2015/08/24

愛し野塾 第37回 腎移植は冷却が有効か

腎臓移植は冷却が有効か



日本での腎移植待機者は、1万2千人を超え、その一方で昨年の移植実績数はわずか101例と発表され、そのうち脳死腎移植が59例のみという惨憺たる状況です(日本臓器移植ネットワークのHPより)。この問題を解決するには、まずは腎移植数を増やす施策を見直さなければなりません。しかし、改正法律の施行は困難を極めており、これを待っていたら、いつになるかもわからないという実情では、別な手段を考えなければなりません。少ない移植トライアルのうち、その成功率をわずかでも高くすることは現状では、有効な方法でしょう。

また、脳死腎移植は、生体腎移植よりも成功率が低く、改善法をみいだすことは成功の可能性をあげるのに大いに役立つでしょう。また、移植に必ずしも万全ではない、いわゆる「境界領域」のドナー(50歳以上で、高血圧、脳卒中、クレアチニンの上昇のうち2つ以上がある場合か、60歳以上の場合)から提供される臓器移植の成功率を上げることもキーポイントだと考えられます。

米国では、年に約1万千件の移植実績があり、症例から得られる知見も膨大で、今後の腎移植を考える上でその分析・検討は有用とされています。2012年、米国における脳死腎移植成功率は、73%、生体腎移植成功率は、84%と報告されています。成功率は、「5年間腎臓が機能していた場合」、と定義されますが、日本の実績でも、生体腎と脳死腎の移植成功率はほぼ同程度のようです(東京女子医大のHPより)。

移植が成功するかどうかは、臓器の状態の良し悪し、及びドナーの特性がかぎを握るとされます。生体腎に比べ、脳死腎の状態が悪いことは、脳死直後から始まる、非可逆的な生理的変化を考慮すれば、容易に想像がつきます。

脳死によって生じる脳圧の上昇は、自律神経系の反応を惹起し、カテコーラミンが超大量に放出します。その結果、血管が収縮して、諸臓器への血の循環が悪くなります。脳死の進行と共に血管動態は不安定性を増し、尿崩症が生じ、体液量が減少し、交感神経系の反応も低下します。

また脳死は、炎症反応や免疫反応も引き起こします。補体系が活性化され、炎症性サイトカインであるインターロイキン1、6、TNF、インターフェロンγが放出されます。血管内皮が活性化されセレクチンなどの接着分子が増加します。血液凝固系も脳から放出されるトロンボプラスチンによって活性化されます。

ドナーの死によって、腎臓もダメージを受けるというリスクがある上、臓器の保存時および移植時に生じるダメージのリスクも上昇し、透析からの離脱遅延(これを移植後腎機能発現遅延と呼びます)の要因となります。

移植後腎機能発現遅延は、境界領域のドナーで、やや高齢なかたも対象にすると、50%近くに生じるとされます。この移植後腎機能発現遅延によって、入院期間が伸び、透析に要する費用がかさむだけではなく、なによりも、急性移植片拒絶反応が生じたり、移植片機能損失を被ったりとリスクが重なります。移植後腎機能発現遅延を低減する方法の開発が待ち望まれているという状況は、こういった背景からもよく理解できるでしょう。

さて、2015年7月末、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のニーマン博士らは、移植後腎機能発現遅延のリスクを低減する、とても簡単な方法を開発したので、話題を呼んでおり、ここに紹介します(Therapeutic Hypothermia in Deceased Organ Donors and Kidney-Graft Function、N Engl J Med 2015; 373:405-414July 30, 2015DOI: 10.1056/NEJMoa1501969)。

低温法は、心停止や、脳卒中の患者の神経機能を保護する治療法として、すでにそのプロトコールは確立されています。心停止後の患者に生じる腎障害が、低温法を用いると、軽度な障害で済む、という報告もあり、今回の研究の発想にいたったようです。
この研究では、臓器ドナーを従来よりやや低温に保持することで、移植後腎機能発現遅延を低減できないかを検討しています。

対象者は、低体温法が150人、標準法が152人で、いずれの群も、平均年齢は、45歳で、女性37%、男性63%と比率も同じでした。境界領域のドナーは、それぞれ共に27%の割合で含まれていました。両群のクレアチニンレベルは、1.1、GFRは、89と良好な値を示しました。臓器移植を受けるレシピエントは、低温法が238人(女性38.2%、男性618%)、標準法が238人(女性42.4%、男性57.6%)でした。両群のBMIは共に27でした。

ドナーは標準法と低温法の二つのグループに分けられました。標準法では、ドナーの体温が36.5度から37.5度温度に保持され、低温法では34−35度の低温に保持され、前向きに無作為に2群に割り付けられました。割り付けから、目的温度に保持するのに要する平均時間は4時間で、臓器取り出しに要するまでの平均保持時間は、16.9時間でした。温度保持のために使用されたのは、毛布がもっとも多く(低温法で、74%、標準法で、53%)、体温は、膀胱温か、直腸温で測定され、低温保持法で、34.6度、通常法で、36.8度となりました(P<0.001)。

移植後7日までの透析実施率は、標準法では39.2%で、低温保持法では28.2%で、低温に保持することで、38%の有意な低下を認めました(P=0.02)
特に、境界領域のドナーの移植では、顕著な差を認め、移植後腎機能発現遅延は、低温法で31%、通常温度法で56.5にみられ、低温法は、69%の低減効果(P0.003)がありました。

また、移植後腎機能発現遅延は、2個の腎移植を同じドナーから同じレシピエントに行った場合、低温法では、0%(5回中0回)、標準法では、83%(6回中5回)に生じていました(1個では機能不足が予想され、2個移植をせざるを得ない症例)。結果を暫定解析したところ、標準法に比べ、低温法が有意に優れていることが判明したため、臨床試験は途中で中止となりました。この段階では、目標とされた登録人数の49%にしか到達しておらず、かなり早期に試験が中止になった印象です。

この研究では、残念ながら、低温法を用いた場合での腎臓以外の腹部臓器の移植への影響の検討はありませんでした。特に肝臓や膵臓の移植には問題がなかったのかについても気になるところです。また、急性移植片拒絶反応、移植片機能損失のデータも記載がなく、長期的アウトカムのデータは必須と考えられます。さらなる研究の進展を待ちたいと思います。

こうした問題点があるにしても、猫も杓子も分子医学という時代に、温度調整をするだけの一工夫で、劇的な移植成功率をあげるという結果に結びつくといううれしいニュースに、個人的にはつくづく研究に必要なのは、アイデアと実行力なのだなあと感心してしまうのでした。