHDでない子供が不慮の事故にあう確率は10.9%で、ADHDの子供の場合は、19.3%であり、約2倍の頻度があることがわかりました。12歳になるころには、この差は、狭まり、ADHDの子は17.8%、ADHDでない子は15.8%でした。

次に不慮の事故の頻度と投薬治療の関係です。

ADHDのこどもが不慮の事故にあう確率は、10歳までに治療薬を投薬されていると、投薬されていない場合に比較して、10歳では、31.5%の低下(p=0.008)、12歳では、43.5%の低下(p=0.001)と、治療の効果を認めています。加えて、治療を受けているADHDの子どもたちは、救急外来受診率も10歳で28.2%減少、12歳で、45.7%減少することがわかりました。

これまでの研究では、年齢と不慮の事故の関係は知られておらず、ましてや治療効果を記した論文はなく、このアングルからの治療の是非の議論は大変興味深いものです。

ADHDの子供は、不慮の事故にあう確率が高いこと、低年齢になるほどそのリスクが極めて高く、5歳時には約2倍も現に生じていること、を認識し、加えて高学年になるにつれ、不慮の事故のリスクは小さくなるものの、ADHDでない子供に比べ、1.3倍程度高い事実があるものの、この忌むべき差は、専門家による治療によって完全に埋めることができるということが示唆されました。今すぐにでも適切・具体的な対応策を丁寧に考慮していく時ではないでしょうか。

  同じグループが、今年の5月にランセットに、ADHDを持つ個人は、ADHDでない個人に比較し、死亡率が2.07倍に上昇する(P<0.0001)が、その主たる原因は、「事故によるもの」であると報告しました(Lancet Volume 385, No. 9983, p2190–2196, 30 May 2015)。尊い命を落とすような不慮の事故を、薬物投与により防御できるのであるとすれば、大変意味深いと感じます。

この研究について気をつけるべきは、選別されたADHDの子供は、前述したように理由から重症例が多く含まれている可能性です。つまり、ADHDでも様々な程度があります。軽症例や中等症の場合でも、やはり、薬物療法で、不慮の事故が防げるのかどうか疑問がのこります。無用な薬物投与は許されません。また、専門家による社会心理的治療を受けているかたの不慮の事故の抑制効果については未だ検討がありませんし、ADHDの症例では、同時に合併症を併発している場合も多く、そういった合併症と不慮の事故との因果関係はさらに深く追跡されるべき課題として残っていると思います。

いずれにせよ、ADHDの重症例は、薬物療法で、不慮の事故を、ADHDでない子供と同じレベルに防ぐことができるのは今回の研究報告からほぼ間違いないと考えられます。日常診療、学校教育の場でも、ADHDの重症例について適切な個別対応を施すシステムを設け、早期に専門家による治療・薬物療法を検討することは、日本においても、もはや待ったなしの状況と考えられます。

2015年08月01日(土)15時55分