2018/06/12

愛し野塾 第174回 乳がん・治療対象についての考察




乳がんは、女性のがんのなかでも最も罹患率の高いがんです。一生涯に罹患する頻度は、11人の女性あたり1人、また5年生存率は91.1%と高率ですが、乳がんの罹患率は、1975年以降、増加傾向が続き、2010年の乳がん(上皮内がんを含む)の粗罹患率は,がんの中では最も高いことが示されています(人口10万対115.7人)。女性の乳がん罹患率と年齢との関係を見ると、30歳代から増加傾向を示し,40歳代後半でピークを迎え,その後、ほぼ一定に推移し、60代後半から次第に減少しています。
米国でも日本同様に、女性のがんで、最も発症頻度が高い乳がん治療は、大変注目されています。乳がんは、ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)、もしくは、遺伝子HER2の発現の有無によって分類されています。「初期がん」と評価される、ホルモン受容体が陽性で、HER2が陰性、腋窩リンパ節のがんが陰性である症例が、乳がん全体の50%を占めます。日本でも、ホルモン受容体が陽性で、HER2陰性の症例は、乳がん全体の70%と算出されています。
30年前、乳がんの原発巣の切除後の化学療法の施行は、再発リスクを低下させる(文献1)、また若年齢であればあるほどその効果を認め、この効果は、リンパ節への転移の有無・病理グレード分類・アジュバントホルモン療法、などの影響を受けない、ことなどが報告され、NIHは、ほとんどの乳がん患者に対し化学療法を推奨し、事実、化学療法が施行された結果、乳がんによる死亡率の低下が得られた、と認識されています。しかしながら、近年、本当に化学療法がほとんどの乳がん患者に必要かどうかは疑問視されるようになってきました。
さて、乳がんの患者のうち、ホルモン受容体陽性患者の予後の予測に用いられる、「21遺伝子群の発現分析」から求めた「21遺伝子再発スコア」(Oncotype IQ)(文献2)を用いて、評価を0−100点に点数化し、スコアが高い(26点以上)症例に対しては「化学療法とホルモン療法の併用治療」を施し、スコアが低い(10点以下)症例には、「ホルモン療法のみ」を施し、高い奏効率が得られました。また10年後の再発率はわずか2%と報告されました。
一方で、議論となっているのは、多くの患者が集中する、21遺伝子再発スコアが「11点から25点に該当する中スコアの症例」の治療法です。原発巣の切除術後の後療法として、ホルモン療法だけでいいのか、それとも化学療法も組み合わせたほうがいいのか、議論が分かれているのです。
今回、この「11点から25点」の中スコアの乳がん患者のうち、化学療法を追加したほうがいいのか、あるいは、ホルモン療法単独だけの治療で良いのかどうか、について、厳密な手法を用いて施行された大規模臨床試験が施行され、結果が発表されましたので、解説してみましょう(文献3)。
<対象>
18歳から75歳の女性で、ホルモン受容体陽性、HER2陰性、腋窩リンパ節陰性で、「ガイドラインでは、化学療法が推奨される症例」を対象としました。具体的には、病理検査によって「腺がん」と診断された症例中、すでに原発巣は切除済みで、以下の条件を満たす患者を対象としました。
(1)エストロゲン受容体陽性かつ、ないし、あるいはプロゲステロン受容体陽性の浸潤がん、かつ、HER2/newが陰性であること
(2)腋窩リンパ節にがんの浸潤がないこと
(3)腫瘍さイズが1.1−5.0cmあるいは、0.5cmから1.0cmで、病理像が不良(unfavorable)であること
(4)原発巣に対して適切なる切除術が施されたあと84日以内であること
(5)18−75歳であること
(6)白血球数が3500以上、血小板数が10万以上、Crが1.5以下、ASTが正常上限の3倍以下など、臓器障害がないこと
(7)過去に罹患した浸潤がん(皮膚の基底細胞がん、扁平上皮がん、子宮頸部の上皮内がんを除く)から少なくとも5年以上無病で経過していること
(8)インフォームドコンセントがあること。
試験登録の除外項目は、過去に同側あるいは反対側の乳がん、非浸潤性乳管がんがあること、両側同時がんがあること、また、乳がん治療の目的で選択的エストロゲン受容体モデュレーター(SERM)、あるいはアロマターゼ阻害剤使用後8週間以上経過したのちに、乳がん発症を認めたケースも除外されました。SERMを乳がん治療以外の目的で使用した場合も、8週間以上使用後に乳がん発症があれば、除外されました。
21遺伝子再発スコアが、10点以下の「低リスク群には、ホルモン療法のみ」を施行、「26点以上の高リスク群の場合は、化学療法とホルモン療法を組み合わた治療を施行」し、「11点から25点までの中リスク群」は、「化学療法との併用療法もしくは、ホルモン単独療法か」に、無作為に割り付けました。
<結果>
2006年から2010年の間に10273人がスクリーニングを受け、9719人が試験登録され解析対象となりました。6711人が中リスク(69%)、低リスクは1619人(17%)、高リスクは1389人(14%)でした。中リスク群では、全生存率の経過観察期間は96ヶ月に及びました。
「中リスク群」を「ホルモン療法単独群」、「化学療法併用群」の2群に割り付け、それぞれの群の平均年齢は両群共に55歳、閉経後の症例は両群共に全体の64%、腫瘍サイズの平均値は両群共に1.7cm、病理組織のグレードは低グレードが両群共に29%、中グレードが両群共に57%、エストロゲン受容体陽性率は、両群共に99%超、プロゲステロン受容体陽性率は、両群共に92%、臨床リスクは低リスクであるものは前者が74%、後者が73%、と、患者の特徴について2群間に差を認めませんでした。
術後化学療法が施行された症例は、ホルモン療法単独群 5.4%、化学療法併用群 81.6%でした。ホルモン療法期間は、両群共に、中央値が5.4年で、5年以上が35%でした。化学療法のレジメンは、ドキシタキセルとサイクロフォスファミドが全体の56%、アンツラサイクリンを含む治療法が全体の36%でした。閉経後のホルモン療法は、アロマターゼ阻害剤を使用された症例が全体の91%でした。閉経前の方のホルモン療法は、タモキシフェンあるいは、タモキシフェン+アロマターゼ阻害剤の投与が全体の78%を占め、卵巣機能抑制療法は13%のかたに施行されました。
評価項目である「浸潤がんの再発、原発ガンの新規出現、あるいは、死亡」は、総計836回生じました。うち338回は、乳がんの再発で、遠隔部位での再発は199回でした。Intention-to treat解析で、浸潤がん再発のない生存率は、ホルモン療法単独群と化学療法併用群に有意差を認めませんでした(HR1.08、P=0.26)。遠隔部位での無再発期間も、有意差を認めませんでした(単独群と併用群でのHR1.10、P=0.48)。予測値としての9年後の無浸潤ガン生存率は、単独群で83.1%,併用群では84.7%で両群間に差はありませんでした。
化学療法併用のベネフィットを検出する目的で、再発スコア(5点区切りで分類:11-15点、16-20点、21-25点)、腫瘍サイズ(2cmよりも大きいか小さいか)、病理グレード(高中低の3段階)、閉経の有無を交絡因子として解析を試みた結果、いずれも、化学療法付加のベネフィットを認めませんでした。しかし、年齢別に分析を行った結果、50歳以下群、51歳から65歳、66歳以上の3群と無浸潤ガン生存期間との関係はP=0.03と有意差をもってインターラクションを認め、若年者の症例での化学療法の付加によるベネフィットが示されました。
また、化学療法併用の効果は、閉経の有無と再発スコア(11-15点、16-20点、21-25点)の6つの区分とも有意な相関関係にあることがわかりました(P=0.02)。
一方、化学療法併用の効果は、50歳以下群、51歳から65歳、66歳以上の年齢の3分類と再発スコア3分類(11-15点、16-20点、21-25点)と掛け合わせた9区分とも相関関係にあることがわかりました(P=0.004)。すなわち、50歳以下の症例では、再発スコアが15以下では、ホルモン療法単独で化学療法併用と同じ効果が得られるが、再発スコアが16以上になると、化学療法併用の効果が、ホルモン療法単独の効果を上回ることがわかりました。
<コメント>
今回の研究から、「21遺伝子再発スコア」によって「11-25点の中リスク」の症例では、ホルモン療法単独治療で、化学療法併用治療と同レベルにまで「再発リスク・新規乳がん発症リスク・死亡リスク」を低下させられることが確認できました。実際、米国だけでも、化学療法の候補となっていたかたの70%が、化学療法が不要となり、年間6万人ものかたが、ホルモン療法単独療法で、効果が得られることが試算されました。また50才以下の場合、再発スコアが15以下で同様の状況がもたらされ、中リスクの40%のかたが対象となります。この結果は、大きな反響を呼び、NYTでも取り上げられました(文献4)。
いうまでもなく、化学療法には、個人差はあるものの、その副作用の不安が拭えません。脱毛や吐き気の他、循環器や神経系への障害、感染症にかかるリスクも上がります。また治療経過後の白血病発症リスクの上昇なども報告され、健康への懸念もあります。できれば化学療法の適用は最小限に止めたいところです。もちろん、ホルモン療法も決して副作用がないわけではありません。ホットフラッシュ、体重増加、関節や筋肉の痛みが生じる場合がありますし、タモキシフェンによる子宮ガンリスクの上昇なども指摘され、定期的な検査やケアが必要です。
さて、「21遺伝子再発スコア」の分析は、2004年に運用が開始され、一回3000ドル(約40万円、米国では保険でカバーされる)と高額ですが、化学療法の適用患者さんを絞ることができることが証明され、総じて治療費軽減につながる可能性が出てきました。国内では、この検査はいまだ日常臨床では使われていません(2018年6月10日現在)。今回の発表を踏まえ、術後の化学療法が不要にもかかわらず、化学療法を受けていたり、あるいは、術後の化学療法が必要にもかかわらず、うけていらっしゃらない患者さんがいらっしゃるのではないか、と大いに気になるところなのです。
文献1Mansour, E. G., Gray, R., Shatila, A. H., Osborne, C. K., Tormey, D. C., Gilchrist, K. W., ... & Falkson, G. (1989). Efficacy of adjuvant chemotherapy in high-risk node-negative breast cancer. New England Journal of Medicine, 320(8), 485-490.
文献2
文献3Sparano, J. A., Gray, R. J., Makower, D. F., Pritchard, K. I., Albain, K. S., Hayes, D. F., ... & Lively, T. (2018). Adjuvant chemotherapy guided by a 21-gene expression assay in breast cancer. N Engl J Med. 2018 Jun 3. doi: 10.1056/NEJMoa1804710. [Epub ahead of print]