2015/08/02

愛し野塾 第34回 エボラワクチン開発への大きな一歩


 
 今だ、アフリカ象牙海岸から帰国したひとが熱発するとエボラウイルス感染者ではないか、と疑われ、自宅待機を強いられることはもとより、緊急検査の対象となり、その一挙一動がテレビ、新聞、ネットなど報道を賑わせ、日本国民は固唾をのんで検査結果を見守るという構図は変わりません。

 エボラウイルスが猛威を振るい、2万人以上の犠牲者をだしたと報道されてきた脅威の事実は、世界中の人の心に深い傷を残しました。このまれに見る公衆衛生上の緊急事態を早急に沈静化するには、ワクチン開発が最も有効とされていましたが、通常10年を要するといわれるワクチン開発ですから、エボラウイルスについても消極的な予測をする専門家の意見も少なくありませんでした。ところが、今回、ランセットに発表された新規エボラウイルスワクチンは、パンデミックからわずか1年という短期間で開発されたにもかかわらず、100%感染予防効果がある、との内容でしたから、まさに今世界中のメディアが注目しています。極めて「有効」、かつ「安全」なワクチンが、致死率の高いウイルスに抗して開発成功に導かれた喜ばしい報告でした。この内容は、7月31日号のランセットに、エボラウイルスのワクチンの第三相試験の結果として発表になりました。なお、この研究はWHOの資金によってサポートされています。

 ワクチンは、ザイールエボラウイルスの表面糖蛋白を、複製可能な水泡性口炎ウイルスVSVに組み込んだものでした。対象としたのは、ギニアの7,561人の人々でした。ここで使われた手法は、天然痘ウイルス駆逐を可能にした、リングワクチン法でした。これは、エボラウイルスの確定診断を受けた患者Aをターゲットとし、Aの接触者と、接触者の接触者まで割り出し、ワクチン接種をおこなうため、「リングワクチン法」とよばれます。

 接触者と、接触者の接触者を一つの集団と見なし、クラスターと定義しました。全クラスターは二つに分類され、即座にワクチンを投与するグループと、21日遅延でワクチンを投与するグループに、無作為に割り付けられました。対象者は、18歳以上の成人で、かつ妊娠あるいは母乳を与えていない人でした。都会、もしくは田舎のクラスターか、クラスターのリングのサイズが20人未満、もしくは20人以上かで無作為化されました。エボラ感染症の潜伏期間が10日であることを考慮し、アウトカムは、無作為割り付けから10日以上経過した後の、エボラ感染症発症者数としました。

 20154月1日から2015年7月20日の間に、90クラスターが登録されました。90クラスターは、即時ワクチン投与群が48クラスター(4123人)は、遅延ワクチン投与群が42クラスター(3528人)と2つに分類されました。

 試験開始後10日以降のエボラ感染症発症者は、即時ワクチン投与群は、0人で、遅延群では16人、 ワクチン有効率は100%(p=0.0036)でした。即時群でも遅延群でも、ワクチン投与後6日以降は、エボラ感染者は0人でした。ワクチン投与群で、重篤とされる副反応が一例にのみ認められました。熱発反応がありましたが、命に別状はなく回復されたとのことでした。期間中の全エボラ感染者は75人で、33人が死亡しました。このワクチンの有効性について問題がないと評価され、2015年7月24日には、即時法によるワクチン接種のみ臨床試験の継続が決定しました。今後より多くの症例を積み重ね、有効性と安全性の確立を目指す段階へと大きな一歩を踏み出したのです。

 リングワクチン接種を可能にしたのは、感染地帯に住む住民の命がけの協力の賜物でした。「母国を滅ぼそうとするウイルスを撲滅したい」、その思いが、この研究を成功に導いたのです。研究チームの90%を、ギニア人が占めていたことがこのことを如実に語ります。感染者を特定し、その接触者を丁寧に割り出し、そのまた接触者を割り出す作業を、迅速に進めたられたからこそ、プロトコル通りのワクチン接種ができたことでしょう。もちろん、ギニアでこの規模の臨床研究が行われたことはこれまで一度もありませんでした。

 今後は、この研究の妥当性等、徹底的に検証を受けることは間違いのないでしょうし、特段、ワクチンの安全性の検証として長期に渡る副反応の観察は怠れません。WHOの指導のもと、グローバル・エボラワクチン・インプリメンテーションチームは、安全基準をクリアし、本プロジェクトのデータの妥当性が証明されれば、西アフリカ諸国とライセンシング契約を締結し、ワクチン普及への道をつけることになると予想されます。GAVIアライアンスは、すでに、ワクチン作成と普及にかなりの出資を表明しています。


 エボラウイルスの蔓延により、西アフリカ諸国は、一時的にカオスに陥りました。しかし、そのカオスが契機となり、他諸国が力を合わせ、過去に例のない協力体制を設け、今回のワクチン開発を現実化させたことは公衆衛生学史に残る快挙とも言えるかもしれません。当初WHOは、その対応の遅れが、エボラの蔓延を招いたと国際的な批判に晒され、WHOの存在意義まで疑われる始末でした。しかし、こうしてWHOが国際協力の旗頭となり、地球レベルで人々の生命の危機を救う大プランが、当該地域だけではなく、国際的理解を得る事で現実化してゆけば、脅威のウイルスを制圧できる日も遠くないと思うものです。