2015/08/01

愛し野塾 第33回 重症ADHDの不慮の事故と薬物療法の可能性


ADHDの薬物治療と不慮の事故との関係


 

日本では、子供の死因の第一位は、不慮の事故です。欧米においても同傾向を示し、WHOは、「こどもの不慮の事故のハイリスクグループを見つけ出し、予防策を講じることが必要ではあるものの、いまだ難しい現状である」と報告しています。

注意欠陥・多動性障害(ADHD)の子供は、注意能力が低いこと、また多動的で、突発的な行動をとることが多く、認知機能、情緒面、および行動面での困難も認められ、個別的な支援が不可欠であることも報告されてきました。また、ADHDの方は、非ADHD者に比較すると寿命が短いことや、事故に遭遇しやすいことその原因ではないかと指摘されてきました。これまでの調査結果からも「ADHDの子供たちは、不慮の事故にであうハイリスクグループではないか」という強い推論はあるものの、これまで、前向き大規模研究もなく、明確な決着がつかないままでした。また、ADHDの特効薬とされるメティルフェニデート(日本ではコンサータと呼ばれています)が、結果として不慮の事故予防に有効である可能性が様々な方面から示唆されてはいましたが、これついても真偽の決着がついていなかっことも事実です。

今回この難しいテーマについて、デンマーク、オーフス大学のダルスガード博士らが、まったく新しい手法を用い調査研究を行い、その結果をランセットに発表しました(Lancet Psychiatry 2015 July 21)。

この研究は、1990年から1999年の間に生まれたデンマークの「すべて」の学校に通学する子供たち、71120人を研究の対象とした、例を見ない大規模研究であり、子供たちは予め全例国家登録されておりました。研究は前向きに調査項目が検討実行され、仮に後ろ向き研究ではバイアスの制御が困難であるものですが、今回の研究では対象となる集団の選別のバイアスがこの研究には全くなく、得られた結果はきわめて信憑性の高いものと評価されています。5歳から10歳の間にADHDの診断が確定した子供たち4557人をADHDのグループとして登録。ADHDのこどものうちの32%にあたる1457人が、投薬治療をうけていました。

この研究で特記すべきは、国家の指揮の下、すべての子供が登録され、しかも、前向き研究の対象となったというケースだということです。おそらくこれが最初でしょう。その背景に在るだろう国家及び専門家らの努力と英断には感服です。さらに正確無比と考えられるコホート研究によって、ADHDの有病率が0.6%と認定されました。これは、これまで米国の報告によって、あらゆるメディアでも紹介されてきた値の約10分の1という低さです。鑑みるに日常診療で診断されるADHDのケースの中でも、特に重症者が抽出されたという可能性も示唆されています。実際、デンマークでは、専門医による治療開始が原則ですから、鑑別診断された子供らは、重症例が多数含まれている可能性が高い、と考えるのは適切な考察でしょう。また、専門医は、薬物療法よりは、心理社会的治療を好む傾向があり、薬物療法の頻度も低い、という意見もあります。

さて、得られた結果を挙げて見ましょう。

性差については従来報告同様に男子優位。ADHDとされた子供の84%は男子でした。、生誕時の体重は、ADHDでない子供に比較して、有意に低く、出産時の合併症が、有意に多いことがわかりました(いずれもp<0.001)。知的障害の頻度は、ADHDの子供は、ADHDでない子供の約30倍と有意に高いこともわかりました(p<0.001)。両親の教育レベルを検討するとADHDの子供の母親も父親も、ADHDの子供を持たない親に比べて、高卒未満である場合が有意に多く(p<0.001)、両親が非雇用者である率も有意に高く(P<0.0001)、精神疾患の有病率も有意に高く(P<0.0001)、特に、母親の場合、妊娠中の喫煙率は有意に高いという結果が得られました(P<0.0001)。

さて、不慮の事故にあう確率です。

年齢・ADHDの重症度・治療歴によって差があり、11%から19%までの幅がありました。5歳児では、ADHDでない子供が不慮の事故にあう確率は10.9%で、ADHDの子供の場合は、19.3%であり、約2倍の頻度があることがわかりました。12歳になるころには、この差は、狭まり、ADHDの子は17.8%、ADHDでない子は15.8%でした。

次に不慮の事故の頻度と投薬治療の関係です。

ADHDのこどもが不慮の事故にあう確率は、10歳までに治療薬を投薬されていると、投薬されていない場合に比較して、10歳では、31.5%の低下(p=0.008)、12歳では、43.5%の低下(p=0.001)と、治療の効果を認めています。加えて、治療を受けているADHDの子どもたちは、救急外来受診率も10歳で28.2%減少、12歳で、45.7%減少することがわかりました。

これまでの研究では、年齢と不慮の事故の関係は知られておらず、ましてや治療効果を記した論文はなく、このアングルからの治療の是非の議論は大変興味深いものです。

ADHDの子供は、不慮の事故にあう確率が高いこと、低年齢になるほどそのリスクが極めて高く、5歳時には約2倍も現に生じていること、を認識し、加えて高学年になるにつれ、不慮の事故のリスクは小さくなるものの、ADHDでない子供に比べ、1.3倍程度高い事実があるものの、この忌むべき差は、専門家による治療によって完全に埋めることができるということが示唆されました。今すぐにでも適切・具体的な対応策を丁寧に考慮していく時ではないでしょうか。

  同じグループが、今年の5月にランセットに、ADHDを持つ個人は、ADHDでない個人に比較し、死亡率が2.07倍に上昇する(P<0.0001)が、その主たる原因は、「事故によるもの」であると報告しました(Lancet Volume 385, No. 9983, p2190–2196, 30 May 2015)。尊い命を落とすような不慮の事故を、薬物投与により防御できるのであるとすれば、大変意味深いと感じます。

この研究について気をつけるべきは、選別されたADHDの子供は、前述したように理由から重症例が多く含まれている可能性です。つまり、ADHDでも様々な程度があります。軽症例や中等症の場合でも、やはり、薬物療法で、不慮の事故が防げるのかどうか疑問がのこります。無用な薬物投与は許されません。また、専門家による社会心理的治療を受けているかたの不慮の事故の抑制効果については未だ検討がありませんし、ADHDの症例では、同時に合併症を併発している場合も多く、そういった合併症と不慮の事故との因果関係はさらに深く追跡されるべき課題として残っていると思います。

いずれにせよ、ADHDの重症例は、薬物療法で、不慮の事故を、ADHDでない子供と同じレベルに防ぐことができるのは今回の研究報告からほぼ間違いないと考えられます。日常診療、学校教育の場でも、ADHDの重症例について適切な個別対応を施すシステムを設け、早期に専門家による治療・薬物療法を検討することは、日本においても、もはや待ったなしの状況と考えられます。

2015年08月01日(土)15時55分