2018/05/08

愛し野塾 第168回 高齢者の血糖管理値


高齢化社会の進展の一方で、「高齢糖尿病患者数」は、著しく増加しています。高齢ゆえに糖尿病の患者さんには、「腎機能、及び肝機能の低下」といった症例が多く、「薬物の代謝遅延に伴う重症低血糖を引き起こしやすい」といった問題も抱えています。重症の低血糖は、認知機能の低下や心血管イベントリスクを増大させるだけでなく、日常生活動作レベルの低下、死亡率の上昇に直結する恐れがあります。もちろん、高血糖が身体に与える悪影響についてはいうまでもなく、適正な血糖管理は大変重要です。近年、高齢者の糖尿病の血糖コントロール目標は、「年齢、認知機能、身体機能、併発疾患、重症低血糖のリスク、余命」などを考慮して、個別に設定することが重要視されるようになりました。まさに理にかなったことだと思います。
しかし、これまでのところ、高齢糖尿病患者の血糖管理値と死亡率に関する疫学調査を厳格に行った研究は少なく、エビデンスをもとにした最適な血糖値は曖昧なままでした。保険のデータベース(1)から、最小の死亡率を示すのは、HbA1c 6-9%である事。6%未満、及び11%以上の死亡率が高い事。総合的に、HbA1cの管理値は下限6%、上限8%が好ましい」と報告されています。最近では「血糖の変動が身体に与える悪影響」を示した研究が話題となり(2)、2型糖尿病では、HbA1cの変動が大きくなると、腎症、大血管障害、皮膚潰瘍、心血管病、死亡リスクが上がることが示唆され、高齢糖尿病患者に及ぼす血糖変動の影響について、調査の必要性が求められてきました。今回ランセットに高齢者の適正血糖値と、HbA1cの変動がもたらすリスクについてまとめられましたので、解説を試みます。
<対象>
「平均HbA1c」と「HbA1c変動」が、全死亡に与える影響を明らかにするために、5年間の後ろ向き研究が行われました。糖尿病罹病期間、性別、治療法(経口剤かインスリン注射か)、血圧、脂質、ポリファーマシー、社会地理要因が考慮されました。
データソースには、ヘルス・インプルーブメント・データセット(THIN)を用い、イギリスの開業医587人の有するデータが分析対象となりました。2007年1月1日の時点で、糖尿病と診断された後、6ヶ月以上経過している70歳以上の症例が対象となりました。1型、2型糖尿病の両症例を含み、少なくとも90%は2型糖尿病と推測されました。
3つのモデルが採用され、モデル1では、平均HbA1cは、2003年、2004年、2005年、2006年のそれぞれの年の平均HbA1cの平均値が用いられ、モデル2では、平均HbA1cは、2003年から、患者の死亡時まで、あるいは、観察期間の最後まで、の毎年の平均の平均が用いられ、モデル3では、2003年からの最新の年次の平均HbA1cとし、時間変動モデルが採用されました。
「HbA1c変動係数」は、連続した年でのHbA1cの差が0.5%以上の場合を1とカウントし、100倍することでスコア化しました。例えば、6.7%、7.0%、7.8%、7.4%、8.0%、7.9%と6年の連続データが得られた場合、0.5%以上の差があるのは、2回のためスコアは、100X2 /5となります。
<結果>
対象者は54,803人(女性28,017人、男性26,786人)で男女比はほぼ同等、女性の平均年齢は79歳、男性は77.49歳でした。観察期間中に死亡したのは、女性の30.7%、男性の33.8%、糖尿病罹病期間は、女性8.48年、男性9.09年でした。ベースラインの平均HbA1cは、女性7.23%、男性7.22%でした。2003年から2006年の「HbA1c変動係数」は、女性43.46、男性44.07でした。ベースラインで、HbA1c変動係数が80以上を示したのは、6.6%でした。
<生存率との相関>
HbA1cの値は、モデル1-3で男女共に同様の分布を認めました。HbA1cが8.0%以上の割合は、モデル1で女性20.3%、男性18.5%で、モデル2では、それぞれ19.0%と18.5%でした。HbA1cが8.0%以上では、死亡率は、男女ともにHbA1c値依存性に増加しました。6%未満でも死亡率の増加を認め、高くてもまた低すぎても死亡率が上昇することを示す、Jカーブを描くことがわかりました。ただし、モデル1の男性のHbA1cが8.0%から8.5%までは有意差を示さず、モデル1とモデル3では、HbA1cが6.0%未満で有意差を認めませんでした。
一方、すべてのモデルで、HbA1cの変動係数と死亡率との間に、男女とも負の相関がありました。モデル2で変動係数が80から100の高値群では、0から20の低値群に比べて、死亡リスクが男性で2.21倍、女性で2.47倍に増加していました。平均HbA1cモデルと血糖変異の2つのパラメーターを統合した場合、リスク分布が変わり、モデル2では、死亡リスク増大は、女性でHbA1c,9.5%以上、男性で、9%以上のみとなりました。
<コメント>
HbA1cの値が、7.0-7.4%の範囲にコントロールされている症例群が、男女とももっとも生存率が高いことが示され、この辺りをHbA1cの目標にすれば良いことが示されました。糖尿病予防及び治療には、食事療法と運動療法が基本となりますが、薬物による治療では、下げすぎ(治療強化)には十分な注意が必要で、6.0%以下にはさげないことが肝要でしょう。また、男女共、血糖変動が大きくなるに伴った死亡率の上昇を認めたことから、血糖値の変動を最小限にし、生活習慣の改善を徐々に実現していくことも必要であることがわかりました。一方で、生活改善のポイントである「栄養状態の変化」、「運動量の変化」もまた、血糖変動に大きく影響する因子ですから、普段から栄養のバランス、摂取量、また運動量が、同じレベルに、習慣的に行われ、維持される生活ができているのか、をチェックし総合的な管理の必要性があることが浮き彫りになりました。
「フレイル」と呼ばれる指標が、しばしば高齢者の健康評価に用いられます。(フレイル:加齢に伴う様々な機能変化や予備能力 低下によって健康障害に対する脆弱性が増加した状態)「体重減少、主観的疲労感、日常生活活動量の減少、歩行速度の減弱、握力低下」などの脆弱性を示す主たるフレイルの因子が、血糖変動に与える影響も危惧されており、血糖変動が大きい場合には、フレイルの関与がないかどうか、介入が必要かどうかも検討するべきかもしれません。また、「HbA1c6.0%未満」という因子もフレイルを表す指標になるかもしれない、との指摘もあり今後の議論が注目されるところです。いずれにせよ、医師は、血糖コントロールに当たって「できるだけ、穏やかな血糖の上げ下げを伴う血糖管理を進めること、また、血糖の変動の少ない、安定性を目的とした治療法を最大限に考えること」が必要となるでしょう。
この研究では高齢者の脆弱性を示す「フレイルの指標」との比較検討がなくこれは批判される点でしょう。今後イギリスでは、フレイル指標も採用される予定になっていますので、研究の意義が増すと思います。また、分析にあたり1型と2型糖尿病を分類しなかったこと、血糖データがなかったことについても問題視されています。より厳密なデータ採取によって、解釈も深まるでしょう。これら問題点が将来的に是正されることを期待します。
高齢者の糖尿病・血糖値の管理には、高血糖への心配だけではなく、むしろ血糖の下げすぎに警戒すること、フレイルの低下に伴って認められる、体重減少、筋力減少、活動量減少などを見逃さず、本人、家族、介護者へに向けて、慎重に個体差に応じた生活指導、並びに意識喚起を行うことが、ポイントだと考えるところです。
文献1 Huang, E. S., Liu, J. Y., Moffet, H. H., John, P. M., & Karter, A. J. (2011). Glycemic control, complications, and death in older diabetic patients. Diabetes care, DC_102377.
文献2 Gorst, C., Kwok, C. S., Aslam, S., Buchan, I., Kontopantelis, E., Myint, P. K., ... & Mamas, M. A. (2015). Long-term glycemic variability and risk of adverse outcomes: a systematic review and meta-analysis. Diabetes Care, 38(12), 2354-2369.
文献3  Forbes, Angus, et al. "Mean HbA 1c, HbA 1c variability, and mortality in people with diabetes aged 70 years and older: a retrospective cohort study." The Lancet Diabetes & Endocrinology (2018).
Published Online April 16