2015/12/02

愛し野塾 第49回 自閉症スペクトラム(ASD)の性差の話題


自閉症スペクトラム(ASD)は、社会性の欠如、コミュニケーション能力の低下、限定的な興味・パタン化した反復行動を特徴とする症候群ですが、女性に比して男性に有意に多いのが特徴とされます。この発症比率の男女差は、医療サイドも家族サイドもアプリオリに受け入れており、性差が生じる原因の追求は見過ごされてきました。しかし女性の割合が男性の約4分の1とあまりにも低いのは、実は診断過程で女性のASDが見過ごされているのではないか?という議論が専門家のあいだで広まってまいりました。この低い女性の発症率には診断上のバイアスがあるかもしれないという指摘です。


さて、このバイアスの存在について議論すべく、2014年10月ASD擁護団体の「自閉症スピークス」と自閉症科学財団が主催した会議に、医師、家族、自閉症のかたが集まりました。そのサマリーが公開され、注目されています。


これまで、米国を中心とする様々な国で行われてきた多くの疫学調査から「男性:女性のASDの比率は、4対1」というのが汎用されてきました。ASDだけではなく、注意欠陥多動障害も男性に頻発していることもあり、発達段階で認められる行動障害に、性差が生じるのは当たり前なことだと、特別な議論なしに定説として受け入れられてきてしまった可能性も指摘されました。事実、過去の調査・研究では、ASD男女比は、その診断基準によって、2対1から7対1まで幅があることも知られており、鑑別診断の男女比率が安定しない原因を探求することは、女性のASD診断の精度を上げる上での手がかりになるといわれ始めました。女性の低いASD診断率の原因として、「知能指数によるバイアス」が挙げられます。知能指数が低いコホート研究では、発症の性差が低く、知能指数が高いコホート研究では、性差は大きくなるといった傾向が認められます。また、ASDと診断された女性の知能指数は、男性より低いという結果が、この問題をさらに複雑にさせています。一方。ASDの兄弟研究では、高機能自閉症かつ、若年者集団の調査で、性差が大きくなる傾向を認めています。


こうした事情を勘案すると、性差の問題は、知能指数が交絡因子として関与している可能性が高く、診断上のバイアスとなっていることは認識すべき問題点ではないでしょうか。


セルフ・アドボカシーの観点から「ASDでは、早期、かつ正確な診断による本人・周囲の認知は、必要欠くべからざるもの」という提唱は、より早期の治療・介入が顕著な効果をもたらすという数々の報告からも説得力があります。診断の遅れ、見逃し、放置、によって本来ならば改善の潜在性をもつASDのかたでも、不適切な環境のなかで発育し、社会生活に馴染む機会を逸してしまうかもしれないのです。今後、知能指数の良し悪しに惑わされることなく、女性ASDの鑑別診断法を見直し、整備していく必要があることはいうまでもありません。


さて、「知能指数」というバイアスによって生じる女性のASD診断の困難さ、を差し引いたとしても、男女比は、顕著で、それは2対1から、3対1くらいの間だろう、ということで意見は一致したようです。


ASD発症には性差が存在することは繰り返し議題に取り上げられました。議論の中でも、「女性には、自閉症発病を予防する機能がそなわっているのではないか」、とする仮説が注目を集めました。


女性のASD発症には、男性のASD発症に比べて、より多くの発症リスク因子を必要とする仮説です。これを裏付ける科学的証拠として、女性ASDでは、男性ASDに比べて、遺伝子異常が多いことがあげられています。特にコピー数多型(CNV)がより多く認められます。また、こういった遺伝子異常は、ASDでない父親からよりも、ASDでない母親から、より受け継がれやすいことも分かっています。さて、ASD女性のほうが、より発症リスク因子を有しているならば、すなわち、その親もリスク因子を有するということが想定され、兄弟のASD発症率の上昇がおのずと予想されるのですが、疫学調査では、女性ASDのかたのシブリング(兄弟・姉妹)にASD発症率が多いといった明確な結果は未だ得られておらず、この点は、まだリサーチの余地がありそうです。


知能指数が正常範囲を示す女性ASDに特徴的なのは、男性ASDに比較して、社会活動がより活発であることです。これまで女性ASDは男性ASDに比べて、繰り返し行動が少ないとされてきましたが、どうやらそれは誤りで、むしろ、繰り返す「行動の種類が異なる」という表現のほうがより説得力があると感じます。一例を挙げれば、どこに行くにも使い古した本を持ち歩き、常に読書をしている女性はASDの繰り返し行動の疑いをもつべきだと示唆されています。また人形や赤ちゃんに過剰な(執拗な)関心を抱いている様子が、いわゆる「ごっこ遊び」と混乱され、繰り返し行動が見逃されている場合もある、としています。

医療者側が、こういった個性的な性癖の一部として見過ごしてきたことを、常同性のある繰り返し行動として疑いをもつことのできる「眼」を養うために、高度専門的なトレーニングが必要でしょう。男性だけではなく女性ASDのかたの治療・介入を多数経験することが必要である、とレポートでは結論づけています。


こうした議論によって注目された「女性ASDに認められる徴候が男性のASDとは異なる」という強い仮説から、女性ASDの診断そのものがつけられていないケースの存在を疑うことは必須でしょう。男性の場合、比較的明らかに他者とは異なる多動や攻撃的な行動が見られやすいので、医療機関を受診するきっかけも多く、診断を受け易いといえるでしょう。しかし、女性のASD患者で、「知能指数が70以上」、かつ「社会性がある」と医師が診断すれば、ASDではないと認識され、本来必要だったかもしれないASDに適切な治療・介入を受ける機会を逸すケースは多数存在する可能性があるのです。正常な発達段階で認められる男女差によって、ASDに認められる基本障害が発見しづらくなるという可能性も指摘されました。ASDで知能指数の高い女性は、言語能力も高い傾向があるのですが、これは実は、発達段階における言語能力獲得の、成育上の男女差による状態かもしれません。


発達段階において同年齢では、女性は男性に比較すると、言語獲得能が高いというだけではなく、記憶、認知能、話し言葉の流暢さ、社会的コミュニケーションも一見、高い傾向があるといった「性差」が、女性ASDの症候をあいまいにしてしまう要因となりうると報告では指摘しています。また、親・先生、また医師のもつ男の子と女の子では、社会コミュニケーションや遊び行動に対する偏った期待感は、ますますこの問題を複雑化させ、そういった思い込みも低い女性ASDの診断率に拍車をかけていることも厳しく指摘されました。


研究レベルでも、女性のASD患者が、ASDではない女性と比較されることはなく、そのケース数の多さから結果としてASDではない男性に生じる徴候を基準として比較され診断に至ることから、発達過程における行動様式の性差が診断に及ぼす影響は想定以上ではないか、と見直されています。ASDのセルフ・アドボカシーから、医療側がASD障害者との日常でのふれあいをもっと増やすようにすることで解決できる問題が沢山ある、という提言はもっともなことだと思います。女性ASDの方では、仕事につける、しかし仕事が続かない傾向があります。その要因も実は明らかにされていません。医療者や専門家が一緒に職場で過ごす中で、その要因を見つけ出し、仕事のトレーニングに適切な手法を見出していくことも必要でしょう。女性ASDの場合、男性との性的関係についての研究も端緒についたばかりです。今後はこの会議での議論をもとに、女性ASDのかたが適正な環境の下、フェアに力を発揮でき、社会進出しやすい環境が整備されることを望みます。


Halladay, Alycia K., et al. "Sex and gender differences in autism spectrum disorder: summarizing evidence gaps and identifying emerging areas of priority." Molecular autism 6.1 (2015): 1.