食事の話題は、「グルメ嗜好」と同時に「健康の維持・増進・長寿の潜在性」という観点から目が離せません。
これまで栄養学、疫学のエキスパートの一致した意見として、「慢性疾患から体を守るには、健康的な食事をすることが重要で、適切な量のフルーツ、野菜、全穀粒、ナッツ、豆、ファイバー、魚を食する一方で、赤身肉を減らし、加工肉を極力食べないようにし、塩分を抑え、甘味飲料は飲まないようにする」ことが推奨されてきました。これは、「糖質制限」「高蛋白」食に代表される、どの栄養素を増やすべきか、もしくは減らすべきかという観点というよりもむしろ、「食事のパターン」の観点から大規模試験によって解析・検討され、健康増進や疾病リスク減少に有効な食生活様式(例・地中海食等)が明らかになってきたからでしょう。
さて、一方で、ある特別な食事性要素の、「健康増進・長寿」の可能性の有無についても継続的に研究されています。
今回、「ホットスパイス」に注目した研究が報告され、話題となっているのでご紹介します(Lv,
J., Qi, L., Yu, C., Yang, L., Guo, Y., Chen, Y., ... & Li, L. (2015).
Consumption of spicy foods and total and cause specific mortality: population
based cohort study.)。
コホート研究(中国カドリーバイオバンク)で、2004年から2008年にリクルートされた、30-79歳の約50万人が対象となりました。自己申告法による、「スパイシーフード」の消費量と、死亡率との関係を前向き研究で割り出しています。平均観察期間は7.2年間で、観察期間中の死亡数は20,224人でした。
週に6-7回「スパイシーフード」を消費する群は、週に1度以下の「スパイシーフード」消費群に比べて、14%の死亡率低減効果があるということがわかりました。「スパイシーフッド」消費頻度が、週に3-5回でも(14%低減効果あり)、1度でも(10%低減効果あり)、2度でも(16%低減効果あり)、同じような死亡率低減効果があったということでした。
加えて、癌、虚血性心疾患、呼吸器疾患の死亡率について、「スパイシーフード」消費量と負の相関がありました。
この研究対象のサイズの大きさは、非常に大きく(50万人)、加えて中国の都市部と田舎の双方を含む10箇所から、対象者を選別している点、かつ前向き研究である点も研究方法の妥当性評価を指示するものといえるでしょう。
しかし、残念ながら、結論の正当性を議論するには、「手法上の大きな問題点」が否めません。自己申告の食事内容項目が、「赤身肉」「新鮮なフルーツ」「新鮮な野菜」についてのみで、総エネルギー摂取量が計算できない点は、栄養研究として致命的欠陥ではないでしょうか。言い換えれば、この研究の対象となっている「チリ」と呼ばれる激辛の胡椒を使った食事が、摂取カロリーの影響を受けて、死亡率を下げているのかどうかが、わからないのです。
同様に、「スパイシーフード」に伴う、特色ある食事内容のパターンが解析できないため、死亡率の低下効果があったとして、その原因が、「チリ」の消費と関係があるのか、「チリを食する食事のパターン」にあるのかが解析不能です。「チリ」の量や、その辛さの程度についてもデータがありません。
この研究の結果からは、「チリ」消費頻度には、容量依存性の効果が認められておらず、この点は明確に示されたいものです。「アルコール消費量」の影響はスパイシーフードの効果を上回り、アルコール消費によって、「チリ」消費と死亡率低減効果の相関関係がないと結論付けられています。「アルコール」消費をしていない場合のみ、死亡率低減効果が認められたという結果でした。その意義付けは不明です。
「アルコール」以外の飲み物についての考察がなく、「チリ」消費の場合には、「アルコール」以外の飲み物の消費が増える可能性が推測され、飲み物の種類と消費量についての調査は欠かせないと考えられます。最近のデータで、茶の消費量と死亡率低減の間に相関があるとの報告があり、本研究では不明瞭な点が否めません。
スパイシーな食事はいまや大流行です。そのため、この論文は反響も大きく、取り上げたCNNの記事では、ペンシルベニア州立大学のヘイズ博士が「スパイシーフードは、低カロリーのキムチもあるが、高カロリーのバーベキューソース味のスペアリブもあり、一概にスパイシーフードがいいというのは危険である」と警鐘を鳴らしています。「スパイシーフード」の消費カロリーの算出が必須であることを暗にほのめかしていると受け止められます。
今回の研究は、「スパイシーフード」の健康への効用が示されたというよりは、今後の研究に「HOTな火」をつけたと評価するのが正解かもしれませんね。
ただし、男性の場合では、「チリ」を週に6-7回食するかたは、1回以下の方と比べると、喫煙率が23%高く、飲酒率は74%高いにもかかわらず、死亡率が14%も低下したという点は、非常に気になります。
「チリ」の健康促進効果について、前向き研究での再検討がまたれます。
「チリ」たっぷりの激辛ラーメンに健康増進効果があるとすれば、猛暑の夏も気持ちよく汗をかきながら乗り切れる、となるのですが!
2015年08月09日(日)23時52分