アルツハイマー病研究の進展はあるのか
世界の認知症患者数は、4400万人と推計されており、2050年には、1億3500万人と増加することが予測されています。「地球疾病負荷」研究(2013年)では、1990年の統計結果と比較すると、アルツハイマー病に起因する身体不自由の時間は、92%増加した、とされています。
日本でも、2025年の認証患者数は700万人を超えると推計されています(厚労省)。2015年現在、認知症患者ケアに要する費用は、14.5兆円に到達し、今後、爆発的に増加することが予測される認知症患者のために認知症治療法の進展が強く望まれています。
国際医学誌ランセット8月号に、アルツハイマー病予防に示唆に富んだ結果が掲載され反響をよんでいます(Yau, Wai-Ying Wendy, et al. "Longitudinal assessment of neuroimaging and clinical markers in autosomal dominant Alzheimer's disease: a prospective cohort study." The Lancet Neurology 14.8 (2015): 804-813.)
本研究では、アルツハイマー病を考える上で、モデルとなるとされる、「家族性アルツハイマー病」を対象としています。このアルツハイマー病は、遺伝子の異常だけで生じるため、その臨床経過の分析研究は、認知症に至るプロセスを明確にできると考えられるため重要なものです。
汎用されている「アルツハイマー病」(弧発性アルツハイマー病と呼ばれます)は、様々な要因(年齢、喫煙歴、教育レベル、運動、性差、糖尿病、高血圧、APOE遺伝子多型など)が重なりその病像が形成されることから、病気に至るプロセスの解析には様々なバイアスが大きく結果の精度には疑問が残ります。
さて、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子は、PEN1,PEN2,APPの3つが知られています。これら三つの原因遺伝子に病気を惹起する異常をもつかた(28歳から56歳の16人)を全米からリクルートし、脳の変化の経時的変化を追いました。2003年3月23日から2014年8月1日の間に、1~2年の間隔で、脳内アミロイドの沈着を、C11ピッツバーグコンパウンドB−PETを用いて定量化しました。後頭部の代謝はフルオロデオキしグルコースPETで、海馬の容量はMRIを用いて評価し、認知機能の測定にMINI記憶テストを遂行しました。
コントロール群は、65-89歳の認知脳―正常、アミロイドの沈着―なし、代謝異常、及び海馬の萎縮-なしのかたとしました。対象者は、2−11年の間に、2−8回の検査を受け、合計83回の検査を施行されました。
結果からは、
脳代謝の低下が生じる約7.5年前からアミロイドの沈着が生じ、
脳代謝の低下が生じた後、7.5年で海馬の萎縮、及び言葉の記憶の低下が認め、
さらに10年後には、全般的な認知機能の低下が生じる
ことがわかりました。特に長期間の経過観察結果を得た7症例からは重要な知見が得られています。6−11年の期間に7−8回検査が行われ、以下のようにまとめられました。
(1)神経変性や認知機能低下が認められないが、アミロイド沈着だけが進むものが
3例、これは、アルツハイマー病の初期の段階と考えられます。
(2)アミロイドの沈着はもはや進行せずプラトーとなり、神経変性が進み、
認知機能の低下も進むものが2例、これは、中期の段階と考えられます。
(3)アミロイド沈着はあるが、アミロイドの沈着はすでにプラトーに達しており、
神経変性も認知機能もすでに進まなくなったものが2例、
これは、終末期と考えられます。
より多くの症例を用いたクロスセクショナルな解析で、同様の傾向についてこれまでも報告されてきましたが、本研究(ランセット8月号)で行われたように、同一症例の経時的なアルツハイマー病の進行の状態を病理、画像診断のレベルで解析できた意義は大きいと考えられています。
さて、これまでの知見と総合すると、どうやら、アミロイドの沈着がまず最初に生じ、その後、脳代謝の低下が始まり、その後、脳の萎縮、認知機能低下へと進行するという病態の変化は、家族性アルツハイマー病の臨床経過としては正しそうです。
次なる疑問は、この経過が、一般のアルツハイマー病にも当てはまるかどうかです。この病態発症プロセスを前提にした場合、抗アミロイド剤が、アミロイド沈着開始の早期の段階で投与された場合、認知症を予防するの否か、という点でしょう。仮に効果があるとしても、研究結果から鑑みるに認知症になる17.5年前から、アミロイドの沈着が始まるとすれば、すでに報告されてきたように「認知症病態の進行過程にある患者さんの場合、抗アミロイド剤が効果がない」ことから考えると、認知症の始まる10年ほど前、ひょっとしたら、17.5年前から、抗アミロイド剤治療を受けなければ、アルツハイマー病を予防できない、ということになりかねません。つまり理論的推理から服用効果を期待して、未だに症状がまったくないかたがアルツハイマー病になるかどうか確定していない状況で、薬をのみはじめることに妥当性があるのかということです。おそらく、一般的な心理状態では、血液検査によってほぼ100%の確立で、数年後にアルツハイマー病を発症するだろうと分かれば、抗アミロイド剤を使用したいということになるでしょうが・・・。
この点、2015年6月にイギリス、キングスカレッジのキドル博士らの発表した「血液検査によるアルツハイマー病を予測」という論文は注目に値します(Kiddle, S. J., et al. "Plasma protein biomarkers of Alzheimer’s disease endophenotypes in asymptomatic older twins: early cognitive decline and regional brain volumes." Translational psychiatry 5.6 (2015): e584.)。双子研究によって、認知機能が低下する人と認知機能が維持される人の比較をした場合、「MAPKAP2」と呼ばれる蛋白質量に有意な差があることが明らかとなりました。この蛋白の減少は、MRI測定による脳容積低下と高い相関が認められています。このタンパク質の測定が、確実な認知症の早期診断に汎用されることを期待したいところですが現実的には容易なことではありません。
アミロイドの沈着がアルツハイマー病の最初の変化であることは間違いないところのようです。この知見が治療に応用されるには今後の基礎+応用研究の積み重ねを要するところです。
ではアルツハイマー予防のために現時点で何をすれば?と考えれば、これまでの研究から、バランスの取れた食生活、適切な運動など、リズムのある生活や、嗜好品に依存しない生活習慣の改善を図ることでしょう。なかでも、私は、個体差にあわせた定期的、かつ適度な運動と、ストレスを感じすぎない適度な社会活動ではないかなぁ、と思っています。
またこの話はあらためて。
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